終わりの名
あれから包囲しながら少しずつ誘導することに成功し、どうにか村から少し離れた平原へと戦闘エリアは変わっていた。
ここならば戦闘を始めても被害は最小限に抑えることができるだろう。
「全機!フォーメーショントライフェ!」
スピーカーから発せられたマーリの指示に従い2機のガンドマイストⅡは杖を向け、マーリ機はソードを装備し構える。
そして、踏み込んだ瞬間、2機が持つ狙撃杖から光弾が放たれた。
命中コースだ。確実に当たる。
もし当たらなくても構わない。回避先も予測できるように撃っていた。マーリの追撃で確実な攻撃は与えられらる。
しかし、彼女たちの予想とは裏腹に黒のゴーレスは6本足で地面を強く踏み込むとその図体では考えられないほど高く跳んだ。
「ッ!何!?」
「嘘……だろ!」
だが、彼女たちが驚愕したのはそれだけが理由ではない。
高く跳躍したゴーレス。その特徴的で蜘蛛のような6本の足が折り畳まれスカートアーマーに変形。
蜘蛛の体のようになっていた部分が2つに分離し、人の足へと変わった。
新たにできたその2本の足で着地。それと同時に左右の肩アーマーの一部がスライド、出来た溝に手が差し込まれ、左右ともが取り外された。
その一連のギミックにより新たになった姿はさながらグローブを付けたボクサーを彷彿とさせるようなシルエットをしている。
太ももは太く、しかし膝から下は少し細い。腕は変わらず少し細めではあるがその先に付いているナックラーには十分な破壊力を感じる。
新たな姿となった黒いゴーレスはすぐさま自分の右側にいたガンドマイストⅡに走り寄る。
「なっ!?」
驚きの声がスピーカーから聞こえた瞬間、ガンドマイストⅡの胸部、搭乗席がある位置に右のナックラーによる強烈なストレートの一撃が打ち込まれた。
金属が軋み、砕ける音を響かせながらガンドマイストⅡは10メートルほどの距離を飛ばされ地面に激突、動かなくなった。
(バカな。ガンドマイストⅡの装甲が、一撃で)
ガンドマイストⅡは旧ガンドマイストよりも材質の見直し等により機体強度は飛躍的に上昇している。容易に砕けられるほど柔なものではない。
そのはずだ。
「クッ!!」
その思考は黒いゴーレスの接近により妨げられた。
左のジャブが迫り、マーリ機はそれを剣で弾く。しかし、それは本命ではなく、あくまでもジャブだ。
次に来るのが本命の右ストレート。
マーリ機は左手でその攻撃を受け止めようと手を伸ばす。だが、あまりの衝撃を受け止めきれずその左腕は肘まで砕かれた。
相手の数瞬止まったその隙を逃さずソードでの斜め上からの切りおろし。
黒いゴーレスはそれを後方へと跳躍することでかわし距離を取った。
その着地した瞬間に別のガンドマイストⅡが放った1発の光弾が背中に命中、姿勢を崩したところを逃さずマーリ機はソードを地面に突き刺すと背中の兵装担架から狙撃杖を取り出し、すぐに発射。
狙いは正確ではなかったが右太ももにその光弾は命中。衝撃で姿勢を崩す黒いゴーレスに狙撃杖を構える。
(近付けば殺られる。しかし機動力はあちらが上……)
近付かれれば終わるというのに機動力ではすでに負けている。
まともに戦えばいくら数的有利をとっていても押し負けるのは確実。
しかし頼みの綱である光弾は見る限り致命的なダメージは与えられていない。姿勢を崩すことがせいぜいだ。
マーリは地面に突き刺したガンドマイストⅡ用のソードを見る。
(やはり近接戦闘をするしか打開策はない)
覚悟を決めるように息を吐いた。その瞬間だった。
突然、黒いゴーレスはマーリに迫ってきた。フェイクなどはない。まっすぐな直進。
「ッ!?」
マーリは咄嗟に狙撃杖を構え、少しでもダメージを減らそうとする。
しかし、飛んできたものは拳ではなく、足だった。
咄嗟だったことに加え片腕だけのため力で押し負けるとマーリ機はそのまま蹴り倒された。
一方の蹴り飛ばした黒いゴーレスはそのまま高くジャンプ、空中で体を捻りながら宙返りし、着地。
その着地した場所は残っていたガンドマイストⅡの背後だった。
「後ろだッ!!」
マーリの声で振り返ろうと動くがあまりにも遅すぎる。
背中に入った強烈な右ストレート。
それはガンドマイストⅡの背中を貫くほどの力はなかったが中の搭乗者を潰すには十分すぎた。
ガンドマイストⅡは背中を大きく凹ませ、ゆっくりと崩れ落ちた。
(私は……)
見誤った。
マーリは自分の力不足を嘆いたがまさか変形し攻撃パターンが変わるなど予想などできるわけがない。
黒いゴーレスがゆっくりと近づく。
「貴様はゆっくり殺す」
とでも言いたげだ。
しかし、唐突にその動きは止まり、頭部がある方向を向いた。
マーリは疑問に感じゆっくりと頭部をその方向に動かす。そして、それを見た。
「なッ!!!?」
言葉が出なかった。
嘘だと思った。
ありえないと思った。
「カズキ……ッ!」
そこにいたのは走り寄る1人の少年だった。
◇◇◇
「ッ!バカか貴様!!」
マーリの怒号が飛ぶ。
一騎は膝に手をつき、息を整えているため返事を返すことはできない。
だが視線は巡らせることはできる。
すでに2機のガンドマイストⅡは撃破されているのか動く様子はない。
唯一残っているマーリ機も左腕が肘の辺りまで粉砕されており、明らかに無事ではない。
(バカ……か。確かに、そうかも、な)
自嘲の笑みを浮かべる。
わざわざ心地の良い場所を捨ててまでこんなところに来てしまったのだ。
バカというほかないだろう。
息が整い始め、一騎は黒いゴーレスを見上げた。
村を襲った時とは違い二本足で立っていたがあれが本当の姿なのだと納得できてしまうのが少し不思議だ。
(でも、バカはバカなりにやれることがあるんだよ、な……)
言うべき言葉は知っている。
それを言えば今度こそ自分の日常は真逆の方向へと進むことになるだろう。
しかし今更その程度で迷うことはない。すでに理由はある。目的はある。
ならば問題はない。
だから彼は、志々田一騎はその名を叫んだ。
「来いッ!アファメント!!」
その声に反応するように一騎の背後の地面に巨大な魔術陣が浮かび上がった。
中央に「α」の文字があり、周りには幾何学模様のような、どこかの文字のようなものが刻まれている魔術陣。
それが上空に一気に上昇。
するとまず、その陣から2本の腕が現れた。その腕は魔術陣に手を置くと力を込め始める。
次に、頭部が現れた。首が現れ、胴が現れた。
最後に、まるで繋がっている紐を引きちぎるかのように更に叫ぶようにもがき魔術陣から這い出たそれは空中で一回転し、カズキの真後ろに着地。
その灰色のゴーレスも4日前の戦闘の損傷は消えている。
カズキはその衝撃を背に受けながら右手を握りしめると高く掲げる。
それを合図に一騎の体を光が包み、アファメントと呼ばれたロボットの胸部に取り込まれた。
◇◇◇
カズキが目を開ければそこは薄暗い搭乗席の中だった。
最初に乗った時は後ろに2人の少女がいた。
だが、今はいない。たった1人でいる。
それはまるでこれからの彼を、そして、これからの末路を表しているようだった––––。
カズキはレバーを掴むと一息に押し込む。
カチッ!という音ともにレバーの基部が90度回転。それと同時に足首、手首、首に枷が付けられた。
「アファメント、リンク!」
その言葉に反応するようにバチッ!という音ともにカズキの視界に外の景色が映し出された。
その目の前に悠然と立つ黒いゴーレスをカズキは睨め付ける。