ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?
そんな訳で、私はめでたく左近少将という殿方と婚約した。うーん、浮舟の恋愛模様にそんなモブキャラがいたとは。恋の相手は、薫と匂宮だけだと思っていた。ちゃんと授業を聞いておけばよかったなぁと、ここに来てから何度したかわからない後悔を、また一回。
でも、待って。この世界に来る前、岩崎ちゃんの授業中に考えていた「私が浮舟だったら……」っていう妄想。実現するなら今が絶好のチャンスじゃない?今までは、わからないなりに本編の流れを崩さないで過ごしてきたけれど、そんなことする必要って果たしてあるのかしら。例えば、このままこの左近少将という人と幸せに暮らすことができれば、薫と匂宮とのドロドロ泥沼三角関係に浮舟が巻き込まれることはなくなるんじゃ……?
あれ?これ、新しい浮舟のスト―リが始まっちゃうってことも、あるんじゃない?私の力で、浮舟の楫をしっかりコントロールして、幸せな未来に連れて行くこともできるんじゃない?!「新編 源氏物語」がここに爆誕しちゃうんじゃない?!
……なんだか、俄然やる気が出てきた……!
「うき舟」――浮舟を、私の手で蒸気船に変えてみせるッ!面舵!いっぱい!
「ええええええええ?! 婚約破棄ィ?!」
私が「新編 源氏物語」を紡ぎだしていこうと心に決めた矢先、残念でしかないニュースが飛び込んできた。
私たち母子は、来るべき結婚に向けていそいそと準備を進めていた。部屋を綺麗にして、衣装を整えて。そうそう!久しぶりに髪の毛も洗ってもらった!
信じられない話だけれど、平安のお姫様はお風呂にもシャワーにも入れない。というかそもそも、そんな設備がない。髪の毛だけを、決められた日にだけ、盥桶に入れた水で少しずつバシャバシャすすぐのだ。髪は伸ばしっ放しで長いし量も多いので、ものすごーく時間がかかるし疲れる。でも、やっぱりきれいにしてもらえるのは嬉しいものだ。なにしろいつだって、基本的には汚くて臭いのだから。みんなしてお香を焚くのは、臭いのを必死でごまかすためだ。やれやれ。
あと、なんで部屋もきれいにしているのかよくわかっていなかったのだけれど、平安時代だと結婚は三日男の人が「女の人の家」に泊まると成立するらしい。要するに、いわゆる、肉体関係を三日連続でもつってことで、私はそのあたりも含めてちょっと……いやかなり緊張していた。
新婚初夜的なやつに備えてそわそわ待っていたにも拘わらず。私は、会いもしないうちから、婚約者殿に振られてしまったらしかった。なんかショック。さすがにショック。
そして母上は私以上に、目に見えて落ち込んでいる。当然だ。私の幸せだけを願って選んで来た婿……というか婿候補が、婚約を破棄したいと言ってきたのだから。
「でも、一体どうして……?」
私の下心が相手にばれてしまったのかしら?なんて考えてみたりもしたけれど、そんな心配は全くもって不必要だった。それどころか、もっともっと理不尽で腹立たしい事実が、そこにはあった。
母上は、悔しそうに言った。その肩は、わなわなと震えている。
「常陸介の実の娘でないなら、結婚したくないと、先方はそう言っているそうよ……。浮舟との婚約はなかったことにして、常陸介の姫君と婚約すると申し出があったわ。」
「えっ……。」
あの金ピカで田舎くさいダサ親子に、私は負けたの……?




