嗚呼なんだって物怪のせいなのぴょん
「浮舟様が大きなお声を出されるとは……!」
「どうやら記憶も定かでないようだ。」
「物の怪かッ?!」
マロ眉女たちは後退った。そのうちの一人が、恐る恐るという感じで私に近づいてきた。
「まさか、浮舟様……物の怪が憑いておいででは……。」
「も、モノノケェ?」
それって、今流行りの「モノノケ時計」のことかしら。「モノノケのせいなのぴょん」っていうキャッチフレーズで子どもたちに大人気のアニメだ。
私は答えた。
「……モノノケのせいではないぴょん。」
部屋が、シーンという音もないほどの静寂に包まれる。そして突然、火蓋を切ったかのように騒ぎが起こった。
「ぴょん?!」
「ぴよん、とはなんだ?」
「やはり浮舟様はご乱心の様子……!」
「加持祈祷の準備を。」
「憑座を呼べ!今すぐにだ!」
うわあああ!なんだかマロ眉女たちを混乱させてしまったみたいだ。
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!わ……私は何ともないです。モノノケも、大丈夫。ご心配なさらず……です。」
一体なんなのよここは……。私はさっきまでいつものように、学校で岩崎先生の授業を受けていたはずだったのに。
それにこのマロ眉の人たち誰?私のことをしきりに「浮舟様」って呼んでくるし。私は橘ゆかり。「浮舟」だなんて。……浮舟……?
橘の小島の色はかはらじを
このうき舟ぞゆくへ知られぬ
まさか、私。
「浮舟様っ!」
マロ眉女たちとは比べようのない、一番の貫禄を醸し出す尼君が、小声で私に近づいてくる。
「薫君様がおいでになります。どうぞ、お顔を整えて待ちください。」
顔を整えて……?よくわからないけれど、キメ顔でいろってことね。任せて。
私は「薫君様がおいでに」なるまで、頭の中を整理しようと試みた。
十二単に、床に引き摺る長い髪。私を囲むマロ眉の女たち。歴史の教科書や資料集の「平安時代の文化」に載っていた写真を思い出す。
それに、「薫」。ついさっき、岩崎先生の授業で出てきた言葉。「浮舟」に「薫」だよ。それってつまり。
私、『源氏物語』の世界に迷い込んでいる……?!
しかも、鬱々として長い宇治十帖のヒロイン浮舟に、なっちゃってる?!
どうして?!私はさっきまで教室で岩崎先生の授業を受けていたはずで……。ドッキリにしては手が混みすぎてるし……。
そうか!夢?!夢よねきっと?!もうほんと焦る。リアル過ぎるでしょ。本当に平安時代にいるみたいだ。
でもなんで?嫌だ、どうせ夢なんだったら、もっと明るくて可愛くて幸せになれる女の子になりたかったよぉ!村上春樹とか!有川浩とか!なんでよりにもよって平安古典文学?しかも『源氏物語』?そしてよりにもよって浮舟?!
三角関係で板挟み……なんていう逆ハーレム。恋愛経験ゼロの私にはハードル高いよ……。一人の人に愛されて穏当に幸せになる的なストーリーのほうが安心感あるのになぁ。
……あれ?でも、浮舟って最後どうなるんだっけ?『源氏物語』を読んだことなんてないし、授業でもまだ習っていない範囲だからわからない。
とにかく、今はこの夢を全力で楽しむほうが、私にとっては都合が良さそうだ。
なんたって私は『源氏物語』のヒロイン!
モテ女体験を満喫するぞぉ!
宿木巻、具合の悪い浮舟が寝ている……ところに、薫がやってくる場面とリンクしています。




