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はじめに〜うき舟は憂きと浮きとの掛詞〜

ここは、私立宇治原学園。


四階東向き日当たりバッチリ三年四組五時間目に、「古典講読」で教鞭をとるのは、私たちの担任でもある岩崎先生だ。

色白で小柄な岩崎先生は、肩までのボブをふわふわと揺らしながら、『源氏物語』について熱弁を振るう。なんでも、大学時代には『源氏物語』の研究をしていたらしい。私には到底、理解できないチョイスだ。


だって『源氏物語』って、モテモテのイケメン男子が、可愛い女の子を取っ替え引っ替えする話でしょ。岩崎先生、大人しそうな顔してそういう話が好きだったのかな。

私なんかは、……まぁ興味がないわけではないけれど、恋愛らしい恋愛もまだしたことがなくて。少女マンガを読んでキュンキュンするくらいで満足。なんなら、少女マンガですら、あまり実感をもっては読めなかったりする。周りの友達はもっと「進んで」いて、あんなことやこんなことまで知っているけれど……。

先生もそんな感じなのかな。いろんな恋愛を、経験しているのかな。


そんな私の勘繰りに岩崎先生が気付くはずもなく、授業はいつも通りに進んでいく。


「ヒロインの浮舟は、薫と匂宮どちらの貴公子の気持ちに答えるのか決めることができません……」


ほら、やっぱり。『源氏物語』なんて、ただの恋愛小説じゃん。平安時代も、今の世の中も、大して変わり映えしないなぁ。


そうだなぁ。私だったら、ちゃんとどちらかの貴公子に絞って、ばっちり幸せをゲットするかな。浮舟って、ちょっと欲張りすぎたんじゃないかしら。よっぽど自分の容姿に自信があったのかしら。

とはいえ。いくら二人の貴公子がどちらも素敵だって言っても、所詮マロ眉のシモブクレ顔でしょ。そんなのどっちだっていいじゃない。誘惑になんて負けないでしっかり拒むか、二人の男を行き来してうまく立ち回るか……。二兎追うものは一兎も得ず、というし。


折角のチャンスは、やっぱりモノにしないと損よね!私も頑張ろうっと!「年齢イコール彼氏いない歴」の私だけれど……きっと運命の人をゲットしてみせるっ!


そう決意を固めた瞬間、岩崎先生とバッチリ目があった。やばい!これは……!


「あっ!橘さん!あなた今、先生の話上の空だったでしょう!」

岩崎先生は、小さな頬をぷうと膨らませた。

「聞いてました!聞いてましたって!」

必死に弁明する私。うわあ!当てられちゃう!


「ププッ、ゆかりダッサ!」

「岩崎ちゃんの授業で気ぃ抜くとか!」

「終わったな、これ。」


クラスからクスクスと笑い声があがる。

く、くそぉ!私としたことが!


岩崎先生は、一度ロックオンした生徒のことを何度となく当て続けることに定評がある。だからみんな、ホームルームはともかくとして、古典の授業では「やってます」という感じを出す。目をつけられると厄介だからだ。しかも、なに書いてあるのかさっぱりわからない「古典講読」……みんな当たりたくなんかないのだ。意味不明な質問されたら困るからね。


「嘘をついてもわかります。残念。では、橘さん。橘繋がりです。本文五行目の、浮舟の和歌を二回音読して。大きな声でね。」

「はぁい……。」

弁明虚しく指名された私は、その場で立ち、教科書を目の前に掲げて音読する。とりあえず音読で済んだことに胸を撫で下ろしながら。


橘の小島の色はかはらじを

このうき舟ぞゆくへ知られぬ


……橘……。……うき舟……。

なんだか、不思議なリズム。

「橘つながり」かぁ、なるほどね。


橘の小島の色はかはらじを

このうき舟ぞゆくへ知られぬ





音読しているうちに、私の意識は、ゆらゆらと遠くへと流れていく。あれ、おかしいな……。


ゆらゆら、ゆらゆら。


ーーまるで、「ゆくへ知られぬ」うき舟のようにーー。




…………さま…………。

………ふねさま…………。



なんだか、全身が重たい……。身体だけじゃなくて、頭も。ずっしりと何かが覆い被さっているような感覚がする。それにさっきから、ゆらゆら揺れている。


なんなのよ、一体。ゆっくり眠らせてよ。

ゆさゆさ。ゆさゆさ。


「浮舟さまっ!」

「わぁっ!」


飛び起きた目の前にいたのは、マロ眉で真っ白な顔の女性だった。だ、誰……?!

身体にのめり込むオモリの正体は、たぶん「十二単」というやつ。教科書で見たことがある。頭のオモリは、長い長い髪のようだ。立ち上がってもまだ引きづるくらいの丈はゆうにありそうだ。


「ああ、ようやく起きた。全く、全然起きてくださらないからどうしようかと困っていたところです!」

「あ……ああ……ごめんなさい……。」

「寝ている場合ではありません!ようやく出会えたのですから、ご縁は大切になさらないと!」

「ご、ごえん?」

「ほら、浮舟様!お支度を!お香を今一度焚き染めましょう!いつ抱かれてもいいように!」


浮舟?おこう?抱かれる?! 誰に?!


「ちょ、ちょっと待って!」

私は思わず叫んだ。


「どういうことか、ちゃんとよく説明してっ!」

前半は橘ゆかり現代編。

『源氏物語』宿木巻後半〜、浮舟登場シーンです。


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