08:『狐の事実』
多少長くても気にしたら負けだと思ってます。
人も増えたし土産が多くて車が重い。
「さて帰るぞ。電話してくれ。今から帰るって。」
「はい。えーっと。」
どうやら携帯がよくわからないらしい。
「その下のボタンを押して、ずっと押して行くと、瑞千穂って入っているからそこにかけてくれればいいよ。」
トゥルルル トゥルルル
「はい。大介さんとこれから帰ります。はい。頂きました。」
酒のことかな。
「はい。それでは後ほど。」
「わかった。お酒を忘れなかったのは褒めて使わす。とのことです。」
「そうか。」
やはり酒だったか。
そこからは家に向かって一直線。
かと思ったが、途中、菜衣の腹の音が聞こえたのでサービスエリアに早々に寄った。
御幣餅にメロンパンにラーメンって食べ過ぎじゃ無いっすか?
「お腹も膨れて眠くなって来ちゃいました。」
そりゃあんだけ食えばな。
「寝ていていいぞ。着いたら起こしてやるから。」
「ありがとうございます。」
すやすやと寝始めたので再び運転に集中する。
高速を降りて、ふと隣を見ると菜衣の姿が無い代わりに着物と白い尻尾が見えた。
「おい!」
「はい。もう着きますか」
着物の中から声が聞こえる。
これはつまり。
「お前本当に狐だったんだな。」
もう信じざるを得ない。
「そうですよ。あ、戻ってしまっている。今、人の姿に成りますね。」
「ちょっと待て、着物が脱げているってことは裸になるんじゃないか。」
「そうなりますね。」
それはまずい。
裸の女を乗せて運転とか捕まりかねない。
「着くまでそのままでいろ。着いたら着替えればいいから。いいな。」
「はい。わかりました。でもなんで大介さんとお話しできるんでしょうね。」
何を言っているのかわからないが、なるべく焦らず、事故らないように家に向かう。
とりあえず駐車場に車を入れたら菜衣と着物を抱えて部屋に行き、置いてくる。
「服着てから降りてこい。」
本当に狐だったんだな。ってことは、瑞千穂も紳次さんもそうなのかもしれない。
心は落ち着かないが、こうゆうときはかえって体はてきぱきと動く。
荷物を降ろし、食材はとりあえず店に入れておく。
着物を持ってきといてやるか。
「お待たせしました。」
菜衣が降りてきた。
うん。きちんと着物を着ている。
「その店の中で待っていてくれ。この着物はとりあえず部屋に置いておくからさ。」
「わかりました。」
色々と聞きたいこと言いたいことは有るが、とりあえず瑞千穂のもとに連れて行ってからだな。
部屋に運び入れ、鍵をして店側から降りる。
「おまたせ。」
「ここのお店、上と繋がっているのですね。」
狐の姿を見られたことは何とも思っていないのだろうか。
そんな感じをおくびも出さない。
「こっちの階段は急だけどね。早速、瑞千穂に会いに行くか。」
「はい。お願いします。」
勝手口から出て行く。
おっと酒も忘れずに持たないとな。
「おーい。連れて来たぞー。」
反応がない。
縁側へ回ってみたがやっぱり居ない。
「おかしいなぁ」
菜衣はきょろきょろしている。
「楽しみにしていたのに悪いが、今居ないみたいだし、ちょっと先に荷物だけ運んじゃおう。」
「はい。」
台車は有るが、そうすると勝手口から通れない。
しょうがなく、店の正面を開けて表から回って行くことにする。
ゴロゴロゴロゴロ。
台車があっても、これだけ有るとなかなか押しがいがある。
菜衣が横からバランスが崩れないように押さえてくれているからまた楽だけど。
和菓子屋の角を曲がると見えてくる。
「あそこの神社の裏手に丁度なるんだ。」
「やっぱり人の多い所は綺麗お掃除されていますね。」
「菜衣が居た神社と比べれば大抵の神社は綺麗な部類に入ると思うぞ。」
そう言うと。
「見た目だけでなく、大切にされている気がします。」
そんなもんかね。
「地元の方も大切にされているのだと思います。」
神社に入る手前、豆腐屋を見て気になってので聞いてみる。
「やっぱり、狐って言われている通り油揚げが好きなのか。」
「さぁ。私は食べたことが無いので何とも言えないですけれど、ここの臭い美味しそうですね。」
食べたことが無いのか。
そんなことを思っているうちに神社の前に着く。
ドンドンドン
「瑞千穂開けてくれ〜」
反応が無い。
そんな俺を尻目に菜衣は鈴を鳴らして柏手を打つ。
「初めましてよろしくお願いします。」
トコトコトコ
お、来た。
「来たか。」
「来たか。じゃねぇよ。すぐ開けてくれよ。」
「ん?鈴ならして柏手打たないとわからんよ。最初に言ったじゃろう。」
そう言えばそんなこと言っていたが、わからないってどうゆうことだ?。
そんな俺の疑問を言う前に瑞千穂が切り出してくる。
「お、それが酒じゃな。」
酒かよ。
「うん。土産だ。それに魚と米だ沢山貰ったので分けようと思ってな。」
「そうかそうか。それでお主が、例の名無しの権兵衛か。」
「はい。菜衣と言います。菜っ葉の「菜」に衣の「衣」です。」
「ん?名無しじゃなかったのか。」
「大介さんに付けてもらいました。」
「ほほう。」
瑞千穂がこっちを見てくる。
「昨日うちの家族に会わせた時に、とっさに俺が考えただけだ。」
「つまりお前が名付けたと。」
「そんなに大したことじゃない。もう好きな名前名乗ればいいさ。」
「と言っておるぞ。」
なんでニヤニヤしているんだお前は。
「ですけど。」
「落ち着いて考えればいいさ。」
「はい。でも、菜衣と大介さんが付けてくれた名前。好きですから菜衣と名乗ります。」
良いのか?とも思ったけれど、本人が良いと言うのだから放っておこう。
それにそう素直に言われると嬉しい。
「そうかそうか。とりあえず入れ。」
いっぺんには運びきれないので菜衣と数回に渡って運ぶ。
瑞千穂は酒を持って行ったきりだ。
魚は冷蔵庫に入りきらないので、保冷剤と氷を追加しておく。
菜衣も早く話したいだろうに。
それでも手伝いに感謝。
「さて、取りあえずは、こんなもんでいいだろう。」
居間に座っている瑞千穂の元へ行く。
「終わったか。まぁ座れ。」
「はい。」
菜衣は瑞千穂と向かい合って座り、俺はその隣に。
部外者だとは思うが気になる。
瑞千穂が茶を進めてくれるが菜衣は手を出さない。
「まずは何から話すかのう。」
「菜衣は本当に狐だったぞ。さっき見た。」
「なんと、お主大介に見せたのか。」
「車の中でうとうとしてしまったら、いつの間にか。」
うんうんと首を振る。
「凄く驚いた。」
「まぁ、驚くか。その様子じゃ本当に儂らのこと信じておらんかったのじゃな。」
普通信じないって。
「人化して一年程じゃ、まだ戻ることもある。」
何やら考えているような感じに黙っている。
ここは黙っておこうか。
「・・。」
「・・・。」
「・・・・。」
「まずは、お主の話しを聞こうか。」
そう暫くして瑞千穂が切り出した。
「はい。私は生まれた時から兄妹とは毛色が違いました。それでも普通に成長していたと思います。今思うと親離れして、一年程立った頃に年を取らなくなっていたみたいです。けど気にせず暮らしていたのですが、兄が先に死に、妹が死んで一年程した時に不意に人化したのです。何故か人の言葉もわかりました。けど、人の姿になると狩りも上手くできないので、山のキノコや農作物や庭先の干し柿なんかを盗って生きて来ました。それでも人になったり狐になったりしてなかなか上手くいきませんでしたけど。。。。」
最近、食べ物が盗まれるってことはこいつの仕業だったのか。
一旦、話しを切ってお茶を一口飲む。
そうして再び話し始めた。
「小さい頃、母に昔は人化した狐は神様に使える為にお稲荷様の所に行った。と聞いたことがあったので、お稲荷様の所に行ったのですが、特に何も変化はなく。どうしようかと途方にくれていましたが、他にも行く所もなかったので、そのまま神社に住んでいました。それで一昨日、何か食べ物を探しに行こうと神社の下に居た時に、大介さんの話し声を聞いたので、他にも人化した方が居るのだと知り。翌日再び神社にいらした大介さんにお願いしたのです。」
「ふむ。大体わかった。それで、どうしたい。」
菜衣はきょとんとしている。
そりゃそうだ。どうしたいって言われても漠然としすぎている。
「儂は会うだけで力になれるかわからんと電話で言ったじゃろ。」
そうかもしれないけどさ。
「わざわざ頼って来たのにひどくないか。」
口を挟む。
ちょっと瑞千穂にしては冷たいと思う。
「いえ、そうお約束でしたし。」
悲しそうな菜衣。
なにか分るかもと思っただけに余計に悲しいだろう。
もっと言ってやろうと思ったが、瑞千穂の言葉が先に発せられた。
「まぁ待て、二人とも早まるな。」
「力になれるか分らんというだけで、なにも力にならないとは言っておらぬ。」
それなら、そうと早く言え。
「まず、大きく分けて3つ選択肢がある。」
そういって指を三本立てる瑞千穂。
一本ずつ指を折り曲げて選択肢を話す様だ。
「一つは、狐に戻ること。これは、なんとかなるが、普通の狐の寿命を過ぎているお主はおそらくすぐ死ぬぞ。」
死ぬ選択肢ってひどいだろ。
「もう一つは、人の社会に生きて行くこと。今は戸籍なんかがあるので不自由するとは思うが、飯や住まいくらいは儂が用意できぬこともない。」
あー。戸籍が無いから免許とか取れないのかね?
でもここいらの土地物件は瑞千穂のじゃなかったっけ・・・?
俺の疑問はよそに話はすすんでいく。
「最後の一つは、さっきお主の話しにも出て来たように神に使えることじゃ。これはよく分らん。ただ、白狐なので可能性はあるがな。」
「よく分らないって、今の瑞千穂は違うのか。ほら髪も白いし。」
「儂は違うな。確かに白狐だが、人として生きているに近いな。それについては後で紳次も含めて話してやる。」
菜衣は黙っている。
「すぐに決めろとは言わぬ。しばらく泊めてやる故に、落ち着いて考えろ。」
「・・・。」
何を考えているのか返事は無い。
そんな様子を見てか、瑞千穂は話題をこっちに振ってきた。
「大介。何を貰って来たのじゃ。」
「さぁ、向こうで詰めてくれたからよく分らないが、見てみるか。」
「うむ。」
二人で台所へ行く。
「ずいぶんあるのぅ。」
「米はじいさんが農家なのでそこから。魚は親父から。」
正確には漁協長も入るのだけど、説明すると長いから省略していいだろう。
「そうそう、さっきの酒もじいさんから。なんか地元のお酒で普通にビンに詰める前の物だってさ。なんか火入れしてない樽中出し無濾過だっけかな?」
「それは、嬉しいのう。生酒ってことは、そう持つまい。今日にでも飲んでしまうか。ツマミにも困らなそうだし。」
飲むことを反対はしないけど、俺この頃毎晩飲んでいる。
嫌じゃ無いけど。
むしろ嬉しいけど。
「食いきれぬし紳次にも声かけてやるか。」
「さて、その前に何があるか確認しよう。」
言うやいなや、ひとつ目の発泡スチロールをさっそく開けている。
「これは、ブリいや大きさからハマチかワラサくらいじゃろうかな。」
上から覗くと確かにブリ程は大きくないが、ワラサくらいあるだろう。
それが四本入っている。
「お次はと。」
次のを開けると、真鯛にカワハギ・金目鯛。
「ずいぶんと色々くれたな。」
「うん。最初クーラーボックスだけだと思っていた。」
話しながら、最後の発泡スチロールを開ける。
「イカじゃな。」
「イカだ。」
イカがこれでもかと詰まっている。
「お主、何と言って貰ったのじゃ。これは多すぎだろう。」
「傷ものや、市場に出ない小さいのを良ければくれと。」
「どう見ても、商品として出せるぞ。」
そう。どれも良い形で、目立った傷も無い。
普通に売っていたりするもと変わらない様に思える。
「最後のを見てみよう。」
クーラーボックスには貝が入っていた。
「平貝とアサリじゃな。お主の所は貝も採れるのか?」
採れないことは無いだろうが、そんなにやってなかったと思う。
「本当に貰って良いのかのう。」
「さっきは言わなかったが、漁協長の娘とうちの叔父さんが見合いしてさ、親戚なるかもって前祝い?と、店を始める練習の為にやる。って言っていたからいいんじゃないか。」
それでも、あとで電話しておこう。
「それならば、儂からも礼を言った方が良いか。」
「いや、俺が改めて電話しておくよ。漁協長の番号とか分らないしな。」
「そうか、よろしく伝えてくれ。練習のためならば、お主も少しはやらねばなるまい。」
瑞千穂に任せようかと思っていたのに。
「そんな顔をするな、教えてやる。ここには一本しか無いので、店から出刃を持ってこい。ついでに紳次にも声をかけてやってくれ。そうじゃの今から準備をして、6時くらいに始めたいのう。」
「OK。」
軽く返事をして表口から、店へと向かう。
何故なら豆腐と油揚げを買う為だ。
さっき臭いを嗅いで良い臭いと菜衣が言っていたし。
おっと、電話しなきゃな。
トゥルルル
「はい。麻倉です。」
「大介です。」
「あら、着いたの?」
「うん。さっき無事着いて、オーナーにも見せたら、色々とありがとうございますとお伝え下さい。だってさ。じいさん達にもありがとうって言っておいてよ。それにしても、あんなに色々良かったの?」
「いいんじゃない?お父さんも頑張れって言っていたわよ。何か有ったら、また言いなさい。できる事ならしてあげるから。それじゃ頑張りなさいね。」
口うるさいとも思うけど、親ってありがたいと思う。
「頑張るよ。じゃあね。」
「また顔見せるのよ。」
そんな親も兄弟も親戚すら居ない中、菜衣は一人いきなり今までと違う環境に身を置くことになったのか。
もう少し優しくしてやるか。
包丁を持って、紳次さんに声をかける。
「色々魚を貰って来たから飲むぞ。」
「それはそれは、もちろんおよばれいたしますよ。みぃ姐さんの所ですか。」
「うん。六時スタート目標だってさ。あと、もう一人、菜衣ってのが居るからよろしく。」
「姐さんから聞いていますよ。狐なんですって?」
もう聞いているのか。
「そうだよ。そう言えば紳次さんは髪が赤茶だから、狐の姿の時も赤茶なのか?それとも白狐じゃないと人間にならないとか?」
「お。ようやく信じてくれたのですね。僕は赤茶ですよ。髪の毛の色で判断すればいいと思いますよ。」
「ま、そうそう会うことは無いと思うがね。」
「二度あることは三度有るとも言いますけどね〜。それでは後でお伺いします。」
紳次さんの戯れ度とは相手にしない。
そうそう狐の知り合いばかりで来てたまるか。
「分った。」
戻ると菜衣が着替えて待っていた。
「手伝うというのでじゃな。折角の着物汚れてはもったいないので着替えさせた。」
それ、俺のだと思う。
向こうで濡れたやつだ。ジーパンとシャツくらい汚れても良いが。
「俺のじゃずいぶんぶかぶかだろ。」
「勝手にすいません。瑞千穂さんが良いって。」
「いいけどさ、服拾ったの持ってなかったっけ。」
「あれは、おじいさまのお家に置いて来てしまいました。すいません。」
そんなに謝らなくても。
「気にしないでいいよ。料理手伝ってくれるんだってな。二人で瑞千穂に習いならがらやろう。」
「包丁は持って来たようじゃな。お、豆腐も買って来たのか。」
「さっき菜衣が良い臭いがするって言っていたからな。」
「ありがとうございます。」
「なんじゃずいぶんと優しいのう。惚れたか?」
「アホなこと言ってないで支度しようぜ。紳次さんにも6時からって声かけて来たし、さっさとやらないと間に合わないだろ。」
惚れた訳じゃない。
ただ少しくらいの優しさを持っても良いと思っただけだ。
「三人もおるし大して手間はかからんと思うぞ。」
「あの、私は料理したことないです。」
「俺もあんまり自信はない。」
「菜衣はまだしも大介は一人暮らしが長いのじゃし、少しくらいはできるじゃろ。」
いえ、本当に自信が無いです。
「何を作ろうかのう。」
「おまかせします。」
「今日の所は簡単なとこにしとくか。まずは刺身。カワハギと鯛とワラサ、それにイカと平貝も刺身で良いな。キンメは煮付けよう。イカは多いので、肝焼きと塩辛も作ってしまうか。アサリは豆腐と合わせて小鍋仕立てでよいかの。後は、思いついたらで良いじゃろう。ふむ、こう考えると大してやることないのう。」
俺には、捌くのすら難しそうに見えるのだが。
「今日の所は菜衣は色々見て覚えよ。まぁ難しいことはないがの。」
「はい。」
つまり、
「大介は手を動かせ。」
そうなりますね。
「まず、アサリを砂抜きと、塩辛用の肝の処理をしておこう。」
こうして、瑞千穂料理教室が始まった。
結局、俺より菜衣の方がイカの皮むきとかは上手かったし、味付けは瑞千穂まかせ。
切った刺身は太かったり細かったり。
終いには、
「菜衣の方が使えるのう。」
と言われる始末。
情けなし。
だが否定もできない。
情けなし。
「まぁ何事も慣れじゃよ。なるべく包丁を使えば慣れるし、味付けもやってみねばなかなか覚えぬからのう。」
それでも、一人分とかついつい面倒臭くて買うか外食ばかりだった。
「これからはなるべく作るよ。」
「うむ。ここで作ってよいぞ。ついでに儂の分もな。」
あんなに料理上手いのに自分で作らんのかい。
「人に作ってもらった飯はまた美味いからな。それに人と食うとさらに美味い。」
「そうですね。温かいご飯は幸せを感じましたけど、一人じゃないご飯はもっと美味しく感じました。」
菜衣が言うと実感がある。
それに俺もそう思う。
「頑張ります。」
慣れない手つきでもなんとか六時前には準備は終わり、あとは客を待つだけになる。
「先に始めとくか?」
酒を飲みたくてたまらないらしい。
「せめて六時までは待とうよ。」
そこで、部屋に声が響いた。
「姐さん来ましたよ。開けて下さーい。」
「なんじゃ、表から来たのか。大介開けてやってくれ。儂は菜衣と料理を運んでおる。」
玄関を開けると、立っていたのは紳次さんだけではなかった。
「大介さんでしたか。ありがとうございます。」
「紳次さんこの方達は。」
「大介さんも会うの始めてでしたね。菜衣さんにもご紹介したいので後で。もう始まってしまいました?」
「瑞千穂は飲みたがっていたけど、六時まではお預けってことで。」
「それはそれは。では早速上がらせてもらいますか。」
皆ぺこりと頭を下げてくれる。
赤茶の髪の毛が二人。
もしかして、みんな狐か??。
「よう来たな。紳次だけでなかったのか。」
「菜衣さんもいらっしゃるというので、是非に一緒に行こうと声を勝手にかけさせていただきました。」
「適当に座ってくれ。今、箸と皿を出すからのう。」
菜衣も一緒に持って来てくれた。
「あとこれ、お土産です。お魚が有るというので僕は肉を。商店街の肉屋の焼豚です。」
「私は大学芋を作って来ましたよ。」
「篠の大学芋は美味いからのう。」
そのままテーブルに置かれる。
「焼豚は後で切るとしてとりあえず乾杯じゃ。」
皆にビールが配られ、
「乾杯じゃ。」
「乾杯。」
何に対して乾杯とかないらしい。
さっさと飲めるのは嬉しいので、反対はしないが。
「手みやげ持って来るとは重畳。」
「私はこれ。」
ポケットから取り出し、コトンと置く。貝殻が四つ?
「おぉ、焼きカゼではないか。」
「冷凍だけどね。お取り寄せした。」
見るとアワビの貝殻にウニがてんこもりだ。
美味そう。
「えらい!。して、繁治は?」
「その芋作ったのは俺だ。だから勘弁しろ。」
それはさておき、瑞千穂の裾を引っ張る。
「菜衣と俺を紹介してくれよ。」
「おお、そうじゃったな。」
そこで一度グラスを置く。
「皆、紹介するぞ。大介と菜衣じゃ。」
皆が見てくるのでぺこり会釈をする。
「それで、大介・菜衣。紳次と月子と篠と繁治だ。」
皆もぺこりと会釈を返してくれる。
それだけ言うと、再びビールに手を伸ばす瑞千穂。
「えっ?それだけ?」
紳次さんに助け舟を求める。
「みぃ姐さんは、面倒なんでしょう。」
「よくわかっとるな紳次。なのでお前が説明してやれ。」
紳次さんの説明によると、俺と同い年くらいで黒髪のメガネをしている女性が月子さん。
大学芋を作って来てくれた五十過ぎくらいのおばさんが篠さん。
さらに年上に見える男の人が繁治さん。
予想通り皆狐だそうだ。
それを聞いた菜衣は驚いていた。
「こんなに居るのですね。」
さらに篠さん以外は、あのビルに住んでいるらしい。
「大介さんも今度お寿司屋さんの跡地に住まわれるのですよ。」
「一週間以内には引っ越して来ようと思っています。」
「もう一人あそこの住人で玲というのがいますが、放浪癖があって今も何処かの空の下でしょう。」
玲さんも狐だそうだ。
つまり、狐に囲まれた住まいということになる。
「大介さん狐に包まれる生活ですね。」
シーン。
「包まれるとつままれるをかけたのですけど。」
「・・・」
「紳次。つまらん。」
同意。菜衣以外は皆頷いている。
ビールをあおる紳次さん。
落ち込んだかな?。
「紳次は放っておいて、料理に手を出してくれ。魚は大介が親から貰って来たものじゃ。」
ぴくっと反応してこっちを見るのは月子さん。
「とゆうことは、大介さんは人間ですか。」
篠さんが聞いて来た。
「そうです。」
「姉様。良いのですか?」
「紳次のヤツがつい言ってしもうてな。もう、知られておるし、気にするな。菜衣は狐じゃが、成ったばかりなので色々教えてやってくれ。菜衣も色々聞いてかまわんぞ。」
「はい。」
自分で答えるのが面倒なだけじゃないのか。
「大介さんは信じたのですか。」
「最初、紳次さんに言われた時は信じていませんでしたけど、この菜衣に会って、狐に戻った所を見ましたのでね。」
紳次さんを見ると、月子さんに睨まれ余計小さくなっている。
しばらくは飲みながら、菜衣との出会いや紳次さんいじりなんかをして飲んでいた。
しゃべっていたのはもっぱら篠さんで、月子さんはあまり、繁治さんは全然しゃべらない人みたいだ。
会話が切れた頃を見計らって菜衣が意を決っした表情で質問をした。
「あの、皆さんはどうして人と暮らすことにしたのですか。」
「姉様の側に居たかったから。」
簡潔に答えてくれたのは月子さん。
「どうしてねぇ。」
ちょっと長くなるけれどと話し始めたのは篠さん。
「私は人に飼われていてね。私を飼ってくれた人はとても大事にしてくれたの。だけども、私は普通の狐のような寿命では死なないで、飼ってくれた人が先に病床に着いてしまった時に始めて人化したのね。その人はもちろん驚くだろうと思ったけれど、私は看病ができるのが嬉しくて黙っていたの。しかし、ある時その人の前に狐に戻ってしまってもう終わりだと考えていたわ。だけれども、その人はそんな気がしていたってかえって喜んでくれてね、その後少しは良くなって二年程は一緒に過ごしたけど亡くなってしまったわ。」
「その人は、今後私が生きて行けるようにと、亡くなる時にお店とか全部残してくれたけれど、一人ではどうしようもなくてね。そんな時、瑞千穂さんに力になってもらって今にいたるの。そんなわけで、人の中で暮らすということにそんなにも抵抗がなかったし、あの人の好きだったお店をできるだけ残していきたいと思っているからね。そんなところかしら。」
そう話しを終えた。
「俺は、んーなんでだろうな。・・・。」
そのまま黙ってしまう繁治さん。
そこで紳次さんが話を次ぐ。
「僕はですね、みぃ姐さん達を子供の頃から知っていましたので人化については特に驚きませんでした。むしろ嬉しかったくらいですね。それで僕は神様に仕えようと思ったのですが、その方法が全然分らなくて。みぃ姐さんも知らないようでしたし。」
それはさっきも言っていたな。
「それでも全国津々浦々、色々と話しを聞きつつ探したのですが。駄目でしたね。伏見の御山では白狐でないといけないとか聞いたこともあるので、もしかしたら霊力が強くないと駄目だとかあるのかもしれません。そんなわけで、仕えることもできず、かといって死ぬのも嫌ですし、色々と聞いたりしたことを生かして、物書きとしてやっている訳ですよ。」
今の話しを聞く限りまだ仕えることは諦めていないのかなと思えるけどどうなんだろう?。
「そういえば、みぃ姐さんはどうしてですか。」
「姉様の話し私も聞いたことがない。
「儂か。儂は酒が好きでのう。それに本も好きじゃ。」
短い付き合いだが、酒が好きなのは重々知っている。
「酒も本も人がいなくてはどうにもならぬ。それは神とて同じなのかもしれぬが、儂はいや、儂らはお狐様ではなくお狐さん。人の隣人たる道を選んだのじゃ。」
「なあ、それじゃ神様って本当に居るのか?」
「どうなんじゃろうな。現代社会にとって神様は身近なものではないし、今言ったように神も人が居なければ、いや人が祈らなければ存在できと儂は考えておるからじゃ。」
「でも、今の人がそんなに信心深いとは思わないけれど、神社とか結構あるよな。」
「例えば儂らがおる稲荷神社じゃの御神徳は五穀豊穣と言われる、昔の日本は米文化じゃったし、今程機械管理もできないので祈る人は多かった。しかし、それと比べると食文化も変わり、作り手も減ったことは否めない。実際お主の実家の神社もボロボロじゃったのじゃろう?。」
確かにそうだ。
じいさんが言うだけでも農家の数は減っているし、神社に行く人数も機会も減っている様だった。
「じゃが、それも仕方がない。酒一つとっても、儂もビールやワイン等、日本酒以外の酒も飲むものなぁ。」
「そうですね。時代が進むに連れて多様性に富んだ世界になり、色々と楽しめるのは良いことだと思いますけど、感謝の気持ちも忘れちゃいけないですね。」
と、紳次さんがしみじみと言う。
「それでも昔はいたような気もするが、儂は未だ見たことがない。確実に言えるのは我々のような者が居るということだけじゃ。」
思っているよりも、この世界には人ならざる者達が多いのかもしれない。
さらに瑞千穂は語る。
「じゃが、同じように我々狐も人間の身近に居るもではなくなって来ておる。そうなると必然狐が人化した話しや、稲荷へ仕えに行く話しが伝わらなくなっていくのも道理じゃ。大介の所は祖父殿か伝え聞いていただけ、珍しい方じゃろう。」
「その分、余計に人にはバレないようにしないといけないのじゃないか?俺にバレてしまってよかったのか。もちろんばらす気はないけど。」
「良くはないが、紳次が言ってしまったし、菜衣のこともそれがなければ手を貸せなかったろう。結果オーライじゃ。」
紳次さんは月子さんにまた睨まれて小さくなっている。
「さて、」
と瑞千穂が改めて菜衣に向かって言う。
「話しが大分ずれたが、少しは菜衣の参考になったか。」
「ありがとうございました。もう少し考えてみます。」
「菜衣ちゃんはまだ悩んでいるの?」
篠さんが聞く。
俺も悩むまでもないと思った。
死にたくなければ、神様に仕えられるか分らない今、とりあえず人として暮らして行くしかないだろう。
それでも菜衣は悩む。
「はい。それでも人間は怖いですし、篠さんの様にやりたいことがあるわけでもないので。」
「篠よ。ゆっくり考えさせてやれ。」
「そうですよ。僕たち皆がそうであったように、成ったばかりなのですから色々思う所が有るでしょう。」
紳次さんの言葉で、その話題は終了となった。
「そろそろ焼豚と焼きカゼをいただくかの。」
瑞千穂に付いて台所へ行く。
「お、手伝うか?」
「うん。焼豚切るのくらいやろうかと思って。」
「じゃ、儂はカゼをやろう。このまま温めても美味いのじゃが、ちょっと解凍した所に軽く日本酒をかけて蒸しっぽくするのが儂の好みじゃ。」
切っている横で良い匂いがする。
皿に盛っている間に瑞千穂はもう一つやっていた。
「何をやっているんだ。」
「さっき余った平貝の紐と身を使ってちょっとな。」
紐と身をクリームソースに会わせて貝に盛り、その上にチーズを乗せてオーブンで焼こうとしている。
「グラタンみたいだな。」
「そのようなものじゃ。」
チンッ
「カゼが温まってしまったのう。貝は後にして先に持って行って一杯やろう。」
「焼豚も温めたいしやっておくよ。後はオーブンで焼くだけだろ。」
「うむ。ではまかす。焦がすなよ。」
他にやることなく焦がす程ドジではないつもりだ。
チンッ
焼豚が温まる。役得ということで一口つまむ。
美味しい。商店街の肉屋と言っていたな。
今度チェックしておくか。
焼豚を居間に置いて台所に戻る。
貝も良い感じだ。
ちょっと焦げ色の付いた表面がぐつぐつとしている。
「このくらいでいいだろ。」
持って行くと既に三本目の日本酒が開いていた。
「よく飲むな。」
篠さんと繁治さんはあまり飲まないみたいだから残りの四人で居ない間に一本開けたのか。
「月子さんもお酒強いんですね。」
顔色が全然変わっていない。
「そんなことないれすよ。」
これは駄目だ。呂律が回っていない。
強いと言ったのは前言撤回です。
「月子さんは強くはないのですけれど、お酒は嫌いじゃないので、飲むときは飲み過ぎますよ。」
「ひんじ、私は弱くない!あんたも飲みなひゃい。」
紳次さんに注いであげるのは良いけれど、こぼれている。
「あぁ、もったいない。」
「私はそろそろ失礼しますね。明日もお店開けたいので。」
「そうか、気をつけて帰れよ。大学芋ありがとうな。」
こんな時間に一人で大丈夫だろうか。
「俺も帰る。」
「繁治はまだ良いじゃないか、すぐ帰れるのだし。」
「篠を送って行き、酔いを醒ましながらかえる。」
それなら俺が送って行かなくても大丈夫だろう。
「私は大丈夫ですよ。」
「そこまでだから気にするな。それに眠くなって来たしな。」
そうして二人が立つので菜衣と玄関まで送って行く。
「大学芋美味しかったです。色々聞かせていただいて、ありがとうございました。」
「いえいえ。」
「大介さんや、瑞千穂さんと店やるんだってな。」
「はい。今月か来月には始めたいと思っています。」
今月中の予定だったが、ギリギリ月をまたぎそうだ。
「そこの畑で使えるものあったら遠慮しないで言いな。じゃあな。」
どうやら畑の世話をしているのは繁治さんらしい。
彼はそう言ってとっとと外に出てしまう。
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします。」
「繁治ったら。あまり喋らないし、ぶっきらぼうに見えるけど優しいし、照れ屋なだけだから気にしないで仲良くしてあげてね。」
まるで、お姉さんのような言い方だ。
「そうそう、良ければ菜衣さんと大介さんもお店にいらして下さいね。ここが私のお家兼お店だから。」
カードを渡してくれる。
『古本茶屋・篠』。
地図も書いてあるショップカードってやつだ。
うちもそのうち作らないとダメかな?
「近いですね。」
「隣駅だけれど、歩いて来れる距離なのよ。」
「今度歩いて行ってみたいと思います。」
「菜衣さんもね。あとどうするか決まったら教えてちょうだい。できるだけ力にはなりたいから。」
「はい。ありがとうございます。」
「繁治も待っているし、行くわね。おやすみなさい。」
「「おやすみなさい。お気をつけて。」」
また菜衣と声がそろった。
「あらあら仲が良いこと。じゃあね。」
部屋に戻ると、再び新しいビンを開けている。
「菜衣も大介もまだいけるじゃろう。」
今度は焼酎らしい。
これは、まだまだ飲みそうだ。
こうして、宴の夜は夜はふけていく。
最後、月子さんがこっくりしていたのを見たが、間もなく俺もその境地に達したらしい。
人の話し声がする中で眠って行くのも良いものだ。
zzz…