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狐のお店  作者: 105 秋
5/12

05:『美人拾得』

 


 翌朝。

 起きると親父はもう漁に出た後だった。


 「相変わらず早いね。」


 昔から起きると居なかった。

 前の夜から居ないなんてこともあったな。


 「そうよ。もう漁は終えて港に帰ってきているんじゃないかしら。お母さんも結婚してから起きる時間が変わったけれど、もう二度寝が体に染み付いちゃったわ。」


 飯と味噌汁をよそってくれる。


 「今日はどうするの?」

 「帰ってきているなら、飯食ったら親父の所に行ってみるよ。その後に山の方の神社に行ってみようと思っている。昨日は上まで行かずに帰って来ちゃったからさ。」

 「散歩ってあんなところまで行ってきたの。小さい頃お狐様の顔を見てあんた泣いたのよねぇ〜。あそこまで行くならおじいちゃんの所にも顔出してきなさいよ。しばらく会っていないでしょ。」


 お袋はこの町の農家の出で叔父さんが後を継いでいる。

 爺さん婆さん元気かね?


 「うん。そうするつもり。元気かな。」

 「元気よ。まだ田んぼにも出ているし、この間なんて新米をわざわざ届けてくれたのよ。行くなら電話しといてあげるわ。喜ぶわよ。あの子もお嫁さん貰えばおじいちゃん達も楽になるのに。」


 叔父さんはお袋と年が離れているし、嫁を貰っていない所為かいつもお袋に心配されている。

 それでももうすぐ四十になるんだからほっときゃ良いのに。。。


 だけど、そんなことは言わない。

 こっちに話が来たら面倒臭いからね。

 

 爺さんの所にも行くことだし車で行くことにしよう。

 乗った方が早く運転にも慣れるし。

 漁港は大きくないので親父はすぐに見つかった。


 「おう。来たのか。」

 「昨日の夜、店で使いたかったら、声かけてって言っていたから、どんなものが採れるのかなと思ってさ。」

 「もう、大体は市場の方に行っちゃったぞ。残っているのは近所に出すのか市場に出せないものだ。」

 「そうだよな・・」

 「今、ふと思ったんだけど市場に出せないのって安いのかな?それに市場に出すのと種類が違うなら店で出したら面白いと思うんだけど。」

 「種類というより大きさではじかれたり、傷がついちゃったりしているのが多いな。こっちだ」


 ずかずかと歩いて行く。

 勝手って知ったるってやつだな。


 「この辺だな。」


 確かに小さかったり傷はついているが全然食える様に見える。

 料理したら傷も分からなくなったりするんじゃないか。


 「これどうすんの?」

 「安く売ったり、自分で持って帰ったりだな。場所によっては水産加工や食堂に回すらしいが、うちの漁港は小さいからなぁ。」


 小さいから、その分漁獲量も少ないんだそうだ。


 「安く譲ってもらえるように話しといてくれない?。まだ本決まりじゃないけれど、週何回か取りに来れるようにするつもりだからさ。」

 「わざわざ話なんかしなくても大丈夫だと思うが。。。今日はぼちぼち帰り始めているから、一応明日にでも皆には言っておくよ。」

 「ありがとう。」


 親父にありがとうってなんかこそばゆい。


 「お前に、ありがとうって言われると変な感じがするな。」


 親父もそうらしい。


 「俺もそろそろ帰るが一緒に帰るか?」

 「いや、車で来たし昨日言っていた神社とじいさんの所に顔出そうと思っているからさ。」


 親父は軽トラだし、仕事帰りだ。一緒には行かないだろう。


 「そうか、義父おやじ殿によろしくな。俺は少し船に寄って帰るよ。曇ってきたから雨には気をつけろ。」


 船に寄るって、一緒に帰るって言っていたのは気を使ってくれたのかな。

 空を見ると曇ってはいるけれど進行は無い。


 これはもちそうだな。


 「わかったよ。魚のことよろしく。」


 こうしていると、店をやるって実感が益々湧いてくる。

 さて、神社に行ってみるか。


 どうせ誰も来ないだろうと、昨日見た入り口に車を止める。

 石段を上って行くが結構あるな。

 所々かけていたり草が生えっぱなしだったり、手入れはされてないのかね。


 上までついた頃にぽつぽつと降ってきた。

 戻るかとも思ったけどお天気雨だしすぐにやむかもしれない。

 軒下で雨宿りさせてもらおう。


チャリン。からんからん。パンパン。

 賽銭を入れ、鈴を鳴らし、お辞儀をして柏手を打つ。


 「ちょっと雨宿りさせて下さい。それと店が上手く行きますように。」


 ふぅ。

 このぱらぱらと降る雨が何か落ち着くな。

 それにしてもひっそりしている。

 言っちゃ悪いが、ボロい階段も手入れされていないみたいだし、手水舎にいたっては水も出ていない。参拝する人もほとんどいないのかな。

 賽銭箱があるが、これ盗めちゃう。

 フタが開いている。覗いてみると盗む程も入っていない。さらにお狐様の耳も欠けている。

 瑞千穂の神社はこう思うと綺麗だったんだな。


 まぁあっちは町中だしな。


 「あっちで店の祈願をせずにこっちでするって変な感じだな。」


 うん。帰ったら一度お参りしとこう。

 雨が止んだので、じいさん家に向かうことにする。


 「ありがとうございました。また来れたら来ます。」


 その時は雑巾くらいもってくるか。

 なんだか、瑞千穂のおかげで光が見えたせいか信心深くなっているのかもしれない。

 以前はこんな気持ちにならなかったものな。


 滑らないように慎重に階段を下る。

 だが車に着く前にまた振ってきた。

 階段を下ったら車まで走る。


 車に駆け込もうとすると木の下に人が居るのに気づいた。

 若い女だ。

 こんなところに珍しいけど薄暗くちょっと怖い。

 美人なのがまた怖い。


 向こうも気づいているみたいでこちらを見ている。


 まぁこんだけ近けりゃ気付くよな。他に人がいるわけでも無いし。


 「あっちの方に行きますが乗ってきますか?」


 今のご時世、若い女をいきなり車に誘うのも怪しまれそうだが、気づいてしまったら声をかけざるをえまい。


 「お願いします。」


 小走りに駆けてきて車に乗り込む。

 どうやら怪しまれなかったようだ。


 「あっちの山の棚田の方に行ったところに行くのですが、どこに行かれるのですか。」

 「えっと、私もそっちのほうです。」


 改めて見るがやはり美人だ。

 何故か白髪で男物の服をだぶっと着ているが美人には間違いない。

 年は紳次さんと同じくらいかな。


 「そうですか、それなら丁度良かった。」


きゅるきゅるきゅる

 車のエンジンはまだかけていない。右を見ると恥ずかしそうに顔を下にしている。腹の音か。

 聞かなかったことにしよう。


キュルキュル

 エンジンをかける。


 「近くに行ったら、指示して下さい。」

 「はい。」


 うつむいたまま、小さな声で返事が返ってくる。

 こうゆうときいまいち何を話したら良いかわからないし、ラジオをつけて発進する。

 途中話をしてみようとしても、


 「白い髪って珍しいですね。綺麗で似合っています。」

 「ありがとうございます。生まれつきなんです。親や兄妹とは違うのですけど。」


 こんなかんじで会話がすぐ終わってしまう。

 まぁ、静かなのも雨とラジオとエンジンの音が混ざっていい感じだ。


 会話の無いまましばらく走って川の手前まできた時、むこうが沈黙を破ってきた。


 「あの。」

 「はい。」

 「お訪ねしたいことがあるのですが。」


 なんだろう。

 だが美人に興味を持たれるのは嫌いじゃない。


 「どうぞ。」

 「狐のお知り合いが居るのですか?」


キッー


 「きゃっ」


 思わずブレーキを踏んだ。


 「な、なんでそんな質問を?」


 今の質問の仕方、明らかに焦っている感じだな。俺。


 「昨日、お電話で、「正体が狐だとか」お話ししていましたので。本当に狐なんですか?」


 昨日の電話が聞かれていたのか。


 「昨日もあの辺に居たんですか。」

 「はい。あの辺に住んでいますので。」


 よく考えればあの辺りに家はないのだけど、その時の俺はそんなことにも気づかなかった。

 改めて話を聞く。

 その話が気になってはいたがどこに住んでいるのかもわからず、諦めかけていたらしい。

 ただ昨日の今日で俺がまた来たのを見かけて、神社から帰ってくるのを待っていたそうだ。


 「いや自称狐が正体とか言っている普通の人ですよ。」

 「そうなのですか。」


 明らかにがっかりしているが、口止めされているし変なこと言えまい。

 そもそも俺自身いまいち信じられないのだ。

 というかほとんど信じていない。年齢は俺より上っぽいけどさ・・・。


 「でも、あと二つ程聞きたいのですけど」


 それでも彼女は諦めきれないらしい。


 「その方も稲荷神社にお住まいではないですか?それと、年を取らなかったりいたしませんか?」


 なんでそんなことを知っているんだと思う。

 年をとらないのはわからないが神社には住んでるな。


 「何故そんなことを聞くんです。」

 「お願いします。それだけ答えてくれたら結構ですから。」


 真剣な顔だ。

 うさんくさいとは思うが何やら必死なので答えてしまおう。

 まぁ内緒ってわけでも無いし。


 「年をとらないかどうかは知らないですけど、稲荷神社には住んでいますよ。」


 紳次さんは住んでいないが、かまわないだろう。


 「最後にもう一つ。」


 二つじゃなかったのか。


 「その鈴はその方が?」

 「えぇ。何故です?」

 「稲穂に狐の尾の鈴ですし、何か懐かしいような。」


 懐かしい?。


 「ともかくもう良いですか。」


 送らなくて良いなら降りてもらって良いだろう。

 雨もやんでいるし、あそこまで歩けない距離じゃない。


 「不躾なのですけど。」


 今までも充分不躾ではあったけどね。


 「その方に会わせてくれませんか。」


 さすがにそれはまずいだろ。

 話すなとも言われているのに。

 会いに行ったら話したことがバレてしまう。

 いや、会話を聞かれただけだけど瑞千穂がそれを信じてくれるとは限らない。


 「それはさすがに。」

 「お願いします。何でもしますから。」


 美人のなんでもにはそそられるが、そこは譲れない。


 「遠いですし、見ず知らずの人にいきなりそんなこと言われてもね。」


 俺も見ず知らずで優しくしてくれたから大丈夫な気もするが、さすがに連れて行くのはダメな気がする。


 「お願いします。」


 車の中で美人が頭を下げる。

 てこでも動かないようだ。


 「・・・・」

 「・・・」


はぁ

 「なんでそこまで会いたいのですか?」

 「あの、」


 口ごもるが、意を決したようで。


 「実は私も狐なんです。」


 またか。

 なにか狐に化かされているんじゃないかと思えてくる。


 「信じられませんよね・・・」


 あぁあぁ。今にも泣きそうだ。


 俺は、女の涙に弱い。

 美人となればなおさらだ。


 「とりあえず電話だけでもいいですか。」


 顔がぱっと晴れる。


 「お願いします。」


 またも頭を下げる美人さん。


 もう、どうとでもなれ!!




 


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