04:『帰郷』
いざ店を始めようとなると忙しく日々が過ぎて行く。
自分のアパートの解約及び引っ越しに始まり、ガス・水道。保健所。その他諸々。
仕入れる酒屋は紳次さんが紹介してくれた。
以前、寿司屋にも出入りしていたところだそうだ。値段交渉までも請け負ってくれた。
メニューを考えている時に食材の仕入れは車で行く話がでた。
料理するのは瑞千穂なので一緒に行くことになるだろう。
駐車場で店と同じく埃をかぶっていたMI◉I。
車検が切れていたので車検も取った。ちなみに車検代は持ち主ってことで瑞千穂が出してくれた。
営業者はATだったので、MTは久々に乗るのでちょっとこわい。
そのうち慣れるだろう。
一発目でエンストしたのはご愛嬌。
そして時折入るミーティングという名の飲み会。
仕事が無い時に手伝うと言いながら、ほとんどミーティングに紳次さんも居た。
本業は大丈夫なのだろうか。
自分の就職活動をする暇がない程忙しいのだし大変ありがたい。だけどやはり気も引ける。
聞いてみたところ、「気分転換中です。」とのこと。
本当に大丈夫かな。
そんな忙しい折、お袋から電話が会った。
親父が倒れたという。話をしたところ二人共急いで行ってやれと言ってくれたので言葉に甘えて車で実家へ向かう。(俺以外運転する人が居ないんだそうだ。もったいない。)
約三時間で着いた。
新しい高速すごく便利だな。。。
家に到着。
うん。相変わらずの実家だ。何も変わってない様に思える。
親父の軽トラの隣に車を止めると出迎えに来たお袋が驚いていた。
車で来た俺を見てってことらしい。
「あんた就職もしないで車買ったのかい。」
おいおいそこかよ。
「親父が倒れたって言うから、車借りて急いで来たんだよ。」
「あ、そうだったのね。」
ん?
「どうしたぁ。おう大介久しぶりだな。」
親父が奥から歩いてくる。
「車で来たのか。とりあえずそこに停めておけ。」
「寝ていたのは本当よ。腰を痛めて寝ていたのよ。」
聞くと軽い腰痛でたいしたことは無いらしい。
それにしても倒れたってのは盛り過ぎだろお袋よ。
まぁ折角帰ってきたので泊まっていくことにした。
車だし帰れないことも無いけど久々にお袋の飯でもいただきましょう。二人とも泊まって行けと煩いし。
夕食までちょっと散歩でもしてこようと外に出てみる。
久々だとより懐かしい。
この辺りは海と山しかない。ど田舎とはいえないが、観光も無いし山に囲まれている土地なので、どうしても海で漁をするか、山の方の棚田で稲作をするしかない。
若い人は年々外に出ていってしまう。
典型的な田舎だと思う。
「都会の方が若いやつには魅力的で、ここいらで、働こうとは思わ無いんだろうなぁ。」
自分自身町を出て行った身なので、そう呟きながらも何ともいえぬ気持ちだ。
漁港には何となく行きづらく、ついつい山の方へ向かう。
そうだ、報告をしておかないとな。
「そんな訳で全然たいしたことなかったけど、こっちで泊まっていけと言うし泊まっていくよ。明日か明後日には帰るよ。」
「そうか、久々に合うのじゃろうし、親孝行してこい。最近準備で忙しかったし、ゆっくり休息じゃな。こちらは特にないが、何かあったら連絡する。あと、正体が狐だとか余計なことは言うなよ。それでは、親父殿にお大事にとな。」
「ありがとう。正体が狐とか言わねぇよ。どうかしたと思われる。それじゃ帰る前にまた連絡するよ。じゃあな。」
いつのまにか棚田の方まで歩いていたらしい。
薄暗くなってきたのでこれ以上進むのはさすがに怖い。
なので戻ろうと思っていた時、小さい神社を見つけた。
「こんなところに神社か。」
どうやら稲荷神社らしい。
「田んぼがあるし豊作祈願かな?」
神社は山の中に繋がっている。
神社で縁を得たことだし少し、お参りしていこうかとも思ったが・・・
怖いな。やめておこう。夜の山は思ったより怖い。
帰るとすぐに夕食だった。
刺身に唐揚げ・キンピラゴボウ・里芋とイカの煮物に漬け物。
親父が「飲むだろ。」とビールを渡してくれる。
ぷしゅっ
「久々だな。乾杯。」
缶のままかつんと当てる。
しばらくは近頃庭先の甘柿が無くなるだの食い物泥棒が出るとかとりとめのない話をしていたが、お袋がいつまでいられるのか?と聞いてきたので素直に答える。
「明日か明後日には帰るつもりだよ。」
「明後日ちょっと時間開けて欲しいのよ。」
墓参りでもするのかね。
「良いよ。車だし夜帰っても明々後日に帰っても大丈夫だし。なにをするんだい。」
「ちょっとお見合いしない?」
そうきたか。
「しない。」
「どうせ彼女もいないんでしょ。いいじゃない。食事するくらいよ。」
「食事だけならまだ良いけど、お見合いだって自分で言ったじゃないか。そもそも無職で結婚とか考えられないだろう。相手にも悪いよ。」
お袋の予想通り彼女はいないが、結婚する気はさらさらない。
自分が食っていくのにも問題があるのに結婚なんて考えられん。
「お前いつの間に決めたんだ。」
親父も知らなかったらしい。
「以前話したじゃないですか。ほら、漁協長さんの所の上の娘さん。息子さんが居るからお嫁に来てくれるだろうし。」
「あぁ、俺は大介の就職のことだと思っていたよ。水産学部出たのなら漁協で使ってくれるって言っていたしな。」
一応、漁師を継げって話じゃなかったんだな。
以前口をきいてやるって言っていたのは。
それでも全く船に乗らないってことも無いのだろうけど、色々と考えてくれていたらしい。ありがたい。
「それもそうですけど、あそこの娘さん大介より。四つ程年上なんだけど、まだ結婚が決まって無いのですって。それに漁業長さんの息子になったら漁協で働くのも楽でしょう。」
なにが楽なんだかよくわからないぞ?。
「まぁ、それも一つの道か。姉さん女房は金のわらじとも言うしな。」
俺の意見は聞かれない。
「俺、こっちで就職する気がないよ。船とか酔うから駄目だし。」
「でも、向こうにいても就職活動上手くいってないのでしょ。」
「なかなか決まらないんだけど。」
店のことは言うべきか。
「それなら、こっちで働いてみるのも一つの生き方よ。向こうで、貯金食いつぶしても先が見えないじゃない。」
うん。言おう。
「実は就職というか、店をやることになったんだ。」
「店をやる?バイトじゃないのか。」
「うーん。いうなれば、住み込みか、雇われ店長みたいな感じかな。店の上に住んでいいって言うし、だから貯金を食いつぶすことは無くて大丈夫だと思う。」
「一度店を始めてしまったら、なかなか時間も取れなくて就職できないんじゃないか。」
「オーナーには就職先が見つかるまでと言ってあるからそれは心配しなくても大丈夫。」
簡単に辞める気もないけれど。
「そんな大介に店をやらせるなんて、変なお店じゃないの?」
お袋よ、言うに事欠いて大介にやらせる店は変な店って。。。
あんたの息子だぞ。
多分一応。
「普通に居酒屋みたいにしようと思っているよ。もう準備をしているんだ。だから、始める前からいまさら止めてこっちで就職しようとか思わないよ。」
「就職は諦めるとしても、無職でないのならお見合いしても良いじゃない。結婚すれば、一緒にお店できるわよ。」
お見合いは譲らないらしい。
「子供作るなら早いうちでないと、そろそろ孫の顔も見たいし。」
それが本音?
「とにかく明後日開けておいてね。もう約束しちゃったから。別にスーツとかじゃなくていいのよ昼に宇津木で食事をするだけだから。それじゃ後はお父さんと飲んでいて、お風呂はいっちゃうわ。」
言うだけ言って行ってしまった。
これは、食事に行くのは決定なのだろうか?
はぁ気が重い。
そんな俺の様子を見て親父が話してくる。
「まぁ、そんな顔してやんな。母さんも隣の木根さんの所に孫ができて羨ましいのだろう。明後日は母さんの顔を立てて、親孝行だと思って大人しく飯食って来い。」
「親父は行かないのか。」
「俺は漁に出るつもりだ。」
「腰、大丈夫なのか。気をつけろよ。あ、オーナーもお大事にだってさ。」
忘れるところだった。
「そうか。ありがとうございますと伝えてくれ。それにしてもお前が飲食店とは、あんまり想像できないな。どうしてやることになったんだ?料理はできるのか?」
「あまりできないよ。だけど、おいおい覚えて行くつもり。」
「そうか、そうして料理人になるのも面白いかもしれないな。」
料理人になる。
そう考えたことは無かった。
それも一つの生き方かな。
「まだ分からないけど、とりあえずは頑張ってみるつもり。俺の為に店を開いてくれたようなものだしね。」
「それは、また変わった話だな。」
「うん。丁度居抜きの空き物件を持っている人だったんだ。」
「運も良かったんだな。以前の仕事のつながりで知り合ったのか。」
「いや、酒の縁でね。あ、そういえば、今日山の方で稲荷神社を見かけたんだけど、あんなところにあったっけ?」
「覚えてないのか昔からあるぞ。じいさんが子供の時にはあったというし結構古いのではないかな。ただ神主さんとかはいないから、あの辺の農家が持ち回りで掃除とかしているらしい。お前は小さい頃行ったら、お狐さまの顔が恐いとないていたな。小学校あがるかあがらないかくらいだったしもう三十年近く前になるのか。」
まったく覚えていない。
階段を上って行くと神社はやっぱりあるのか。明日は一日暇だし登ってみようかね。
「俺はそろそろ寝るぞ。お前も風呂入って程々で寝ろよ。」
そういって親父が席を立つ。
「最近は酒も量が飲めん。年かな?」
そう言われると親父の歳のことも考えてしまう。
もっと年取ったら一緒に暮らせる様にした方が良いのだろうなぁ。。
「ああ。おやすみ。そうだ、帰る時に魚なんかを少し貰っていっても良いかな?オーナーへの土産に。」
瑞千穂のことだ、美味い料理を作ってくれるだろう。
「いいぞ。採れた中から何種類か用意しといてやる。店始めてからも欲しくなったら言ってくれれば用意しといてやる。それじゃおやすみ。」
「おやすみ。」
残った料理をつまみながら飲んでいたらお袋が風呂から上がってきた。
「上がったわよ。テーブルはそのままで良いから入っちゃいなさい。あらお父さんは。」
「親父は寝たよ。」
「やっぱり。あんたが居て嬉しかったのかお父さんいつもより飲んでいたものね。」
そんな声に送られながら風呂に入る。
風呂から出たらビールとツマミがテーブルに用意されていた。
ラップにメモが貼ってある。
「程々にね。」
言葉に従い、ビールを一本だけ飲んで寝ることにする。
久々の実家での就寝。天井がいつも見ているのと違うと変な感じだ。
あのアパートの天井を見ることももう無くなるんだな。
そう思うと感慨深い物がある。
あのアパートは大学入学から随分とお世話になった。
荷物ももうほとんど無い。
最後に一気に運んだらもう終わる。
大家さんにも改めてお礼をしよう。
うん。そうしよう。
明日は漁港を見た後、神社でも行ってみようか。
どうやらこの頃mIn◉が欲しかった模様。