02:『栗名月』
あれから電話もなく一ヶ月が過ぎた。
その一ヶ月後、俺は神社の前に居る。
心配したわけではない。
ただ、あの飯が美味かったから、また食いたいと思っただけだ。
しかし、手ぶらじゃ悪いと思い、コンビニでチーズや駄菓子、ジュースなんかを買い(酒は止めておいた。俺はまだ子供だと思っている。ただ、自分用にビールを一本買っておいたがこれは内緒だ。)、昨日スーパーで見かけた栗(甘露煮だが。)を持ち、月見っぽく角の和菓子屋で団子も買って来た。
最後に神社の隣の豆腐屋で残っていた油揚げと厚揚げも買った。
決して子供の食生活を心配したわけでも前回の侘びのつもりでも無い。
まぁそれはそれとして。。。
今現在俺は困っていた。
荷物が多くて手帳水使えない。。。。
「おーい」
とか言ってみるが反応はない。そんなに騒いでも変な人みたいで気が引けるし・・・
「しょうがない。」
荷物は一旦置き、手帳水を使い、賽銭を入れ、鈴を鳴らし、二礼二拍一礼する。そこでまた困った。
あいつの名前を知らない。ん〜
「白髪で自称成年している酒飲みくそガキ。麻倉様が来てやったぞ!」
でっかい声で言ってやった。様を付けたのはなんとなく。
ダダダダダダ
お、来た
カラッ
「おう。ひさしぶ・・」
「うるさい!アホな呼び方すんな!!この無職!!!」
ピシャッ
言うだけ言って閉めやがった。
「おーい。悪かったって、ただ名前知らないからさ、あと無職はひどくないかぁ〜。」
事実だけどさ。。。
しばらく間があって
カラッ
扉が開いた。
「そうだったか?」
「そうだったな。」
「・・・。」
「・・・。」
「まぁ上がれ。無職は治ったのか?」
まだ根に持ってやがるな。
とりあえず上がらせてもらう。
「無職は病気じゃない!そもそも好きでなったわけじゃないんだし、その呼び方止めないか?」
「ふん。好きでなった訳ではない。ってのは病気と同じなのだし気にするな。そうか無職はこじらせたか。」
こりゃダメだ。会話を変えよう。
「手ぶらじゃ悪いと思って、土産だ。」
「おぉ、気を使わせてすまないな。少し持とう。」
大して重くもないのだが、断るのも気が引けるし、軽い油揚げと厚揚げだけ持たせることにする。
靴を脱ぎながら気づいた。今日は大きめの靴がある。
「今日は誰か居るのか?」
「あぁ紳次が来ているが、気にするな。それに先に始めておったぞ。来るかどうかも分からなかったからのぅ。」
なんだ、一人でなかったのか。
いやいや。心配なんてしていませんよ。
「紳次さんって?」
「糸偏に申すと書く紳に、つぎの次だ。」
いや、そうゆうのではなく関係なのだが、まぁいいか。
トタトタトタ
後について行く
「今日は居間じゃぞ」
「縁台じゃないんだな。」
「寒いではないか。」
そりゃそうか。もう十月だもんな。
しかし、障子全開だ、ガラスもなさそうだ。
「居間、扉全開なんだが、意味なくないか?」
「開けておかないと月が見れぬではないか。寒いが炬燵も火鉢もある。」
本当だ、炬燵がある。それで、向かって右でシャンパングラスを傾けている着物男子が紳次さんかな。
多分俺より若い。二十代だと思う。
「紳次。紹介するぞ。無職だ。」
「おい。」
紳次さん軽く吹いているじゃないか。
「どうも、麻倉様。紳次です。先ほどは笑わせていただきました。」
もしかして、襟元が少し濡れているのはそのせいか。
「初めまして、麻倉大介です。本日は突然の訪問ですが、混ぜていただきありがとうございます。麻倉様は冗談なので、麻倉と呼び捨てで結構ですよ。」
「それはご丁寧に。自分も紳次と呼び捨てて下さい。それにお先に始めてさせてもらいましたよ。すいませんな。」
とグラスをあげてみる。
「それに、突然なんてとんでもない。みぃ姐さんも心待ちにしておりましたよ。」
「紳次。あまり余計なこと言うと外で飲ますぞ。」
「大介も早く座れ。お主の土産は机の上が減ってからにしよう。」
意義なしとばかりにいそいそと炬燵に入り込む。
おっ。掘り炬燵だ。
「とりあえず乾杯しよう。お主もCAVAで良いか?」
「今日は日本酒じゃないのか?てか、未成年!」
「また言う。紳次。」
「姐さんは、確かに成年していますよ。親戚の僕が保証しますので大丈夫です。まぁあまり関係ないですが。」
最後の方は小声で良く聞こえなかったが、親戚が大丈夫と言っているのだから良いのだろう。
俺にもCAVAが注がれる。
「先に始めておったが、改めて、乾杯!」
「乾杯。」
「乾杯。飲みかけですが。」
紳次にボトルをよせている。
米と同じで自分でやれということらしい。
「今日は、紳次がCAVAとワインを数本持ってきてくれたのでな。」
どうやら、先ほどの日本酒に対する答えらしい。
「CAVAとワイン数本って結構するんじゃないですか?」
「いやいや、安物ですから。それよりも、みぃ姐さん麻倉さんが来るまで待とうって言っていたんですよ。それなのに、僕が飲み始めたら我慢できなくなっちゃったみたいで。」
「紳次はよほど外で飲みたいようじゃのぅ。」
「良いじゃないですか、グラスや箸、座椅子も麻倉さんの分まで出してある時点でバレバレですって。」
「うっ。。。」
そういえば、この部屋についてからグラス取りにいったりしていない。
次のワイングラスや箸に目をやった俺を見て顔を背けました。
うん。かわいいぞ。
「こいつは鈍いんじゃ、言わなきゃ気づかなかったものを。」
一言多いが、気づかなかったのは事実なので大人しくしておこう。
いくら安いと言っても何本も買えばそれなりの値段になるだろうに、まぁ大学生は下手な社会人より金持っていたりするし、着物男子金持ってそうな気もするもんな。
気にするのはやめておこう。
今日は、ワインに合わせたのか洋っぽい。
ぱっと見判るのは、豆と大麦のサラダ。
生ハム・オリーブ・ピクルス。
あとは、ソーセージにザワークラフト・何かのディップ。
「ちょっとつまんでおれ。」
というと、台所へ行き何か作業をしている。
何か手伝おうかと思ったが、
「麻倉さん。CAVAはもう無いですが、次は何飲みます?」
と、紳次さんが聞いてくる。
「あ、俺はビール一本買って来たので、とりあえずそれを飲もうと思います。」
「そうですか、でもさっきの袋はみぃ姐さんが台所に持っていきましたよ。」
なら取って来ようと思ったのだが、
「僕は次ワインにしようかな。姐さんワイン取って下さいません?ついでに先ほどの袋に入っていたビールも。」
「忙しい!どのワインが良いか知らんから取りに来い。」
とのありがたい声を受けて紳次さんが席を立ったので、一人取り残された。ちょっと寂しい。
ザワークラフとソーセージをつまむ。太くて肉がごりごりしている感じが美味い。
ザワークラフと思ったのは、おそらくバターとかで炒めたキャベツだったが、肉汁と混ざりこれはこれで美味い。
そういえばと思い返す。あの子供が姐さん?
紳次さんは大学生か新卒くらい、それに比べ、あいつはどう頑張っても中学生止まり。
あきらかに紳次さんの方が年上に見えるのに。
そんなことを考えていたら紳次さんが帰ってきた。
器用に何枚かの皿を持っている。
そんな何気無い姿もかっこいい。ちょっと悔しいかも。。
「ほい。ビール。」
「ありがとう。」
「ほい。」
皿を受け取る。
俺の持ってきた団子とアサリのワイン蒸しだろう。臭いがたまらん。
「そんでこれは貝殻入れと。」
カタンと空のボウルを置いて、紳次さんも席に着いた。
「なんか手伝わなくて良いですかね?」
「そろそろ終わるみたいだし、台所は姐さんのサイズになっていますから邪魔になりますよ。必要になったら呼ぶでしょ。」
と、紳次さんは白ワインのコルクを器用に抜いていく。
グラスに注いだら、アサリをチュルリと食べ、一口コクリ。
「んまい。赤にしようかと思ったのですが、アサリのワイン蒸しが白だったので、白に変更です。」
「見ていて美味そうですよ。」
「それではどうぞ。」
紳次さんが注いでくれる。アサリを手でチュルリとやり、白ワインを一口。
「美味い。」
それを見てにんまり。
「そうそう。酒を飲んで美味いものを食べて、気を使うのは辞めましょうよ。初対面で言うのもなんですが。」
俺は元々そんなに気にしないし、酔って気を使える気がしない。
渡りに船。
「そうしましょうか。」
ワインに手が伸びる。
「そうそう。姐さんも敬語は使いませんしね。」
「そう言えば、紳次さんの方が年上に見えるのに、なんで姐さんなんですか?」
「それはですね、」
「紳次。」
声がかかる。
「ちょっと手伝ってくれ。」
どうやら運び手が必要なようだ。
紳次さんが席を立とうとするけど、今度は俺が動きましょう。
「俺が行きますよ。」
と、早々に立ち台所へ向かう。
「大介が来たのか。それ持って行ってくれ。」
「あいよ。」
どうやら、エビとアスパラのパスタらしい。
「儂もそろそろ終えて行く。」
チンッ
オーブンがなった。
「お、丁度焼けたな。ちょっと待て、一緒に行こう。」
うまそうな鶏肉だ。
じゅわーと音が立っている。どうやら最後にソースをかけるようだ。
「待つのは良いのだが、いつから大介と呼び捨てに?」
「無職は嫌なのじゃろ?」
「そうだが、麻倉さんとかあるだろう。」
「嫌なのか?」
「嫌ではないのだが。年下に呼び捨てにされるのは、なんか変な気分だ。」
「嫌でなければ良いではないか。それに儂も紳次もお主より年上じゃ。それよりできたぞ。戻ろう。」
さすがに年上には見えないが、酒を飲める年だと言うし、もう飲んでしまっている。
ぐだぐだ言うのは止めておいて大人しく付いて行くことにしよう。
「おまたせした。これで全部じゃ。さぁ飲むぞ。」
「待っていました。」
と、紳次さん。すかさず白ワインを注いでくれる。
「姐さんも白ワインで良いですか?」
「この鳥は鴨で赤が合うとは思うんじゃが、同じのを飲もうかのぅ。」
とりあえず、パスタをいただくこととした。
ペペロンチーノだ。この辛みとニンニクの香りが食欲をそそる。
濃厚さは何かと思ったので聞いてみたら予想通り。アサリの酒蒸しで出た汁をパスタに使っているそうだ。
鴨も美味かった。
よくわからないけど美味い。ソースに赤ワインを使っているらしく、確かに白より赤に合う気がする。
「あれ?もう空いてしまいましたね。次は赤で良いですか?」
「うむ。」
「もう白はないですけどね。」
「ならば聞くな。赤は土間に並べてあるぞ。」
紳次さんが、取りに行きすぐ戻ってくる。
「面倒臭いので二本持ってきちゃいました。消費ペース早いですしね。どちらにしようかなぁ〜」
「左が良いじゃろ。右はフルボディじゃし、その後に飲もう。」
「お前は本当に酒飲みなんだなぁ〜。普通名前でフルボディかなんてわからんぞ。」
「いや、後ろに書いてあるぞ。」
裏を見せてくれる。確かに。それも日本語で。
「作るものも、酒に合うし、お前は良い酒飲みだ。子供じゃないな。」
どうやら、酒が徐々にマワってきたようだ。
「子供ではないと何度もいうておる。お主は呼び方気にしておったが、お前呼ばわりはひどくないか?」
「最初にも言ったがお前の名前知らねぇもん。」
「あれ、みぃ姐さん。名前も教えてなかったんですか。」
「まぁな。始めて会った時は、大介は飲み潰れてすぐ寝ていたし、翌日は飯食って名前も聞かぬうちに帰ったようじゃ。てっきり言ったつもりじゃったよ。」
「そういやさっき、なんで紳次さんに姐さんと呼ばれているのかも、聞くところだったな。」
「儂の名前は、「みちほ」という。瑞兆の瑞を「み」と読み、「ち」は千、「ほ」は穂のほで瑞千穂じゃ。」
「それでみぃ姐さんか。」
「そうじゃ。」
「しかし、なんで姐さんなんだ?」
「それはな。。。」
言葉を濁そうとする。
「みぃ姐さん言っちゃいましょうよ。大介さんは話しても平気そうですし、もったいぶって隠さないでもよいでしょう。」
「だが、おおっぴらに言うものでもあるまい。まぁ良いが、大介あまり人に言うてくれるなよ。面倒臭くなる。」
む、真面目な話のようだ。
「誰にも話さない。約束しよう。」
酔っていても口は固い方だと思う。
「信じぬかもしれぬが、儂らは、見かけの姿年齢が止まっておる。儂の方が紳次より先に生まれたが、儂の方が幼くして姿が止まったので、紳次が儂を姐さんと呼ぶのじゃ。」
信じられない目で紳次さんを見ると、にっこり笑ってうなずいてくれた。
マジスカ・・。
「本当ですよ。親戚と言いましたが、実は曾祖父の曾祖母のお姉さんなのですよ。みぃ姐さんは。」
「そこまで言わぬども良いではないか。」
とてもじゃないが、信じられん。
俺のそんな姿を見て察したようだ。
「信じろとは言わぬが、周りに話すなよ。面倒臭くなる。」
確かに、本当だとすれば、今のような生活は送れないだろう。
研究者やマスコミが押し寄せるだろうし、下手したら世間を騒がせるとかで、国の保護下に入れられるかもしれない。
永遠の若さとか昔から女の人や権力者の夢だもんなぁ。。
「たいていの人間は話しても信じぬがな。それより大介就職活動はどうなった。」
痛い質問が返ってきた。だが、これこそ隠す事でもない。
「決まらん。求人数も少ないし、片端から受けても、一次くらいは通るのだが、ことごとく落ちる。介護職とかは比較的あるのだが、介護の資格も無いしな。」
気長にやるか、それこそ地元に戻らざるを得ないか。
「ふむ。介護の資格以外の資格は持っているのですか?」
「そうじゃ。紳次は職業柄顔が広いし言ってみたらどうじゃ。」
「運転免許と簿記検定。あとは弓道が二段。」
「簿記は何級で?」
「二級・・・」
中途半端で恥ずかしくなる。
「弓道じゃ警察や警備関係も厳しいですなぁ。運転免許と言っても特殊なのは無いですよね?」
「普通に大型二輪と普通車MTです。」
そういえば、就職安定所のおばさんにも似たような事聞かれたな。
「以前のご職業は?」
これも聞かれた。
「商社の営業です。」
「ん〜」
悩んでいる。おそらく無いだろう。
話を変えよう。楽しく飲みたい。
「そういえば、紳次さんは、顔が広いって言われていましたが、何をされているんですか?大学生かと思っていましたよ。」
「物書きです。」
話を変えたかったのに一言で終わっってしまった。
取材とかで顔が広いのだろうか?
「そういえば、瑞千穂さんは?」
プッ
あ、ワインを吹きそうになった。
「お主に、さん付けで呼ばれると変な感じじゃのう。特に働いておらぬ。あえて言うならば、神社の賽銭と家賃・地代で暮らしておる。」
良いご身分だ。
「じゃあ何と呼べば良いかね?みっちゃん?」
「いや、瑞千穂さんでかまわんよ。そのうちになれるじゃろ。みっちゃんのほうが気持ち悪いわ。」
「では、他に良いのが浮かぶまで、瑞千穂さんか瑞千穂姐さんで。」
そんな会話をしている間も紳次さんは考えていてくれたらしい。
不意に声が上がる。
「そうだ。」
「麻倉さん。食品衛生管責任者取りましょう。」
「食品衛生責任者?店でもやれと?」
料理なんて、ろくにできないぞ。
「そうです。みぃ姐さん。」
「あれか?あの途中で面倒臭くなった。」
「そうです。あのまま放置してあるでしょ?」
「そうじゃが、儂はのぅ、夜は飲みたいのじゃが。」
「麻倉さんは家賃も浮くし、良いじゃないですか。次の仕事が見つかるまででも。」
なに。家賃タダとは聞き逃せない。
それに廃棄食品を使えば食費も押さえられる。
「姐さんも、仕込みは昼間やって、夜は大介さんが出すだけで。出す時に調理が必要な物は、簡単な物だけにして凝った物はやらなきゃ良いですし。」
そもそも、俺に料理させる気はなかったのか。
安心したような、見くびられているような。。。
だが、もうそんな事は気にしない。酒の勢いもあり、俺は既にやる気だ。
「それでも、面倒臭いのぅ。それに、儂は暮らして行けとるから、わざわざ働かなくとも・・」
それに比べ、あきらかに、面倒くさがっている。
そりゃそうだ。俺には良い事ずくめだろうが、瑞千穂には何のメリットも無い。
紳次さんは重ねて言う。
「姐さん。」
「なんじゃ。」
「お酒好きですよね?」
「大好きじゃ。」
「でも最近買えないと文句言っていたじゃないですか。」
「まぁのう。」
「それじゃ夜好きなお酒飲めませんね。」
「お主が届けてくれれば良い。」
「僕も毎晩来られる訳ではないですし、お店を開いたら、姐さんが飲む分も大介さんに一緒に仕入れてもらえますよ。」
ピクッ
あ、反応した。紳次さんは、こっちを見てニヤリと笑う。
「大介さんも毎日届けてくれますよ。」
うんうん。
すかさず頷く。
「じゃが、お主達に乗せられているようでなんだかのぅ。」
だいぶ、傾いてきたな。
「それに、飲みたいリクエストも聞いてくれますよ。さらに、仕入れを畑からにすれば、大介さんに小間仕事やってもらえますよ。」
うんうん。
ん?畑仕事も??
「そうか、小間仕事もやってくれるか。開店準備なんかを紳次と大介がやるなら、まぁいいぞ。」
「えぇ大介さんが頑張りますよ。ね?」
ちゃっかり自分を抜きやがった。
「紳次。言い出したお主もやらねば駄目じゃ。」
気づいていたらしい。
心の中で拍手喝采。
「でも、大介さんの為に開けるのですよ〜?」
「紳次。儂は二度言うのは好かんぞ。」
駄目らしい。
「わかりました。」
力関係が見えた気がする。
一段落付いたところで、俺が質問を口にする。
「あのよう。俺の意思確認は。」
「嫌なのですか?結構良い話だと思いますけど。」
そもそも断ると思っていないらしい。
まぁ乗り気なのは確かなのだが。
「いやさ、家賃タダとか嬉しいのだけれども、店の事とか置いてきぼりなんだが、その辺の説明をしてくれないか。その上に畑仕事とかきつ過ぎないか?」
「そうじゃったな。紳次、説明してやれ。」
「はい。場所は大介さんが入ってきた神社から見て、この家を挟んで反対側。小さいビルがあるのはご存知ですか?」
「確か三階建てくらいで、一階部分が駐車場で、いつもシャッターが下りている。」
「そこです。シャッターを開けると確かに駐車場なのですが、向かって右手は店舗スペースなのですよ。広くはないですが、一人でやるにはこじんまりしていて丁度良いかと思いますよ。また、その上の部屋が空いているので、そこにお住まいになれば、家賃がタダと。ちなみに僕もそこに住んできます。」
「儂は、タダにしたら損ではないか。あと畑と言っても庭でやっている規模の菜園じゃ。」
家庭菜園程度ならそんなに手間もかからないし、仕事前にちょこちょことやれば良いよな。
「いやいや、オーナー兼店長が自分のお店から家賃を取らなくても良いと思いますが、それにずっと空いていたのですから。」
紳次さんは耳元で「お酒のため。お酒のため。」と囁いている。
どれだけ好きなんだこいつは。
もう一つ大事なことを聞いておかないと。
「店を開く開店資金はどうすんだ?俺はそんなに金ないぞ。」
そりゃ働いていたのだから多少は有るが、いつまでやるかも判らない店に出せるほど余裕があるわけじゃない。
「お主に金を出してもらおうなど期待しておらぬよ。そこに数年前店を開こうと思ってじゃの、色々用意したのは良いが、途中でおじゃんになったのじゃ。だから、器具や皿は結構そろっておるぞ。」
「おじゃんになったのは、書類の関係で食品衛生責任者が取れなくてですね、ほら、僕たち見かけと年が違うでしょう。色々伝てをたどれば取れるのでしょうけど、それも面倒臭がって、今に至ると。そうゆうわけです。」
紳次さんが補足してくれる。あくまでも、みかけが変わらない説は通すらしい。
「じゃからお主が、食品衛生責任者を取らなければ始まらないのじゃ。」
「そうですね。ですので、流れとしたら、明日にでもお店を見に行って、やるようなら、講習に通いつつ、準備をしつつ、いいタイミングでお引っ越しと。そうのような感じで良いでしょう。」
懐から出した紙に、すらすらと流れとやることを書いていってくれる紳次さん。
さすが(?)物書き。
「あ、講習は受けなくても大丈夫だと思うぞ。確か、食品衛生管理者の資格は貰えるはずだ。」
「以前に取った事がおありで?でも、そのようなこと、先ほどは言っていなかったですよね。」
紳次さんが当然の疑問を投げかけてくる。
「大学が、水産学部だったんで。」
「水産学部を出て商社で営業じゃと?変わっておるのぅ。」
「親父がそれ以外認めなかったんだよ。俺は地元を離れて大学生活は遊び、親父の後は継ぎたくなかったから何処でも良いから入ったんだ。」
「親父どのの跡を継いで漁師も悪くはないと思うがのぅ。」
親父もお袋も、そう思っていたかもしれないが、漁師になるより親父と同じ船に乗るのが、嫌だったのだから仕方が無い。
さらには、船にひどく酔う。
慣れれば平気だとか言うが、小さい頃からちょくちょく乗っては酔っていた。
その苦しみは忘れられない。
そんな話は置いといてだ。
「紳次さん明日にでもさっそく見に行きましょう。俺の電話番号教えておきますので、起きたら連絡ください。」
やるとなったら、行動は素早くしよう。
「今日は飲んで、そのまま明日行けば良いではないですか。」
もしかして、朝まで飲むのかね・・。
「そうじゃ。そうじゃ。まだ酒はあるし、新たな門出に乾杯じゃ。」
と、言いながら赤ワインを注いでくれる。
「飲食業なんてバイトでもした事無いから不安すぎるが。やるには頑張るよ。」
俺のために、店を開いてくれるというんだ。
頑張らないわけにはいかないよな。
「それでは、明日から頑張りましょう。乾杯。」
「気楽にのぅ。乾杯。」
「頑張りますよ。乾杯。」
明日からの事が決まると、心も多少晴れやかになるのか酒が進む。
瑞千穂が飲んでいるのを、始めて見た訳だが、よく飲む。
紳次さんもよく飲むが、それ以上に瑞千穂が飲む。
この小さな体の何処にそれだけ入るのか、不思議なほどだ。
こうなると釣られて俺も飲むのだが。。
俺の場合。飲むとそれなりに食べる。というか食べないとこのペースで飲んでたらあっというまにつぶれてしまう。
そんなこんなで食べ物も減っていく訳で。。。。
鴨も食べきり、炬燵の上が片付いてきた頃。
不意に瑞千穂が言った。
「今日は、月見じゃったのに、月見してないのぅ。」
そういえばそうだ。
「折角、大介が栗を持ってきてくれたし栗でも食いながら月見をしようぞ。儂は、ちと準備するでのお主達は火鉢を縁台に寄せておけ。」
「以前、栗名月と教わったからな。」
紳次さんと二人で火鉢を動かしながら言う。
それを聞いて紳次さんが余計なことを言う。
「姐さんは色々知っていますからねぇ。年の功ってやつですね。」
縁台に来ると火鉢があってもさすがに寒い。
不意に部屋の灯が消えた。
寒いのと部屋の灯が無い分、月と火鉢の灯が妙に綺麗に見える。
「紳次は、よほど儂を年寄り扱いしたいんじゃのぅ。」
あの言葉は聞こえていたらしい。
盆に買って来た菓子と栗が入っているツマミと新しい赤ワインを乗せて瑞千穂が帰ってきていた。
さっそく赤ワインを開け注いでくれる。
「チーズも使わせてもらったぞ。栗と小豆とクリームチーズを合わせただけの物じゃが。今宵は栗名月とも言うが、豆名月とも言うのでな。儂は年の功で色々知っているのじゃよ。」
そう言って自分のグラスに注ぐ。
紳次のグラスは空のまま。
「いえいえ、大介さんに子供じゃないですよ。と言いたいがためにですよ。なので、そんなご無体な事しないで下さい。」
「仕方がないのぅ。次は許さんぞ。」
笑いながら紳次さんにも注いであげる。
「ははー。ありがたや。」
ちょっと大げさになっている。さすがに酔ってきたのかな。
「儂はの、こうグラスに月を映し」
クイッ
「飲むのが好きなのじゃ。月の光で体の中から浄化して行く感じがするでのう。」
紳次さんもそうしているので、俺も真似してみる事にする。
クイッ
なんか儀式みたいで厳かな気分になる。
「月見も悪くないな。」
寒さがあるなか飲むのも気持ちがいい。
「そうじゃろ。うちは稲荷神社だからのぅ。月見も稲荷も豊作祈願ということでご利益倍じゃ。」
理由を付けて飲みたいだけな気はするが。
「ここ稲荷神社だったんだな。狐の石像とかないから気がつかなかったよ。」
「狐は間に合っておるのでな。そうそう、今は産業全般の神様とされているし、店も大丈夫じゃよ。まぁ忙しいのは嫌じゃがな。」
「またまた姐さんは。忙しくなければ大介さんのお給金どうするんです。」
そうだそうだ。
「儂としては大きな赤が出なけりゃ良い気がしとるんじゃが、大介、程々に頑張れ儲けの三分の一は保証しといてやる。家賃込みでな。」
つまり、儲けが大きいほど給料が上がるってことか。頑張りがいがあるな。
「どんな店をやるつもりだ?」
「明日見てお主が決めろ。ただ、儂は作れる料理しか作らんぞ。名前も考えておけ。」
基本的に面倒臭がりやなんだな。
「さすがに寒くなってきた。中に戻って飲みなす事にしようぞ。」
「姐さん年じゃないですか、僕はまだ大丈夫ですよ。ねっ大介さん。」
こっちに振るな。
ペタ
あ、あの変な札張らてる。
「次は許さんと言ったぞ。」
言い捨てて、瑞千穂はとっとと部屋に入って行く。
どうやら、紳次さんも以前の俺のように体が動かないらしい。
「ね、姐さん。お酒も飲まずに外に居たらさすがに寒いですよ。」
「大介来い。飲むぞ。」
「大介さんは見捨てませんよね。そのシールを外して下さい。」
「大介、そやつは若くて寒くないそうじゃから、放っておけ。」
両方を見たあげく。
炬燵へ入る事にした。
オーナー兼シェフには逆らわない方が良さそうだと判断したわけでは無い。
「姐さんすいません〜。もう言いませんから〜。」
どうやら、紳次さんは酒を飲むとちょっと調子が良くなるらしい。
それでも火鉢の炭が無くなる前には許しが出て、二人で火鉢を部屋に入れることとなった。
なんだかんだ言って優しいんだよなぁ。
その後も暖まり直しという事で飲んでいた。
三時は過ぎまでは覚えていたと思う。
多分。
いつの間にかそのまま炬燵で寝ていたので多分なのだ。
食品衛生責任者については既にうろ覚え。。。