ハーレム要員…?
慌てて風呂場を飛び出し、俺は自分の部屋へと戻った。あ、焦った。
どう言うことだ一体あれは。確かに俺は間違いなく男湯に入ったはず。だと言うのに何故あのキチガイ女はあそこにいたのか。
いや待てよ?つまりそれは俺はなにも悪く無くないか?
あいつが勘違いして男湯に入って勝手に覗かれて勝手に怒ってその挙げ句殴りかかってきてそして返り討ちにされただけじゃねえか?
俺何も悪くない、よな?
なんだ、ははは。
俺は何にも悪くないじゃないか。
それよりも、だ。
これはチャンスなんじゃないか?
この場面、よく見たことがある。
どこでだって?
勘違い風呂からの女子が赤面からのキャー言って貴方のことは絶対に許さない決闘よからの皆の前で決闘して俺がなんとか勝ったと思ったら私が勝つまで挑み続けるわとか言って実は学園長と俺の部屋の同居人権獲得してて相部屋になって最初は嫌いなんだけどふと気が付くとあれ?なにこの感情はってなってて恋心に発展して行くけど俺は強くて他の女子にもモテまくるから嫉妬して……
所謂必勝パターンだ。
いやー、明日が楽しみだぜ。
エベレストだっけ?よく考えれば性格は気持ち悪りけど顔は全然イケる女だ。いずれあの糞みたいな性格も俺と同居する内に改善していくだろう。
むしろちょっと自分色に染まる感じがたまんねーわ。
さて、そうと決まったらそろそろ寝るか。
体力はつけておかないと決闘が大変だ。
おやすみ、エベレスト。また明日、教室で会おうな。
「エベレストだが、今日付けでこの学園を退学することになった」
え?
俺がその言葉に呆然とするなか、クラスメイトのほとんどが息を飲んだ。
昨日しゃしゃり出てた三人組も目を見開き、口をポカンとアホみたいに開けている。
なんか笑える。
そんな中で、担任の女教師は苦しそうに続ける。
「事は彼女は昨日の夜だ。……ある生徒が風呂場に行くと、彼女がその浴槽で悲惨な状態で発見された。くっ、彼女は、全身複雑骨折……更に内蔵が幾つか破損しており、瀕死だったそうだ」
何かグロいものをみたかのような表情をする担任の先生。
彼女は一体何を見てしまったのか。
そんな感想を抱くが、ぶっちゃけるとキチガイ三人組を内心馬鹿にしつつボコボコにする妄想をしていたから先生が何を言ってるのかほとんど聞いてなかった。
んー、昨日の夜くらいまで聞いていたんだがな。
「それに加え顔面の損傷も酷く、今の回復魔法の技術では完治は難しい、らしく、それを苦に彼女はこの学園を退学することになった。……これらはもちろん事前に彼女から許可を貰って話している。どうか、犯人を見つけ出してくれとの伝言と一緒に、だ。教職員も全力で探しているが、不審な人物がいればすぐに知らせてくれ。犯人は非常に危険だ、くれぐれも気を付けてくれ」
今度は頑張って聞いていたが、顔面が損傷して完治は難しい辺りから俺は興味を無くし、机に突っ伏して寝ることにした。つまり不細工になったということか。なんだよ、昨日は興奮のあまりよく寝れなかったのだ。
正直言うと俺の興奮を返してほしい。
バンッ、と机を強打したような音が聞こえた。
「はぇ?」
寝ぼけ眼で何事かと思い上を向くと、そこには自己紹介の時にエベレストの次にいた男だと気付く。
「貴様ッ……!」
男から漏れ出る禍々しい雰囲気。昨日エベレストもこんな感じのオーラを出していた気がする。
「え? なに?」
状況がよく分からないので訊ねてみると男は顔を真っ赤にして俺の襟を掴み、勢いよく持ち上げる。
「あへ?」
寝起きという事もあり、間抜けな声をだしてしまう。
「てめえ……クラスメイトがあれだけ酷い目にあったってのに、よく寝てられるなぁ! ああ!?」
え、嘘。
だってこのクラスにはクラスメイトが脱落するの前提にしてた奴がいたから、別にいいんじゃねって思ってたんだけど。
てか言ったのよく考えたらこいつじゃん。
「エベレストはなぁ、高飛車だけど根はいいやつなんだよ! この前も分からなかった魔法式についても色々言いながらも教えてくれた、俺が格闘技を教えてやって負けると悔しい顔をして何度も何度も挑んできた、何より彼女は俺の最高の仲間だったんだ!! そんな彼女が、人生をぶち壊されたんだぞ!? それをてめえ、何呑気に寝てんだこらぁ!」
寝惚けてたお陰でスラスラと人の話が頭に入ってくる。理解は遅いが自分でもびっくりするほど人の話を聞いてる。
「えっと、ごめん。何より彼女は、からの続きもう一回言ってもらっていい?」
とは言え寝起きは寝起き。頭がボーっとしているのであまり言葉が理解できない。
周りがざわついてるのは何となく分かる。あとこの男の顔が真っ赤になってる。
えーと、なんだっけ?
彼女が魔法なんとかを教えてくれた?
え? 格闘技?
いやいやいや、待てって。
え?だって今日は二日目。二日目でそんな関係になるか、普通?
って言うことはこいつら、もしかして……
「最高の、仲間だっつってんだよ!!」
リア充じゃねーか!
しねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!
んだこいつら、幼馴染みで腐れ縁と見せ掛けていちゃついてるパターンですか?
きめえんだよしね!
俺の中で怒りが爆発しそうなほどに高まっていく。その激情は、目の前の男をころ、したく……あれ?
『怒りの呪い発動 しました』
激情はあっさりと消え去り、代わりに俺の頭には機械的な音声が響いた。あれ、これどっかで聞いたような……。
ああ、でもなんか眠くなってきたし、どうでもいいや。
彼女、エベレストは今が人生で最も最悪な時であると断言できた。
エベレスト家。数々のずば抜けた魔術師を輩出し、王国でも五本指に入ると言われる名家である。
彼女は全てを嘲笑い見下していた。
実際、彼女と互角に渡り合える人物など一握りであったのも事実だ。当たり前だと思った。天才であり、神からの加護を一身に受けた身である。何故自分が人に気を使わなければならないのか。
力を持たない弱者など私の前にひれ伏していればいい。
それが、それが、何故こうなってしまったのか。
「失望したぞ。これほどの失態、呆れてものも言えんな」
厳しい口調だ。何度も耳にしている聞きなれた声。その筈なのに、心臓が鼓動を早める。
じっとりと汗ばんで行く。
「これ程の重傷、そして顔に消えない傷。当家の実の娘がこの様か。……最早貴様は我が娘ではないな」
「なっ……!」
「どうした? 弱者が、何か言いたそうだな?」
「そ、それは……」
身体中を包帯で包んだ憐れな姿。
それを虫けらのような目で見つめ、罵倒するのは実の父親。宮廷魔術師の一人であるイルザーク・エベレスト。
人を越えた魔力をその身に宿した男。その実力は王国を越えあらゆる国に知れ渡っているほどである。事実、王国宮廷魔術師序列三位の実力を持つ、化け物である。
「ふん。何故私がここまで怒っているか分かるか?」
「襲撃者などに、遅れを取ったからでしょう、か……?」
「違うッ! 貴様が、その襲撃者の顔一つ思い出せんからだッ!」
事が起こったのは昨日だ。いつものように風呂に入っていたのまでは覚えている。
だがそこから先の記憶がぽっかりと消えているのだ。必死に思い出そうとするも、何かが邪魔してるかのよう、ときたま鳥肌がたつような思いがするだけで、なかなか思い出せない。
「情けない、エベレスト家の名を持つものが、その体たらくでは呆れるな。所詮、貴様よりも妹の方が優れていたということか」
「そ、そんなこと……ありませんわ!」
「もういい、やはり貴様は最早我が娘とは見なさん。消え失せるがいい――なッ!」
突如として、それはやって来た。
瞬間的にイルザークが気付き、~も遅れて気付く。
「ぬ、ぬぉおおオオオオオオオ、防御結界『絶対領域イグラノドン』」
それは――絶大な魔力反応。
イルザークが咄嗟に最強の防御魔法を発動させる。
更に遅れて~も今完成させられる防御結界を完成させると同時、それは来た。
二人が一瞬見えたのは煌々と煌めく赤い光。
認識する間もなく、次の瞬間には莫大すぎる圧力と衝撃が身を包んだ。
「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお――」
「きぃゃあああああああああああああああああ――」
大地を揺るがす凄まじき衝撃。
エベレスト邸は赤い光りに呑み込まれた。
頬を伝わる微かな振動。俺はそれを境に眠りから覚醒した。
覚醒したはいいが、何故か目に映るのは天井だった。
「てめえ、人が怒ってるってのによく寝てられるじゃねえか」
声のする方を見てみると最初に会ったときの中二チックな余裕綽々な態度はどこへやら。顔をゆでダコの様に真っ赤にした男がいた。
俺の襟を片手で持ち、俺の体を持ち上げ、何故か右手を強く握っている。
「ふざけるんじゃねえぞこの野郎ッ!」
え、なんでこいつこんなに怒ってんの。怖い怖い。
先生が慌てて止めにはいったおかげで俺が殴られる事はなかったが、なんでこんなやつに殴りかかられなきゃいけないんだ。ムカついてきた。ていうか大体なんで俺の自由時間であるこの時間に寝てるだけで怒られなきゃいけねえんだ俺の勝手だし俺は昨日興奮したせいで全然寝られなかったんだよくそがその上エリザベスもういねえしよ。あー、むかついてきた。くそがっ!
『怒りの呪い発動 しました』
あ、眠くなってきたわ。
耐えきった。なんとか、だが。
とてつもない威力の魔法。瞬時にとは言え王国三位の実力者が展開した防御魔法を貫通し、家を粉々にされるとは、屈辱以外の何者でもない。
「い、一体、何者だッッ!! 我が家に楯突くとは、いい度胸、だ。地獄の、苦しみを、与えてから、俺が直々に、殺してくれるわッ!」
満身創痍。あの化け物と恐れられる、イグザークが、足を震わせ、全身傷をつけながらも、気丈に叫んでいた。一方のエリザベスは、危ない状況ではあるが、まだ息はあった。
既に屋敷中に警報は流れた。防御魔法が屋敷の周りに展開し、救援に向けて動いているだろう。屋敷の攻撃をされたことは失態だが、犯人を突き止めさえすれば問題は――――
「なッ――――!」
だが再度訪れた赤い光。そしてそれは、展開された防御魔法を食い破り、イグザークの元へと降り注ぐ。
「『絶対領域イグラノッッ!!」
この日、イグザーク・エリザベスの瀕死の重体によりエリザベス家の権威は地に落ちた。