お約束は大事
何てことだ。
俺はそこに表示されていることが、信じられなかった。だってそうだろう……異世界転生っていったら、もはやハーレムはお約束。周りから見ると完全痛い正義感を持ったやつであってもハーレム、悪いことをやってもハーレム、例え人殺しをしようとハーレムが出来るご時世だ。それなら当然俺にもハーレムの一つや二つ出来てもおかしくはないはずだ。
あり得ねえ。なんだよこの畜生は。
だのに、何故童貞を卒業することが出来ないという、異世界転生を根本から覆すような要らないバットステータスをつけてくるのか。ふざけんじゃねえぞあのくそ爺、次あったら絶対にぶち殺してやる。
だが落ち着け俺、まだこの文章が絶対とは決まった訳じゃない。探せばきっと抜け道の一つや二つあるはずだ。
「俺達の番か」
隣から聞こえてきた一人言でハッとする。どうやら校長らしい男の話が終わったようで俺達はクラスへと向かうようだ。
俺は途中クラスを何度か間違えながらも、なんとか自分のクラスへと辿り着けた。
クラスの説明くらいしろよくそ教師が。
「では、早速挨拶から入ろう。ようこそ、セントドール学園へ。君達はこの難関とされる学園へ入学できた優秀な人材だ。一層の尽力を期待している。そして、私の名前はエレザ・クロウ。君達の担任だ」
そうして自己紹介が始まった。
ああ、なんて退屈なんだ。ここ難関校だったのは知らなかったけど、自己紹介なんて誰が得すんの? どうせ二秒後自己紹介したやつの名前なんて忘却の彼方へと消え去るだけなのに。というか皆大した自己紹介なんてしねーんだろ? あ? 俺寝ててもいいかな?
「私の名前は、クレイア・エベレスト――そしてこの学園で最強になるべくして入学した者。皆様、くれぐれも――足を引っ張るのだけは勘弁して下さいまし。では、一年間よろしくお願い致しますわ」
おいおいおいおい、早速頭おかしい奴がいたぞ。
おかしいなぁ、おかしいなぁ、怖いなぁ、怖いなぁ。あ、頭がね。
なにこの人、学校始まった初日でこんなこと言う? 虐められて不登校にでもなっちまえ。
あー、皆顔が青ざめてるよ。分かるよ、あんな頭のおかしい女と同じクラスとか最悪だよな。
「お、おい、エベレストって……」
「ああ、間違いない、エベレスト家の一族だ……」
おや? どうやら別の理由で恐れられているようだ。てかなんだしエベレストって。ネーミングセンス山とか!
しかし容姿は悪くない。むしろお嬢様感が凄く出てる。金髪の髪をロールさせてる辺り、凄く美少女と言っても過言ではないだろう。ただひとつ、頭のおかしい点を除けば。
「ふっ、次は俺の、ようだな……」
と思ったら今度は後ろの席の男――黒髪の人相の悪い、不良のような男が立ち上がり、
「いいかてめえら。俺は雑魚には興味がねえ。つええ奴だけ俺に話し掛けてこい」
それだけ言うと男は椅子につき、足を不良よろしく机に乗せると、周囲を睨みを飛ばす。
や、やばい。いや、やばい、なんてもんじゃあない。あれは――社会不適合者だ……!
今すぐ少年院で更正してもらわねば。
そんなこんなで自己紹介は続き、名前だけを簡潔に言うもの、普通の自己紹介をするものが続いた。そして俺の一人手前。銀髪の、冷静そうな男だ。頼むからマトモなやつであってくれ。
「俺はまだ名前は言わん。――半年だ。半年以内にこの教室から半数がリタイアしていくだろう。見れば分かる。どいつもこいつも貧弱な奴等だ。……俺に、弱者に名を名乗る趣味はない。――お前と同じでな」
男は二番目に自己紹介をした男を向き、中二病的に不適に笑う。
死ね。
男もそれに答えるように舌舐めずりをし、目をぎらつかせる。
分かった、分かったからね、もう卒業しようね中二病は。
「半年後、ここに残った者にのみ、俺の名前を名乗ってやろう。ふっ、精々生き残れ弱者どもよ」
なにこいつら。死ねばいいのに。
よっぽど自分に自信があるのだろう、他人を見下しているのが凄くよく分かる。
というか俺の番か、どうすっかな。俺も弱者に興味はない?キリッとか言うか?
いや、童貞には興味はないとかの方がいいかな。
そんなことを考えてた時だった。
ガタッと、後ろから音が聞こえる。
「共鳴したぞ――友よ。ふっ、期待はしていなかったが、どうやら良い意味で、予想を外していたようだな。貴兄らと同じクラスになれたこと、光栄に思う。半年後、改めてお互いに認め合おうではないか」
そいつは金髪の、超絶イケメンだった。俺の自己紹介をすっ飛ばし、ついつい頭おかしい奴等に激しく共感してしまったらしい。
ぶち殺すぞ。
それから俺はスルーされたまま自己紹介は平和に終わり、結果頭のおかしい連中は四人だけだったらしい。
なんで俺の周りに二人もいるんだろう。というか俺の自己紹介は?
そして先生は特に気にした様子もなく余裕の表情で
「ふっ、なかなか面白い生徒がいるようで何よりだ。さて、私からも、一年よろしく願おう」
そして解散となった。
どうやらこの学校では、全校生徒が寮に住むことになっているらしかった。
正直下校のときとかどうすればいいか分からなくて内心あたふたしてたがよかった。
何よりよかったのは寮の同居人が一般人であったことだ。もしあの頭おかしい勢とだったら発狂してた。
さて、ここで余談だが、俺の趣味はお風呂である。
なんでそんな話をしたのか。それはこの世界に果たして風呂があるのか、疑問だったからだ。
もしもなかったらやばい、そう思って必死で調べた結果、無事何の問題もなくこの寮にも風呂が完備されていた。
俺はうきうき気分だった。早速風呂に入ろうと、着替えを用意していたとき、同居人の同級生が微妙な顔をしていた。
「どうかした?」
どうかしたのだろうか。もしやこの時間はお風呂がやっていないのか?
困ったなぁ、それだと俺のわくわく気分はどうなるんだろう。というか女子風呂はあるのかな? あったら男の夢が広がるなぁ。もし友達が出来たら覗きに行こうぜなんて誘われたりして――
「い、いや、なんでもないよ。……忠告しておくけど、お風呂に入るときは、絶対に誰かいるかノックして入りな。絶対だよ?」
俺はつい、いつもの癖で最初の「なんでもないよ」しか聞いてなかった。しかし聞き返すのも失礼だ。俺は満面の笑顔でそれにわかったよというと、お風呂にむかった。
風呂の前についた。作りはまるでホテルのようだ。男風呂と女風呂があり、暖簾で分けられている。
なんでこの時間風呂に行くやつがいないんだろうか。まあ、今は風呂に入って良い時間の一番早い時間。他の人はもっと遅く入りたい派なのかも。
ここでベタな女風呂に間違えて入るような真似はせず、男風呂へと入る。
風呂に関しては品定めも兼ねている。今回はがち、だ。
「よっし、どれどれー、おじさんが味見してあげちゃうぞー?」
女がいた。
それも全裸で。
硬直。時間が停止したかのような感覚。お互いにあり得ないものを見たような、そんな顔をしていた。
「きゃ、きゃあああああああああああああああ」
声が響いた。悲鳴だった。
というかこの女よく見たら今朝がた自己紹介してたなんとかエベレストじゃ……。
やばい、この現場を見られたら確実に俺は変態だ。早く退散せねば。
そう思った直後、おぞましいオーラが噴出した。
「こ、こ、こ、この変態め……殺す殺す殺す殺す――」
目が怪物のように黒く光輝き、確実に俺を殺そうとしているのが分かる。
と言うか待って、ここ男風呂のはず。
「よくも私の体を……死ね変態!」
そう言い終わるやいなや、とてつもない速度で俺に突進してきた。
「はあああああッ!!」
その華奢な拳が、莫大なオーラらしきものを纏って俺の体に直撃。俺の体と意識を吹き飛ばした――
「あれ?」
「え?」
いや、飛ばしてなかった。
やばいものを食らった。そう思ったが、痛みは欠片もない。
ふと脳内で声が響いた。
『殺意検出――自動迎撃開始シマス』
え? 何それ?
そう思う間もなく、俺の拳が勝手に動き、女が反応する暇さえ与えずに女の土手っ腹に拳を叩き込んでいた。
更に吹き飛ぶその一瞬前にもう片方の腕が勝手に顔面に突き刺さった。
「ぅぼぉっ――」
普通出すはずのない呻き声を微かに上げたあと、女は吹っ飛んでいきガラスドアを突き破り風呂に沈んだ。
そう言えば、俺は童貞と引き替えになんか最強の力を得ていたのだった。
朝なんだか偉そうに言ってたキチガイエベレストだが、今は無様に風呂にぷかんと浮いている。
俺はその姿に、微かな笑いと冷静さを取り戻す。
俺は一度外に出て、暖簾を確認すると、ここは間違いなく男風呂だ。
と言うことはつまりあれだ。このキチガイ女、間違えて男風呂に入った挙げ句、正しく入った俺を変態扱いし、あまつさえ暴力に訴える。
俺は無性に腹が立った。
よく分からないが、もし俺がこの能力を持ってなかったらあれは確実に病院送りものだった。
『スキル――怒りの呪いガ発動シマシタ』
すると突然頭に響く音声。
同時に怒りが段々と消化され、俺は取り敢えず逃げた。
お巡りさんこっちです。