決意
アルゴは走っていた。
長い廊下を抜け、先ほど目を覚ました部屋の横を通り過ぎる。
「ん? あ、おいちょっ、お前どこ行くんだよ!」
「うるせえ!」
スカージの呼びかけにも応じず、アルゴはひたすらに走った。
何故だかは分からなかったが、アルゴは今いる建物の出口が、
より正確に言えば、どうすれば出られるかが分かっていた。
何の迷いもなく、アルゴは出口を目指した。
もう少し、直感的に分かる。
アルゴは長い階段を駆け上がり、その勢いのまま鉄の扉をぶち壊して外に出た。
「ハア……ハア……」
目の前に広がったのは森。
見たことがない場所。
アルゴは左右に目をやり、また直感で、分かった気がした。
「こっちか」
迷いなく、また走り出す。
絶対にこっちだ。
こっちに行けば家がある。
後から考えれば不思議な感覚だったが、そんなことはこのとき気付く余裕などなかった。
アルゴはひたすら走り続けた。
目の前には切り立った崖。
しかしそんなもの関係ない、このルートが最短だと勘が告げている。
「だらああああああああ!」
勢いを落とさぬまま、強引に、ほぼ垂直に崖を駆け上る。
途中、間断的に襲う激痛が走る。
「知、る、か、ああああああああ」
根性である。
自身に何が起こったのかは知らないが、
無事に家に帰れるのだ。
この方向に走れば、帰れる。
母さんに、子供たちに、ついでにルーテに、
また会える。
痛みなどにかまっていられるはずがない。
「があああああ」
一つ叫ぶと、アルゴは崖を登り切った。
そして即座にまた家のほうに走り出した。
――その頃。
カリムの町では、子供たちとルーテがアルゴを探し続けていた。
いくら施設内を探しても見つからず、いてもたってもいられなくなったルーテは、施設内では年が上の子供たちを数人連れて、町の中を捜索していたのだ。
しかし、やはり見つからない。
「どうしたんだろう……」
もうかなり日も傾いて、辺りは薄暗くなってしまった。
これ以上探し続けるのは、特に子供を連れていては危険だ。
「ねえ、アルゴ兄ちゃん、いなくなっちゃったの……?」
特にアルゴを慕っていた女の子が泣きそうになりながら言う。
「そんなはずない。アルゴは私たちに何も言わないでいなくなったりしないよ。絶対に帰ってくる。だから、いったん帰ろう? アルゴが帰ってきた時にみんながいないと、アルゴが悲しむよ」
「……うん」
ルーテと子供たちは施設に戻った。
施設に戻ると、アルゴかと思った子供たちがわらわらと戸から出てくる。
しかしルーテたちだと分かると、悲しそうな顔をした。
「兄ちゃんは……?」
留守番をしていた男の子が聞く。
「……」
「何で帰ってこないんだよ!」
ルーテは、何も言わず、その子を抱きしめた。
「……大丈夫。帰ってくるよ。私たちは待っていよう? あ、ほら、晩ご飯、晩ご飯作っておこうよ! きっとアルゴ、おなかすかせて帰ってくるから、用意しておいてあげよう!」
「……うん、そうだね! おなかがすいたら、帰ってくるもんね!」
「よし、みんな、手伝って! 一緒に作ろう!」
「はーい!」
子供たちが走って施設の中に入って、
ルーテも続こうとし、一歩、踏み出したとき。
……-テッ……
声が聞こえた。
ルーテは振り返る。
「アルゴ――」
しかし、その言葉は続かなかった。
アルゴは走り続けていた。
もう、どれぐらい走ったのかは分からないが、もう少しだ、もうここらは今までに通ったことがある。
帰ってきた。
「見えた!」
家だ。子供たちが見える、ルーテもいる。
アルゴはより一層スピードを上げた。
なんて謝ろうか、いや、なんでもいい。
もう入口だ。
とにかく、帰り着いた
「ルーテッ」
「アルゴ――」
ルーテが振り返る。
が、ルーテは言葉を詰まらせた。
まるで息ができないかのように。
「ルーテ……。ただいま――」
言葉とともに一歩踏み出す。
「来ないでッ」
びくっとしてアルゴは立ち止まる。
そんなに怒らせてしまったか。仕方ないか。
言い訳を探していたが、どうもルーテの様子がおかしい。
「ッあ、カッ……」
何か苦しそうだ。
「ど、どうしたんだよルーテ――」
「い、いやッ……。来ないで……。怖い……」
怖い?
何で?
「お、おい……」
ルーテはへたり込み、立てないようだった。
アルゴは混乱した。
そうしていると、子供たちも建物から顔をのぞかせたが、
「ひっ!」
「う、ううぇええん!」
たちまち泣き出してしまった。
「お、おい、みんな! 俺だよ! アルゴだよ! どうしたんだよ!」
アルゴは身を乗り出して言う。
「いやあ! 来ないでっ! 誰!? アルゴ兄ちゃんじゃない!」
女の子が言う。
アルゴじゃない?
違う、俺はアルゴだ
「く、来るな!」
男の子が震えながら言う。
来るな?
何でだ、せっかく帰ってきたのに
「悪魔!」
「化け物!」
「どっか行け!」
今まで子供たちから聞いたことのない言葉がアルゴに降りかかる。
「な、なんで……」
アルゴは立ち尽くした。
そうしていると、
「これでもくらえっ」
「う、ッつ」
頭に衝撃が走る。
なんだ?
ああ、石を投げつけられたんだ。
たらりと何かが額を垂れる。
手で拭う。
血だ。
ゆっくりと顔を上げ、子供たちの顔を見る。
みんな、おびえている。
ルーテも――
「出ていけ!」
何でだ
「消えろ!」
嫌だ
消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ――
嫌だ、何でだよ、何で
「消えて!」
ルーテのその言葉に、
アルゴは耐えきれず、家に背を向け、走り出した。
走って、走って、森の中まで戻って、
そして、昼間、あの女と戦った空き地に出た。
「……なんで……」
アルゴは膝から崩れ落ちた。
耐えれなかった。
体も痛かったが、なにより、
心が痛かった。
「うわああああああああああああああ」
アルゴは叫んだ。
「――だから言っただろう」
「!」
暗闇から、ジルコが現れた。
「今帰っても、君は後悔すると」
「なんで……」
「君は、君が助けたあの神魔と契約した。契約者は、その時点でもう人とは異なる存在となる」
「……人じゃ、なくなった?」
「神に近い力、その代償に、我々は、それまでの生活には戻れなくなる。常軌を逸した存在となるのだ。普通の人間が近寄れば、体が地面に押さえつけられ、息もできなくなるような、圧力に押さえつけられる」
嘘だと思いたかった
「君がここまで帰りつけたのも、契約者だからだ。五感や運動能力は常人より鋭敏・強靭になり、超直感といった、第六感的な力も宿る」
夢だと思いたかった
「これは夢じゃない」
――もう、会えない?
もう、あいつらには会えない?
「君はもう、家には戻れない」
嫌だ
そんなの嫌だ
「このままなら、ね」
「……は……?」
「このままなら、君は戻れない。が、うちに来て、訓練し、その力を操り、抑え込めば、君は戻れる」
「帰れる……?」
「ああ。君が力を理解し、コントロールすればね」
「帰れる……」
「君はあの子たちを守りたいのだろう? 守り続けたいのだろう?」
そうだ
「一刻も早く、あの子たちのもとに帰りたいだろう?」
ああ
「なら、答えは一つじゃないかね」
そうだな
アルゴは、立ち上がった。
じっと、ジルコと向き合う。
ジルコが手を差し出した。
アルゴは、その手を握った。
「改めて」
「PSGにようこそ」