正体
スカージはアルゴを乗せた車椅子を押しながら、長い廊下を延々と歩いてゆく。
そしてある部屋の前に連れて来られた。やけに豪華なつくりだ。
スカージがドアを開けると、その部屋には赤のじゅうたんが敷いてあった。
「あと少ししたら所長が来るから。ここで待ってろよ」
スカージはそれだけ言うと、ドアを閉めて行ってしまった。
アルゴは一人残されてしまった。こうなると、落ち着かない。まず、車椅子の操作がおぼつかない。
アルゴは部屋にあるものを見ていることにした。
部屋の奥には大きな机があった。いかにも所長とやらが座りそうなもの。
壁には額に入れられた表彰状や、壁の高さまである油絵。
その中で、一つ気になった。表彰状の一番下に書かれている文章。
「何だ、これ? People――」
「『People Serving God』。通称『PSG』。ここの名前だよ」
後ろからいきなり声がした。
アルゴが振り向くと、そこにはやけに小さな、ひげを生やした老紳士がいた。
「はじめまして、というべきかな。アルゴ君。ここの、PSGカリム支所の、所長のジルコだ」
ジルコと名乗った男は笑顔で握手を求めてきた。アルゴはそれをおそるおそる握った。見た目は小さいが、力は相当のようだ。
この男が所長か。
「悪いが、座らせてもらうよ。もう歳でね」
ジルコは奥の机に腰を下ろしながら言った。
「さて、本題に入ろう。アルゴ君、君にはまずお礼を言わなければならない。本当にありがとう」
ジルコが急に頭を下げたので、アルゴは驚いた。
「ちょ、ちょっと……。俺はあいつを守っただけで……」
「それが重要なのだ」
ジルコ所長は顔を上げた。
ジルコ所長の言葉には、一つ一つに重みがあった。
「君が助けたあの生き物。あれは普通の生き物ではない。あれは『神魔』という、神の眷属。いや、一種の奴隷と言うべきかな」
「……神、魔? なんだそれ?」
アルゴの正直な反応だった。
神魔なんて言葉、生まれてきて十五年間、聞いたこともない。
「はっはっは、まあ無理もない。普通の人間には見えんからね」
所長は偉そうに高笑いをした。
「だが、君はもう信じるしかない。出会っているからね」
「あいつが……神?」
「そうだ、分かるかね。あれが神魔だ。私達はその神魔と契約して、その力を借りて『任務』をこなしている」
アルゴは黙っていた。いや、『黙っていた』というよりは、『何も言えなかった』といった方が正しいだろう。
完全に許容量を超えていた。
そんなアルゴをよそにジルコ所長は説明を続ける。
「任務とは……例えば、自然の保護。神魔は自然を形づくるものの守護神だ。例えば、火事で燃えてしまった森に命を授けたりする」
訳が分からない。話がぶっ飛んでいる。
「おい……。ちょ、ちょっと待ってくれ……」
ジルコ所長はアルゴの声が聞こえないかのように喋り続ける。
「そして、他には……」
「ちょっと待てって……」
「これが一番大事な任務で……」
「待てって言ってんだろ!!」
その一瞬、周りの時間が止まった。
立ち上がり、ジルコを上からにらみつける。
体中に激痛が走る。しかし、関係ない。
「さっきから訳の分かんねえ事をうだうだと……何が『神魔』だ!? 何が『任務』だ!? 気持ちわりいこと言ってんじゃねえぞ!!」
堰を切ったように、アルゴの口から言葉が次いで出た。
その目の前の人物は、あたかも自分の事ではないように平然と済ましている。
「うさん臭いことばっか並べやがって……そんなもん信じられるか!! 俺は帰るぞ。子ども達が待ってんだ」
アルゴは扉に向かって歩き出した。
「まあ待ちたまえ。今帰っても君はきっと――」
「もう十分だ!」
アルゴは駆け出した。
「――後悔するぞ」