衝突
アルゴがその場に座りこんだ。
そこに、藪の向こうから一人の女が出てきた。黒のマントに、黒いゴーグルをつけていて、顔がよく見えない。
その女は何かを探すように辺りを見回し、アルゴに視線を向けた。雰囲気が変わる。
「……それをおとなしく渡せ。さもなくばお前も攻撃する」
どうやらこの女の目的はこの生き物らしい。そいつが腕の中で唸っている。
「こいつに何をする気だ?」
「お前に教える必要などない」
女の声には感情が感じられず、ただ単調に耳に入った。
ただ、得体の知れない威圧感に、アルゴの身体は押さえつけられ、立ちあがれなかった。
「あんたがこいつに何をするかは知らないが、弱い者いじめは嫌いなんだよ」
アルゴがやっとのことでそう言うと、女が手を上げる。
「そうか」
女が一瞬脱力する。
「なら仕方ない」
女の手が光った。すると、腕の中でそいつが暴れだした。アルゴはどうにか立ち上がり、全力で走り出した。
座り込んでいたところで光の弾が炸裂する。耳をつんざく轟音が響く。
「ちっくしょ……」
アルゴは走り出した。
走りながら、落ちていた石を拾って、女に投げつけた。
石は一直線に女に向かって飛んでいったが、女は軽々とよけた。
「デスヨネ!」
女は一切躊躇せずに弾を撃ってくる。それがすぐとなりの木に当たり、その木が倒れてきた。
「おい、マジかよ!?」
アルゴはぎりぎりでかわす。
が、木の枝がふくらはぎに刺さった。足に痛みが走る。
アルゴの顔がゆがむ。しかし止まるわけにはいかない。
アルゴはよろけながらも走り続ける。
腕の中でその生き物が心配そうな顔をしている。
目が、子ども達に似ている。
笑ってしまった。
「大丈夫だ、お前をアイツには渡さねえよ」
アルゴは森のもっと奥へ向かって走った。この場所なら土地勘があるアルゴの方が有利だ。
アルゴは必死で走り、五分ほど経ったところで後ろからの音がしなくなった。
さっきまでの轟音が嘘のような静けさ。
「撒けたか……?」
さて、ここからが問題だ。
いったいどうやってこの森から脱出するか。
木の枝はそれ程深くは刺さってはいなかったが、この足では走っては逃げ切れまい。
助けを呼ぶにしたって子ども達を呼ぶわけにはいかないし、ほかに誰も近くにはいないだろう。それに大声を上げようものならすぐにあの女にばれてしまうだろう。
だとしたら――
「勝負だな……」
アルゴは上の服を脱ぎ、怪我した足に縛った。
アルゴは一つ仕掛けをしてから、そのそばに隠れた。
隠れたのは、ちょっとした空き地。
材料は何一つ持っていなかったので、全て森にあったものを利用した即席だが……。
「よし、これでいい」
アルゴは腕の中に目を向けた。
「お前、奴をおびき出せるか?」
腕の中にいる生き物に聞く。そいつは不安そうな顔をした。
「大丈夫だ。お前は絶対守る」
目の中に迷いが映っていた。
「約束だ」
アルゴはそいつの小さい目を見ながら言う。
そいつはこくりとうなずいた。
《キュゥゥゥゥゥ……!》
鳴き声が森全体にひびく。あの女にも聞こえたはずだ。
「OK。あと少しで逃がしてやる……」
アルゴが言い終わると同時にガサガサと音がした。
あの女が空き地に入ってきたのが見える。しかし、女は辺りをきょろきょろと眺めている。
どうやら正確な場所は分かっていないようだ。
アルゴは息をひそめて待つ。
女が予定の位置に移動するまで。
鼓動が高鳴る。
女が一歩ずつ、一歩ずつ近寄って――
女が予定の位置に移動した。
アルゴは手に握っていた木のつるを放した。
つるは高い位置にある木の枝を滑車の代わりにして、先にくくりつけた石の重みでアルゴの反対側の茂みに落ちる。
ガサッという音に女はすぐさま反応し、音がしたほうに手を構える。女の手が光りだす。
アルゴは茂みから飛び出し、手に持った太い木の棒を、後ろを向いて無防備の女に振り下ろした。
確かな手ごたえ
が、女はぎりぎりで反応し、棒を腕で受け止め、砕いた。
そのまま女は腕を振るい、アルゴは腕の中の生き物と一緒に吹き飛ばされた。
女がアルゴにゆっくりと迫ってくる。
最悪だ。
武器もなければ身を守るものもない。
絶体絶命――
「惜しかったな。ガキじゃなかったらスカウトしたいところだ」
アルゴは女を見たまま立ち上がる。
「これも運命だ。諦めてそれをよこせ」
アルゴは腕の中の生き物を隠すように背中にまわした。
「俺が子供たちに一番に教えることだ」
アルゴは笑って言った。
「人にされて嫌なことは、絶対にしちゃいけないんだぜ」
女の顔に初めていらつきが見えた。
「楯突くか……。分かった」
女が手を上げる。またあの光の弾が来る。
アルゴは思わず目をつぶった。
母さん
子供たち
ついでにルーテ
順々に顔が浮かんでは消えていく
置いていけない
こんなところで、こんなかたちで
意味が分からない展開で
死ねない
死にたくない
「死んでたまるか!」
腕の中にいる生き物がまた《キュゥゥゥ》と叫んだ。
すると――
アルゴの周りが明るく光った。
アルゴの身体が宙に浮き、手は女の方をむいていた。
周囲の温度が上がり、木の葉が干上がっていった。
女の顔に驚きの色が浮かぶ。
「まさか――」
女の光の弾が撃たれると同時に、アルゴの手から同じ光が、紅い弾が撃ち出された。
弾同士がぶつかり合い、光に包まれた。