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落ちこぼれの聖導士と異端の聖心獣  作者: 棚機レンジ
ちょっと長めのプロローグ
8/26

決意と別れ、そして始まり

「これより、討伐を開始。処理班の手配を頼みます」



 誰に話しているんだろうと思えば、手のひらの中に火の粉をまとう小さな鳥がいた。聖心獣だ。


 手を掲げると、火の子鳥は飛び立った。おそらく伝言を伝えに行ったのだろう。



「最後まであきらめないその志は立派ですが、彼我の実力差を鑑みて逃げる、というのも立派な戦いですよ」


 赤い長髪がきれいな女性、ステラ・アルトリアと名乗った聖騎士は僕に向き直ってそういった。



「聖騎士さまが、何でこんなところに」

「王国に発生した魔獣を狩るのが我々の仕事ですから」

「この魔獣に、聖導士じゃなくてわざわざ聖騎士が出張るなんて」

「ああ、そっちですか。たまたま近いところで任務を遂行していたのと、直接――おっと」

「ロロッロロロロロロロロロロロロロロ!!!」


 話の途中で回復した舌を振り回し、魔獣が攻勢を再開した。



「彼を倒してからゆっくりお話しするとしましょう」


 彼女の後ろには、金色の炎をまとう大型の鳥が顕現しており、聖騎士は声を張り上げるわけでもなく、



「《聖なるヘーイル炎は邪悪を・アンジュ焼き尽くす(・デベルト)》」



 流暢な聖句を紡いだ。





 そこからはもう蹂躙というのがふさわしかった。

 聖騎士ステラさんの聖心獣は、複雑な文様陣を己の炎で空中に描き出したかと思えば、瞬間、視界が金色に染まった。

 文様陣から、クロロが及ばぬ量の炎の槍が射出され、魔獣に突き立つ。

 突き刺さった炎は消えないどころか拡大し、魔獣の体を燃やしてゆく。


 もちろん、魔獣が反撃しなかったわけではない。

 舌だけではなく、背中の棘も伸ばし、聖騎士に攻撃しようとしたがそのことごとくが炎に撃ち落とされ、なすすべなく、やがて魔獣は金色の炎に呑まれ、湖に沈んでゆく。



 炎は虹色の湖にも広がり、すっかりその火が沈黙するころには、湖は元の綺麗な澄んだ水に戻っていた。


 あっけない。

 汗の一つすらかかず、女聖騎士は魔獣を倒してしまった。あまつさえ、湖の浄化まで。

 これが、聖導士の頂点、聖騎士の力。



「けがはありませんか?」


「だ、大丈夫です」


「そうですか、それはよかったです。 すぐに応援がやってきますから、安心してください」


 きりりと整った目と眉。はっきり美人と、十人いれば十人が答える顔立ち。

 年のころは僕より何歳か年上だろうけれど、そこまで離れているとは思わない。

 赤髪のせいで苛烈の印象を受ける。


「この黒いのは、残党の魔獣?」

 ステラさんは、倒れているブランとクロロを魔獣と間違えたらしい。


「ち、違います! 僕の聖心獣です!」

「けがしてますね」


 ステラさんはブランに近づくと右手から自分の聖心獣と同じ金色の炎を出し、ブランの体にあいた穴に触れようとした。


「やめてください! 僕のパートナーなんです!」

「パートナーならなおさら……え?」



 彼女はブランの傷を見ると驚いて炎を消した。

 素手でブランの体の傷跡に触れる。


「あれ? なんで、ですか……」


 口の中で何かをつぶやいているステラさん。

 撫でられるブランは気持ちよさそうにぐるぐると喉を鳴らす。


「……あなたの聖心獣は、確かに魔獣に攻撃されたんですよね?」

「そうですけど……何か危ないことになってるんですか!?」


「危ない、というか、むしろ安全なんですけれども……通常、魔獣に傷つけられた聖心獣は、魔獣の負の心に汚染されて魔獣化してしまいます。ところがあなたの聖心獣は、自己回復しているように見えます。こんなの、見たことがありません」



 つまり、ブランもクロロも大丈夫というわけか。よかった。


「あとは還してあげれば、傷も自ずから癒えるでしょう」

「ありがとうございます。あの、ところで先ほど言いかけていたことについてなんですけど」


「さっき? ――ああ、なぜ私がここに来たのか、という話でしたね。

 聖騎士に直接、助けを求める連絡がきましてね……国境付近で領土回復の任についていたところ、無視できない人間が我々に、聖心獣を送ってきたのです。自分の弟子を探してくれ、と」


 助け? いったい誰が、と思いめぐらせて、文脈の中『弟子』というのが僕一人しかいないと気付いた。



 すなわち、助けを求める連絡を聖騎士に直接、しかもそれを聖騎士が無視できない相手というのは――


「大丈夫か!!!」


「師匠!」


 金色に燃える馬を乗りこなし、たった今思い至った人物――僕の師匠が森から出てきた。



「アルマ! てめえ!」

「あいって!!」


 あいさつ代わりにいきなり本気のげんこつを食らった。



「無茶しやがって!」

「師匠がなんか危ないことになったんじゃないかって……」


 言い訳したら、さらにもう一発。



「俺がそんなタマかよ。……ったく。 アルトリアもありがとな、うちの坊主のために」


 師匠は聖騎士さんに頭を下げた。

 聖騎士に直接聖心獣を送れて、そしてそれを聖騎士が無視できないくらいの立場の人だったのだ。僕の師匠は。現に今頭を下げられている聖騎士さんは、頭を上げてくださいと慌てた。


「ディナミス隊長の頼みとあればいくらでも」

「やめろやめろ、もう隊長じゃねえんだ、忘れろ。レヴィンの立場がねえよ」

「レヴィン隊長は毎日ぼやいてますよ、隊長戻ってきてくれー、って」

「変わんねえな……。今回のは借り一つって伝えておいてくれ。困ったことがあれば呼んでくれとな」

「戻ってきていただけるとみんな喜びますよ」

「もう兵士じゃねえんだ。今お前らがいる戦場には立てねえよ」

「そうですか……残念です」



 師匠の勧誘に失敗したステラさんはちょっと落ち込んでいるけど、師匠の顔は対照的に晴れ晴れとしている。たぶん、本人の中ではすっかり片付いた問題で、今更何があっても変わることのない答えがあるんだと思う。



「それでは私は報告のため帰還しますが、他に言伝などは」

「特にねーな…あ、いや、この森に調査隊は呼んでくれてあるか?」

「すでに手配済みです。おそらく今日の日が沈む前にでも調査が始まるでしょう」

「おう。助かる」



 ステラさんは先ほどの魔獣を屠った炎をまき散らす聖心獣を呼び出し、その背にひらりとまたがる。

 巨鳥の羽ばたきが湖に波をたてる。



「あ、そういえば」

 己の聖心獣の背中から、ステラさんがこちらを見下ろしてくる。

 背中からも噴出しているあの炎、熱くないんだろうか。



「その少年はディナミス団長のお弟子さんですか?」

「ああ。まだ半人前だけどな。どうだった?」

「その年齢で聖心獣を二体、巧みに操るのはなかなか素晴らしい技量でした。二級魔獣を相手にそこそこ立ち回れるのも修練の成果が出ているようです」

「おお! 良い評価じゃねえか。及第点ってところか」



「しかしはっきり申し上げますと、私には、わざわざディナミス団長が目をかけるほどの腕前は感じられませんでした、申し訳ありません」

「そうかー。だってよ坊主! 精進しねえとな」


 ころころと豪快に態度を変える師匠。

 そりゃ聖騎士さまから見たら僕なんてしょーもない聖導士見習いだよ、と心の中で文句をいう。



「ですが」


 きらきらとハシバミ色の瞳を輝かせて、にっこりとほほ笑む聖騎士の女の人は優しい笑みで、僕の目をじっと見つめて言葉をつづけた。



「聖心獣にはとても愛されているようです。この上なく。

 使役ではなく、友情を感じます。それは聖導士、ひいては聖騎士に最も必要な素質。そうおっしゃったのは、先代の聖騎士団長だったと思いますよ」


「その言葉を残した奴はさぞ優秀だっただろうなー。やるなそいつ!」

「ええ、本当に。 今でも尊敬しております。それでは、私はこれで」




 いつの間にか雨は止んでいて、赤髪の聖騎士とその聖心獣は顔を出した太陽に飲み込まれるように飛んで行った。



「だってよ、アルマ」

「うん」

「どうだった?」

「強かった。死ぬかと思った。こんなんじゃ、聖導士にはなれないなとも思った」

「だろうなあ」

「でも、ブランたちが僕を守ってくれて、逆にあいつらを守るためには、もっと頑張らなきゃなって思った」


「そうか」


 答える師匠の顔は笑顔だった。

 笑顔のまま想像だにしなかったことを口にした。



「学校、行くか」


 がっこうって、同年代の子が集まって勉強するところ?

 僕が実家を追い出されたとき、姉は確か学校へ通うことを希望していた。

 ここベルナール王国にたった一つだけ存在する聖導士養成学校、王立フレムティード聖導学園。


「聖導士になるなら悪い場所じゃない。もちろん、通わないでも聖導士は目指せる。なんてたってこの俺が教えてるんだからな!がはは!」


 黙りこくってしまった僕を笑わせようと師匠はジョークを飛ばしたつもりだったみたいだけど、全く冗談になってない。

 彼はただ聖心獣の扱いがうまいおっさんじゃなかったのだ。

 あの二人の会話を聞いて、彼が前任の聖騎士団団長だと分かってしまった。

 そんなすごい人に教わっていたのだという事実はとても誇らしい。



「学校に行けば、ブランやクロロをみんなに認めてもらえるかな」


 本音を言えば、行きたい。

 この森での生活が嫌なわけじゃないけど、子供は僕の一人だけ。

 今までの人生で、誰かと一緒に遊んだことなんて数えるくらいしかない。

 学校に行けば、きっと友達ができる。

 相変わらず見た目は怖い聖心獣たちだけど、昔みたいにいじめられることもないだろう。


 ただ、心のどこかでやっぱり受け入れてもらえないのかも、と考えて、師匠には悪いけれど断ろうと決めたところで、



「ガウッ!」


 勝手に飛び出してきたブランが、病み上がりの体で僕を小突いてきた。

 何を言いたいのか、馬鹿でもわかる。


「坊主は本当、聖心獣に愛されてるよなあ。うらやましいぜ」


 ブランの瞳を見ながら、口を開く。


「師匠」

「おう」


「学校に行かせてください。僕が、僕の誇りに思っている聖心獣をみんなに認めてみせるために。いつかはこの力で、この世界を守れるように」


 言い切ってやった。

 師匠は数秒ほど黙り込んで、



「だーめだ」

 拒否した。


 どっちなんだよ!!!

 って師匠の気まぐれに怒ろうとして、



「新学期までまだ時間があるからな、それまでに、別れの修行スペシャルコースだ!」

「それはやだ!!」

 処刑宣告に猛反論。

「はぁ!? 坊主、俺の修行を受ければ最強の聖導士、聖騎士にだってなれるのに!」

「ガゥ!」


 乗れ、とブランが促してくる。もう元気になったのか。

 そのまままたがり、師匠より先に家に帰ろうと走り出す。


「あ、こら待て話はまだ終わってねえ!!」


 師匠も聖心獣を出して追いかけてくる。

 あとちょっとしか一緒にいられないんだ、いっぱい師匠と遊んでやろう。

 これからの時間の過ごし方を思い描きながら、森の中をかけた。





 ◇  ◇   ◇




「忘れ物はない? お弁当は持った?」


「大丈夫だよばあちゃん。 昨日何回も確認したから!」


「でも、でもねえ、これから一人で行くんだから、心配で……」


「大丈夫だよばあさん、いざとなればこいつには頼りになる聖心獣がいるんだから」


 窓の外から、呆れた師匠の声がする。




 魔獣との戦いから数か月がたった。

 あれから修行の総仕上げと称していろいろ厳しい訓練をして、もう多少のことなら対処できるくらいの実力はついているはずだ。

 なんてたって、元聖騎士の指導を受けたんだから。



「じいちゃん、ばあちゃん。 行ってきます。お世話になりました」

「体に気をつけてな」

「いつでも帰ってきていいんだからね」


 じいちゃんとばあちゃんに別れを告げ、かれこれ五年を過ごした小屋を出る。

 初めて来たときに比べると、だいぶん小さく感じる。それだけ成長できたということかな。





「楽しんでこいや」

「うん。 長期休暇には顔出すから、また訓練付き合ってね」


 師匠は小屋の外壁にもたれて煙草をふかしていた。


「どれだけ強くなるか楽しみにしてるよ」

 あまり多くは語らなくても、別にこれが根性の別れというわけではないんだし。

 二、三言だけ、しみったれないように。



「お、そうだ、餞別に」

 そういって師匠が手渡してきたのは王国の文様が入った小ぶりの金のロケット。


「これ、こんな大事なもの」


 聖騎士になったものだけが与えられる特別なアクセサリー。

 純金製であることと、持ち主が少ない貴重品のため質に出せば山一つくらいなら買える代物だ。


「もう引退している身だしな、使い道ねえから坊主にやるよ。なんかめげそうなことがあればここでの訓練を思い出せ。たいていのことならどうにかなる。どうにもならないことがあったらロケットを開けてみな。なんか起こるかもしれねえ。なんも起こらねえかもしれねえ」


「わかった。あまり期待しないで持っとくよ」


 師匠らしい贈り物だ。


「僕が聖騎士になったら返すよ!」

「馬鹿野郎俺が死んじまうぞ!がはは!」



 鎖を首にかけると、僕の服の上で太陽の光を浴びてきらりと輝いた。



「行ってきます」



「おう、行ってこいアルマ!!」


 師匠が手を上げる。

 僕も手を上げ返すと、こぶしとこぶしのうちあう固い音が森に鳴り響いた。


 彼が僕の名前を呼んでくれるのは、そういえばこれが三回目だったなと、そんな何気ないことを思いつつ、僕は目的地――王立フレムティード聖導学園に向けて歩き出した。


ようやくプロローグが終わりました。

次章から本編である学園編に参ります。キャラクターも増やし、楽しい物語を目指しますので、これから、よろしくお願いします。

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