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落ちこぼれの聖導士と異端の聖心獣  作者: 棚機レンジ
ちょっと長めのプロローグ
7/26

魔獣

 空気がひんやりとしている。いつの間にか振り出していた雨のせいかもしれないし、体験したことのない緊張感に血の気が引いているのかもしれない。

 アークランドのお屋敷から必死で逃げていたときとはまた違う、明確な死の恐怖。

 つばを飲み込む音さえ、相手に聞こえているのではと不安になる。



「・・・・・・」


 じっとりとこちらをねめつける視線。

 魔獣は自らが踏んづけたジャッコーには興味もないらしい。

 ジャッコーがやってきた方向と、この魔獣が出てきた方向を合わせて考えれば、おそらくこいつが師匠のジャッコーを行動不能まで追い込んだのだろう。

 とすれば、かなり強力な魔獣なのかもしれない。


 勝つことよりも、逃げることを優先するべきか。

 しかし逃げてしまえば、師匠は一人で魔獣に対峙することになってしまう。


 どうするかを考えていても、敵は待ってくれない。



「キシャァァァァァ」

「グルルルルルル」



 魔獣の叫びにブランが応える。


「ブラン、《影の叫びを(ハルムデンド)》!」

「ァオオオオオオオオ!!」


 指向性のある吠え声、それは向けられたものに一定の時間行動を許さないブランの聖句だ。

 正体不明の魔獣も例外ではなく、びくりとして固まってしまう。

 その隙に、クロロを呼び出す。クロロの火力なら倒せなくても牽制にはなるだろうし、ブランはいざという時の逃走用に取っておきたい。



「《撃ち抜け(シャッテン・フェイル)》!!」



 クロロは無言で手をかざす。

 黒弾が一斉に着弾する。念には念を、だ。



「たお・・・した?」


 弾幕の晴れた後、そこにはてらてらと不気味に光る魔獣の肉体の残滓が転がっていた。



「や、やった…訓練の成果が出てるのかも」


 あっけなかった、とは思えなかった。

 むこうがどれくらいの強さかわからないのに、焦りのあまり大技を使ってしまった。

 ずっとこの調子だと、スタミナが尽きてばててしまう。


 節約しつつ進まないと…。



「ガゥッ!」


 ブランが僕の服の裾にかみついて、何かを伝えようとしてくる。

 こういう時人語を話せる聖心獣がほしいってよく思うけれど、ブランの目には言葉のように伝えたいことが明確に表れていた。



「あっちのほうに師匠がいるんだね?」



 頷くブラン。時々、本当に人間と話しているような気分になる。


 間髪入れずにまたがって、ブランに導かれるまま森を駆ける。

 クロロは機動性も悪いのでひとまず還ってもらっている。

 走りながら、木々の上から降ってくる魔獣が三体いて、振り落とすのに苦労した。

 剣の聖具をブランの上で振るい、つかみかかってきた魔獣を落とすのだ。

 僕の剣では傷一つつけられず、振り落としたあとはブランの脚力に頼って逃げるしかない自分が情けない。



 そこそこの時間を走り抜けた。たどり着いたのは、森の奥深くにある湖だった。



 師匠に連れられて、この森は一通り歩いたことがある。訓練と称して森のパトロールに付き合わされた時のことだ。

 だけど、僕はこんな湖の存在を知らなかった。


 いや、この言い方だと語弊がある。僕はここに湖があることは知っていた。


 けれど今のこの、不気味に七色に光る湖は見たことがない。

 こんなの、僕は知らない。



「なに、これ」


 森に来てから、だけではない。 本にものってない。アークランドの家にいた時でも、こんな湖は見たことがない。

 妖しいきらめきのせいで、太陽もないのにこの周囲は明るい。

 雨音も、忘れてしまえるようだった。

 危険。心のどこかでそう感じる力は残っているんだけど、それでも吸い寄せられてしまう。

 体が言うことを聞かないみたいだ。



「クゥゥーーン」


 ブランも心細げな声を出し、僕を引き留めようとする。

 声が聞こえた。



『あなたはすごい子ね! きっと立派な聖導士になれるわ!』


 母の声だ。



『さすが俺の息子だ』


 これは父さん。



 今、このみょうちきりんな湖の上に立っている父さんと母さんは、僕には見せてくれなかった笑顔を浮かべて僕を褒めてくる。



 幻聴だ。

 絶対にありえない。

 頭ではわかっているのに、なぜ、僕は歩み続けてしまうんだろう。



『お前の聖心獣は強いねえ』

『魔獣をいっぱい倒したじゃないか』


 うん、そうだよ、僕の聖心獣は強いんだ。



『怖い怖いと、よく知らずに遠ざけてしまってすまなかったねえ』

『誤解していたよ。 アルマ、君の聖心獣はこの湖に飛び込んだらもっと強くなるよ』

『見た目だけじゃなく、その強さまで魔獣の中でもトップクラスになれるよ…』


 なるほど。強くなれば、みんな褒めてくれるかな。



『褒めるとも。自慢の息子だと言って歓迎するよ』


 そうか。僕は強くなればみんなに家族と認めてもらえるのか。


「でもね、父さん――――



 ――――僕は、僕の聖心獣を魔獣になんかしないよ。

 

そこにいる、魔獣みたいにさ。

 ブラン、《影の叫びを(ハルムデンド)》!!!」


「グラァアアアアアアアアアア!!!」



 ブランの叫び声が、父と母の幻影をかき消す。


 代わりに現れたのは、醜い魚の顔をした猿だ。


 湖にどっぷりつかっており、下半身は見えないのに、上半身だけでゆうに僕三人分の高さはあるだろう。ぎょろりと、大きく突き出したその目玉を僕にフォーカスしている。はっきり言って気持ち悪い。体は奇妙な湖と同じ物質でできているようで、なおさらそれが気持ち悪さを加速させる。



「ありがとうブラン」

「ガウッ」


 危なかった。ブランがいなかったらこの湖に飲み込まれていたところだった。


 でも確信した。ここは魔獣の巣で、目の前の怪物は僕には手に負えない魔獣だ。

 師匠が戻ってきていないのも十中八九こいつのせいだろう。


 本当は逃げて助けを呼びに行きたい。でも師匠がもしこの中につかまっていたら?

 今にも死にかけの状態だったなら、救えるのは、僕しかいないんだ。

 僕しかこの現状を知ってる人間がいないのなら、僕がどうにかするしかない!



「ブラン、クロロ、やるよ!」


 湖の周りに師匠が倒れている可能性と、湖の中に師匠が引きずり込まれている可能性。

 前者であることを期待して、ひとまずブランに乗って駆けだそうとして、




 ドンッ!!!!



 と、体が浮き上がる感覚があった。



 何が起こったのかを、僕はスローモーションで見ていた。



 魚顔の魔獣がやおら口を開いたかと思うと、僕を狙って舌を射出したのだ。

 一直線に迫りくるその攻撃をブランが飛びあがって防ぐ。魔獣の舌はやすやすとブランの右肩に突き刺さり、彼の筋肉の鎧すら無視して貫通した。

 ブランが空中で体をよじり、僕は振り落とされたおかげで舌に触れずに済んだ。


「うっ」


 受け身をとれずしたたかに地面に体を打ち付ける。

 魔獣は舌を、ゆるゆるとひっこめたが、ブランの体にあいた穴は虹色、魔獣と同じ色に変色していた。



 起き上がれないブランをかばうように前に立ち、クロロに命令する。

 ジャッコーを半分追い詰めた最大火力をもってすれば、倒せなくとも、遠ざけることはできるかもしれない。



「《雨を降らせ(シャッテン・レーゲン)》!!!」


 ジャッコーには全方位に放つことで使用したこの術を、一点集中、魔獣に向かって叩き込む!


 だけど、魔獣は一枚上手だった。


 何百もの黒弾が雨あられと降り注ぐ中、クロロの背中が虹色の舌に貫かれる。


 黒弾の嵐をかいくぐり、魔獣はこちらに武器を伸ばしていたのだ。

 クロロの背から飛び出す舌の先は三叉に分かれていて、神話に名高い悪魔の槍のようだなと、回らない頭で思った。


 ずるりと引き抜かれた舌は、今度は魔獣の口の中に戻らず、僕の頭上でたゆたっている。

 見上げれば、魔獣は湖の岸にまでやってきており、どうやって僕を殺そうかと悩んでいるようでもあった。



 ブランも、クロロも倒れた。刺された跡は虹色に光り、二人の体を侵食しようとしているようだ。聖心獣を、魔獣につくりかえようとするかのように。

 崩壊する体の穴から黒い光がこぼれて、浸食に対抗するように虹色を上書きしていく。




 他の聖心獣を出すか?


 でも、こいつに対抗できるような奴はいない。


 聖具で立ち向かうか?


 見上げてもなお大きいこんな相手にどうやって僕の槍や剣で傷をつける?



 万事休す。


 打つ手なしだ。


 五年前、せっかく師匠に拾ってもらったこの命。

 僕は大事にすることができなかった。

 もっと訓練していれば、もっとじいちゃんばあちゃんと話していれば、もっと師匠にありがとうと言っておけば。




 ……いや、まだ諦めるには早いじゃないか。

 師匠が言ってた。ガキが人生をあきらめるにはまだ早いって。


 聖心器の剣を呼び出し、立ち上がりざまに頭上めがけて振りあげる。

 切れなかったが、はじいて即死の間合いからは脱した。


 しかし二連撃をよけるには反動が強すぎた。


 せめて眼だけはそらすまいと舌先を目で追えば、どこからか火矢が飛び、舌先に突き刺さった。



「ロロロロロロロロロロロロロロ!!!」


 クロロの黒弾でも動じなかった怪物が、たった一本の火矢で悲鳴を上げていた。




「目標補足。 第二級に属する魔獣と推測されます。巣の上で行動しています。こいつが大元かと」




 矢を放った人物を探して振り向くと、目の覚めるような赤と、輝く白が瞳に焼き付いた。


 雨が降っているというのに、白のマントと赤くきれいな長髪は少しも濡れていなかった。


 金の刺繍が入っているが、目立たず、シンプルに意匠を凝らしたおとなしいデザイン。


 背中には、この王国の紋章。


 選ばれたものしか着用を許されない白金のサーコート。



 この国に住むものなら誰だって知っている、その姿は、




「ベルナール王国王家直属、第一聖騎士隊所属、聖騎士ステラ・アルトリア。

国境沿いに広がるアークランド領地に隣接する森の中の、魔獣発生ポイントを確認」



 聖騎士。

 聖導士の中でも、特にその能力に秀でたものたち。

 それぞれが一騎当千の実力を持つ、王国、世界最高の聖導士。


 そんな聖騎士のうちの一人の女性が、なぜか一人で僕の隣に立って魔獣を見据えていた。




やっと女の子が出せました……。

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