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落ちこぼれの聖導士と異端の聖心獣  作者: 棚機レンジ
ちょっと長めのプロローグ
6/26

異変

「最近森の様子がおかしい」

「毎日カールに狩ってもらっているが、減る気配がないしなあ」

「それどころか増えている気もしますわね」



 朝起きると、じいちゃんとばあちゃん、でもって師匠の三人が食卓を囲んで話をしていた。


 師匠が僕より早く起きるというのは珍しい。

 なんせ、師匠にここまで連れてこられてから五年がたつが、その間一度も僕が師匠を起こさなかった日はないのだ。それが今日はどうしたことか、真剣な表情で椅子に座っている。

目の前には空の皿。

朝食まですでに済ませているようだ。


 不思議だ・・・。今日は大雨かもしれない。


 さては徹夜か。

 いつも僕が寝ないと早く寝ろ!と怒ってくるくせに。大人はずるい。





「あ、アル、起きたのね。顔を洗ってらっしゃい」



 ばあちゃんに急かされて外の小川で顔を洗う。冷たい水が気持ちいい。

 顔を洗ったあと小川の水で口をゆすいでいると、師匠が小屋から出てきた。

 話は終わったのかな。



「師匠! どこか行くの? 朝の見回りにはちょっと早いけど」

「ああ、ちょっと探し物をしないといけねえから早めに出るわ。訓練の時間には間に合うようにするから、昼飯食べたら素振りだけやっとけ」

「わかった」


 いつもと同じようにぶっきらぼうだったので、さっきの変に真剣な空気は気のせいだったのかと納得した。



 小屋に戻ると、じいちゃんとばあちゃんもいつもとそんなに変わってなくて一安心。



「さ、温かいうちにご飯をどうぞ」


 ばあちゃんが僕の朝食を並べてくれるのを待つ。



 もう僕も十四歳だし、朝食の準備くらい手伝わせてくれと言っているのに、「年寄りの仕事はとるもんじゃありません」といって譲ってくれない。



「師匠と何の話をしてたの?」


 バターをパンに塗りながら、先ほど何の話をしていたのか聞いてみる。



「ああ、ちょっと最近魔獣の数が増えてるんじゃないかってな」

「師匠は探し物だって言ってたけど、何を探しに行くの?」

「魔獣の巣だよ」

「巣?」



 聞き返すと、じいちゃんは魔獣の生まれる流れについて教えてくれた。


「魔獣が人の心の悪い部分から生まれるというのは知っておるか?」


「うん。聖心獣が生まれるのが善良な心なら、魔獣は負の感情をもとに生まれるって」


「ではその負の感情はどうやって魔獣を生み出すと思う? まさか聖心獣を呼び出すように魔獣も呼び出される、というわけではあるまい?」


「うーん・・・だれも好きで魔獣を召喚したがるはずもないしね」


「そう。魔獣はあくまで自然発生するものじゃ。ため息や悪口など、人は意図せずして悪い感情を体の外に吐き出すが、それは風に乗って自然界にばらまかれる。もちろん、人は良い気持ちも積極的に吐き出す。笑顔なんかはその典型じゃ。これにより世界は調和を保っていられるのじゃが、時折、風に乗って運ばれた悪感情が善い心の届かない場所にたまることがある」



 そこで言葉を区切ったじいちゃんは、何かを試しているように僕の目をじっと見つめた。



「師匠はそれを探しに行ったの?」

「ああ。 ま、昼までには戻るじゃろ」


 じいちゃんはそう言って話を切り上げた。朝食を早く食べろと無言の圧力をかけてくるばあちゃんのオーラにやられたようだった。



◇   ◇   ◇



 朝食を食べ終わった後は日課の蒔き割りだ。

 これも修行の一環だ! と言って、元々師匠の仕事だったものを僕がすることになったのだが、僕は師匠がめんどくさがっただけなのでは?とにらんでいる。

 蒔ようの樹木はブランとクロロに調達してもらう。

 クロロが木の根元に弾を打ち込み、半分まで削れたところで反対側に回ってもう一発。すると最初にえぐった方向に倒れこむので、それをブランが背中に乗せて帰ってくるという寸法だ。クロロが力持ちならブランに仕事をさせることもなかったんだけど、あいにくクロロは防御力、耐久力ともに紙みたいなものなので断念した。



 二人(一人と一匹かな)が持って帰ってきた樹木の枝葉を、自分で呼び出した聖心器の剣で切り落としていく。

 で、つるつるの丸太になったものを等間隔に輪切りにしていく。

 そうして輪切りにしたものを斧でこれまた等分に小さくしていくと蒔きの完成ってわけ。


 ・・・こうして手順を並べてみると、確かに訓練として成り立っている気がしなくもない。



 二時間ほどして作業を中断し、今日の晩御飯用にウサギでも狩りに行こうと思って、日向ぼっこ中のブランを呼ぶ。尻尾を振って喜んでいるけれど、彼はこれでもオオカミだ。

 クロロは狩りには全く不向き――強すぎて獲物の体が消しとぶ――なのでクロロには戻ってもらう。



「・・・しずかだね、ブラン」

「クゥゥーン」

 ブランもおかしいと思ったようだった。

 いつもなら鳥の鳴き声や何かはわからない様々な動物の声が響きあい、うるさいくらいの環境音が、今日に限って不気味なくらい静かだ。いつもは一時間も探せば見つかるウサギやイノシシも、全然見つからなくて、太陽も中天に差し掛かった。



 とりあえずお昼ご飯を食べてからもう一回探しにこよう。


 そう決めてひとまず小屋に戻ることにした。




 ◇ ◇  ◇





「遅い!」


 お昼ご飯を食べおわっても、師匠は戻ってこなかった。


「本当にねえ」

 ばあちゃんも、心配そうな顔で窓の外を見ていた。

 だんだん雲行きが怪しくなってきて、ついに太陽は顔を隠してしまった。



「天気も荒れそうだし、早く戻ってきてほしいものだけど」


「思ったより捜索が難航してるのかもしれんな」


 じいちゃんはどこ吹く風。

 今までこんなことなかったのに。



「僕、探してくるよ!」


「雨も降ってくるのに、やめておいたほうがいいんじゃないかしら」


「大丈夫だよ! こういう時のために五年も訓練してきたんだし!」


 ばあちゃんが心配して提案してきたけど、無視して家の外へ出る。

 雨をしのぐ蓑を着用することも忘れない。



「ブラン!」


 聖心獣を呼び出し、その背中にまたがる。


 本来オオカミは背中に乗って移動するような騎乗動物じゃないんだけど、ブランは大きいのであまり気にしてない。本人も当然のような顔をして走り出す。



 遠くのほうで雷鳴が聞こえた。大雨になるのも時間の問題だろう。早いとこ師匠を見つけて帰らないと。


 ブランに臭いをかいでもらい、僕は耳をすます。風に揺れる木々のさわさわとした音以外、無音に近い静けさ。この中で人が動けば多少離れていてもすぐ察知できる。



 しばらく森を捜索していると、 ぱし、と小枝を踏み折った音がした。

 音の方向に目を凝らしてみる。特に生き物の姿は見えない。

 気のせいかと思って別の方向に目をやると、ブランが鼻をスンスンとそばだてた。



「どうかした?」


 先ほどの音の方向に顔を向けている。


「バウッ!」


 嗅ぎ覚えのある臭いだろうか。ブランが茂みの向こう側に呼び掛ける。

 威嚇していないということは彼の敵ではないただの動物か、あるいは、




「じゃ、ジャッコー!?」




 茂みをかき分けて出てきたのは師匠の聖心獣であるジャッコーの一体だった。

 泣き顔のジャッコーだ。



「なんでジャッコーがここに・・・」


 この前の訓練の時、師匠は僕を取り囲むようにしてジャッコーを六体配置した。

 二体が一セットとして無効化と反転を使い分けてくる強い聖心獣だったけど、それが今こうして一体だけで出てくるなんて。

 考えられるのは、師匠が僕の知らないジャッコーの戦法を実行している可能性。

 もう一つは――――――




「グルルルルル」



 ジャッコーは何の前触れもなく倒れた。前につんのめるようにして突然。

 背中には、大きな傷跡がいくつも刻まれていて、ぼろぼろになっていた。

 ブランが親愛の掛け声から威嚇の表情に変わって茂みを見据えている。




 ―――――師匠の聖心獣が、何者かにやられた可能性。




 今まで師匠が迷子になっているのかもと思い捜索していたが、こうなっては話は別だ。

 師匠の聖心獣すら倒してしまう存在が、今この森にいる。

 師匠は、その相手と戦闘中か、悪ければ苦戦、もっと悪い最悪の可能性として、敗北しているのかもしれない。


 そう思うとこの静けさはむしろ納得がいく、強大な存在の前では、野生動物は逃走するか沈黙を保って隠れて過ごすしかないから。


 ガサリと音がして、頭上の樹木から生物の気配。槍の聖心器を呼び出して構える。




 幹を伝い、ゆっくりと降りてきたのは姿のよくわからない生き物だった。

 いや、生き物と呼んでいいのかすらわからない。虹色のマーブル模様でおおわれた、猿と豚の混合生物のようないでたち。


 ジャッコーの上に降り立ち、踏みつけて立っているこの存在は、魔獣だ。


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