修行
カール・ディナミスという師匠に拾われた僕は、彼と共に生活することになった。
小さな小屋にはもう二人、森の管理をしているじいちゃんとばあちゃんがいて、衣食住はこの二人が用意してくれた。
師匠はこの二人に頼まれて、この森に湧き出る魔獣を駆除する仕事を請け負っているらしい。
じいちゃんとばあちゃんは僕の事情を聴いて特に驚くこともなく、
「好きなだけここにいていいんだよ」
と温かく迎えてくれた。
一方、僕を独断で引っ張ってきた張本人はといえば、
「お前、先に言えよ・・・アークランドってなぁ・・・」
とうじうじ悩む始末。
あんまり貴族とか身分とか気にしなさそうなのに、僕の名前にだけは過剰反応している。
「なんでそんなにアークランドにびびってるの?」
って昔聞いたら、
「び、びびってねえよ! ただ、ちょっとな・・・」
とお茶を濁して、その日の訓練がやたら厳しくなったので、二度と聞かないと決意した。
アークランドのお屋敷から逃げ出してきて丸二年がたった。僕は十一歳になった。
森での生活は単純で、朝起きたら蒔き割り、その日の晩御飯になる動物――イノシシやウサギなど、この森にはいっぱいいるのでブランと一緒に取りに行く。
お昼ご飯の後は、朝魔獣狩りをして戻ってきた師匠と聖心獣を使役する訓練をする。
「お前の聖心獣には才能がある」
これが師匠の口癖だ。
人は聖心獣を誰だって出せるんだけど、その出せる数には個々の才能が関係すると師匠は言う。
「召喚者の才能というより、聖心獣の才能だな。たとえば超強力な聖心獣を持ってるやつはそれ以外の聖心獣を出せなかったりする。逆もまたしかりで、数にものを言わせる代わりに一体一体はそんなに強くなかったりな」
その点、ブランはかなり強力だと師匠は教えてくれた。
「ま、一体だけすげえ強くても不意打ちの状況に対応できないし、三、四体くらい出せたほうがお得なのは確かだな。 昔の伝説の聖導士なんかはたった一匹の聖心獣であらゆる場面に対応したらしいが・・・まあそんな奴はまれだわな」
師匠との訓練はいつもこんな感じで、最初は聖心獣や聖導士についての雑談から始まる。
今まで誰も教えてくれなかったからどの話も新鮮で面白い。
で、その雑談が終わったら武器の扱いだ。
太い木の枝を使って素振りと、型を反復練習した後模擬戦闘。
主に剣と槍を一日おきに交互で学んでいる。
「聖導士ってのは聖心獣を出すだけじゃねえ。自分も武器だったり術だったりで前線に立って戦わねえといけねえんだ。聖心獣だけに戦わせるような奴は聖導士になれねえ」
実際に、聖心獣だけでなく、僕は自分の武器を呼び出す方法も学んだ。聖心獣ならぬ聖心器だ。聖導士なら必須の能力らしい。
「魔獣は聖心器じゃねえと切れねえからな」
そうして聖心器の扱いを学び、そのあとにようやく聖心獣を用いた特別な訓練をする。
「じゃあ今日は黒フード出してみろ」
「クロロ!」
「お、そうだったか」
ただ、そのどれもがへんてこな奴で、
たとえば、
『じゃ、今日は俺の聖心獣を捕まえる訓練な』
といってものすごく小さな蜂を追いかけさせられたり。
『この森の外周を十周走って来い。聖心獣は使ってもいいぞ』
とか、一日に一つの訓練を、目的も教えられずにやるのだ。
『これって何の意味があるの?』
と尋ねても
『自分で考えな』
とにべもない。
「それで、クロロ出したけど、どうするの?」
クロロ、師匠が黒フードっていうのは、黒いぼろぼろの外套をまとった人型の聖心獣だ。
頭にかぶったフードのせいで顔はよく見えない。体型は僕よりちょっと大きいくらいで、男か女かはいまいちよくわからない。あんまり強く見えないんだけれど、この子はブランよりも攻撃力がある。
「黒フードを使って俺の聖心獣五体を相手どれ。二体にまで減らせれば終わりだ」
そういうと師匠は案山子に二本足が生えたような生物を五体呼び出した。
「名前はジャッコーだ。なかなか手ごわいぞ?」
白い布が頭部にまかれてあり、その布に子供が描いたような雑な表情が描かれている。怒り、笑い、泣き、無表情、くやしさ、赤面、どれもへたくそだけど特徴がとらえられている。
「じゃ、はじめ!」
掛け声を合図に、五つのかかしが僕を囲むようにばらけた。
どんな攻撃が来るのかと構えていたけれど、その場でピョンピョンと飛び跳ねるだけで何もしてこない。
来ないなら、こっちから行く。
「クロロ!」
呼びかけに、クロロは瞬時に反応する。
右手を怒り顔のジャッコーに向けると、手の周りに楕円球が出現し、間髪入れずにジャッコーに向かって射出された。
尾を引くそれはまるでほうき星のように超速で駆ける。
ジャッコーはひらりと黒い砲弾をよけたが、かぶっていた麦わら帽子が弾に引っ張られて落ちた。でも、それだけ。
特に悔しがる様子もなく、クロロは三つ弾を生成し、時間差で放り込む。
クロロは遠距離専用の聖心獣だ。ブランよりも攻撃力があるといったのは、この楕円型の砲弾が、ブランの体当たりの縮小版のようなものだからだ。もちろん威力は大きな体で素早く動くブランの体当たりのほうが強いのだが、クロロはこれを連発することができる。
ところがその高威力のはずの砲弾は、怒りのジャッコーに当たると、ぶつかりかけた瞬間ふっと消えてしまった。申し訳程度に、ジャッコーが羽織っていた藁蓑《わらみの》がおちる。
「おーおー、そんな調子じゃ終わらねえぞー」
師匠は特にヒントをくれる様子もない。
試しに泣き顔のジャッコーに撃ってみると、今度はまともに当たって右腕が吹き飛んだ。
「あたった!」
喜んだのも一瞬で、
「あぶねーぞ」
クロロが突き飛ばした僕の頭上を、黒い砲弾が通過した。
「え?」
「だからあぶねーぞって言ったんだよ。黒フードに感謝だな」
「・・・・・・」
クロロは何も言わない。人型だけど、喋りはしないのだ。
「ありがとうクロロ」
お礼を言うと、うなずいてくれた。
クロロが放って泣き顔のジャッコーに当たったはずの砲弾が僕に向かって飛んできた。それも撃った方向ではなく僕の後ろから。
その方向にはいやらしい笑みを浮かべる笑顔のジャッコーがいる。
ためしに笑顔のジャッコーに向かってクロロ弾を撃ってみる。そして体を一歩横へ。
笑顔のジャッコーの顔面の右半分が吹き飛んだと思ったら、やっぱり僕の後ろから同じクロロ弾が飛んでくる。泣き顔のジャッコーの仕業だ。射線上にいないので僕の左を通過していった。
次に無表情のジャッコーに撃ってみる。すると怒りジャッコーと同じくダメージを受けなかった。かわりに、反対方向――赤面のジャッコーから弾が飛んでくることもない。
悔しい顔をしているジャッコーに向かって撃つと案の定、怒り顔のジャッコーから報復が飛んでくる。
「なるほど、そういうことか」
本当に師匠はいやらしいものを用意する。
いやらしいんだけど、すごいと言うしかない。
この聖心獣、おそらく二種類ずつセットになっているのだろう。笑いと泣き顔、怒りと悔しさ、無表情と赤面というように。そして攻撃を受けると、自らが受けたダメージを相方から吐き出すか、単に無効化するかの二つを選択しているというわけだ。
「どーする?」
にやにやと笑う師匠は余裕ぶっている。一歩間違えば大事故だったのに何を笑っているのだろうかこの人は。
顔を見てると見返したい気持ちが強くなってきた。種さえわかればなんとでもできる。
「こうするんだ! クロロ、『雨を降らせ』!!」
クロロに術の執行を求める聖句を唱える。
クロロと僕を取り囲むように大量の黒い弾が展開され、一斉に射出された。
あとからどんどん弾は生成できるので、ジャッコーたちとの我慢比べだ。
これだけたくさん撃てばワープして帰ってくる弾も撃ち落とせる。反撃も封じてある。
たっぷり一分間撃ち続けた。
砲弾でふさがれていた視界が広がると、ぼろぼろになってもなお立っているジャッコーが三体。これだけやってもまだ三体残っているとは・・・。ジャッコーがおかしいのか、クロロの攻撃が実は弱いのか。僕は、師匠の作った聖心獣が狂ってるに一票だ。
「・・・・・・」
師匠は口をあんぐり開けていた。
「ごめんなさい。二体にまで減らせなかった」
「失敗だな」
謝っても、師匠の視線は僕を見ていない。
視線をたどると、森が削れていた。訓練の前はせいぜい小さな広場くらいなものだったのが、アークランドの実家の敷地くらいの大きさにまでなっていた。
「坊主の訓練としては成功だが教育としては大失敗だなこりゃ」
「ご、ごめんなさい」
「まさかジャッコーをああまでするとは・・・1ペア処理できたら上出来だと思ってたぜ」
「どう対処するのが正解なの?」
「ん? さあ?」
「えっ!」
「今まであれをどうにかできたのは・・・・・・あー・・・。・・・いやなこと思い出しちまった、忘れろ」
「えー、教えてよ!」
「また今度だ! とりあえず今はばーさんになんて言い訳するかを考えろ!」
これで僕の一日の訓練メニューは終了。
あとはじいちゃんとばあちゃんのいる小屋に戻って晩御飯を食べて水浴びをして眠るだけ。
小屋は小さいし、アークランドのおうちで食べていた食事のほうが豪華だけど、それでも僕はここのほうが居心地がいい。
ずっとここでこうしていたいなって強く思う。
でも、僕がアークランドのおうちから追い出されたように、物事というのは一瞬でやってくるのだということを僕はすっかり忘れていたんだ。