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落ちこぼれの聖導士と異端の聖心獣  作者: 棚機レンジ
ちょっと長めのプロローグ
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プロローグ3

 



 屋敷の裏の森をひたすらに走った。

 追手が来ていることはブランが教えてくれた。

 彼の背にまたがって、がむしゃらに逃げる。アークランド伯爵領に僕の居場所はない。

次期当主を傷つけたのだ。いくら血がつながっていても、先ほど勘当された身だ。つかまれば、裁かれるだろう。



 どれくらい走っただろう。気が付けば空が白み始めていた。


「もう、大丈夫かな・・・ブラン、ありがとう」


 ブランは一晩中休まずに走り続けてくれた。

 逃げきれたのは彼のおかげだ。

 早朝の静寂。うすく霧が漂う中、獣の鳴き声が聞こえた。

 霧の向こうから姿を現したのは、石でできた巨人、ゴーレムが三体。追手だ。



 ブランが僕を守るように立ち上がる。


「ブラン、きみ、」

「グルルルルル・・・」


 大丈夫だ、というように低く喉から唸り声を上げた。


 僕の頬をひとなめすると、吠え声高くブランはゴーレムにとびかかった。

 一体ともつれて倒れこみ、頭部を大きな顎でかみ砕く。

 しかしそこで横から別のゴーレムの右腕が、ブランの横っ腹に直撃した。


「ガァッゥッ!」

 吹き飛んだ衝撃を殺さないように着地後すぐに走り出し、回り込んで攻撃を仕掛ける。


「ブラン!!」

 ブランが二体目のゴーレムにとびかかろうとしたその時、三体目――頭部をかみ砕かれていたゴーレムが起き上がり、ブランに抱きついた。

 キィィィィィィン―――と、耳障りな振動音。

 ブランに抱き着いた石巨人が赤く発光し、そのまま、爆発した。



「ブラン!?」

 濛々と立ち込める砂煙。必死にオオカミの姿を探す。

 見つけたブランはかろうじて息があった。でも、立ち上がるほどの体力も残っていない。そりゃそうだ、僕を乗せて走り続けた後の戦闘なんだ。

 いくら自分の心から生まれた存在とはいえ、僕には大事な友達なんだ。

 その彼がこんなにボロボロになっている理由は僕にある。


「僕を殺すのが目的なんでしょう。もういいよ」


 自ら進んで一歩出る。

 見上げればとても大きい。僕五人分くらいの大きさはあるんじゃないだろうか。

 ゴーレムの一殴りで簡単に死んでしまえるだろう。

 あんまりいいことのない人生だったなって、覚悟を決めたところで、時間が止まった。


 聞こえるのは木々の枝葉のこすれる音だけ。


 いっこうに行われない処刑に、閉じていた目を開けてみると、ゴーレムは振り上げた腕を止めていた。




「聖心獣に守ってもらっておいて、あっさり死ぬのは不義理ってもんだぜ?」




 背後から声がした。



「いいか坊主、聖心獣ってのはお前の心から生まれてるんだ。お前が死ねば聖心獣も死ぬ」

「・・・この聖心獣の召喚者さんですか」

「お? お前俺の聖心獣が見えんのか。やるなあ」


 いや、この大きな聖心獣が見えるのを褒められてもあまりうれしくない。そう答えようとしたところで、この声の主は僕を追い詰めたのだという意識が生まれた。

 振り向いて視界に収めた召喚者の姿は筋骨たくましいひげもじゃの男性で、その瞳は獣のようにぎらついていた。

 頭髪には白髪が混じっているが,老いを感じさせない身のこなしで近付いてくる。



「あんな奴らに追いかけられてるってことはなんか事情があるんだろう。でもな、ガキが簡単に死ぬとかいうんじゃねえ」


「簡単になんて言ってないよ。どうしようもなくなったんだ」

「そうかい? それにしてはお前さんのオオカミはまだ諦めてないようだぜ」



 ブランはいつの間にか僕を守るようにゴーレムを睨み付けていた。

 その瞳に諦めの色はない。

 男性はふっと目を細めると、ゴーレムのほうに歩いていく。



「何があったか知らねえが、ガキが人生をあきらめるにはちょっともったいなさすぎると思う―――ぜっっっ!!!」


 一息に、掲げた手刀を振り下ろす。


 吹きすさぶ烈風。


「ふー・・・」

 ゴーレムは、物言わぬばらばらの石塊になっていた。

 先ほど頭部を破壊されても動き続けていた聖心獣であっても、こうまで無残になればピクリとも動かない。



「え、ゴーレム、いいんですか」

「あぁ? ガキ襲おうとしてる聖心獣を壊して怒られんのか? むしろいいことをしたと思ってんだがなあ」

「いや、そうじゃなくて自分で自分の聖心獣を壊すって・・・」

「は?」

「え?」

「お前さっき俺の聖心獣見えてるって言ってたよな?」

「さっきあの聖心獣の召喚者だって言ってたじゃないですか」

「ん?」

「え?」


 話がかみ合わない。


「俺はあのゴーレムの召喚者じゃねえぞ? 俺の相方はほれ、そいつだよ」

「どこですか」

「坊主の頭の上だよ」


 慌てて上を見ても何もいない。

「ははは! そいつは恥ずかしがりやでな、強いんだか弱いんだかよくわかんねえよな」

 口ぶりからして、彼とその聖心獣がゴーレムを三体、一撃でバラバラにしたということだろうか。


「なあ坊主。お前、おれについて来い」


 突拍子もない提案に、思わず耳を疑った。


「ガキが一人で襲われてもう長いことたってるのに誰も来ない。こりゃ坊主にはいく当てがないと俺は踏んだんだが・・・どうだ?」


 当たっている。もう僕にはどこへも行く場所がない。とりあえずブランに乗って逃げ続けたけど、これからのことなんて考えてなかった。子供が一人で生きていけるほど、この世界が甘くないことは知っている。だから、彼の申し出はとてもありがたいものだった。

けれど僕はもうこれ以上生きていても、自分の聖心獣に迷惑をかけてしまうだけなんじゃないかと思って、あなたにはついていけないと断ろうとしたところで、





「お前の聖心獣には見どころがある」




 僕の思考は中断された。


 ―――だって、その言葉は、



「ぼろぼろになっても主人を守ろうとする精神、そしてそれを可能にするパワーとポテンシャル。 はっきり言う。お前とお前の聖心獣はかなり強い聖導士になれる。俺が鍛えてやるから―――坊主はあれこれ考えずついて来い!」



 ―――僕が生み出してしまった、みんなから疎まれるだけの聖心獣。

 ―――僕の友達を、初めて認めてくれた言葉だったから。


 ―――僕がいじめられても、聖心獣のことはわかってほしかった。

 ―――いいやつなんだって知ってほしかった。ただこいつは僕を守ろうとしてるだけなんだって、みんなに知ってほしかった。



 だから、



 気づけば僕は大声でわんわん泣いていた。



「ちょ、おい、お、おい・・・何で泣くんだよ、泣くほど嫌だったか!? そうだよな、お前にだって家の一つくらいあるよな! 勝手に決めつけて悪かった、すまな――」



 違う、って言いたかったけど、嗚咽は止まらなくて首を振るのが精いっぱいで。

 うろたえるおっさんはしばらくどうしたものかと慌てふためいていたけど、やがて観念したように僕の頭に手を置いて不器用に撫でてくれた。

 誰かに頭を撫でられるというのも久しぶりで、どんどん涙はあふれ出てきて彼を困らせた。


 僕の嗚咽が収まるのを待って、おっさんはようやく口を開いた。


「俺の名前はカール・ディナミス。 お前は?」

「・・・アルマ・アークランドっていいます」

「アルマ、格好いい名前じゃないか!」



 それが、僕を変えてくれた師匠との出会いだった。




「・・・ん? アークランド?」

 ちなみに彼が僕の姓に思い至り、驚きのあまり顎が外れる事件が起こったのは、この時から一週間後のことだった。


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