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落ちこぼれの聖導士と異端の聖心獣  作者: 棚機レンジ
第一章「学園入学編」
24/26

作戦

 


 保健室にもいないフィオナさんを探して講堂への道を行く。

 角の生えたオオカミ、僕の聖心獣ブランは舗装された道の上をすいすいと走る。


 いつもなら気持ちいい顔面に当たる風を味わう余裕もなく、ひたすら彼を走らせた。


 講堂にはアドリア王女一人だけしかいなかった。

 僕がここにいることがばれては怒られるだろうけれど、フィオナさんの話は聞かないといけない。 入れ違いになっていては面倒だから。

 姿を見せると案の定、アドリア王女は目をとがらせた。


「なぜ戻ってきたのですか? 一人で行動するのは駄目だと申し上げたはずですが」

「すいませんアドリア先輩。 クラスメイトが講堂に入れ違いで来ているはずなんですけど…見ていませんか?」

「いいえ、生徒全員を返した後も私はずっとここにいますが、きたのは魔獣ばかり。 生徒は戻ってきていませんよ」

「そうですか。 ありがとうございます」

「ちょっと待ちなさい、今上級生を呼びますから……」

「いえ! 大丈夫です! ありがとうございます!」

「あ、ちょっと!」


 アドリア王女の制止を振り切り再びブランを呼び出して背中に飛び乗る。 一瞬で加速するブランから落ちないように、彼のマフラー上の首元の毛をしっかりとつかんだ。


 新入生が一人で魔獣のうろつく学園を行くというのは、副会長的には許せないことなんだと思う。


 でも、その応援を待っている暇はない。


 もうすっかり日も暮れかけて、沈んでいく太陽が最後の意地とばかりに長い長い影を落とすもんだから、まるでブランの影がとても大きな怪獣のようになってた。


 教室に戻る前に、どこかフィオナさんが行きそうな場所はないかって考えて、もう僕には裏庭しか思い浮かばなかった。


「ブラン! 裏庭だ!」


 ブランに行き先を告げて全力で走る。

 一段とスピードを上げるために、僕も体を伏せて風の抵抗を少なくする。




 林の中、前に来た時も薄暗かったけど、今日は時間のせいもあってもっと暗くなっていた。


 ブランの背中から降りて、狩りの技術で痕跡でも探ろうとして、地面に大柄な動物の足跡を見つけた。


 この大きさ…魔獣?


 もしこの林にフィオナさんがいたら、もしかすると、


 嫌な予感が頭をよぎる。


 一瞬、林の奥が白く発光した。 あれは、聖句詠唱だ。


 ブランが無言で駆けだしたほうに追いかけて出た、視界の開けた空き地では、パッと見た感じではブランによく似た黒い四足歩行の魔獣がブランに突進されて距離をとっていた。


 ブランはスタイリッシュだけど細身ではなく筋肉ががっしりついている。 無駄な脂肪は極限までついていないし、パッと見て受ける印象よりも大柄だ。

 そのブランとためを張る大きさの犬型魔獣は、さっき講堂で見たのよりももう一回り大きく丸々と太っていた。


 まだ戦意喪失していない魔獣は、ゆらりと起き上がってフィオナさんを一息で攻撃できる位置にいたので、


「《影の叫びを(ハルムデンド)》!!!」


 聖句詠唱で足止めし、


「《撃ち抜けぇっ(シャッテン・フェイル)》!!!」


 黒弾を撃ち、魔獣の体を穿つ。

 魔獣の体は爆散し、あとには地面に座り込んだフィオナさんが残った。



「大丈夫?」


 近づいて声をかける。


 ブランは僕の隣に来て、周囲の警戒をしてくれている。


「アルマ君、どうして、」


 焦りか恐怖か動揺か、フィオナさんはそこで口を閉じて逡巡した。


「なんで、ここに……?」


 ようやく口を開いて出てきたのは素朴な疑問。


「今日の新入生歓迎会が魔獣の侵入のせいで中止になってさ。 保健室に行ったらフィオナさんはもう出て行ったっていうから…ブランに乗って探し回ったんだ」

「ブランっていうのは…」


 そういえば見せたことなかったっけ。

 入学してから一度も聖心獣を召喚してないもんな。


「このオオカミがブラン。 僕の友達」

「あ、そうなんですか……。 友達…。 さっきは、魔獣が増えたって思って絶体絶命だと思いました…」

「ああ、うん」


 そうだよね。 魔獣に見えちゃうよね。 ブランもちょっと魔獣って言われてしょげている。


「驚きました、アルマ君が魔獣使いだったなんて…」


 …………。


 ……………ん?


 聞き捨てならない単語がフィオナさんの口から飛び出した。


「魔獣じゃないよ?」

「へ?」

「ブランは、れっきとした僕の聖心獣だからね! そりゃあ、こんな格好してるけど…」

「あ、あ、そうなんですか! 私、てっきり、ごめんなさい! 助けてもらったのに…!」


 そこまで謝らなくても…。

 ブランが紛らわしい姿っていうのも悪いんだから。 あたりも暗いし、仕方ないよ。


「それで、フィオナさんは何でここに」


 講堂に行ったはずのフィオナさんは、なぜかここにいた。 せめて林の中じゃなかったならばもう少し早く見つけられたし、魔獣に食べられる寸前とまでいかなかったんだ。


「…ごめんなさい。 やっぱり私、ここにいちゃいけないって思ったから、一人で…」


 せっかくのパーティすら不意にして、保健室に連れていかれるような体調でも、一人で特訓するつもりだったのか。


 今日の授業の失敗が(こた)えているのかな。あの時は大丈夫だろうと思ったけれど、全然大丈夫じゃなかったのか。


 …つくづく自分の見る目の無さが嫌になる。


 僕だけが成功して、クラスで一人だけ先に進めないことの辛さに気が付かなきゃいけなかった。

 一人でいることの辛さは、僕が一番分かっていたはずなのに。



「ガウッッ!!!」


 ブランが突然、僕とフィオナさんの二人を押し倒した。

 ブランが暴走したのかと思ったけれど、ブランの唸り声は下敷きにした僕らじゃなく、首を上げて少し先を見ていた。


 首を回して、彼が何を危険視したのか見てみると、さっき確かに散ったはずの丸々と肥え太った魔獣が、さっきよりも大きくなってそこにいた。


 ブランの大きな体格ですら、少し首を上向けないといけない巨躯で、犬の顔をした頭は小さいままなのに、体がアーモンド上に後部に向かって膨れ上がっているその形を僕は最近どこかで見た。


 ブランが僕らの上からどいてくれた。

 ブランの右頬に一筋ついた傷は、彼が僕らをかばってくれた証拠だろう。


 立ち上がると魔獣と目があった。

 つぶら…というには大きすぎるけれど、そう形容するしかない瞳だけで、僕の頭くらいの大きさはあるんじゃないだろうか。

 不釣り合いという言葉すら生ぬるいアンバランスな顔面。


 その顔面をまともに見つめるのに耐えられなくて、胃の当たりがむかむかした。



 魔獣の頭上で、彼の後部から続くピンクのしっぽが長く鎌首をもたげていて、おそらくブランの傷はあれのせいだろうと目星をつけた。


 ブランが僕らの前に立ってくれているけれど、安心できない。


 さっき倒したはずなのに、どうして。


 それがわからないかぎり、いくらやっても意味はないということなんだけど。



「《影の叫び(ハルムデンド)》!!」


 再び相手の動きを封じるためにブランが吠えた。

 ところが魔獣は今度は大してひるまないで、のそのそとこちらに歩みをすすめる。


「なんで!?」


 さっきは効いたのに、何で無視して動けるんだ!?


「ブラン!」


 ブランの攻撃で時間稼ぎしてもらいながら後ろに向かって逃げる。


「《撃ち抜け(シャッテン・フェイル)》!!」


 右手で照準を定め黒弾を射出。


「なっ!?」


 ところがこの黒弾も、さっきは魔獣を消滅せしめたのに、今度は中途半端に傷つけて終わった。

 どういうこと!?


「《撃ち抜け(シャッテン・フェイル)ぇっ》!!」


 二発、三発と連弾で打ち込むけれど、効いているそぶりはない。


「これならどうだ! ブラン!」


 ブランに指示を出し、魔獣の動きを足止めしてもらい、右手に呼び出した聖心器を振りかぶって投擲。

 槍はまっすぐ魔獣に向かって飛び、奴の体に吸い込まれた。


「え……」


 文字通り、吸い込まれた。


「嘘…」

「アルマ君、逃げよう!」


 フィオナさんに引っ張られるようにして林の奥へ行く。


 この林もそんなに大きくないし、外に出れば応援を呼べばいい。

 自分に自信があったわけじゃないけど、まさか攻撃が全然通じないなんて言うのは想像すらしなかった。



「ちょっと、休憩……」

「はぁ、はあ……」


 二人で大きな樹木の影に座り込む。

 この林は隣に僕たち新入生の校舎があるんだけれど、そこから離れるように移動してきてしまった。


 夕焼けももうすぐ沈みそうで、そうなる前にここから早く出たい。


 新入生の校舎は確か学園全体の敷地内の中でも外壁周辺にあって、この林はその裏側に向けてのびのびと広がっていたはずだから、僕らがこのまま奥に走り続けても、どこかで今来た道を戻らないといけないんだ。


 木々を挟んだ少し離れた場所で、ブランが魔獣と交戦している。


 ブランの牙は魔獣に確かにダメージとして通じているみたいで、僕らは安全にこうしていられるけれど、彼の体力が尽きた時が、僕たちの終りだ。


 でもどうする?

 僕の聖心器も通じない、黒弾が通じなかったということはクロロの力も通用しない。

 聖句詠唱もダメ。



 ……いや、待って。 ひょっとしたら、ああでも、無理な可能性も。


「フィオナさん…――ごめん、やっぱり何でもない」


 一つ、案を思いついた。


 だけど、うまくいくかわからないし、どっちかっていうと失敗する可能性のほうが大きい。



「あの、私にできることなら何でも言ってください。 (おとり)だってなんだってやりますから…!」


「あのさ、フィオナさん」



 落ち込んでいる(はずの)彼女に、こんなことを頼むのは筋違いっていうのは十分に承知してる。


「フィオナさん、僕と聖心獣で足止めするから、フィオナさんの聖句詠唱であいつをやっつけてほしいんだ」


 たぶん、もうこれしかない。


 一度目はしっかりと効果を発揮した僕の聖句詠唱二種類。


 そして、あの魔獣の顔面、どこかで見たと思ったら、入学二日目の魔獣見学会の黒い犬だった。

 あの時は確か檻の中にいた魔獣が自爆して会場内に散らばったのだったけど、今回は僕の聖句詠唱で爆発した後に、同じプロセスで復活したんだ。


 なんであの時の魔獣がここに、しかも姿を変えてここにいるのかはわからないけれど、今の僕の考えはそう違っていないはずだ。


 そしてあの時、僕はあの魔獣に聖心器で立ち向かった。 黒弾も食らわせた。


 仮に一度受けた攻撃は学習する魔獣だったとしたら?

 さっき僕の黒弾を食らって爆発したのも自爆だったということになって、辻褄が合う。



「だから、フィオナさんの聖句詠唱なら、あいつをどうにかすることができるはずなんだよ!」


「え、あ、む、無理です! 私なんかじゃ無理です!」


 ネックは、彼女の聖句詠唱が成功するところを一度も見ていないということ。


「だいたい、一回も成功したことないんです! 授業だって先生にも笑われて……」


「先生は笑ってないよ?」


 あの時確か先生は―――。


「でも、何と戦うつもりですのって、言ってました! 私のあんな貧弱な聖句詠唱では何もできないっていうことなんです…」


 うん。

 確かにそういってた。

 でも、それって。


「そんなことに、アルマ君を頑張らせるわけにはいきません。 それなら、私が囮になって奥に行きますから、その隙にアルマ君が聖心獣に乗って助けを呼んでください。 じゃ、じゃあ、いきますよ……」


「ちょっっ!! 待って、早まっちゃだめだよ! 危なすぎるって!」


 自分のことを棚に上げて無謀な行為に挑戦しようとするフィオナさんを慌てて止める。


「でも、私の聖句詠唱に賭けるよりは安全です!」


「違うよ! あの時先生は、『そんなすごい威力の攻撃で、何と戦うつもりですか』って言ったんじゃないかな!」


 あの時の、フィオナさんの両腕に集った光の量はすごい輝きだった。 失敗してたけど、あれが成功していたら、きっとすごい威力だっただろう。


「あ、あり得ませんって!」

「あり得なくても、フィオナさんが囮になるより可能性あるよ!」

「で、でも、」

「じゃあ、フィオナさんが応援を呼ぶのはどう? 僕が代わりに囮になるよ」


 フィオナさんが聖句詠唱できないというなら、他にそれしか方法はない。

 だけど、僕の攻撃はすべて封じられた状況でいつまで逃げ切ることができるか。


「だ、だめです! 私足遅いですから!」


 フィオナさんが必死で否定してきて、頭をぶんぶんして、


「わわ、わかりました! やってみます!」



 こうして、僕とフィオナさんの二人による、魔獣撃退作戦が決まったのだ。



 ◇  ◇   ◇



「じゃあ、行ける?」

「は、はい」


 ブランのこともあるし、あんまりぐずぐずもしていられない僕たちは、簡単に作戦を用意して立ち上がる。


 作戦と言っても、僕ができるだけフィオナさんの時間を稼いで、フィオナさんの高火力聖句詠唱を食らわせるっていう手順。


「じゃあ、好きなタイミングで合図ちょうだい!」


 攻撃の通じない魔獣に向かっていく。


 一応、聖心器の槍はまだぶつけていないからそれでどうにかできればなと思う。


 ブランはまだ疲れてないし、そこそこの時間が稼げるはずだ。


 魔獣のしっぽが不規則に揺れて、こちらに意識の外側から突っ込んでくる。


 ギリギリのところを聖心器で弾きながら、ブランと二手に分かれてフィオナさんに魔獣の意識が向かないようにする。


 僕は聖句詠唱も封じられたから、防戦一方だ。

 師匠との訓練を思い出す。 あの時よりも明確に迫る死の気配。

 ちりちりと、心の片隅がかじられる感覚。

 異形の聖心獣が、俺を出せと雄たけびを上げている。



「アルマ君!」


 フィオナさんから、準備完了の合図。


「《白く舞う蒼穹よ(シュネイン)墜ちろ(フォーレ)》――」


 聖句詠唱が紡がれるままに、彼女の両腕にもう何度か見た白い発光が集う。


 僕とブランはぎりぎりまで粘ってから距離をとって、フィオナさんが全力をぶつけられる場を整える。


 ずっと隠れていたもう一人の獲物をみつけた魔獣は、フィオナさんのほうを向いて小首をかしげた。


 その間抜けな顔に向かって、フィオナさんが輝きが最高潮になった両腕を振り下ろし―――――、



「フィオナさん!!!!」


 聖句詠唱は失敗した。

 授業で見た失敗と同じ、光が放たれることはなく、その場で散ってしまう。



「なん、で…」

「フィオナさん!!!」


 彼女の名前を呼び、彼女に突進する魔獣の前に立つ。

 失敗した原因も気になるけれど、それ以上に、ずっと戦っていた僕たちじゃなくて、どうしてフィオナさんのことを狙うのかが気になる。

 失敗した時のことを考えて、二発目も放てるように僕とブランで注意を引き付けるっていうのが作戦の要だったのに、なんで。


 魔獣の大きな口が迫って、聖心器でガードする。

 聖心器は幸いにも吸い込まれなかったけど、僕よりはるかに大きい魔獣の力に押され気味だ。


「フィオナさん!!! もう一回!!」


 二発目を促すけど、彼女は目の前に迫った魔獣に動揺して、聖句を紡げなかった。


「聞いてフィオナさん」

 目玉の大きな気持ち悪い魔獣の顔と、聖心器を挟んでにらめっこしながらフィオナさんに声をかける。


「絶対成功するから!! 諦めちゃだめだ!!」

「わた、わたし、やっぱり、落ちこぼれで、むりなんです、どう考えてもこんな私が…」



「―――こんな私とかいうな!!!!」



 まるで僕を見ているみたいだった。

 師匠に会う前の僕。


 呼び出す聖心獣はどれも聖心獣らしからぬ容貌で、家族や周りの人からお前は面汚しだと罵られて、僕はずっと自分のことをダメな奴だって思ってた。

 僕は悪くない。 悪くないけども、みんなに迷惑をかけているのは事実。 そう信じ込まされていた。


 でも違った。 師匠は僕に、お前の聖心獣には才能があると言ってくれた。


 うれしかった。

 世界がいっぺんに大きくひらけた気がしたんだ。



「―――フィオナさんはすごい!! ずっと頑張ってたじゃないか!! 一人で!!

 ―――そんな人が、落ちこぼれなわけないよ!!!」


 僕には師匠がいたから一人で頑張らなくてもよかった。

 彼女は、一人でずっと頑張ってたじゃないか。


 だから、僕が師匠みたいに、彼女を引っ張り上げてやるんだ。

 僕にとって、たった一人、師匠が認めてくれたみたいに、


「――君がすごいのは、僕がよく知ってるから」


 ――僕だけでも、彼女の味方になってあげよう。 彼女の力を認めてあげよう。


 そろそろ限界だ。 ずっと力を込めていた魔獣との競り合いは、僕の聖心器がずぶずぶと魔獣の口の中に沈み始める形で決着がつく。


 聖心器の次は僕の腕かな。

 ブランが一生懸命魔獣の横っ腹にかみついているけれど、そんなのものともせず、魔獣の顔が突っ込んでくる。




「《白雪の舞う(シュネイン)――蒼穹よ(ブラウ・)私に導かれ(メルデ)墜ちておいで(フォーレ)》」



 極光。

 左目の片隅から去来したその光は、一度小さくなった。

 失敗した!?


 と思った矢先、頭上からダイヤモンドの輝きの光の結晶が雪崩を打って落ちてきた。

 比喩ではなく、魔獣の上から押しつぶすように光の結晶の奔流が、すべてを洗い流すように落ちてきたんだ。


 ばりばり、がりがり、どん、と耳をつんざく金属の割れる高音が耳をめちゃくちゃにして、音が止んだとき、目の前の魔獣はすっかり跡形もなくなっていた。



「フィオナさん!!」


 その光の張本人、聖句詠唱を完成させたフィオナさんは地面に膝をついて倒れていた。

 慌てて駆け寄って抱き起すと、彼女は笑った。


「えへへ、できましたよ」

「うん。 すごかった。 やっぱりフィオナさんはすごかったよ!」

「でも、アルマ君のほうがもっとすごかったです…」

「僕は何もしてないよ。 フィオナさんがやっつけたんだ」

「そうですか、…えへへ、これで私もこの学園にいてもいいんですかね」

「うん。 一緒にこれから頑張ろうよ。 だから、今は寝ていてもいいよ」

「はい…ちょっと、お休みします…」


 彼女の体をそっと横たえる。

 下は地面だけどごめんなさい。


 さて。


「ここまで完璧にやっつけたのに、まさかもう一体なんて」


 僕の背後、静かにたたずむのはさっき倒したはずの魔獣。

 完全に同一個体じゃないと思う。 微妙に顔が違う気がするから。

 さすがにあの光を受けて復活するとは思いたくないけれど、あの光につられてここにやってきたんだろう。


 運が悪い。


 聖心器を構えて相対しようとして、僕の両腕がろくに動かないことに気づいた。


「え…」


 さっきの魔獣の口に触れてしまったのか、両腕のひじのあたりまで真っ黒に染まっている。

 聖心器を振りかざすこともできなくて、為すすべはない。


 ブランが死角から体当たりをかますけれど、魔獣はしっぽの一なぎでブランを吹き飛ばした。


 目の前で、魔獣が舌なめずりをした。


 魔獣の息もをもろに顔面に浴びて、むせ返るほどの臭気を吸ってしまって胸が苦しい。


 大口の中がパックリと見える。

 歯並びも不規則な魔獣の口の中に半ば顔を突っ込まれた状態で、僕はせめて僕を食べたらこの魔獣が満足してフィオナさんを逃してくれるといいなと考えていた。

「っ」


 ちりっ――と、吸い込んだ臭気とは別の痛みが胸に(はし)った。



 死を覚悟して目を閉じた瞼の裏の暗闇の中に、黒い骨でできた獣の頭蓋があった。

 カラカラと、口に当たるあごの骨を揺らしてそいつは笑った。



 次の瞬間、僕は勢いよく魔獣の口の外へ引きずり出された。


 右腕を強くかむのは、ブランだ。


 ということは、今の頭蓋のイメージは、ブラン?

 それにしてはいくらか醜悪すぎたけど…。


 僕の影、地べたに左腕をつける格好で、右腕はいまだにブランの口に挟まれた状態で持ち上がっている僕の真下にある影が、光源もないのに揺らめいた。


 形を成さなかったそれは、やがて燃えるように地面から噴出し、その黒い炎の中から、先ほど見た瞼の裏の、黒い頭蓋が浮き上がってきた。


 ――凶悪な獣の頭蓋骨。 耳まで避けた口に、左右二本ずつ生えた大きな角。 前に伸びる二本と、後ろに向かって巻かれた山羊のような角。


 その頭蓋骨に吸着されるように、もとは僕の影だった黒い炎が体となって、黒頭蓋と接続された。


 そして、頭蓋の眼孔に、大きく青白い炎が浮かび上がり、瞳のようにぎょろりと動いた。



「なんだこれ……」


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 黒頭蓋は大きな咆哮を上げた。

 耳をふさげなくて、僕はもろにその咆哮を聞いてしまった。頭が割れそうだ。


 魔獣も僕と同じように、いや、僕よりひどく苦しんで体をよじっていた。


 ぼっぼっぼっ。


 規則正しく等間隔に、黒頭蓋の胴体を囲むように火の玉が浮かぶ。

 髑髏(どくろ)の顔をしたその炎は、ケラケラと笑いながら魔獣に向かって飛んでゆく。

 一弾、二弾、五弾、十弾、総勢二十の髑髏火が魔獣の体をえぐり取る。


 魔獣が苦しそうな声を上げながら、黒頭蓋に体当たりを仕掛けたけれど、黒頭蓋は己のその顔面を魔獣の顔面にぶつけ、その突進を止めた。

 かと思うと、黒頭蓋はその口を大きく開き、魔獣の顔にかぶりついた。

 勢いのままに噛み千切られた魔獣の顔面は、左半分が消失していた。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 噛み千切った魔獣の顔面を飲み込んで、喜びの声を上げる黒頭蓋を見て、僕はこいつが自分の聖心獣だって直感していた。

 思い出した。

 小さいころ、兄の聖心獣と戦ったやつだ。


 師匠との訓練の時にはあまり使役しなかったけど、なんでだろう。


 ただ、声を聴いてこいつが喜んでるとか、感情の機微がわかるってことは、こいつも確かにブランと同じ僕の聖心獣なんだ。



 魔獣が後ずさりを始めた。

 黒頭蓋に勝てないと思ったのか、逃走する気なんだろう。


 だけど魔獣の後ろにはブランがいる。弾き飛ばされたことに腹を立てているブランは、僕でもちょっと怖い顔をしていた。



 黒頭蓋が、動きの取れなくなった魔獣に向かって口を開いた。

 煌々(こうこう)と口の中が輝いて、黒い何かの力の奔流が殺到した。

 一直線に向かうその黒い光はフィオナさんのそれとは違ってすべてを飲み込まんばかりの禍々しさで、魔獣を消し去った。



「ガ、ガ、ガ、ガ……」


 笑っていた。

 黒頭蓋は魔獣を消し飛ばしたことに笑っていた。

 僕にはそれがはっきりとわかった。

 それで、ブランと似ていると思った自分の考えを思い直した。

 これは、聖心獣とはまた違う何かだって。


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