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落ちこぼれの聖導士と異端の聖心獣  作者: 棚機レンジ
第一章「学園入学編」
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フィオナ・ミラーの話

 


私は落ちこぼれでした。

 周りの人はあんまり私に直接落ちこぼれ、なんて言いませんでしたし、優しくしてくれましたけど、その瞳の奥には諦めとかが見え隠れしてました。


 普通なら小さいころに、意識せずとも聖心獣は召喚できるんです。

 私にはその才能がこれっぽっちもなかったんです。


 いや、小さいころは使ってたんですよ。

 ところがある日を境に全然聖心獣が呼び出せなくなりました。



 両親は私なんかと違ってすっごく聖心獣の扱いが上手で、二人とも一流の聖導士をやってたことがあって、お兄ちゃんはその二人よりもっとすごいんです。


 家族は私のことをちゃんと愛してくれました。

 お兄ちゃんも…最近はあんまり口をきいてくれませんでしたけど、大事にしてくれました。


 でも、何でこの子は才能がないんだろうっていうみんなの落胆は肌で感じていたんです。


 だから私は、無謀でも、自分は大丈夫なんだよって言いたくてフレムティード聖導学園の入学試験を受けました。

 みんなはやめておけ、どうせおちる、なんて私を止めましたけど、ここで引き下がりたくなかったんです。



 ……結果は不合格で、家族は落ちた私が落ち込んでいると思っていっぱい気を使ってくれました。

 当たり前だ、どうせ私が受かるはずなかったんだ。

 それはわかってましたから、みんなに迷惑かけないように落ち込んだ顔はしないようにしてました。

 私これでも、我慢して表情を隠すことは得意なんですよ?

 お兄ちゃんは、「お前の顔はわかりやすい」だなんていいますけど、…あ、とにかく、私は落ちました。

 なんだかんだで、やっぱり落ちちゃったか~って、改めて自分は才能がないんだなあっていう証拠を突き付けられているみたいでしばらく元気を出せなかったんですけど、しばらくした後に補欠合格の通知が来たんです。


 すっごくうれしかった!



 そうして入学したフレムティード聖導学園。

 私は自分が補欠合格っていう、もうすごい偶然の幸運が降ってきて自分が今ここにいられるんだってことをわかってましたから、入学初日から自分の特訓をしてました。



 その点、同級生のアルマ君はすごいなと思いました。

 私と同じように入学のクラス分けに名前がなかったのに、実力で先生たちをびっくりさせてたんですから。 校長先生なんか目を大きく見開いて「さすがだ」なんて言ってましたし、私の目から見てもほれぼれするくらいあっという間に魔獣を倒してしまいました。


 私はたぶん、おなじ試験を受けたら改めて不合格通知を渡されそうで怖くて、やらなくてすんでよかったなって。



 授業が始まってからは、自分が人一倍頑張らないといけないことは自分が一番よく知ってましたから、先生の話は漏らさず書き留めましたし、実習の授業だって先生がおっしゃることを忠実に再現しようと頑張りました。


 でも、私の頑張りたい気持ちに、私の才能(は元からありませんけど)や能力はついてこれませんでした。


 聖心獣も呼び出せない。

 聖心器も出せない。

 一つだけ自身のあった聖句詠唱もみんなの前で失敗して笑われちゃって、私には大きすぎる願いだったのかもしれません。


 当たり前ですよね、ほんとはここにいることだっておかしい人間なんですから。

 だからできるだけ同級生とは一緒にいないようにしようと思いました。

 こんな私と付き合っていてもいいことなんて何もないから。


 それでもレオ君やフリダさんは、私にいつも挨拶してくれて、わからないところは教えてくれたり、親身になって私とおしゃべりしてくれました。

 私は自分から離れようとしているのに、彼女たちは手伝ってくれるんです。

 うれしくて涙が出そうでした。


 アルマ君にも感謝してます。


 入学式の日に一緒に職員室に行っただけの落ちこぼれの私を気にかけてくれて、一緒に特訓までしようって言ってくれたんですから。


 私のことを落ちこぼれだって、至極当然のことを言ったハロルド君にも言い返してくれて、なんて優しい人なんだろうって思いました。



 でもやっぱり私は落ちこぼれで、毎日続けていた特訓も、こんなに頑張っているのに実力がついている実感なんてこれっぽっちもなくて、それでも続けることに意味があるんだって言い聞かせて一日も休んだことはありません。



 ああ、もう何をやってもダメなんだって思ったのは、聖心獣学の実習でした。


 前回の授業で先生の示した課題ができなかったので、その回までの持ち狩りの課題として言い渡されていた課題を、アルマ君に手伝ってもらったりしたのに、結局できなかったんです。


 アルマ君はさすが、一発合格でした。

 私はというと、呼び出した人形の聖心獣は一歩を踏み出すとその衝撃でばらばらと崩れ落ちて消滅してしまいました。


 成功とか不成功とか言う前の問題です。

 そもそも聖心獣の償還がへたくそなんです私。


 先生は何も言いませんでした。

 私のことなんて視界に映ってなかったのかもしれません。 私のことは無視して授業が続行されました。


 目の周りの筋肉がぴくぴくして、泣きそうになりました。

 実際視界がゆがんでいくのを抑えきれなかったんですけど、アルマ君が声をかけてくれたんです。

 ずっと手伝ってくれた彼に嫌な顔は見せたくありませんでしたから、頑張って笑顔を作りました。


 私は大丈夫だって。


 まだまだ頑張れるって。


 そういって、アルマ君を早急性のほうに追いやりました。


 私の顔、ばれてないよね。



 私は独りぼっちでした。

 一人で練習場の隅で人形を出して、動け、動けって念を込めていました。


 授業が終わるころになっても、私の人形はうんともすんとも言いませんでした。


 フリダさんが私の顔を見て、体調が悪いんじゃないかって言いながら、保健室に連れて行ってくれました。 特訓に体がついてこれなかったのかな。 もっともっと頑張らないといけないのに、その頑張ることすらできないのかと自分がつくづく惨めになります。


 今日は新入生歓迎会だから、時間になったら起こしてあげると保健室の先生に言われてベッドに寝転びましたが、正直行きたくありませんでした。 フリダさんたちと一緒にパーティでわいわいするのは楽しそうだなって思いましたけど、私なんかが『歓迎』されるなんてありえません。


 それで、隣のベッドに寝ていたマルティアさん…だっけ、その人に起こされて、「私はいかないけどあなたは行ったほうがいいわ」って言われて、マルティアさんは何でいかないんだろうってちょっと思ったけど、追い立てられて講堂に向かいました。


 入学式のあの日、名前がなくて自分の合格は夢だったんじゃないかってびくびくしながらアルマ君と歩いた道を逆に歩いて講堂に向かいます。


 夕暮れの中で講堂のほうから明かりがほとばしっていて、楽しそうな声も聞こえてきます。


 講堂の近くにまで来て、やっぱりのこのこと顔を出すのは恥ずかしくて、いつも特訓していた裏庭の林に行きました。

 喧騒が聞こえなくて、自然の中で一人で静かにすわってじっと過ごします。


 この時間はいろいろなことを考えてしまうんですが、それが心地よい時間です。


「よし、やろう!」


 そういえば今日の分の特訓してなかったなと思い立って、いつものように両手を前に突き出して聖句詠唱の練習です。


 聖導士になるために必要な三要素、聖心獣、聖心器、聖句詠唱のなかで、一番自分が人並みに近いレベルでやれることなんです。


 でも、全然うまくいきません。

 今日も失敗ばっかりで、途中まで何とか成功しかけるんですけど、歓声にまで至らず、どこかで集まったエネルギーは収束せずに散ってしまいました。



「……ダメダメだなぁ」


 私の中で、私はポンコツだという意識がありましたから、いつもはこんなくらいで諦めずに頑張るんです。 けれど今日ばっかりは今の失敗がすごく心に来ました。



「……」


 パキン、と、木の枝の折れる音がしました。

 以前アルマ君にみられていたように、今日も誰かに覗かれちゃったのかと、恥ずかしいです。

 荒い息遣い。


「誰ですか?」


 声をかけて、その人物の姿を確認しようとしましたが返事はありません。


 木々の暗がり、夕暮れの中の伸びやかな影の中にその姿は溶け込んでしまっていて私の方から見つけられませんでした。


 姿を見せないということは隠れているということで、恥ずかしがり屋さんなのかなって思ったけれど、息遣いは私の耳にしっかりと届いています。


 隠すつもりもない息遣いはまるで獣のよう―――と考えて、そこで私は魔獣についてアルマ君が言っていたことを思い出しました。

 その時はこんな学園に魔獣がいるはずないよって思って聞き流していたんですけど、今、私の視線の先にある暗い林が、急に怖くなって、私は振り返って逃げようとしました。



 どれだけ探しても見つからないはずです。 だって魔獣はずっと私の背後にいたんですから。


 振り返った矢先、肥大化したその生き物の瞳と目があいました。

 嫌悪感を抱くくらい大きく無垢な瞳は、自然界には絶対に存在しないくらい大きく不気味で、私はその視線に射すくめられて動けなくなりました。


 瞳だけじゃなく、体も私の二倍くらいの大きさです。

 黒い体色が、紫がかってきた夕暮れを塗らりと反射しました。


 巨体に見合わず、滑らかに魔獣が動いて、私との距離を詰まります。

 鼻息を感じるくらい近づかれてようやく私の足が言うことを聞いてくれましたが、後ずさるだけです。


 私はここで終わってしまうんだと思いました。


 せめてもの抵抗にと聖心獣を呼び出そうとしましたが、こんな土壇場で何とかなるわけもありません。


 頼りになるのは聖句詠唱だと、両腕を突き出したけど、声が震えてつむげません。

 奥歯をかみしめて、何とか詠唱を成功させようとしました。


「《白く舞う(シュネイン・)蒼穹よ、墜ち(フォー)》―――……」


 あの時先生に「何と戦っていますの」って聞かれた、しょぼいけれど私の放つことのできる全力の聖句詠唱。 成功したことはないけど…。



「ぁっ……」


 こんな状況でも、私の中には潜在能力とかなくて、聖句詠唱も失敗して。



 よだれの滴る(したたる)魔獣の大口が開いて、私の顔面にまで迫り、私は死を覚悟しました。




「あれ…?」



 予想した痛みは私には訪れませんでした。



 代わりにどんっ!!と衝撃が聞こえて、目を開けると真黒(まっくろ)な魔獣がもう一匹、今私を襲おうとした魔獣に体当たりをしていました。 仲間割れでしょうか。


 その黒い魔獣は、私を食べようとした魔獣に比べて細身で、かといって小さいとは感じないサイズのオオカミでした。

 真っ赤な目が、体当たりした相手を睨み付けています。


 魔獣なのに、私をかばうように立ってくれているように思いました。


 よく見ると、その魔獣さんの額には角が生えていて、ただのオオカミではありません。



「《影の叫びを(ハルムデンド)》!!!」



 男の子の声が聞こえるのと同時に、目の前のオオカミの魔獣が大音量で吠え声をあげました。

 向かい合う魔獣はその吠え声に硬直し、動けなくなったところに、


「《撃ち抜けえっ(シャッテン・フェイル)》!!!!」


 またも声が届いて、何かが飛来して魔獣の体を木っ端みじんにしました。



 誰かが助けてくれたんだ。


 でも、ここにはまだ魔獣がいるからあなたは早く逃げて―――。



 私を助けてくれた親切な人に、私から最後の恩返しをしようと開いた口は、一音も発さないまま止まってしまいました。


 オオカミの魔獣が夕闇で顔の分からない人物に襲い掛かって、発される音の代わりに悲鳴が出ました。


 私なんかを助けようとするから――!




「大丈夫?」


 けれど、その声の主は何事もなかったかのように私の傍にまでやってきて声をかけてくれました。



 顔を上げると、オオカミはその人の傍でおとなしくしています。



 逆光も、この距離になれば関係なく、私はようやくその人物が、私に知り合いであると分かったのです。



「アルマ君、どうして……」


 どうして、の先にいろいろ尋ねたいことがありました。


 ――どうしてここに、

 ――どうして魔獣を、

 ――どうして私を、



 でも一つだけわかることがありました。


 私の同級生、アルマ・アークランドは魔獣使いだったのです!


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