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落ちこぼれの聖導士と異端の聖心獣  作者: 棚機レンジ
第一章「学園入学編」
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彼女の隠し事

 新入生歓迎会の報はクラスをにぎやかにした。

 ヒューイ先生がさようならの挨拶をして下校する時間になっても、みんな興奮冷めやらぬ顔で教室内に居残っている。

 そういう僕もレオとフリダさんとフィオナさんとで歓迎会のことについておしゃべりしていた。


「食事だけじゃなくて余興も楽しみだよね! 何してくれるのかな!」

「せっかくだし闘技部の模擬戦闘とかやってくれねえかなあ」


 闘技部ってたしか聖心獣でバトルする部活だっけ? フレムティードと言えば闘技部! みたいな話を聞いたことがある。


「たしか料理研究部もあったよね、そこの料理が出てきたら入部の判断材料になるんだけど」

「フリダさんは料理研究部に入るの?」

「まあねー。 調理器具とか貸してくれるらしいしちょうどいいかなって」

「俺は闘技部入りてえなあ。 せっかくフレムティードに入ったんだしさ」

「フィオナさんは?」

「私、ですか…? うーん、……今は勉強に手いっぱいなのであんまり考えてませんでした。 実習もできないのに部活なんかしてたら先生に怒られちゃいますね。 えへへ」


 フィオナさんは謙虚だ。

 座学は最初から最後まできっちりノートをとっているし、実習も先生の言うことを聞いてしっかりやってる。 これ以上根を詰めても仕方ないと思うけど、それを僕が言って彼女のやる気を削ぐというのも違う気がする。


「あ、すいません、もっとおしゃべりしていたいんですけど、用事があるのでこれで…」

「あ、寮だよね、うちも帰ろうかな」

「寮じゃなくて寄るところがあるので…ごめんなさい、先に帰ります!」


 フリダさんの誘いを振り切り、フィオナさんは一人で素早く下校してしまった。


「帰っちゃった……」

「フリダ嫌われてんのか?」

「やっぱり嫌われてるのかな…」

「お、落ち込むなよ、冗談だって!」


 授業中や、学校にいる間はフィオナさん、僕たちとお話ししてくれるのに、学校が終わるといろいろ理由をつけて一人でさっさと帰ってしまう。 昨日もそうだった。 プライベートは邪魔するなとかそういうことだろうか。 でも彼女に限ってそれはないだろう。 入学してからまだ短い付き合いだけど、それでもそういう人じゃないというのは対人能力に優れてなくてもよくわかる。


「いつか教えてくれるんじゃないかな」


 今言えるのはそれだけだ。 心を開いてくれるのを待つしかできない。


「まあ、落ちこぼれは教室にいたくないんじゃないか?」


 とげのある言い方で会話に水を差したのがクラスメイトだったときの気まずさは何にも言い換えがたかった。

 明らかに敵意をもっている人の言葉はまるで聖心器のように僕らの心をひんやりとさせる。

 危ない奴だ。 それが結論だった。


「落ちこぼれっていうのは、だれのことかなハロルド君」

「それは今逃げていった女子学生のことかもしれないし、君のことかもしれないなディナミス」


 言い返してもひるむ様子はなく、敵意の刃をちらつかせて、ハロルド君は尚もかみついてくる。

 クラス内にいる人間は彼の声が聞こえないまま歓迎会についての期待の話を続けていた。 彼らのほのぼのとした会話と反対に、僕たちの会話の間には埋めることのできない隔たりがあるみたいだった。


「君たちみたいな貴族になり損ねた連中は、僕たちの足を引っ張らないように静かに勉強していてほしいものだ」


 ここまで明確に貴族とそうじゃない人の差別を突き付けられたことはない。

 レオとフリダさんは言葉に(きゅう)していた。 言い返したいが言い返してはいけない。 それが貴族に相対するときの暗黙の了解。

 入学式でアドリア王女が「貴族とそれ以外の差はない」といっていてもなお、学園に通う貴族そのものの意識に変化はないということか。


 どこにでもいるものなんだろうか、こういう人は。 




「貴族とそれ以外の人に区別なんてないって入学式で副会長が言ってたじゃないか」

「それは僕みたいにファーニヴァル家の一員のような貴族が気にかけることであって、君たちが僕らと同じ立場だということにはならないよ」


 視線をそらさず、尚も反論してくる僕が気に入らないのか、ハロルド君は話し続ける。

 後ろの二人の代わりに僕が反論しなきゃ。 元貴族の僕は、彼に何を言われようと特に気にならないから、二人の分も僕が彼に立ち向かわなきゃならない。

 これは意識してどうにかなるようなものじゃない。 この国ではいまだに貴族制度が根強く残っているんだから。


『アークランドの名前が必要になるときが絶対に来る』


 師匠が僕にディナミスの名前をくれた時の言葉がよみがえる。

 今がその時なのだろうか。

 アークランドは王国でも五本の指に入る名家だ。 その名を出せば、ハロルド君はきっと退く。

 たしか、ハロルド君の姓はファーニヴァル……確かに有名で力のある貴族だけど、アークランド属する四公家に名前は連ねていないから。


 でも、捨てた家の名前――それも貴族――の力を使って、同じ貴族に対抗するのが正しいことなのか、僕にはそれがいいことなのかわからなかった。

 だから、


「ファーニヴァル家…? 聞いたことがないね。 もうちょっとみんなが知ってる位の高い貴族さまに言われたら僕も聖導士をやめてこの学園を去るよ」


「お前……ファーニヴァルを馬鹿にしたな?」


 僕の挑発に、ハロルド君はものの見事に食いついてくれた。 奥羽にしてこう言う人は自分の家を馬鹿にされると逆上して扱いやすくなるって師匠が言ってた。

 けれど、むしろ手を付けられなくなった気がする。


「いいだろう、そんなに言うならその喧嘩買ってやる。 いくら聖騎士の息子だからってあんまり調子に乗るなよ、ディナミス」



 捨て台詞だけ残してハロルド君は自分の取り巻きのもとに戻っていった。

 どうでもいいけど僕は師匠の息子じゃないよって訂正できなかった。 彼のもとにもその誤解が行っていたのか。 絡まれたのもそのせいかもしれない。 今日の授業でどうも彼に張り合われていたような気がしたけれど気のせいじゃなかったのだ。


 さっきはああいったけれど、ファーニヴァルはとても有名な大貴族だ。

 王国の創立にも関わった四公家、アークランドとほかの三家には及ばないものの、上から十本の指にはまず入るだろう。

 現に今、ハロルド君を取り巻く生徒たちの多さがそれを証明している。

 もちろん授業で才能を見せつけたというのもあるだろうけれど、そこに家柄まで加われば、彼の人気が出るのも当然だ。


 ――ディナミスという姓は貴族でもなんでもなかったから、聖騎士団長になるときにはすごく反対されてめんどくさかった――というのは師匠の談である。 本人は団長拝命すら面倒だと思っていた節があるから大して気にしていないだろうけれど。



「おいアルマ…ありがとう」


 ハロルド君の注意が離れてレオが口を開く。


「気にしないで」

「あんなこと言っちゃったらアルマ君…」

「大丈夫。 僕貴族とかあんまり気にしてないから」


 貴族のことを深刻に考えていたら、きっとアークランドの家に何としてでもしがみついただろう。 それをしなかった時点で、僕の中に帰属に対する未練も恐れも忘れてきてしまった。


「でも、お前ひとりが」

「なんのこと?」

「いや、俺らが絡まれることがないようにっていうことだろあれは」

「え!? そ、そーなの?」

「そーだよ! 明らかに一人で喧嘩売ってたじゃん! うちらをかばってくれたんでしょ! うちらも戦うからさ!」

「僕本当にそういうこと考えてなかったから……あはは、自業自得だし自分で何とかするよ、ありがとう!」

「なにがありがとうだよ、お礼を言うのはこっち――」

「あ、ごめん、僕保健室にお礼を言いに行かないといけなかったんだ、先に行くね!」

「アルマ君―――!」


 これ以上二人の懺悔を聞いていたら甘えてしまいそうな気がしたので、適当に言いつくろって教室を出る。

 元貴族で、貴族を抜け出した僕と、普通に生きてきた貴族じゃない彼らでは、貴族に対抗することの意味が違うことくらい、世間知らずの僕もよく知っている。

 彼らには実家があって、その実家は貴族の領地のもとで仕事をしているのだ。 彼らが貴族にたてつけば、アドリア王女の庇護(ひご)はあっても目には見えない形で嫌がらせされるだろう。 その点僕は気にする実家がない。 仮に貴族が手を出してきても、師匠なら無言で跳ね返せる。


 二人の謝罪と悲痛な顔が頭から離れない。

 だって、僕にはそうするしか他に思い浮かばなかったのだ。

 単純に平民を虐げたがっていた彼の気落ちを、僕一人に対する怒りの気持ちに変換する。 そうすれば、少なくともレオやフリダさんが彼にあれこれ言われることはない。

 僕はそれをわかってやってたし、それが一番だと思ったのだ。

 それで二人があんな顔してしまったことにいたたまれなくて廊下を走る。


 他の教室でも新入生歓迎会の報でにぎわっていて、廊下に人はいない。


 とりあえず言ったことを嘘にしないためにも保健室の前にだけいっておこうかな。

 階段を下りて一階にある保健室へ。

 階段の踊り場にはガラスで窓が設けられていて、そこから校舎の裏にある林が目に入る。

 裏庭と言われているそこは入るのが禁止されているわけでもないけれど歩きづらいし怪我をするってことで生徒はみんな行きたがらないスポットとして有名だった。


「あれ…?」


 そんな裏庭を上から見ていたら、まばゆく白く何かが光を発した。

 なんだろう。


 ひょっとして魔獣実験棟から逃げ出した魔獣の可能性があるかも。


 ちょっとだけ、危なかったらすぐ逃げよう。

 それだけ心に決めて、保健室の前を通って校舎を出る。



 裏庭の林は、僕が暮らしていた森と比べるとさすがに小さかったけれど、それでも十分に青々と生い茂っていた。


 ええっと、光の方向は……。


「―――! ―――――!」


 人が何かを叫んでいる声がする。

 ひょっとして魔獣に襲われてる!?


 慌てて声のした方に走る。


 声は断続的に続いているようで、その声に合わせて光も発せられているようだった。

 あれは多分、聖句詠唱だ。



「白―の――業―――」


 なんとなく顔を出してはいけないと思って、木々の陰から覗く。

 林の中で少し開けた広場、極々小さいそこに、見知った顔の女の子が一人、両手を突き出して立っていた。

 荒く息をつきながら、元々新雪のように白かった肌は疲れからか紅潮していた。 ひたいからは珠の汗が零れ落ちて彼女の奮闘を伝えている。 

 きれいな彼女のクリーム色の髪も荒れていて、やっぱり魔獣と戦っているのか、と飛び出そうとしたけれど、フィオナさんの視線はただ一点を見つめていて、とても魔獣を追いかけているようには見えなかった。


 足元を見ても、特にそれらしき姿は見当たらない。


 じゃあ、彼女の聖句詠唱はいったい何のためなんだ?


「《白く舞う(シュネイン・)蒼穹よ、墜ちろ(フォーレ)》―――」


 この距離になってようやく、彼女の言っていた言葉を聞き取れた。

 聖句詠唱。 それも二句詠唱だ。

 紡がれる聖なる言葉は、白く輝く光となって彼女の両腕の周囲に集ってゆく。


 授業で一度見た光景。


 結果はあの時と変わらないで、光は霧散してしまった。 詠唱失敗だ。


 フィオナさんは表情に一度影を落としたものの、特に休憩も挟まず再び詠唱を始める。

 見るからに疲労困憊なのに、彼女はまだ続けるつもりみたいだ。

 聖句詠唱はかなり体力を使うのだ、だって本当は聖心獣にしてもらうことを自分でするのだから。 それを休憩なしで連発というのは集中力も体力も続かない。



白く舞う(シュネイン)――わわっ」

「あっ!」

 疲れを今まで無視していたのか、ついに足が耐えられなくなってフィオナさんがバランスを崩してよろめく。


 何とかこけずに済んだものの、


「だれ、ですか?」


 ここにいるということがばれてしまった。


「――ごめん、のぞき見するつもりはなかったんだ」

 おとなしく姿を現す。


「あ、アルマ君…?」

「校舎から光が見えたものだから、ちょっと」

「見えてましたか…」

 フィオナさんは照れ臭そうに笑う。


「さっき用事があるって言ってこんなところにいたら、恥ずかしいですね」

「ここで、フィオナさんは何してたの?」

「……その、特訓してたんです……」


 特訓? っていうのはひょっとして聖句詠唱の? たった一人で?

 言ってくれれば僕たちも手伝ったのに。


「レオやフリダさんが手伝ってくれるって言ってたけど…」

「そういってくれるのはうれしいんですけれど、多分、私、今のままだと足をひっぱちゃうので……先にちょっとくらいうまくならないといけないなって…」

「あの二人はそんなこと気にしないよ」

「それは、そうなんですけど」


 彼女が何を気にしているのか、僕にはよくわからなかった。

 まあ、さっき二人を置いてきた僕があれこれ言えることじゃないんだけど…。


「アルマ君は、私が補欠合格って知ってましたよね、たしか」


 フィオナさんがポツリポツリと話し出した。


「私、本試験に落ちちゃってたんですけど、不合格の通知を受けた後に補欠合格のお知らせをもらって…すごくびっくりしました。 入学式に来たら、そこに名前がなかったから、やっぱり夢だったんだ…ってすぐ諦められちゃうくらいにはびっくりしてたんですよ?」


 僕は逆に名前がないことが認められなくて師匠にまず文句言おうと思ったけど。


「……私、本当はここにいちゃいけないんです」

「いちゃいけないって、補欠合格だから? 合格は合格だし、そう思う人はいないんじゃ…」

「みんな口には出さないけどそう思ってると思います。 授業でも失敗しちゃって笑われて……本当は受からなかったから当たり前なんですけど…。

 実力も、他のみんなに比べたら全然ないから…私は、頑張らないといけないんです」


 補欠合格だから、才能がないから、人一倍頑張らないといけないということなのか。

 それは理に適っていて文句のつけようもない正しいことなんだけど。 なんだか窮屈な考え方に思える。

 まだ入学してから三日もたっていないのに、そこまで根を詰めなくてもいいとは思ってしまう。


「だから、アルマ君は本当にすごいと思うんです! 名前がなくても再試験を受ける勇気があって……聖心獣も出せない、聖心器も使えない、聖句詠唱も失敗する私はたぶん、再試験なんて受けたら合格取り消されちゃいそうです…」

 林の木々が夕焼けに呑まれる。

 確かに昨日と今日見ていた彼女の授業内容は、お世辞にも好成績とは言えなくて失敗ばかりだった。

 彼女が頑張らなきゃっていう気持ちに、僕がどうこう言う資格はない。


「あ、じゃあさ」


 文句を言う代わりに、一つ提案する。


「僕も一緒に特訓させてもらってもいいかな。 僕も聖心獣の授業でうまくいかなかったからさ」

「え…?」

「そ、そんなに意外?」

「だってアルマ君、すごい人なのに私みたいな落ちこぼれと…」

「フィオナさんが落ちこぼれなら、僕はちょっとだけすごい落ちこぼれってやつだね!」

「ええ!? アルマ君は落ちこぼれじゃないですよ!」

「じゃあ、フィオナさんも落ちこぼれじゃないよ」

「それは、………ずるいと思います」


 うつむいて言い返してくるフィオナさんの顔は、夕闇に包まれて赤くなっていた。

 おそらく僕の顔も似た感じになってると思う。 だって顔が熱いもの。



「あ、じゃあ二人で聖心獣の授業で先生を見返しましょう! とりあえずそこまで付き合ってください!」


 元気を取り戻したかと思えばすぐに恥ずかしがって声がしりすぼみになったり、彼女の表情はめまぐるしい。

 彼女が助けを求めていないというのなら別にそれでもいい。

 誰も見ていない彼女の頑張りを、僕だけは見ていてあげようと思う。


「わあ! 早く戻らないと夕食が食べられません! アルマ君も早く帰らないと!」

「寮まで送っていくよ」

「そんな、私が一人でやっていたんですから…」

「気にしない気にしない。 こういうことくらいは手伝わせてよ」

「えと、じゃあ、…はい」


 何とか同意を得ることができたので、二人で寮への道を歩いた。

 林を出るころにはあたりはすっかり日が沈んでいて昼間は暖かったのに今は少し肌寒い。


「そういえばフィオナさん、魔獣が出るかもしれないから気を付けないとダメだよ」

「魔獣、ですか? ここに?」


 あり得ないとおもっちゃうよね。 僕も自分の耳を疑ったもん。 どんなに管理がずさんなら魔獣が脱走しちゃうなんてことになるんだ。


「もし見つけたら、戦おうとかしちゃだめだからね」

「私が戦えるわけないじゃないですか」

「いや……そうかな?」


 ひょっとしたらということがあるかもしれない。


「あ、ここまででいいです。 ありがとうアルマ君」

「うん。 また明日」


 フィオナさんが無事女子寮の中に入ったのを見届けて、僕も自分の部屋に戻る道すがら、奇妙な人影を見つけた。



「あの、そんなところで何してるんですか?」

「っ!? ―――ちょっと!」

「うわ!」


 茂みの陰に隠れていた人がいたから、軽い気持ちで声をかけてみたら腕を引かれてひきずり込まれた。 口まで押さえつけられて助けを呼ぶこともできない。 なんだ、何が起こったんだ!?


「しーっ! 今ちょっと隠れてるの! 静かにして!」


 僕の口を押さえつけている人が、僕の顔を覗き込むように静かにしろ、とジェスチャー。

 その顔に見覚えがあって思わず叫ぼうとしたけど、抜かりなく僕の口を封じている掌によって言葉が飛び出ることはない。


「落ち着いたかしら? 叫ばない?」

 無言でこくこくと首を縦に振る。

 ようやく息をつけて、そこで改めて僕を引きずり込んだ主の顔をまじまじと見つめた。


「えーっと…マルティアさん、だっけ。 何してるのこんなところで」

「もうちょっと声を小さくしなさい! 向こうはバケモノよ!」


 ば、バケモノ!? 魔獣!? それは大変だ、こんなところに隠れていたらじきに見つかってしまう!


「何か勘違いしているようだから言っておくけど、ここから動かない限り絶対に見つからないことは私が保証するわ」


 今日の保健室で出会った、金髪をシニヨンに結い上げた麗しの少女――アドリア王女つながりで知り合ったマルティアさんは、やけに自信たっぷりにそう宣言した。 しかしうぬぼれてはいないようで、鋭くその目を光らせて茂みの外側を観察している。


「人じゃない…恐ろしいやつよ…」


 つばを飲み込むゴクリという音すら漏れ聞こえてしまうんじゃという不思議な緊張のなか、待つことしばらくののち。


「魔獣が脱走しているらしいから、あんまり一人でこういうところにいないほうがいいと思うけど」

「そんな話聞いてないわよ?」


 そりゃそうだ。 内緒で捜索中なんだから。


「ま、でももし魔獣がいても何とかなるわ」


 すごい自信だ。

 ハロルド君と言い、この学園に来る生徒には自信家が多いのだろうか。

 マルティアさんも聖心獣の扱いがうまいんだろうなあ。


「マルティアさんって、自分の聖心獣じゃない木偶人形を、一から作って動かしたりできる?」

「え? ああ、聖心獣の初歩の練習のこと?」

「うん。 授業でできなくて宿題にされて…」

「ふふっ」


 今なんで僕は笑われたんだ。


「ふふふ、ごめんなさい、ちょっと懐かしいことを思い出してね」


 夜の闇の中で月光を反射する金髪が滑らかにのたうつ。

 草の匂いではない、彼女の香りが鼻孔をくすぐる。


「こういうことよね?」

 しゃがむ足元、地面から雑草をかき分けて人形がむくむくと起き上がる。 胡坐(あぐら)をかいて、晩酌をする仕草。


「正直、聖心獣が使えるのならこれは誰でもできることなんだけど…動かないのかしら?」


 器用にくらくらと酔っぱらったそぶりまで始める人形を見下ろしながら、マルティアさんは、


「なんというか、心を分け合うイメージ…作るその瞬間にアルマの心を一かけら、混ぜ込んで作る…っていうのを気にしながらやればいうことは聞いてくれる、はずだわ」


 ふむふむ。


「あなた、どうせ聖心獣使えるんでしょう。 そんなに気にすることじゃないわ」

「何で知ってるの?」

「職員室で先生方が試験のことについて話していたわ。 聖心器と聖句詠唱だけで魔獣を追い詰めて、一瞬聖心獣を出して距離を詰めたって」


 ばれてた!

 あんまりブランは見せたくなかったのに!


「教えてあげたのだから、こちらも一つ聞いていいかしら」

「別にいいけど、教えられることあるかな…」


 マルティアさんの紫の瞳が僕の両眼を射抜いて、金縛りにあったように動けなくなった。

 そのあとの質問は、呼吸することすら忘れさせた。



「あなた、アークランドって名前に聞き覚えはある?」






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