フレムティード聖導学園
ずっと書きたかった学園編です。
今後ともよろしくお願いします!
王立フレムティード聖導学園。
ベルナール王国の有する、巨大な学問機関だ。
聖導、と名の付く通り、聖導士の要請に主眼を置いているが聖心獣や魔獣の研究も同時に行われている国の金の卵だ。
入学制限は特になく、何歳からでもはいれるが目安として、人の善良な心が一番培われる多感な青年期が最適とされていて、実際十代の生徒が九割を占める。
総生徒数千人を超えないほどの、一大国家機関という割には小規模なこの学校は、大陸でも三本の指に入る超名門だ。
この学園を出て聖導士、果ては聖騎士になった人間は多い。
今日もまた、未来の聖導士になろうと夢見る新入生たちがこの学校の門をくぐる。
◇ ◇ ◇
「諸君らはこうしてこれからのこの国を、やがてはこの世界を救う職に就く。それは大変に栄誉のある仕事だが、同時に死とも隣り合わせの危険な未来だ」
僕、アルマ・アークランドことアルマ・ディナミスも大量の新入生に交じって新入生歓迎の講話を大きな講堂で聞いていた。
みんなぴかぴかおろしたての制服を着ていて、なんだかとても新鮮だ。
白をベースに黒と金であしらわれたボタンや袖口が、派手になりすぎないおしゃれを演出している。
「その制服は人の心をイメージして仕立てられている。白と黒、そして金。人の心の中には善良な心だけではない、どうしても負の心を消し去ることはできない。しかし、金色にきらりと輝くかけがえのないものもまたあることを肝に銘じ、うまく折り合いをつけ、諸君らの心と、諸君らの聖心獣をより大きく、より強く育て上げてほしい」
壇上で話すのは、この学園の校長だ。豊かな白髭と、逆立った白髪が、年老いたライオンを思わせる。張り上げる声はまだ若々しくて、威圧感がすごい。間近でにらまれたら怖くて動けないだろうな。
周りの新入生もびびって真剣な表情でお話を聞いているのかなと思ったら、何のことはない。
緊張して直立不動で壇上の校長から目を離さない生徒がほとんどだが、中にはリラックスして隣の人と軽くおしゃべりしている人もいる。
中でも目を引くのは、一人を中心にしてその周囲の人間がかなり大きめの声で話している集団。真ん中の、囲まれている少年は特に口を開くわけでもなく話を聞くわけでもなく、ぼーっと講堂の天井を見上げていた。
その横顔をどこかで見たことがある気がして彼から目が離せなかったけれど、取り巻きに隠れて見えなくなってしまった。
拍手が起こり、壇上に視線を戻すと校長が一礼し壇上を降りていくところだった。
一瞬空気が緩んだ気がする。まあ、彼のような人間が目の前に立っているだけで引き締められることもあるだろう。
「続いては――当学園自治執行部副会長、アドリア・フォン・ベルナールより、新入生に向けての御挨拶です」
その名が司会進行役の教師によって読み上げられたとき、講堂内が一斉に色めき立った。
ベルナール。その姓を冠するのは、世界広しと言えども王家の人間にしか許されていない由緒正しい名だ。校長と入れ違いで壇上に上がったその女生徒も、遠目であってもそうとわかる高貴なオーラを振りまいていた。
「皆さま、ここ王立フレムティード聖導学園への入学、おめでとうございます。ご紹介に預かりました私、自治執行部副会長、五年の、アドリア・フォン・ベルナールと申します。この学園での自治運営を任される、大儀ある立場につかせていただいております」
校長がしゃべっていても口を開いていた新入生たちも、彼女の言葉を邪魔するようなぶしつけな聖心は持ち合わせていなかったらしく、講堂はアドリア・フォン・ベルナール、この王国の王女のオンステージとなっていた。
「何を思ってこの学園の扉をたたいたのか、それはここにいる各人がそれぞれ異なる思いを心の中に抱いているでしょう。それは魔獣を討たんとする復讐の炎であったり、全貌を見せぬ氷山のように、ただ漠然と栄えある聖導士を目指したものもいるでしょう。しかしこの場所はすべてを受け入れます。すべての心をあまねく受け入れ、そして輝かせる研磨場」
会場のすべての視線が彼女に向けられる。
飲み込まれているといったほうがいい。校長とはまた違う威圧感、圧倒的なカリスマが際限なく降り注いでくる。
昔アークランドの実家にいた時、何度かその姿をお見かけしたことはあるけれど、今ほど強烈な輝きは放ってなかったと思う。
「世界はいまだに千年前の魔獣との戦争から回復しておりません。それどころか、魔獣はますます勢力を広げ、かろうじて人類は生存領域を保っていられる状態です。
どうか皆様がこの国を守る志高き聖導士にならんことを願い、この場を締めくくる挨拶とさせていただきます」
アドリア王女が頭を下げると、講堂は静寂に包まれた。
教師の方々でさえも、王女の雰囲気にのまれて拍手すら忘れていた。
王女が壇上から降りて初めて、みんな息をすることを思い出したかのようにあちこちでため息の音がする。つづいてまばらな拍手音。カリスマとはああいうことを言うのだろう。
王族にしか言えない言葉。
この国を率いる人間だからこそ言える聖導士への期待。
それは確かに生徒全員の心を等しく打った。
僕も感動して、頑張ろうと決意を新たにする。新入生たちも己の中に湧き上がる興奮を隠せないのか、ざわめきが大きくなる。
「次に――新入生代表の――」
そうして名を読み上げられた少年が壇上に姿を見せた時、僕の周囲から音が消えた。
正確には講堂内は相変わらずやかましく、静かとは程遠い状態だったのだが、耳鳴りとめまいが僕を世界から分断したようだった。世界には僕と、壇上の少年しかいないのではと錯覚した。
「本日は我々、新入生のためにこのような場を設けてくださりありがとうございます」
ここフレムティード聖導学園では入学制限が設けられていない。
つまり、自分の年上と共に学ぶことがあったり、十にも満たない天才児と机を並べることもある。
そしてそれは、自分の兄弟と同学年で入学してしまうという危険をはらんでいたのだと、遅まきながら僕はたった今気づいてしまった。
「今ベルナール王国は、いいえ、世界は存亡の危機にさらされています。魔獣。その存在がはびこる外の世界はかつて我々の先祖が暮らしていた豊かな大地でした」
彼のことばは、耳から入ってくるが頭にとどまってくれない。僕が彼の言葉を記憶することを、僕の脳みそが拒絶しているようだった。
「私も貴族のはしくれとして、領土奪還には並々ならぬ関心があります。そしてそのためには、選ばれた強い聖導士が必要なのだということも」
変わってない。五年もたって大人っぽく成長しているけれど、声も顔だちも、間違えるはずがない。
「今この場にいる選ばれた同期生と共に、高みを目指すことを誓います。新入生代表、ヴィル・アークランド」
アークランド家長男、僕の兄。
僕がアークランドの屋敷から追い出されることになった原因を作った張本人、ヴィル・アークランドが僕と同じタイミングで入学していたことに、僕はこの学園生活が無事に済まないだろうことを直観のうちに理解していた。
◇ ◇ ◇
「講堂外に新入生の所属クラスを掲示してありまーす! かならず確認してから該当の教室でカリキュラムの案内を聞くように!」
入学式を終え、他の新入生にもみくちゃにされて外に出ると大きな大きな掲示板に白い紙がずらりと貼られてあった。
一枚一枚の紙にびっしりと名前が書きこまれてある。
兄さんが新入生代表の挨拶をしていたことの驚きがまだ冷めない。夢でも見ているようだ。名門貴族、アークランド家の長男として恥じない実力を持っていた兄ではあるけれど、まさか新入生代表を任されるくらいだったとは。
たしかあれに選ばれるためには入学試験を一位の成績で通過しないといけないはずだ。あの兄さんが頑張ったのだろうか。
だとすれば、昔のことは水に流してくれたりするんじゃないかなと淡い期待を抱く。
あの日、ブランが襲い掛かったタイミングで兄の聖心獣は姿を消した。召喚されたままであればブランは兄を傷つけることなどなかったのに。あれが引き金となり、僕は家族全員から追い出されたわけだけど……。
そもそも、兄が僕の顔を覚えているかどうかすらも怪しい。
覚えていないのであればこちらから声をかけることもないし、平穏無事な学園生活を送れるだろう。たぶん。
「あれ?」
つらつらと今後の学園生活について考えながらクラス掲示の紙を見ていたんだけど、そこで僕の名前がないことに気づいた。
「あれ、見落としたのかな」
一クラス三十人。それが5クラス。全部で150人ばかしの名前の数なのに、何度探しても僕の名前が見つからない。
周りの新入生は自分の名前を見つけて各々の教室に向けて歩き出していて、掲示板の前に突っ立っているのは僕以外に一人女の子だけ。
入学手続きがうまくいってなかったのかな? 全部師匠に任せっぱなしにしていたのがいけなかったのだ。
というか、入学試験も受けないで「おう!入学できるぞ!」ってもっと怪しむべきだった!
「何が入学できるぞ!だよ!」
ここにいない師匠が目を泳がせて口笛を吹いている顔が思い浮かんだので、頭の中の師匠に向かって悪態をついた。
「あ、あの~」
思わず声に出していたようで、僕と同じく掲示板の前で一人立ち尽くしていた女の子がおどおどしながら声をかけてきた。
「ひょっとして、あなたも名前がない、ですか?」
「そうだけど…君も?」
尋ね返すと、女の子は首を縦に振った。
「ど、どうしましょう…」
「とりあえず、学園の先生方に話をしに行くしか…合格証明書とか持ってる?」
「それらしいものならありますけど……私、補欠合格だったので普通のものと違うと思います」
補欠合格。そんなのもあるのか。試験を受けていない僕よりまっとうだ。
「どこかに先生は……っと」
僕と女の子以外に人の気配はなく、どこか適当な校舎に向かおう。そう決めたところで一人、講堂の中から見覚えのある人物が出てきた。
特徴的な赤い髪と、すらりとした長身。
向こうが僕のことをぼ得ていてくれたらいいなと思いつつ声をかける。
「あの、すいません!教師の方々が集まる部屋などご存知でしたら教えていただけないでしょうか」
「職員室ですか? それなら向かいの校舎の一回突当りにありますよ。 ……って君は、ディナミス団長のお弟子さんじゃないですか」
「その節はお世話になりました」
「いや、いや、騎士として当然のことをしただけです。ええと、君は…」
「アルマです」
「アルマ君ですね。覚えました。君もこの学園に入学していたんですね。団長の勧めですか?」
「そんな感じです」
「あの人らしいですね」
真っ赤にきらめく長髪ときりりとした目鼻立ちがきつそうな印象を与える女性だけれど、ステラ・アルトリアというこの聖騎士さんは、うちの師匠の話をするときは雰囲気が柔らかくなる。もったいないなあ、なんて厚かましいことをふと思った。
「で、職員室に何か用なんですか?」
「それが、僕と彼女の名前が新入生組み分けの掲示板になくて」
女の子は萎縮して完全に小さくなっていた。そりゃ目の前にいるのが聖騎士だったら恐れ多くて口も開きにくい。
「そんなこともあるんですね……すいません、ついて行ってあげたいのも山々なのですが任務がありまして」
「いえ、そんな、大丈夫です。ありがとうございます」
「ああそれと、私はこの学園ではただの一人の学生です。ただの先輩としてお付き合いいただけると嬉しいです。アルマ君」
「わかりました、アルトリア先輩」
「ステラでいいですよ」
そういうと、聖騎士ではなくこの学園の制服を着こなした先輩は足早に去ってゆく。
聖騎士じゃなくても格好いい人だ。
「す、すごいですね! 聖騎士ステラ・アルトリアとお知り合いだなんて!」
「知り合いっていうか…昔ちょっと助けてもらったことがあって」
「あ、自己紹介がまだでした! 私、フィオナ・ミラーって言います」
「僕はアルマ・ディナミスって言います。よろしく」
「よ、よろしくねアルマ君!」
入学式早々に知り合いができた喜びに胸を躍らせながら、僕たち二人は職員室に向かった。