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3.at the break of dawn ~東の空が白むころに~

 『魔眼』でサーチして、

 『転位』で侵入して、

 障害物があれば、『死球』で消して、

 『転位』で帰る。


 だから、これまで。

 あたしたちに盗めぬませきなど存在しなかった。




 魔石は、人を魅する。


 仕事柄、今まで様々な魔石を目にしてきたけれど、

 そのどれもが、それぞれ違った不思議な輝きを秘めていた。


 中でも禁術封石――強い力を持つ魔石は格別だ。

 小さな図体の中、眩いばかりの輝きを秘め、抱く色彩はどこまでも深く鮮やかで…………まるでこの世の物ではない。

 いつまで眺めていたって飽きない。


 だからどんなに禁止されていたって、いくら警察が取り締まったって、禁術封石を集めるコレクターとなる金持ちは後を絶たない。


 禁術封石のコレクターは、その強力な魔力を自分の物にしたくて集めている……そんな奴ばかりじゃなくて、その大半が、眺めているだけで幸せ……といった、人畜無害な平和ボケの方が多いのが現状だ。


 大体。魔石は、人間にとって至極便利な物だけど、禁術封石の持つ魔力量は人間にとっては毒でしかない。

 あんなものが転々と存在するこの世界を創った『三つの巨石』なる世界の創造主――所謂、カミサマとやらは、人間に鬼程酷い事をしたと本気で思う。

 ……まぁ、禁術封石の元は魔族なんだけども。


 話を戻そう。


 魔石を使う事が出来るのは、三大種族の中でも魔力を一切持たない人間だけなんだけど。禁術封石に関しては、使いこなせない者の方が多い。

 でも石っていうのは、一度使ってみない事にはそれを使いこなせるかどうか判別出来ない。

 さて。

 使いこなせない者が禁術封石を使おうとすれば、一体どうなってしまうのかというと。

 石に体を乗っ取られ、精神は崩壊して。

 ただ魔力を放つ為だけに存在する……魔人となってしまうのだ。


 人間辞めて晴れて魔人に。

 そんなリスクを負ってまでわざわざ試そうとする人間はそういない。


 だから、あたしたちが盗みに入るのは、そういう危ない奴の所じゃなくて、専ら、眺めているだけで……な平和馬鹿のお家になる。


 一度見てしまったら、どんな事をしたって欲しくなる。

 手にしてしまったら、手放したくなくなる。

 そんな強烈な魅力を禁術封石は持っている。


 だから、それがどんなに危ないものでも、どんなにそれを諭したって、死んでも手放したくない――そう考える大馬鹿者が世界には大勢居る。


 そんな連中の家に盗みに入るのだ。

 そんな連中から石を取り上げる。

 恨まれる事請け合いなこの仕事。


 ……だが。

 あたしたちが、警察に訴えられる事はそんなに多くはない。

 だから、警察だって捕まえられないんだけど。


 理由は判っている。


 一つは、……禁術封石自体、所持する事を警察が禁じているので、訴えにくいという事もある。


 そして、もう一つの理由は……、




「…………、なんだよ」


 面倒臭そうな表情。

 魔石の使い過ぎで動けなくなったあたしを負ぶったリチウムが、あたしの視線に顔を向けた。


 今夜も無事、一仕事終えて、帰宅する道中だった。

 眼下に広がる街並みに、点いている明かりはほとんど無い。

 濃密な夜闇の中、緩やかにはためく漆赤のマント。

 涼し気に流れる長い銀髪が、ほのかな月光を反射する。


 あたしというお荷物がいても、いつものようにリチウムは、鎮まった空気を乱すことなく、軽やかに家々の屋根を飛び移っている。

 それはまるで、夜風が通るように、星が廻るように。

 この男の動作は、極めて自然だ。


 寝静まった世界。

 リチウムという男は、この闇の中で唯一、動くことを夜から許された存在……のような、……そんな妙な感じさえ覚える。

 それ位に、この男は夜に溶け込んでいて、しなやかな動きをする。


「……おっまえ。まだぶーぶー言う気かよ」


 面倒臭さ気な表情に、さらに呆れた青瞳の光が上乗せされる。


「…………」


 無言を肯定と受け取ったか、溜息を吐くと、リチウムは後頭部を掻きながらさらに言葉を付け加えた。


「……ンな目しなくても、背負われンのが不服だっつうのはもう十二分に理解してンから」


 普段よりも強く響く声と共に、白く上がり、宙に溶ける息。




 いつもはこの男の背中を追って、自分も屋根を跳んでいた。

 今日盗みに入った家の主は相当用心深かったのか、大豪邸と言える程広い家の中にありとあらゆる罠が仕掛けてあった。

 この疲労は、禁術封石を酷使したから……というのも一因ではあるが、

 どっちかというと、体力を相当削られてしまった事の方が原因と言える。

 そういえば、最近魔石の研究に没頭していてロクに体を休めていない。

 日頃の生活態度の悪さが祟って、動けなくなり、この失態……という訳だ。


「……別に」


 リチウムだって毎夜『死球』を連発し、あたし以上に動き回っていたというのに……これこの通り、奴はピンピンしている。

 なのに、自分だけ戦闘不能に陥るって……。


 ……そんな事実が悔しくて、気恥ずかしくてしょうがなかったあたしは、一言だけ、呟くように口にするのが精一杯で。

 それでも耐え切れずに、ぷいっとそっぽを向いた。

 あぁ、情けない。

 落ち込みつつ、ほぼ無意識に流れる風景を眺めていると、時折銀色が視界を覆い、顔を擽る。

 再び盛大に溜息を吐けば、何も言わずに正面を向くリチウム。

 見えないが、さぞ面倒臭そうな顰め面をしているに違いない。


 会話は途切れ。

 静かな、静かな夜。


「…………」


 こうして至近距離……というか、大変不本意ではあるが、背中に耳をくっ付けていると、この男の中を流れる血液の……鼓動の音やら、僅かに上がっている息遣いなどを感じる事が出来る。


「…………」


 改めて、この作り物のような容姿を持つ男が、自分と同じ生き物なんだなぁと実感せざるを得ない。

 一見細身に見えるが、意外としっかり筋肉が付いている腕や。

 広い背中。


 ……この男は、全身凶器だと思う。


 サラサラとした手触りの銀の色の髪は、儚く感じられる程美しく。

 鋭い青は…………あの、禁術封石の輝きにも似ている。


 視線をよそに移したって、脳裏にこびり付いてしまって目を逸らす事は許されない。

 如何なる抵抗も無駄。

 その輝きは、褪せる事を知らない。


 深夜の濃い闇の中。

 月明かりを背に佇むこの男の存在は本当に毒でしかないのだ。

 盗みに入った家の住人を、この男は、魔石以上に魅了してしまうのだから。

 警察に届ける気になる人間も出ない程だ。


 と、視線を感じてそちらを見れば。

 深い、深いブルーアイに、あたしが映っていた。


「……ンだ」


 驚く程、間近にある、鮮明な青の光。

 不覚にも。

 見慣れたはずのあたしでさえも、心臓が跳ね上がる。


「寝てンのかと思った」


 ニヤリと、不敵な笑みを浮かべるリチウム。


「……っ」


 ……なんとなく、悔しい。


「……やっぱり降りる。自分で動く」

「でも実際立てないんだからしゃーねぇだろ」

「あたしまで毒に当てられたくない……」

「……て、こらまて。誰が毒だ誰が」

「自分で帰る」

「~って、こら暴れるな! 落したらおまえ文句ぶーたれるだけじゃ収まらねぇだろが!?」

「そんな事当然でしょ!」

「あんなぁ……リタル」

「なによ!」


 じたばたともがいていたその背中で、


「……もう少しだろーが。たまには大人しくしとけ」


 宥めるような、妙に大人っぽい男の声が溜息混じりに響いた。


「…………ぐ」


 ……コイツは。普段は大馬鹿者なのに、時々すごく「大人」になる。

 こういう時のこの男に、あたしは勝てない。


「~ったくもぉぉ……」


 憮然として、……まぁ、言うとおり、コッパズカシイけど、たまには大人しくしている事にした。

 「観念したか」と勝ち誇るリチウムの背に、再び頬をくっつける。

 ……うん、たまには。

 たまには、いいかもしれない。

 ふと見上げれば、東の空が白ばんでいる。


 本当に、もう少しで、夜が開ける。

 この男が支配する時間が終わる。

 この男との時間が終わる。

 ……こんな妙な夜は。

 こんな夜だからこそ、普段から抱いている疑問が、口をついて言葉と昇華したのか。


「……ねぇ」


 気がつけば、心地よい沈黙を自ら破ってしまっていた。


「何」


 いつものように、短いバリトンが返ってくる。


「あのさ。 もしさ、もしあたしが……」


 ――禁術封石が使えなかったら。

 魔石を改造出来る頭脳と器用さを持ち合わせていなかったら?

 ……少しも役に立たなかったら。

 それでもあんたは、――


「……なんだよ?」


 見失って、途切れてしまった言葉の先を、リチウムが急かした。


「…………いや、やっぱいい」


 呟いて、そっぽを向く。


「なんだよ?」

「だから、いい」

「…………、」


 この数年間。一緒に居て。

 たったの一回だけの、こんな変な夜は。

 このあたしだって、素直に毒に当てられてるのも有り……なのかもしれない。

 ……けど。


「…………」


 流れる銀糸を眺めて、

 強烈な青を脳裏に浮かべて、

 視界を閉ざす。


 ……いや、

 もうあたしはずっと前から、毒に当てられていたのかもしれない。


「……へんなやつ」


 思いがけない程。

 この男にしては、異様に、優しい声がかかって、ふいに遠い記憶が、降臨した。




 ――いくぞ。




 ……もうあたしは。

 ずっと前から、毒に当てられていたのかもしれない。


 今ではもう遠い、無音の世界。

 光さえ届かない、世界から隔離されたような場所で、それでも。

 短い声が降った。


 長い長い闇が明けた、あの時から。



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