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1.美少女仕置き人 CC団参上!

1


「……おかしい」


 西日が姿を消した頃。

 煌々と点いたシャンデリアの下、共同部屋である1号室のリビングに現れたのは、黄緑色の髪を二つに分けて結い上げたエメラルドの瞳の少女――リタルだった。

 ついこのあいだ十一歳になったばかり。クラスで背の低い順に並べば万年最前列。本人甚く気にしており、ちょっとおちょくるつもりで口にすれば地獄を見る。


『…………なにがヨ』


 リタルの呟きを受けて、上から降って来たメゾソプラノの主は、不機嫌全開の表情で宙を漂っていた。

 半透明の肢体。白肌を惜しむことなく露出させる開放感のある服装を好み、今日も今日とて薄い腹が露になっている。長い金髪を一つに結い上げた美女――クレープだ。


「いやだから……最近変なのよね」


 対する返答に、クレープの漂流がピタリと止まる。


「ヘン……ですか?」


 夕飯の支度が一通り終わったのか、食欲のそそられる香りの漂うキッチンから戻ってきたグレープがリビングに顔を出した。

 肩までの蒼い髪を後ろで一つに纏めた、クレープそっくりの美女だ。細面に灯るルビーを思わせる赤い瞳が不思議そうにリタルの小さな背中を見ている。


『へぇ……奇遇ねチビガキ。アタシも今同じ事考えてたトコよ』

「クレープさんも?」


 グレープはリビングの中央――リタルが今腰かけているソファの近くまでトコトコ歩みを進めると、宙に寝転がっているクレープの引き攣り顔を、やっぱりキョトンとした表情で見上げる。


「クレープ。悪いけど今度ばかりは多分、こっちの方が由々しき自体だと思う」

『何よ、チビガキ。試しに言ってみ?』

「…………折角人がスルーしてあげればさっきから……チビガキ言うな!」

「お、落ち着いてくださいリタルさん……っ ……それで? 一体何がヘンなんですか?」

「……リチウムが、ヘンなのよ」

「リチウムさんが?」

「ええそう。ココ最近……そうね。十日位前から……かしら。仕事に取り組む態度というか、対する姿勢ってのがおかしい」


 ソファの背に凭れ掛かり腕組みをして、リタルが中空を睨む。

 ちなみに仕事と言うのは、彼女とリチウムがコンビを組んで営んでいるストーンハント業――毎夜金持ちコレクターが所持している『禁術封石』をかっぱらうという盗賊稼業の事を指している。


『アイツが不真面目なのはいつものコトじゃない』

「いつも以上……ってか、異常なまでに、よ」

「異常、ですか?」

「そうよ。いつもは仕事の時間が近づけば、奴は必ず家で待機してたの。それが、ここ十日前から急に……」

「お家にいらっしゃられないんですか?」

「ってか。遅れた挙句、泥酔状態で現れるのよ」


 リタルの一言にクレープは、グレープと同じ赤いルビー色の双眼をギラリと光らせる。


「お仕事前に飲酒……されるのですか? お外で? リチウムさんが?」

「そうよ。それもベロンベロンになるまでね。おかげで、奴が何か致命的なヘマ犯しやしないかって仕事の間中、常にヒヤヒヤしてんのよこっちは。普段の数十倍は神経すり減らしてんのよ。まったくもって迷惑な事この上ない」

「リチウムさんて……お好きでしたっけ? お酒」

「さぁ? けどこんな事、コンビ組んでから今の今まで一度だってなかったのに、どうしたってんだか……。問い詰めてもシラを切るし、あんまり詮索するのも嫌だし……おまけにドギツい香水の匂いまでつけてきて。あれじゃあまるで……」

『あら~。コレマタ奇遇ねーリタルチャン』


 急に猫撫で声を上げてリタルの隣に腰掛けるクレープ。

 ちなみに、彼女の身体は半透明な為、物に触れる事が出来ない。見た目はリタルと同じソファに腰掛けているようで、その実、先程と同じく宙に浮いているだけなのだ。


「……な、なによいきなり。気持ち悪い」


 露骨に顔をしかめるリタル。が……、


『実は、アタシのトランちゃんも、そうなのよ』


 特に気分を害した様子もなく、正面を向いたまま口を開いたクレープの一言に、リタルの表情が一変する。


「…………なんですって?」

「トランさんも、お仕事前に飲酒……ですか?」

『そうじゃない』


 幾許かの沈黙の後、クレープは横目でリタルを見遣る。


『深夜よ』

「深夜?」

『トランちゃん。このところ毎晩家に居ないのよ。フラリと出て行っては、フラリと戻ってくる。「遅くなる」って電話の後で、スーツ姿のまま日付変わるまで家に帰って来ない時もあった。

 街中ドコ探しに飛んでも見当たらないわ、やっと帰ってきたーって思えば泥酔状態。コッチが何聞いてもはぐらかされちゃうのよねー。下品な匂いもプンプンさせてンし……イヤでもマサカ。真面目なトランちゃんに限ってソンナコトはあるわけないわよねーとか思っててもサスガに十日以上続くと、なんだか……面白くないわよねェ……」

「……えっと、それって……もしかして~……」

「リチウムは仕事前、なんデショ? 多分トランちゃんも一緒に行動してるッポイわ……どうやら時間帯が一致してるようだモノ』


 クレープの低音にリタルの形相が凄みを増す。


「って事は何?! あいつら夜な夜などこぞの下品な女がやってる店で飲んだくれてるって訳?

 ……そりゃ、リチウムがドコで何しようと勝手だけど……でも自分達だけお酒飲むなんてズルイ!」

「えっと……一応未成年ですから……リタルさん……」


 グレープの控えめなツッコミにギョロリと鬼の視線を向けるリタル。


「なんか言った!?」

「い、いえ! なんでも……っ」


 十一歳の少女が背後に浮かび上がらせた邪悪な悪魔の影に吃驚して肩を跳ね上がらせたグレープ。

 と、拍子にその手からボトボトと何かが零れ落ちる。


「? なによこれ……」


 拾い上げようとその場にしゃがんだリタルが、びしっと音を立てて石化した。


『どったの?』


 覗き込んだクレープも、同様に固まる。

 グレープが落としたのは大小様々、色取り取りのライター数本だった。

 彼女達を固まらせたのは、無論、ライター本体ではない。

 問題は、その表面に印字された文字なのである。

 『パフパフ王国』、『ムチムチ宮殿』、『SMガール』、エトセトラ……


「……グレープ?」

「はい?」

『……念のため聞いとくケド。どしたの? コレ』

「えっと……お洗濯物のポケットの中から出てきたものです。最近お顔を合わせる事が少なくて、預かったまま今の今まで返しそびれていまして。このままだと忘れてしまいそうなので、私室に置いておこうかと……」


 空気を読まない(読めない)事に関しては天才的。グレープは実にのんびりした返答を口にした後「えへへ」というなんとも愛らしい笑顔を浮かべる。

 真正面に位置する二人が浮かべる冷笑やドス黒いオーラにも、未だ気づいていない様子だ。


『……さらに念を押しとくケド。……誰の洗濯物から出てきたワケ? ソレ』

「えぇっと……」


 小首を傾げて天井に視線を漂わせるグレープ。


「リチウムさんとトランさんの服だったと思います」


 ビシ……!


 リビング内に、まるで空気の悲鳴の如きラップ音が響いた。


「……あれ?」


 妙な怪音にグレープが再び小首を傾げた。そのすぐ目の前の人物と幽霊から漂う、凄まじい妖気が室内を徐々に支配してゆく。


「……そう。どーりで最近、なんかケバケバしい匂い付けてくるなぁこいつ……とか思ってたんだけど……へぇ、そう。そういう事だったの……」

『トランちゃんも、なかなかイイ度胸してンじゃなァい? アタシという彼女ものがありながら。毎晩フラフラとイカガワシイお店に通い詰めてたって訳ね……くっくっく。バレないとでも思っていたのかしら……相変わらず可愛いトコあンだから』

「んっふっふ。それも、二人揃って、でしょう? ……さて、あんだけ仲の悪かった男どもが、一体いつの間に行動を共にする程仲睦まじくなっちゃったんだか……ねぇ? クレープ?」

『そうねェ……男の友情なんて妙なモノにでも目覚めたのカシラ。微笑ましいわネェ。

 ま、そんだけ仲良くなったってンなら、無理に引き離すコトもないわね……最期まで二人仲良く、地獄に落ちてもらおうヂャない……。……ねェ? リタル』

「あら。さっきから珍しく意見が合うじゃないクレープ。んっふっふ……」

『くっくっく……』

「……あ、あの……お二人とも……? えと、これはですねぇ……」


 ようやく漂う邪悪なオーラを感知したのか、冷笑を浮かべ合う女二人の様子をおずおずと伺うグレープ。

 瞬間! 二人の恐ろしい形相――剥き出しの二対の眼球が一斉にグレープを貫いた。


「~うぁ! ……はい!?」

『グレープ!!』

「奴等はどこ!!」

「えっと、確か……六時過ぎに、ご一緒にどこかへお出かけになられたようですが……」

『へェ……今日はトランちゃんのお仕事がオヤスミだから、こんな早くから居座ろうってな魂胆なのね……ゴ熱心なコトで……くっくっく……』

「……でも、まだ七時よ? こんな早くっからやってるイカガワシイお店なんてあるの?」

『そンなの知らないわヨ。二人で出掛けてったってのがイイ証拠じゃない。あンだけ仲の悪い二人が一緒に行動するコトなんてソウ滅多にあるモンじゃないデショ』

「それもそうか…………あいつら!」

『追ってシトめるわよ! リタル! 魔石レーダー!』

「らじゃ!」

「あ、あの……夕飯は取っておいた方がよいでしょーか……?」

「何言ってんのよ! グレープも行くの!」

「わ、わたしもですか?」

『グズグズしない!』

「~あぁれぇええ~……」


 二匹の鬼に半ば引きずられる形でグレープは1号室を後にした。


 2


「……ここか」


 目的地の目の前――地下へと続く狭く暗い階段を前にしてリチウムは長い足を止めた。

 仕事時に纏う漆赤のマントは置いてきたのか、代わりにジャケットを羽織っており、見る者を魅了する切れ長の青い瞳は今はサングラスで隠れている。

 大盗賊として世間に顔が知れ渡っている彼は普段からサングラスを着用して街を出歩いている。

 日が入りすっかり暗くなった外界の冷たい空気が、長い銀糸を撫で、攫う。


「……おい。リチウム」


 その隣に、同じくサングラスをかけ意思の強そうな黒眼を隠したトランが立った。

 黒の短髪。リチウムには敵わずとも決して低くは無い背丈。こちらはいやに年季の入ったロングコートにシャツ、スーツの黒ズボン……と、仕事時とあまり変わらない井出達だ。


「なんだ、水をさすなよトランチャン……って、なーんかおまえ。顔色悪くねぇか? 腹でも壊したか?」

「あのなぁ……ガキか俺は。……っつうか、さっきからなんか悪寒がするんだよ……。あのさ。おまえの言う通り、こんな早い時間から来てみたけど……大丈夫なのかよ?」

「ダイジョブって、何が?」

「こんな早い時間に、女の子が揃ってるのかって話」

「安心しろ。この店は七時開店だ。それにこの手の店の若い女の子は大抵七時過ぎには出勤してきているものだと俺様は確信している!」

「なんだその妙な力説……」

「っていうかなぁ……最近じゃいよいよリタルがいぶかしんできたからなぁ……奴等にバレると後が面倒だろが……」

「……まぁな。考えるだけで恐ろしいよ……けどなんか……前々から思ってたんだけど。おまえって、異様に詳しいのな。こういう店」


 トランがジト目で見上げると、その必要以上に整った横顔はふふんと笑んで見せた。


「俺様を誰だと思っているんだ? 俺様は泣く子も黙る大盗賊、リチウム・フォル…………!」

「へいへい。それはもう聞き飽きたっての。さっさと入ろうぜ。……彼女が俺たちを待っている、かもしれない」

「って、おい、待てよトラン!」


 トランを先頭に、二人は地下に降りる暗い階段を順番に下りてゆく――

 ――そんな男二人の背中を見下ろす二対の鬼の目があった。


「あ~い~つ~らぁあああああ……!」

『本っ気でイカガワシイ店に通っていたとは……トランちゃん……っ あんなに純粋だったのに、リチウムなんかの影響受けちゃってカワイソーに……。アタシが愛の鞭で正してアゲルからね……っ』

「なんかって……あのね。リチウムだってこんな店に行くような……不埒な行いはこれまで一度たりともなかったんだから! ……多分。……それこそトランが唆したんじゃないの!?」

『何言ってンのよチビガキ! アタシのトランちゃんがそんな事する訳が無いでしょーが!』


 店の向かいに聳え立つビルの屋上の端に伏せ、双眼鏡で地を覗く女二人。ガルル……と唸り合うその後ろで、グレープが苦笑しながらその背中を見ている。


「あの……お二人とも……? 少し落ち着かれた方が……と言いますか、あの、少しわたしの話を聞いていただけるとありがたいんですけど……」

『で? どうすンの? アタシはともかくとして、リタル。アンタ未成年だし、あんな金持チ学園に通ってるんだもの。顔曝すと後々面倒デショ? ココで待っとく?』

「何言ってんのよ! 行くわ。リチウムはあたしのパートナーなのよ。部外者なんかに任せておけないわよ」

『部外者って……っ ……ま、まァ今は仲間割れは得策じゃないからやめとくケド。……なんか策でもあンの?』

「んっふっふ……。よくぞ聞いてくれたわね…………これよ!」


 不敵に笑んだリタルが傍らに置いていたボストンバックを開け、中のモノをババーンと掲げてみせた。

 直視後、二人はそれぞれの反応を示す。グレープは途端にキラキラした目で両手を組んでそれを見つめ、クレープは呻いて二、三歩後ずさりした。


『あんた……まさか……コレを……!?』

「着ちゃっていいんですかー!?」

「そのまさかよ! ささ、グレープ、時間もないことだし、とっとと着替えちゃって! クレープ、あんたはさっさとグレープの中に入って! 髪も弄ンだから!」

「は、はい!」

「んで? 白と黒とどっちがいい!? 今日だけは特別にあんたに選ばせてあげてもいいわよ!」

「え、えと……っ ……出来たら白の方が……っ」


 燃えるリタルと、急にやる気を出すグレープを横目にクレープは逃れられない運命を知るとがっくりと項垂れるのであった。


『……散々呼んどいて忘れてたわ。リタルって……ガキンチョなのよね……』


 3


「イラッシャイマセ」


 両脇で、特有の怪しげな雰囲気を醸し出した男達が出迎える。

 内、手前に位置するやけにガタイの良い男に馴れ馴れしく寄りかかると、リチウムはコソっと耳打ちする。


「……なぁ。ここにユカリちゃんって女の子、居る?」

「はぁ……ユカリ。でございますか」

「そそ。ユカリちゃん」

「居るには居ますが……まだ出勤前でして」


 ヨッシャ! とリチウムとトランがサングラスを合わせ親指を立て合う。


「待たせてもらいます!」


 興奮した面持ちでキッパリと言い張るトラン。


「ええ。それは構いません。けど…………ふっふっふ。お客様もなかなか、ツウなお方がたですね……まだ入って間もない新人を指名するとは」

「いやいやそれほどでも……へっへっへ」

「では、お席にご案内します。こちらへどうぞ」


 連れられてリチウム達は大して広くも無い店内に入った。さすがに早い時間帯だからなのか、客の姿は見受けられない。リチウム達が一番乗りのようだ。


「こちらでお待ちください。お待ちの間、代わりの女の子が参ります」

「へ~い」

「お気遣い無く~」


 暗いピンク色の照明。イカガワシイ雰囲気。リチウム達は席につくとボーイの背中にヒラヒラと片手を振ってみせてからサングラスを外した。


「……毎晩ありとあらゆる店をハシゴして早十日間! よーやくこの時が来たか……」

「さんきゅうリチウム! おまえのいやに詳しい情報やツテが無きゃ、こんなに早く探し出す事は出来なかったよ。……ここは素直に。恩に着る!」

「おいおいトラン君。ここでは俺様の事はリッチーと呼びたまえ」

「そうだったな……本当にありがとう! りっちー!」


 ふっふっふ……と、キリリとした顔で微笑みあう二人だったが……、


「ヨーコでぇす」

「エリコでーす」


 甲高い声が上がると、途端に無様に崩れてしまう。


「わ。お二人ともぉ、かなりレベル高いですねぇ?!」

「イケてる殿方のテーブルにつかせてもらえるなんて、感激ですわ」

「いやいやぁそんなそんなぁ」

「……それほどでも……あるけどな」

「お名前はぁなんと仰るんですかぁ?」

「――フッ リッチー、とでも名乗っておこうか」

「リッチーさま……!」


 リチウムの流し目に大きな目を輝かせる巻き髪がかわいらしいヨーコちゃん。リチウムが白い歯を見せるとその目はさらにハート型に変形した。まだ、学生と言ってもいい程の幼い容姿だ。お小遣い欲しさにバイトでもしているのか。むき出しの若い太ももがかなりまぶしい。


「……で? 可愛い貴方はなんて仰るの?」

「え、ええと……トラン、て言います」

「トラン様。名前もまた可愛いわね……」


 トランの頬に細指を添える盛り髪黒肌のエリコさん。実年齢は定かじゃないが、パッと見トランよりも年上に見える。大人の色気――何よりも開かれた豊かな胸元を前にトランは目を泳がせた。


「じゃあユカリちゃんが来るまではあたしたちがぁ」

「貴方がたのお相手を務めさせていただきますわ」


 それぞれの女の子に首元に抱きつかれ、実にしまりの無い……表情が崩れっぱなしの男二人。

 そこへ――


『~お待ちなさぁい!!』


 凛とした声が響き渡る。


「! 誰だ……!?」


 女の子に抱きつかれた状態で、それでもなんとか顔を整えた男二人が反応を示す。

 声のした方向へ視線を投げると――カウンターに仁王立ちする二つの影。


「不埒な行為は絶対に許さない!」

「純情可憐な乙女を置いて他の女なんかとイチャイチャする男は、例えトランちゃんであっても許せなァい!」


『……あぁ……?』


 どこかで聞いたような声に首を傾げるリチウムとトラン。


(……ブラック、ここで照明弾よ……!)

(……らじゃ……!)


 と、カウンターの二人の内、極端に背の低い女の子が、銃らしきものを上に掲げる。

 乾いた銃声とともに、激しい輝きを放つ白い光球が宙――天井近くまで上がり、発光。その場に居た者は例外なく目をやられた。誰もが目を背けているその隙にもう一人のすらっとした細身の女がベルトに付けたミニラジカセのスイッチを入れる。


「カチっとな」


 流れ出す軽快なBGM。白光の元、二人の少女達のシルエットが浮かび上がる!


「わたしたちは、美少女仕置き人!」

「その名も、キュアキュア団!」


『キュアキュアだん~?』


 これまた、覚えのある古いネーミングセンスに訝しげな声を上げるリチウムとトラン。

 徐々に弱まる光の中、二人の姿がようやく直視出来るようになる。

 そこには、黄緑色のふわふわした髪を腰まで下ろした、黒い衣装に身を包んだ幼女と、

 緩やかなウェーブを描く金髪のツインテール、白い衣装に華奢な身体を包んだ赤い瞳の女が仁王立ちしていた。

 派手なアイテムでゴテゴテに着飾ったその姿はヒーローショウにでも出てきそうな井出達。ミニスカートから覗く二人の見事な脚線美が実に眩しい。


「かわいい乙女達を哀しませる最低の浮気男は!」

「今スグお家に、帰ってもらうワヨ!」


 ポーズもばっちり決まり、ご満悦の黄緑ブラックと満更でもない様子の金髪ホワイト。

 ホワイトがミニラジカセを止めると、途端、店内に重苦しい静寂が満ち、温度低下が加速する。


(あの~。なんだかとっても恥ずかしいんですけど……)


 冷え切った室内と突き刺さる多量の痛い視線を感じ取ったのか、ホワイトの体内なかでグレープがボソリと呟いた。


「アンタは黙ってなさい!」

「……あのー。キミタチ? 一体どうやって店の中に入ったのか知らないけれどね」

「他のお客様のご迷惑になるからさぁ。さっさとそこから降りて出て行ってくれないかなぁ?」

「ってか……キミタチよく見ると随分かわいいね。いっそこのまま、この店で働いてみる気ない?」


 数人のボーイが美少女仕置き人を取り押さえようと迫るも、


「くっくっく。綺麗な薔薇にはトゲがあるのヨ? ムヤミに近づくとどうなるか。分かってナイようだから教えてアゲル。――ブラック!」

「らじゃっ」


 黄緑ブラックが自身の太もものホルダーから銀色の銃(いつものアレだが、いまやゴテゴテと装飾されており原型を留めていない)を鮮やかな手つきで取り出し、銃口をボーイの一人に向ける。


「いくわよ~!」


 弾倉を廻し引き金を引くと赤い球が飛び出した。赤玉は一瞬にして身の丈サイズに巨大化し拳状の形をとると、目標物を力いっぱい殴り飛ばす!


「ぐえっ」


 最初の標的は壁に叩き付けられ絶命――もとい、昏倒した。先程まで標的の立っていた位置にボテっと赤い拳が落下し、瞬時に消失する。


「ひえぇえええ!」

「――次!」

「ぐは!」

「うほっ」


 射撃を得意としているのか、ブラックは銃を連射。標的に逃げる間を与えない。

 成す術も無く赤い拳の餌食となりバタバタと地に沈むボーイ達。女の子達が一斉に悲鳴をあげて店内の奥へと避難する。

 果たして、薄暗い店内に残ったのは未だカウンター上に立ったままの二人の美少女仕置き人と……リチウム、トランだった。


「――さぁ! 邪魔者はいなくなったわよ!」

「覚悟なサイ!」


 銃口を二人に向けるブラックと、

 腰を低く落として身構えるホワイト。


「……あの~キミタチ? 一体なんでこんなことするのかなぁ……?」

「えぇっと……俺様たち、キミタチに何かしたっけか……?」


 ようやく狙われているのが自分達だと気づいたのか、引き攣り笑いを浮かべたままノロノロと後退するトランとリチウム。


「~問答……っ」

「……無用!」


 躊躇無く例の拳骨弾をリチウムに向けて連射するブラック。


「~い…!?」


 一方、宙へ舞うと三回転半をかまして華麗に肉薄したホワイト。握り締めた拳がトランの目前に迫る。


「う……!?」


 二人の少女の目が瞬間、無慈悲な輝きを灯した。


「~リチウムの……おばかぁ!!」

「~アタシというモノがありながらァあああ!」

『――うっぎゃああああああああ~っ!!』


 夜の降りた街中を、男二人のおどろおどろしい断末魔が轟いた。


 4


「……ですから。トランさんはお仕事で、家出少女の捜索をしていた訳なんです」


 すっかり荒れ果ててしまった店内。

 既にボロボロのリチウムに、なおも往復ビンタしていたリタルと、グレープの身体を出、半透明の身体に戻ってもさらにトランを踏みつけていたクレープは、グレープののんびりした声に目を丸くして行動を止めた。


『へ?』

「確か、二週間位前でしたでしょうか、トランさんからそのように伺いました。

 なんでも、捜索願の少女が、この街のイカガワシイお店で『ゆかりちゃん』と名乗ってアルバイトなさっている……という所までは判ったそうなんですが、その『ゆかりちゃん』が警察屋さんの動きに気づいたのか、アルバイト先を点々と移動なさって。

 おかげで捜索は難航して、トランさん達相当苦労されていたようなんです」

「……じゃあリチウムは……!?」

「はい。リチウムさんはこの街の裏事情に詳しいから……と、トランさんが協力を仰がれて、ですねぇ……」


 グレープの言葉に、青ざめた二人。リタルは掴んだままだったヘロヘロ男をドサッと床に落す。


『それじゃあトランちゃんは……無実!?』

「な、なんで最初からそう言わなかったのよぉグレープ!!」

「だって直前まで忘れてましたし……お二人ともとても興奮されていたので……」

『…………』

「あの~」


 絶句している二人の背後で、恐る恐る声をかけてくる若々しい女の(もさ)が一人。


「『ユカリ』はわたしなんですけど、あの……わたしがどうか、しましたか……?」


 二人のこめかみがピクリと動く。


「~あんたの……!」

『~せいでェ……!!』

「……え、えええ!?」


 再び戦場と化した店内。薄暗い室内のあちこちに散った男達の屍。特に状態の酷い情けなさ全開の男二人が床に突っ伏しているその周りで、怒れる美少女仕置き人二人組(正確には一人と一幽霊)が追いかけっこを展開する。

 すっかり怯えて出てこない憐れなキャスト達のその横。惨劇を忠実に物語る罅割れた姿見の前で、グレープだけが一人、嬉々として己の姿を見ていた。


「わぁ……。プリ●ュアみたいです~」


 ……合掌。


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