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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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とある死者の独り言

作者: ああかき
掲載日:2026/06/20

生きているのが嫌になる。

そんな事を考えてるうちはまだましだ。


死ぬのを怖がってる…

そんなの、全く論外。


とにかく終わりたい。

どうしたら終われるかを探してる。



…気が付いたら飛んでいた。


生きていく事に何の意味があるのだろう?

私の人生には意味があるのだろうか?

そんな事を考えられる奴はまだ、生きる余地がある。


余裕があるのだ。

本当に生きることに疲れてる、そんな奴には、意味があるのかどうかなど考える暇もない。


ここは23階建てビル。

そこから飛び降りたのだ。

私、家島ゆかりは危機感や怖さなど、微塵も感じることなくその下の地面に向かって進んでいる。


恐怖は無い…

だって、もう、嫌なことから解放されるのだから…


(やっと終われる)



夕暮れどきのオレンジ色の光の中、私の影は、まるで一本の棒みたいに足から地面に突き立てられると、そのまま倒れ行く。


その動きはまるでマネキンのように無機質だった。






どのくらいの時が過ぎたろう…


不思議な場所に立っていた。

虹色の霞がかった島とでもいうべき場所に私はいる。



は…!!!


「なんで生きてるの!!!」

やっと解放された…


そう思ったのに!!!

なぜ?

次々と浮かぶ疑問。



「ゆかり!!ゆかりじゃないか!?どうして…」


パニくる私を呼ぶ声…

初めてじゃない…


声の主を見て愕然とする。

若い…いや、若すぎる…




「かあさん…?」


そう、それは私の知る姿より二十歳は若い、写真でしか見たことの無い、去年亡くなった母だった。


「何であんたがココに?」

「何で?何でそんなに若返ってるの?」


「幽霊は、生前一番思い入れのある頃に戻れるの。そんな事より、あんた、何で?…ここにいるなんて…事故にでもあった?」


母の知ってる私は、希望に満ち溢れ、少なくとも自殺などする人間では無かった。

不慮の事故にあって死んでしまったと考えても不思議では無かった。


どうやら、私は、死後の世界にだけは来れたみたいだ。

さて、どう答えたものか…というか、何故人生を終わらせないばかりか、一番申し訳なく思っている母になど会わせるのか?


神様なんて者がいるなら、何という意地悪な神だろう。



「死にたかった…」



母に嘘は言えなかった。

約束さえ守れず、あまつさえ、自ら命を絶ってしまって尚、嘘まで付けるはずなど無かった。


母の気が荒ぶりながらも、抑えているのが気配で伝わってきた。


「いま…なんて…」


「終わりにしたかった…何をやっても上手くいかないの…こんな人生…やめたいと思った」

私の絶望に怒りとも辛そうともとれる複雑な表情の母。

必死に言葉を探しているようだった。


「お店は…?あなた、あんなに楽しそうに話してくれたじゃないか…見届けられなかったけど…蒼汰と二人、頑張っていたんじゃないのかい?」


蒼汰は弟だ。

お店とは母が経営していたケーキ屋だ。

私は母の味を引き継いでお店を守っていくはずだった。


「無理だった…全然…」

「そんな…パイケーキは?あれが喜んでもらえないなんてあり得ない」

「母さんの味ならね…」


多少、恨みがましい声色になってしまう。


「いや、私が死ぬ前に食べた味、レシピ通り、巧くいってたじゃないか?」


「無理だった!!!!!」

苛立ちから大きな声になってしまった。


「…鼻が利かなくなった」

「鼻って…」


「インフルエンザ…そのあと…わからなくなった…香りが命のケーキ…それがわからない奴がうまく作れる訳ないじゃない!!」


レシピはある。

しかし、それだけでは作れない看板商品だった。


馴染みの客から浴びせられる容赦ない声。


「味は変わってないんだけど、なんか、こう、物足りなくなったかも…」

「えぇ、やっぱり母さんの味には、まだまだみたいで…頑張ります!!」


なにくそと、内に秘めながら、愛想よく振る舞う。



嘘つき…



「これからだね。あと数年続けてけば、お母さんの味になるんじゃないかな」

「いや、レシピ通りなんですけどね…焼き方かな…頑張ります」



嘘つき…



頑張ってるじゃん。


「……………かな?」

「えぇ、貴重な意見ありがとうございます。頑張ります!!」



「頑張ってよ。この店無くなったらさぁ、晴美ちゃ…お母さん浮かばれないよぉ」

「はい、頑張ります!!!」



頑張ります!


頑張ります!!


頑張ります!!!



一体、何を頑張るっていうの?

香りが感じられない…


味が正しいかわからない…

今まで、こんなに頑張ってきたのに…


これ以上、何を頑張るっていうの…??

お母さんの味にあこがれて、一緒にお店やるんだって、思ってた。



それも無理…



お母さんのお店を守っていくんだって決めた。

お母さんの味…

大好きだった味…


でも、もう、分からない…

二度と味わえない味。



突然襲った発熱。

やっと動けるようになった…


けど、匂いや味が変…

いつもと違う違和感。


医者から告げられた残酷な言葉。


「完全に戻るには時間が必要なのですが、元に戻るかどうか保証は出来ません」



頭が真っ白になった…

でも、ゆっくり時間をかければ…


一年待った…

でも、改善どころか、何も変わらない…


レシピ通り作る。

少し、やり方を工夫しながら…


「姉ちゃん、これならいけるよ!!」


弟の無理してるのが見え見えの励まし。

変わらない客の評価。



疲れた。


もう、頑張れない。

希望なんて無いじゃん…


「こんなんで、頑張れるわけないじゃない!!!!!」


思いをぶちまけた。



「死んだ方がまし…」




母に嫌われる…

どうでもいい…


様々な思いが頭を駆け巡る。




「え??」




突然肩に感じる柔らかな感触。

母さんの手…だった。

生前、何度も私を包み込んでくれた無償の優しい手…



死んでるはずなのに温かいと感じる。

何故かホッとする手の感触…



その手がギュッと私を抱きしめる。



「馬鹿だねぇ。だからって、本当に死んじゃったらダメじゃないか…」


落ち着いた優しい声に、抑えていたものが、一気にあふれ出した。


「うぅ…う…うわあああああああああああん」


泣いた…死んでるはずなのに、頬に感じる涙…

あれ、変だ?


「まだだ…」

「???」


「あんた、死んでない…」

いえ、私は確かに飛び下りて…


助かったとしても、厨房にたてるかどうか…


「ゆかり…」

落ち着いた声で母が言う。


「あなたは、私の真似がしたいの?」

「!?」



「いったい誰のためのケーキなんだい?」

母の言葉にハッとする。



「いつか、ママを超えるようなケーキ作る!!!」


それは、まだ四歳の私に母が作ってくれたバースデーケーキを食べながら言った言葉。

そのあと、私は何と言ったのか…


「うん、最高においしい!!!これよりね?う~んとう~んとおいしいケーキ作って、ママにおいしいって言ってもらうんだ♪」


思い描いた最高な未来に、我ながら心躍った。


(私の道はこれだ!!)

迷いなく夢を描けた瞬間だった。


「あなたが作りたいケーキは?」

「え…??」


とっさに浮かばない私に母は続けた。


「あなたが、作りたいのは私のケーキなのかい?そうじゃないだろ!思い出せゆかり!私を超えるケーキだったんじゃないのかい!!」



(覚えてくれてた…!!!!!!!)



「だったら、私が保証する。あなたならきっと出来る!!」


(無理だよ…)

口を挟もうとする私に、母さんはなおも続けた。


「いいかい、もう、戻ってくるんじゃないよ!!あなたなら出来るから」


(いや、だから…)

尚も口を挟もうとする私。


だが、出来ない。


「鼻が利かない?私の味が出せない?何言ってるんだい!!ゆかりが、おいしいと思えるものを追求すればいい、突き詰めて突き詰めて!!!…私の味もそうして出来た。誰にも負けない、自分だけの味…それを見つけるんだ。あなたにも、きっと出来る!!」


必死に訴える母のまなざし。

続く言葉は、私を黙らせるのに十分だった。


「だって、私と晴彦さんの子なんだから!!!」


無条件に自信が沸いてくる…

とびっきりの笑顔…


それが、最後に見た母の姿だった…





トントン…


クッキー生地を潰す。

オレンジピールを混ぜ込む。

生クリームの乗ったスポンジ生地の上にこれでもかとかける。


次にカスタードクリームを塗り、少し酸味のきいたスライスしたイチゴを乗せる

そこに生クリームを塗り、またクッキーをまぶして完成。


「どう?」


口にした蒼汰に聞く。


「うん、ちょっとオレンジ効きすぎ…これだと、せっかくのクッキー生地のサクサク感が死んじゃってる気がするよ」


「生意気言うじゃない?」


言いながら、今度はシンプルにカスタードだけで挑戦する。

母との再会から数年が過ぎていた。


骨折しながらも、奇跡的に命を取り留めた私は長年のリハビリを経て厨房に立てるまでになっていた。


お店を再開できるように、甘いものには目がない弟の意見を取り入れ?

ながら新作の開発に余念がない。


あいかわらず鼻は利かない。

でも、母の味を作るんじゃない。


超えるんだ!!!

私にしか作れない味…


そう思える今なら、それすら楽しんでいる私がいた。

後で聞いた話だが、地面にたたきつけられた衝撃にも負けずに私が手放さなかった物があった。


それは、母さんと父さんが一緒に写っている唯一の写真。


横には父さんもいて、ケーキらしきものにクリームで飾り付けをしているらしい。あの時見たのと同じ年代の母さんがお盆をもってにっこり笑っていた。


その数日後、交通事故で父さんは亡くなった。

私と蒼汰を育てるために、そして何より、父さんの店を守る為に、一から学び、孤軍奮闘していた母さん。


その母さんを支えた写真。

いつも大切に仏壇に飾られてたそれは、いつしか母の形見になっていた。


母が大切にしていた写真。


それを持ち出して、私は彷徨っていたらしい。


絶望の淵だった。


でも、私は心のどこかで救いを求めていたのかもしれない。

そんな私の願いが届いてかどうか、母が助けに現れたのではないのか…


この写真を見るたびそんな事を考えてしまう。


「母さん、お父さんも…私、頑張る!!」

大嫌いだった言葉。


けれど、今なら嘘じゃなく心の底から言える。


頑張れる。


「だって、私と晴彦さんの子なんだから!!!」


あの言葉が私を支えている。



                 ~了~

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