その7
オーディスはぶんぶんと腕を振り、どうにかフランチェスカを剥がそうとするが、彼女はへばりついて全く離れない。
(一体どんな力をしているんだ、この娘は!ゴリラの血でも引いているのか…⁉︎)
最早、鍋底にこびりついた焦げや靴底にくっついたガムの類いである。
「あ、あれはあなた様の気を引きたくて…。でも、こうして私を領地まで追いかけて下さったのが何よりの証拠!オーディス様も私を愛しているのですねっ!」
「は、話が通じないぞ、この女っ…!いい加減離せっ!俺には婚約者がいるんだっ!」
「だ・か・らっ!私でございましょうっ!」
「違うっ!セシルだ!」
「…へ?」
驚きによって、フランチェスカの力が弱まる。
その間にオーディスは彼女の腕をすり抜けて、セシルの元へと駆け寄る。
「俺の婚約者はこのセシル・エトワールだ。お前ではない」
誇らしげに宣言するオーディスとその横で恥ずかしそうにモジモジするセシルを交互に見た後、フランチェスカは固まる。
「な、なんですって…!オーディス様と、この貧乏人が…、婚約…?」
「貧乏人って言うな、人に対する礼儀すらないのか」
セシルを見下したフランチェスカの言動をオーディスは諫める。
が、しかし。
(伯爵様も俺に向かって、同じこと言ったじゃないですか…。しかも出会って数秒で…。それはいいのかなぁ…?)
セシルは心の中で密かにツッコんだものの、あえて声には出さない。
その一方でフランチェスカの動揺は未だに治まらない。
「嘘でしょうっ…⁉︎あ、あのご尊顔が…?王都一の貧乏貴族と言われるエトワール男爵家の、よりにもよって出来損ないの次男と…⁉︎冗談よ、何かの間違いだわ…!」
「間違いもへったくれもない。俺はセシルと結婚するんだ。というか、何度もセシルを悪く言うな」
「嫌ーっ‼︎誰か嘘だと言って頂戴‼︎」
突然始まったフランチェスカ劇場にオーディスは呆れながらもトドメを刺す。
「お前は俺に婚約破棄をした側だ。未練がましく縋ってくるのはやめろ。鬱陶しい」
フランチェスカはその場から1歩、2歩と後退ると、くるりと180°回転し、猛スピードで走り去っていく。
お嬢様ー!と侍女たちがその後を追っていき、オーディスとセシルは取り残される。
(あの速さ、やはりゴリラみたいだな…)
オーディスは密かにフランチェスカのことを『ゴリラ令嬢』だと認識したのであった。
そして嵐の後の静けさ。
2人の間には沈黙が流れる。
ふと先程のハンカチがオーディスの目に入り、ハッとする。
「大丈夫だったか?怪我とかないか?」
オーディスが問いかけると、セシルは慌てて両手を振る。
「大丈夫ですっ!俺が周りをよく見ていなかったのが悪いのでっ!」
オーディスはセシルのしょんぼりした顔を一瞥する。
(可愛い。可愛い。可愛い。こんな可愛い生き物、他にいるのか?可愛すぎて無理だ…)
そんな可愛い大渋滞の感情を抱えつつ、なんとか普通の声を出す。
「…怪我がなければ良い」
オーディスとしては最大限優しい声で話しかけた。
しかし、セシルはまたもや「ぴゃっ⁉︎」とビクっとする。
(なぜ毎回驚くんだ…?可愛いけど…)
オーディスが不思議に思っていると、セシルはハンカチをぎゅっと胸元で握っている。
「その、さっきは嬉しかったです…」
「何がだ?」
「俺と結婚するってはっきり言ってくれて…。リズリー子爵令嬢の方が俺よりも綺麗だし、お金持ちでしょう?あの方が伯爵様に擦り寄った時、俺捨てられちゃうかなぁ…って思ったから…」
「まぁ、確かにお前よりは身綺麗だし、実家も裕福だな」
「ははは…」
「けど、それだけだろ?セシルの方がずっと可愛いし、性格も愛らしい。俺はあの女とではなく、お前と結婚したいんだ」
オーディスが真っ直ぐ思いを伝えると、セシルは頬を赤くした。
そして手に持っていたハンカチで顔を覆う。
「ぴゃあぁぁ…」
「…なぜ唸るんだ?」
2人の距離はまだまだ近づくには程遠いのだった。




