その5
昼前に一度、街道脇で休憩を取った後、午後になってから馬車はずっと走り続けていた。
斜陽が差し込み、ほのかな温かみと揺れに身を預けていたセシルはうとうとし始める。
オーディスはそっと自分のジャケットをセシルに掛けた。
「…あぃがとう、ごじゃいましゅぅ、はくしゃくしゃまぁ…」
セシルは半分寝ぼけた声でオーディスにお礼を言う。
「…気にするな」
オーディスの声は低く、柔らかい。
セシルにとってはそれすらも安眠への誘いとなる。
そして数分も経たぬ間に、セシルはすぴーすぴーと可愛らしい寝息を立て、眠ってしまった。
オーディスは一人、それを苦ばしった表情で凝視する。
(これは…、この可愛らしい寝姿は…!可愛さが限界値をとうに超えている…!くそっ、俺は耐えられるだろうか…)
感情の渦が嵐のようにオーディスの胸で暴れ回る。
だが、オーディスは一切顔に出さず固まったまま、ただ数時間黙って座り続けた。
外は段々と薄暗くなり、夜になる。
それでも馬車の軋む音の中でセシルの規則的な呼吸が耳にやけに心地よく、飽きることはなかった。
セシルの側にいると、時の流れを一切感じない。
「恋、とはこういうものなのか…?」
オーディスがぽつりと呟いた途端、セシルが目を開く。
「…はっ!俺、寝ちゃってた…⁉︎」
オーディスは突然起きたセシルにビクリとした。
セシルはオーディスの顔を見て、すぐさま青ざめる。
「も、申し訳ございませんっ‼︎こ、こんな大事な時に寝てしまって…!怒っていらっしゃいますよね…?」
オーディスは無表情に俯いた。
しかし、心の内ではセシルの動揺よりもずっと慌てていた。
(俺の呟き、もしかして聞こえた…?聞いてしまったのか…⁉︎あんな恥ずかしい呟きを聞かれてしまった俺は一体どうすればいいんだ…!)
セシルは俯くオーディスの顔色を伺おうと、覗き込む。
「ヴェルナー伯爵様…?」
「あ、…いや、別に怒ってはいない」
極力柔らかく言ったつもりなのに、セシルは「ぴゃっ!」と肩をすくめた。
(驚かれてしまった…、それもかわ…!いや、今は違う…。いや、でも、『ぴゃっ!』ってなんだよ、やっぱり可愛いな、くそっ!…あぁ、落ち着け!もうこいつを見るな、俺!)
オーディスは視線を逸らそうとしたものの、セシルはオーディスとの距離を詰めてくる。
「ほ、本当に申し訳ございません…!」
セシルはオーディスの隣に座ると、勢いよく頭を下げた。
(近づかないでくれ…!あぁ、罪悪感を感じている姿すらも可愛い…!)
思考が『可愛い』に支配されつつあるオーディスは咄嗟に別の話題を探す。
「…そ、そうだ。夜も遅い。近くの宿場町で一泊していこう」
セシルは目を丸くする。
「えっ…、あ、あぁ…、俺が寝てしまったせいで遅い時間になってしまいましたよね…」
「違う、夜だからだ。もう気にするな」
「伯爵様…、お優しいんですね…」
セシルはふにゃりと柔らかく笑った。
対するオーディスは硬直した。
無表情の裏で、恋心が盛大に暴れ出す。
(や、優しいと言われた…!俺はただ誤魔化しているだけなのだが…!というか、こいつは俺との会話を全部勘違いしていないか?まぁ、それでも可愛い…)
馬車はゆっくりと宿場町へ向かって進む。
彼らの間には妙にふわふわした沈黙が漂う。
温度差はまだ縮まることはない。




