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【BL】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。  作者: 明太子


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その4

オーディスとセシルが婚約したからと言って、今すぐ『結婚』に至るわけではない。


両家の確認に始まり、社交界への知らせ、結婚式の段取りなどそうした一通りの手続きを考えると、最短でも半年が妥当とされている。


そして本来、貴族は結婚式を済ませてから同居する。

結婚前はあくまで別々の家に暮らすのが礼儀であり、婚約中に同じ屋敷に住むなんて、普通はまずない。


しかしながら、オーディスの突撃から数時間後、セシルは荷物をまとめて、ヴェルナー伯爵領へと向かっていた。

善は急げ、伯爵の気が変わらぬうちに同居して既成事実を作ってしまえ、と家族からせっつかれたのだ。


だが、貧乏貴族エトワール男爵家から結婚の持参金などはもちろんない。

文字通り、着の身着のままであった。


ヴェルナー伯爵家所有の豪華な馬車の中、シルクの座席に腰を下ろしたセシルは落ち着かない。

目の前に座るオーディスは冷徹な面持ちで、一層居心地の悪さを加速させていた。


「あの…、本当、貧乏でごめんなさい」

「何が?」

「あっ…、いや持参金すら用意できなくて…」

「別に気にしていない。そんなものをいちいち当てにしていなかったからな」


オーディスが確かに気にしていないのは表情から分かるが、セシルとしてはあの実家の屋敷を見てしまったのもあるのだろうと推測する。


清潔に掃除をすることでなんとか貴族としての矜恃を保っていたが、エトワール男爵家の屋敷はほぼボロい山小屋であった。

壁にはところどころヒビが入り、屋根の端は欠け、庭は雑草による主張が強め。

こんな家から持参金を用意できると思う方がどうかしている。


セシルは出発前に父から聞いていた。

ヴェルナー伯爵領は辺境にあるものの、土地はかなり広い上に農業が盛んで、皆裕福な暮らしぶりだ、と。


セシルはいわゆる玉の輿だ。

けれども逆を言えば、家格や金銭状況、生活環境など全てに差があるということ。


本当にやっていけるのだろうかとセシルは密かに不安に感じていた。

けれども、オーディスは婚約者の心情には全く気付かない。

恋愛偏差値0のこの男に『察しろ』というのも無理な話しだが。


その時、王都の石畳が終わり、車輪が土道を踏みはじめると、馬車が一瞬ぐらりと揺れた。


「う、わっ……!」


とっさにセシルは前のめりになってしまい、バランスを崩す。

その結果、オーディスの膝へと倒れ込んだ。


セシルを受け止めたため、2人の手が重なった。

直後、オーディスの眉がミリ単位で動いた。


「…怪我はないか」


落ち着きはあるものの、どこか懸命に堪えているオーディスの声。

それを聞いたセシルは真っ赤になりながら跳ね起きた。


「も、申し訳ございません、ヴェルナー伯爵様っ! 俺の不注意で…!」

「不注意で済んでよかった。骨は折れていないか?」


オーディスの言葉の終わりが切実すぎる。


(ヴェルナー伯爵様って冗談とか言うんだ…。和まそうとしてくれているのかな…?)


しかしながら、表情は変わらず無機質であるせいで、セシルには伝わらない。


「えっと…、ご迷惑をお掛けしました…。骨は…、折れてません」

「そうか、良かった」


セシルは申し訳なさそうに謝りつつも、オーディスの不思議な言動に首を傾げる。

その仕草が愛らしすぎて、オーディスはぷいっと視線を逸らした。


(や、やっぱり怒ってるのかも…!もう金輪際、ヴェルナー伯爵様の方に転がらないようにしないと…!)


オーディスの気持ちなど知る由もないセシルは緊張しきった背筋を一層固め、膝の上で手をぎゅっと握った。


しばらくして馬車は川沿いを進み、窓の外では水鳥が舞っていた。

初めて見る景色に気を取られ、セシルは身を乗り出すようにして窓に近づいた。


「すごい…!王都を出ててもなお、こんなに美しい景色が広がっているのですね!」


オーディスはセシルの横顔を見つめたままで答えない。

それはまるで宝物をじっくり目に焼きつけるようであった。


(…可愛い。他の貴族の領地などどうでもいいが、景色に喜ぶセシルは実に愛らしい…)


無言が続き、不審に思ったセシルが正面に視線を向ける。

と、オーディスは慌てたようにセシルから視線を外し、窓の反対側を向く。


「…好きだ」


思わず漏れた本音にオーディスは心の中でしまった!と叫ぶ。


「好き…?」

「あ、いや、それは…」

「伯爵様もこの景色が好きなのですねっ!俺と一緒だ!」


セシルは満面の笑みをオーディスに見せる。

それに対して、オーディスはセシルの勘違いにこくりと頷くしかなくなる。


ここで『セシルの横顔が好き』と告げれば、2人の仲も縮まるものだが、アプローチに慣れていないオーディスには口にできるわけがないのであった。

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