その2
澄み切った青空の下、芝生の上に並んだテーブルには色とりどりのグラスとフードが並んでいる。
爽やかな風はカラフルなガーランドを愉しげに揺らした。
オーディスはこの日、王都で知り合いの子爵が開催した慈善パーティーに顔を出していた。
普段は辺境の領地を治めている彼だが、社交界の義理は最低限こなす主義である。
楽団による演奏が流れる中、参列者たちは楽しく会話している。
だが、オーディスはその輪から外れて、独りぼっちでグラスを片手に立っていた。
騒がしい場所が苦手なオーディスは喧騒から少しだけ離れて、一息をついていたのだ。
それでもやはり国宝級イケメン。
周りの令嬢や令息は彼の噂を知ってるからこそ、その顔立ちを遠巻きに見惚れるだけに留める。
オーディスはそれに気付くことなく、透き通ったドリンクの中で氷が光を受けて、きらりと輝くのをぼんやりと見つめていた。
だが、この密やかな静寂は突如として破られる。
「うわっ、やばっ!ま、待って、待って!溢れる!溢れる!溢れーっ、ああーっ!」
派手な悲鳴と共に、銀のトレーを抱えた青年がよろけて、オーディスめがけて突っ込んできた。
「……っ!」
オーディスはすんでのところで青年の腕と腰を掴み、器用にトレーを支えて倒れかけたグラスをまとめて救った。
「…何をしている?」
オーディスの低く静かな怒声が青年に落ちる。
「ひぃっ!…ず、ずみまぜんっ! ごめんなさいーっ!」
青年はすかさず頭を下げて謝る。
柔らかいオレンジ色の毛がふわりと揺れた。
給仕の制服に身を包んでいるが、やけに動きが鈍い。
主催者の子爵は使用人に対する教育が行き届いていた人物のはずだと、オーディスは不審に思う。
「…お前、パーティーの給仕か?」
「は、はい… 」
「それにしてはかなりとろくさいな」
「ひぇっ!お、俺、実はこの家の親戚なんです…。恥ずかしながら、今日はお給金目当てでお手伝いに…」
「親戚ということは貴族、なんだよな?」
「はい…」
「貧乏だな、お前」
「ぴぇっ!」
青年ははっきりとした物言いに驚きのあまり、顔を上げる。
その時、オーディスの瞳が初めて青年の顔を捉えた。
琥珀に近い茶色の大きな瞳は今にも零れ落ちそうな涙でウルウルとしている。
顔つきには幼さの残る丸みがあり、どこか小動物を彷彿とさせる愛らしさだ。
(……は?かわ……)
言葉にならない甘い衝撃がオーディスを襲う。
それは『一目惚れ』である。
(名前は聞いたことがあったが、こんな風になるのか…。恐ろしいな、一目惚れとは…)
ただただ動くことができずに、オーディスはじっと固まってしまう。
「ひぃっ、ごめんなさいっ!」
真顔でじとりと見つめてくるオーディスがまだ怒っているのだと勘違いした青年はしゅんと肩を落として縮こまる。
その謝罪で我に返ったオーディスはごほんと咳払いをする。
「…名前は?」
青年は完全に理解できていない表情で瞬きをした。
「えっ?」
「名前。お前の名はなんだと言っているんだ」
「エ、エトワール男爵家の次男、セシルでございます…」
「エトワール家のセシルだな…、覚えておく。…早く仕事に戻れ」
「ひっ、…は、はい」
恐怖でぶるぶる震えながら、セシルは走り去っていく。
そしてその後ろ姿をオーディスは眺め続けていた。




