その1
執務室ではペンが走る音がする。
しかしながら、執事がとある一言を発すると、その音が止まった。
「…また、婚約破棄か」
書類の山から一切顔を上げることなく、淡々と呟く男が1人。
オーディス・ヴェルナー伯爵だ。
黒曜石のような艶のある黒髪。
長い睫毛の下にある金色の瞳は覗き込めば、吸い込まれそうなほどに魅力的だ。
彼の横顔は画家や彫刻家が感涙に咽ぶほどに整っており、正面を向けば王都中の女性が歓声を上げる。
いわゆる国宝級イケメンである。
けれど、彼はモテない。
あえて2度言わせてもらう、まっっったくモテない。
「フランチェスカ様からのご伝言では、『オーディス様の婚約者でいるのはもう無理…』と…」
ヴェルナー伯爵家の執事のカイゼリンは困惑した表情で、膨大な職務をこなす主人へ気まずそうに告げた。
「そうか。確か3週間か?まぁ、フランチェスカ嬢は長く持った方だな」
「いえ、2週間と3日です」
「過ぎた話だ、どちらでも構わない」
さらりと言い捨てたその声音には軽く人を刺す毒を含んでいるが、本人には自覚がないのが厄介だ。
巷で国宝級イケメンと囁かれようとも、婚約破棄されてしまうほどにこの男は冷徹なドSだ。
同性同士でも妊娠可能であるから、女性だけでなく男性を含めて、数多くの令嬢・令息と婚約してきたものの、全員にひと月も経たぬ間に振られるのを繰り返していた。
オーディスは思ったことをズバズバ言うため、深窓の令嬢&令息とは相性がすこぶる悪いのだ。
だが、オーディス本人は全く意に介さない。
「俺が嫌なら仕方ない」で片づけられるのだ。
なぜならそこに愛がないから。
「さて…、カイゼリン。早急に次の婚約者候補を探してくれ」
この冷徹男は恋を知らぬまま、またもや性懲りもなく、新たな婚約者を求める。
けれども、運命は唐突にオーディスの胸倉を掴んで振り回すのだった。




