おもい浮かべて
『 ここで目くらましの薬を飲めば、あんたのその姿は、ほかからみえなくなる 』
みえなく?
そのみえないあいだに逃げろとでも?
薬を飲めば、煙幕でもたくというのか?
『 ここにいるやつらの目から、しばらくあんたが《見えなく》なるのさ。 そのあいだに、あんたは逃げていきゃあいい。さあ、ともかくいそげ。《しばらく》っていったって、そんなにながいあいだのわけねえさ 』
に、にげる?ここから?城の中から?はしって?
『 おっと、言い忘れたが、逃げるといっても走ってにげだすわけもねえ。あんたが逃げ込むところを、どこか思い浮かべねえと 』
おもいうかべる?
『 この場から逃げて、あんたが《駆け込む》ところさ。 さあ、ほら、もうそのおとこも動き出す。刀をふりあげてあんたにきりかかる 』
《薬売り》の声がそういったとたん、いままで止まっていたかにみえた侍が、刀をすべてひきぬいた。
『 ほおら、さあ、はやく思い浮かべねえと、逃げ込めなくなるよオ 』
思い浮かべるも何も、逃げれるのなら、どこへでも・・・
殿様の御簾の前に、さきほど置いたばかりの梅干しが白木の台にのっているのがいやにめにつき、ゆらりと揺れた御簾が、ばっさりと斬られ、白い着物を着たやせた男が刀をつきだした。
梅干しはわしのものじゃあっ!!かならずや三粒とどけにまいれっ!!わしの命がかかっておるのだ!!ほかへ売ったなどとたわけたことをもうせば斬るぞ!
「 ひっ、も、もしわけございませぬ!どうか、どうか、 」
はじめて目にしたお殿様の顔はまるで鬼のようで、高い声をはりあげ刀をふりまわし、御簾をはねのけた。
『 ―― さあ にげろ 』
刀をふりあげた《殿様》が、《薬売り》の声で、そう命じた。
にげるにげるにげるにげる
にげるところを思い浮かべなければ、逃げられぬ。
目には、白木の台。
そこにのる、梅干し三粒。
ああ、・・・・
棚にある壺にのこった梅干しは、・・・・
つぎの章でおわりです。。。




