第6話 それならいいか(魔王視点)
魔族の王座に座っていても、足りないものはある。 四大血族は、それぞれ強く、結束も固い。
彼らの宴や祭りに顔を出せば、親や兄弟、親戚たちが肩を並べ、杯を交わし、笑い合っている。
――それが、うらやましかった。
先代のやらかした拡張政策の後片付けを終わらせ、少し落ち着いた頃に
その虚しさは自分を苛み始めた。
先代の始めた戦と人間狩りで、自らの血族も多く失う羽目になった配下たちは
代替わりと共に、素早く停戦を結んだ自分を認め立ててくれる。「我が一族の救手」と。
彼らの領地に招かれ、彼らの絆を見せつけられるたびに心に空いた虚が大きくなり始めた。
自分には、誰もいない。魔王という立場は孤立の座だ。
当代の魔王が弱ると、どこからともなく次代が発生する。
そして、当代の死去と共に代替わりをするのだ。
父もなく母もなく、王位に就き、その圧倒的力から配下たちも距離を置く。
国に住う民を大事に思うが、心で繋がる者はいなかった。
きっと、先代もその虚に負けたのだろう。人との間に子をなすとは。
国は落ち着き、民の暮らしが安定し、心の虚がさらに大きくなった頃にふと思い出した。
「お前には妹がいる。……人間の国にだ。捜して欲しい」
と先代が死に際に言っていたのを。
停戦がなによりの急務と急いだので、すっかり抜け落ちていたが。
それから、探し始めた。
人間の国に向けて使者を送り、記録を調べ、古い契約書や婚姻の書付まで洗った。
血族のように結束の強い誰かが、自分にも現れるかもしれない。
―― そんな淡い期待を抱きながら。
そして、彼女は現れた。
リディアと名乗る娘は、一眼で魔力をまったく持っていないことはわかった。
半魔の人間としては、それはあり得ない。
人間は魔力をもたぬゆえ、間髪いれずに判明してしまうと分からず送り込んだのだろう。
人にはない、白髪と赤目という異端の少女を。
本物の妹ではないことは明らかだったため、馬鹿にされたと配下の者たちが色めき立つ。
さあ、どうしたものかと少女を見ると――彼女は笑って言ったのだ。
「兄様に会えるのを本当に楽しみにしていました!」
驚いたことに、その言葉に嘘がなかった。
そしてその瞬間に、自分の中に少し何かが満ちたような気がしたのだ。
だから。
リディアを、妹として受け入れることにした。
家族がほしかった。
人間の異端と、魔物の異端。
孤独な者同士、2人で家族ごっこをするのも悪くないと思った。
◆
それからの日々は、妹の予想外な活躍に心の虚など忘れるような日々が続いた。
最近では妹のおかげで仕事が早く終わるようになり、就寝前にちょっとした手紙を書く余裕すら出てきた。
手紙といっても、人間の国に正式に宛てた国書でもあるので仕事とも言えるが。
「魔王国は妹を迎えた。 これにて捜索は不要。
以後、彼女は魔王家の一員として扱うので、一切の接触は不可」
彼女の国では、まだ本物を捜す動きがあるとノクト家の当主より報告があった。
これで、かの国が本物の妹を探す理由はなくなるだろう。
政務の合間に、忙しなく動き回る妹の姿を眺めるのが最近の楽しみになっている。
……血は繋がらないが、それに負けない家族になる日も、そう遠くないかもしれない。