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第5話 妹、雷と影に翻弄される

  数日手伝うと、箱から吹き出して床を埋めるような書類の数ではなくなったが

 魔王様の机には、依然 書類の山が積み上がってはいる。


 「うーん。やっぱり、根本的な改善をはからないと兄様の生活の改善にはならない…」


 「お前との時間がとれずに、妹心を持て余させてしまってすまない」

 

 「いや、別にそんなヘンチクリンな心は持て余してませんので、気にして頂かなくて結構ですけど」


 「いずれきっと、『兄キの洋服を借りて出かけていい?コーディネートチェック』をさせてやるので、

  しばし待て」


 「いや、そんな時間あったら休んでください!」


 プリプリ起こりながら作業をしていると、また新たな書類が箱の中に転送されてくる。


 「これは…国境警備の予算関係、こっちは裁判所の判決についての控訴で、これは…?」


 他とは違った手触りの一枚に、私の手は止まる。 一番上にこう書かれていた。

『ヴォルト家より抗議する:ノクス家が雷兵器を盗んだ』

 私はそれを見た瞬間、覚悟をきめた。


 「兄様。わたし、ちょっと提出書類の規格統一説明のために4大魔家を回ってまいります」


 「待て。では私も共に行こう」


 「兄様は、ここで書類を片してて。兄様の妹として、しっかり務めを果たしたところをみせたいの」


 そう伝えると、魔王様はおもむろに懐から例の帳面を取り出す。「妹一問一答 その3」だ。

 「その3!?」

 気づかないうちに増えたNo.に気付いて、思わず二度見する。


 「妹は背伸びするもの。…万全の備えをさせて、送り出す方が兄としてポイントが高い…と。

 ……そうなのか…。ふむ」


 しばらく考える様子を見せると、こちらに向かって何か投げるような仕草をした。


 「守りをつけた。これで、お前に悪意を持って触れると存在がチリになる。

 夕飯までには帰ってくるのだぞ」

 「安全装置が、1番の物騒…」


 魔王様の重い愛を受けて、わたしは初めてのおつかいへ出かけることになった。



 城から馬車をしばらく走らせ、雷の血族・ヴォルト家の館に到着する。

 館の門には稲妻模様が刻まれていて、館の上空には常に薄く雷雲が漂っている。


 「妹様! よく来てくれた!」

 兄様が先触れを出しておいてくれたので、当主トルヴァ・ヴォルト自らが出迎えてくれた。

 ちなみにトルヴァ様は肩幅がドア枠級の巨体の持ち主で、笑い声も雷鳴級だ。


 「お出迎え、誠にありがとうございます。ご挨拶が遅れてしまって、申し訳ありません。

 ディアヴェルが妹、リディアでございます。」


 「さあ、客間に我が家自慢の雷菓子を用意してある。向かいましょう」


 エスコートに手を差し出してくれたトルヴァ様に、城に到着した初日の騒動を思い出して慌てて伝える。

 

 「わたくし、本日お兄様に『悪意を持ったものが触れるとチリになる』魔法をかけられております。

 ご迷惑になりそうでしたら…」

 

 妹ではないと疑いがあるなら、秘密にしておくので触らずともOKと言おうと思ったら、

 トルヴァ様はニカッと笑って私の手をとった。


 「魔王様がお決めになったならば、私もそれを信じ疑うようなことはせぬ」


 思った以上に、我が兄様は人望があるらしい。 



 「今後は、要望や決済の書類はこちらの書類を元に制作して頂きたいの」


 陳情書、決算書、判決書…様々な書類のフォーマットを渡して、依頼する。


 「なるほど。これに沿って書いていけば、それぞれ必要十分な情報が伝わるってわけですな」


 ふむふむ、と頷きながらトルヴァ様は書類をチェックしていく。 


 「わかりました。 こちらを複製し血族みなに配布して使用するよう通達しよう」

 受け入れてくれ、ホッとする。


 「感謝いたしますわ。 あと、こちらの件なのですけれど…」


 そう言って、持参した例の陳情書を取り出す。

 すると、トルヴァ様の気配がピリッと一変した。

 

 「そのことよ! ノクス家の奴らが、影に紛れて我が雷兵器庫へ侵入したのです! 

 我が家の守衛が、“黒い靄”が武具庫に忍び込むのをしかと見たと申しております」


 「なにか盗まれたのですか?」

 「盗まれてはおりませんが、試作中の“雷槍”を狙ったに違いございません! 

 一族の皆で作り上げた一撃で城壁を貫く我が家の切り札でございます」

 

 「た…大変素晴らしい威力の武器なのですね」

 

 「これからの国防には必要なものになると信じております。

 これを国境に設置できれば、あるだけで他国を牽制でき国にとってどれほどの理がでるか。

 だが影が入り込み、我が家の機密を盗もうとした。これは黙ってはいられぬ」


 武具庫の扉には、焼け焦げた跡と細長い擦れ跡が残っていた。

 確かに何かが無理やり入り込んだ形跡はある。

 「魔王様に裁定を」と言うトルヴァ様に見送られ、私はヴォルト家を後にした。



 次は、その足でノクス家の館へ向かう。影を操るというノクスの館は、想像に違わず

 廊下も暗く、足音が吸い込まれるように消える静けさだった。

 当主セヴラン・ノクスは長身で、なのに全く威圧感なく静謐な気配をもっており

 暗めにしぼった照明のともる廊下に、溶けていくような声をしていた物静かな男性だった。


 こちらも当主自ら、躊躇いなく物騒な魔法つきの私のエスコートをかって出てくださった。

 魔王様の決断への信頼を感じ、嬉しくなる。

 規格書類の導入説明を終えると、紅茶を頂きながらいつヴォルト家の訴えを切り出そうかと思案する。

 すると、セヴランが切り出してくれた。


 「妹様、ヴォルト家が騒いでいるそうですね」

 「お耳に入っておりましたか。 雷槍を盗まれそうになったという話ですが……」

 「盗んではいない。影を忍ばせたのは事実だが、それは必要な偵察だ」

 「偵察、ですか?」


 「ヴォルト家が雷槍を量産しているという噂があった。もし事実なら国の均衡が崩れる。

  我ら影の一族は、血族間の力の均衡を保つ義務があるゆえ、必要なことでした」

 

 「でも、ご覧になれば量産はしていないことはお分かりになったのでは?

  なのにどうして武具庫に焦げ跡が?」

 「……威力を知らねば、正確な判断はできぬ。偵察中に、雷槍に触れたところ雷防御が作動したそうだ」

 

 (なるほど、それで焦げ跡がついて“盗難しようとした痕跡”と思われたわけか)

 

 「我が家は諜報を司る一族。その誇りをかけて、国の危機の可能性があるものを見過ごすわけにはいかぬ。

 たとえ、それが未知の武器で命を失うような危険があっても、です」

 

 ゼヴランの声は静かだったが、消して曲がらない力に満ちていた。

 

 「目立たず、埋もれて、嫌われる。それも我が一族に求められた仕事と理解しております。

  どうかヴォルトの訴えは、ご放念をと閣下にお伝えください」

 

 そう言うセヴラン様に見送られ、私はまた馬車へと乗り込んだ。


 「うーーん、これは…」


 両家のこじれた糸は、なかなかのこんがらがりぶりである。


 ◆


  後日、私は魔王様に頼んでヴォルト家とノクス家の当主を城に呼んでもらった。

 謁見の間にて、魔王様にも同席してもらいトルヴァ様とセヴラン様に相対す。


 「まず、トルヴァ様。ノクス家は雷槍を盗もうと思ったわけではございません」

 

 「何……!?」

 

 「焦げ跡は、確かに雷槍の雷防御が影を焼いた跡でしたが。それは盗もうとした訳ではなく、

  威力を知ろうと思ったとのことです」


 「!! 我が血族の総力で創り上げた槍の威力を、盗人が軽々試そうなどと…!」

 

 ギッとトレヴァがセヴランを睨み、それを静かにセヴランは受け流す。

 双方に譲れないものがある限り、結局、平行線だ。

 私は兄様の方を見ると、頷く。

 事前に、こうなることはわかっていたので兄様にあるお願いをしていたのだ。

 

 「双方。まずは、国を思っての働きをありがたく思う」

 

 魔王からの声がけに、2人は恐縮したように頭を垂れた。

 

 「国防を思い、強力な武器を作り出したヴォルト家の努力は素晴らしい成果である」


 トレヴァ様の顔がパッと輝く。


 「そしてノクスよ。日のあたらぬ任務を務めてくれるそなたの一族の誇りを、余は常に

 頼もしく思っておる」


 その言葉に、セヴランも少し口角が上がってみえる。


 あの日、帰城したあとに魔王様に聞きとり調査をおこなったところ。

 こういった場合は、それぞれの当主に「まあまあ」という書簡を送っておくとの返答だった。

 確かに、被害があったわけでもなし。 それでも済むとは思ったが。


 「このくらいのことでしたら、双方の当主同士で話し合って解決して頂くわけには

 まいりませんの?」


 そうすれば、魔王様の仕事が減るはずである。


 「それは、それぞれの血族のプライドをかけて滅ぶまで闘う戦の種になりかねぬ」

 「はぁ!? なにも盗られてないのに!?」


 「彼らは、血族に対する思いが何にも勝る。

 それが一度、ぶつかってしまえば矛は収めることは叶わない。

 そうならぬよう私が力で抑えるしかないし、そもそも血族同士で結束が固いがゆえ、

 お互いに交流がほぼないのでな」


 それを聞いて、ビックリしたのだ。たった4血族しかいないのに、交流がないとは。


 「そ、それは魔族的な何か理由があって交流を禁じているとか?」

 「そんなことはない。彼らは血族にしか興味がないゆえ、自然とそうなっておるだけだ」


 魔の国の暮らしを経て、魔力があるだけで魔族と人間ってあんまり変わらんなぁと思っていたのに、

 大きな性質の差がここにあった。

 血族にしか興味がなく、血族の名誉を守るためには諍いあう。


 (めんどくさぁ〜!)

 

 心の底からの溜息が漏れる。

 しかし、禁止されていないのであれば---。

 私は、ある案を魔王様に提案をしたのだ。



 「両家で“合同演習”をしてみませんか?」

 

 「ヴォルト家の雷槍の防御を、ノクス家の影が試す。

 ヴォルトの皆様の英知の結晶である雷槍の威力を我々が知る絶好の機会になりますし

 それを見れば、より国防に安心が持てます」


 ね、兄様?と見上げると、魔王様もうなずく。

 そして次に、セヴランの方を向く。


 「魔王主催の合同演習で、滅多に見られないノクス家の力を見せて下さいませんか?

 ノクスの皆様は、あまり表に出す能力ではないのかもしれませんが…。

 たまには皆様が活躍されているのをこの目で見たいと、兄様も楽しみになさってますの」

 

 ダメですかね…?とセヴランを見つめる。

 両当主はしばらく睨み合った後、同時に口角を上げた。


 「……面白い」

 「……悪くない」


 その一言を聞いて、私はホッと息を吐いた。

 血族の力を見せる晴れ舞台を用意して、彼らの虚栄心を満たしつつ

 公の場で大々的に競わせることで、小さな諍いを潰すそうと思い立ったのだ。

 この合同演習を定期開催にしていけば、自ずと相互に交流が生まれ

 そのうち軽い諍いが起きても当事者で解決してくれるようになるはずである。

 そうなれば、魔王様の仕事はグッと減るはずだ。


 「兄様! よかったですね!!」

 

 魔王様のお仕事が減らせそうで、私はニッコリとその様子を微笑みながら眺めた。


 「そんなに一緒に過ごす時間が欲しかったとは…。わかった。

 明日は私の愛馬に乗せて市場に行き、『アニキ、送っていってよ』を実行しよう」


 「あ、結構です。

  残った仕事をさっさと終わらせて、規則正しい生活を早く過ごせるようにしましょう」


  ーーだんだん、この兄との付き合い方がわかってきたような気がする。


 偽物だけど、お互いを思い行動できるって…家族っぽいと思っててもいいよね?


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