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第2話 魔王と妹、普通の兄妹を目指して街へ出る

 朝。ノックの音が静かに部屋に響いた。


「妹様……お支度を。魔王様が“外出する”と仰っています」

「……え?」


 まだ目も覚めきらないうちに、とんでもない知らせが来た。

 扉を開けて入ってきたメイドさんが、テキパキと私にドレスと着付けながら言う。


「“普通の兄妹らしいことをする”と、昨夜お考えになったそうで

 〝兄妹デート〟に行くとお待ちでございます」


「普通の兄弟らしいことで、その思考は何なの…」


「昨晩、魔王様は“兄妹”というキーワードでさらに書庫の蔵書を百冊ほど検索され……」


「あとでその書庫、是非伺いたいわ」


 この妹部屋も今朝の謎のお誘いも、全てはそこに原因がありそうな気がする。

 魔王城で過ごす2日目は、そんな想定通りの想定外な提案で始まった。



 「市場へ行く」

 今日も相変わらず眠たそうな目で、魔王ディアヴェルこと兄様は言った。

 漆黒のローブ、整った髪、いつも通りの無表情。 でもその背中からは、少しそわそわした空気が出ていた。


「……普通の兄妹は、街で一緒に買い物をするらしい」


「ネタ元はなんですか?」


「書庫の『兄妹ダイナミクス概論(人間向け)』にそうあった」


「そのご本、リディアもあとでじっっくり見とうございます」


 魔王様に(ある意味)過激な思想を植え付けている書物のチェック、急務である。

 そんな会話をしている私たちを乗せた馬車が、魔都ノクスヴェルへ向かって走り出す。

 私の服は、淡い青の外出ドレス。 それも、魔王様が「妹の普段着はこういうもの」と用意していた一式だ。


(センスが悪くないのが逆に怖い)


 何でどれだけ研究をしたのかと、支度のためにクローゼットを覗いてちょっと引いたのは秘密だ。



 微妙な思いを抱えたまま到着した市場は、想像以上のにぎわいだった。

 魔界特産の空飛ぶ魚、爆発する果実、感情によって味が変わる飴玉、

 何より、魔王様と一緒に歩いているということで、周囲の視線がとんでもない。


「見ろ!魔王様がお出ましだ」

「隣にいるのが……妹様? 本当に……いたのか」

「……本当に、妹様かのか……? 似てないな」


(!! わたし妹感、出てない!?)


コソコソと交わされる言葉に内心焦っていると

「妹よ。あれは“兄妹デート”では欠かせないものらしい」

 魔王様が指差している先に、露店の焼き芋。


「ツッコミ忘れてましたけど、まず兄妹でデートって言葉は使いませんよ?」

その言葉に、魔王様は大真面目に頷いた。


「うむ。やはり書籍にあった通りだ。

兄妹デートでは、妹は『兄とデートなんておかしいから!』と言うと書いてあった」


満足そうにしている。


「あと妹は芋が好きだとも書いてあった。

 これも<妹研究大全>による100人の妹のデータを集めたので間違いあるまい」


「に、兄様は博識でいらっしゃるから、妹として鼻が高いですわぁ」


 王宮の書庫には、ろくな本がない疑惑が濃くなってきた。

 そして買ってもらった焼き芋は、悔しくも美味しかった。

 少し焦げた皮の香ばしさ、ねっとりした甘さ。 思わず顔がほころぶと、隣で魔王が唐突に言った。


「笑ったな」

「!?」

「その表情、珍しい。記録しておこう」


 懐から昨日も見た『妹一問一答 その2』を取り出して何かを書き込む。


「!? 記録の必要ないですよ!!」

「市場にきてから、すでに三回はメモしている」

「何メモしたと仰るの!?!?」


 そんな感じで市場をふたりでそぞろ歩くが、魔王様はとにかく兄妹っぽいことをしたがった。


「兄は妹にこういう場面で小物を買う」

「妹には2段重ねのアイスを勧める」


 目についた兄妹イベントチャンスを見逃さず、いそいそと私に勧めてくる。


「兄様、私アイスは一段で大丈夫です」

「そうか。これは間違っていたか」


 と淡々とノートにバツ印をつけていく。

『妹と仲良くなるためのリスト(ver3.4)』

・焼き芋を与える(済)

・2段アイスの味を選ばせる(済)

・ベンチに二人で座る(要検討)

 覗き込んだページに書かれていた文章をチラ見して、ギョッとする。


(なにこのアップデート重ねた攻略本みたいなの)


 そして、果たして『妹一問一答 その1』には何が書いてあるのだろううか。



  昼下がり、魔都の小さな広場。 人通りがない石畳のベンチで、魔王様と並んでアイスを食べる。

 人通りがないといっても魔王様に遠慮して、人々はこの周囲に近寄ってこないだけなんだけど。

 風が心地よく、アイスはほんのり甘く、魔王様は静かで――


「……兄様」

「なんだ」


「なんで、妹を急に探そうと思ったんですか?」

「……」


 魔王は少しだけ顔を向けて、言った。


「お前に会いたかったからだ」


 あくまで淡々と。 そして、アイスをひとくちかじると、こう言った。


「少し、甘すぎるな」

「え、味の感想ですか!? 今の流れで!?!?」

「妹は、甘いものが好きだと書いてあったが……俺は、苦い方が好みだ」

「急に個性を主張なさいましたね?」


 私は、思わず笑ってしまった さっきの言葉が、あまりに静かで、あたたかかったから。

 白髪で赤目の忌み子と厭われ、これまで〝私〟に会いたい、なんて言ってくれた人はいなかった。

 ホンモノの妹の偽物だとしても、この瞬間に魔王様がくれた思いはホンモノだったから

 明日殺されるかもしれないけど、少しはいい事があった人生だと思えて自然と微笑みが漏れた。

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