第2話 魔王と妹、普通の兄妹を目指して街へ出る
朝。ノックの音が静かに部屋に響いた。
「妹様……お支度を。魔王様が“外出する”と仰っています」
「……え?」
まだ目も覚めきらないうちに、とんでもない知らせが来た。
扉を開けて入ってきたメイドさんが、テキパキと私にドレスと着付けながら言う。
「“普通の兄妹らしいことをする”と、昨夜お考えになったそうで
〝兄妹デート〟に行くとお待ちでございます」
「普通の兄弟らしいことで、その思考は何なの…」
「昨晩、魔王様は“兄妹”というキーワードでさらに書庫の蔵書を百冊ほど検索され……」
「あとでその書庫、是非伺いたいわ」
この妹部屋も今朝の謎のお誘いも、全てはそこに原因がありそうな気がする。
魔王城で過ごす2日目は、そんな想定通りの想定外な提案で始まった。
◆
「市場へ行く」
今日も相変わらず眠たそうな目で、魔王ディアヴェルこと兄様は言った。
漆黒のローブ、整った髪、いつも通りの無表情。 でもその背中からは、少しそわそわした空気が出ていた。
「……普通の兄妹は、街で一緒に買い物をするらしい」
「ネタ元はなんですか?」
「書庫の『兄妹ダイナミクス概論(人間向け)』にそうあった」
「そのご本、リディアもあとでじっっくり見とうございます」
魔王様に(ある意味)過激な思想を植え付けている書物のチェック、急務である。
そんな会話をしている私たちを乗せた馬車が、魔都ノクスヴェルへ向かって走り出す。
私の服は、淡い青の外出ドレス。 それも、魔王様が「妹の普段着はこういうもの」と用意していた一式だ。
(センスが悪くないのが逆に怖い)
何でどれだけ研究をしたのかと、支度のためにクローゼットを覗いてちょっと引いたのは秘密だ。
◆
微妙な思いを抱えたまま到着した市場は、想像以上のにぎわいだった。
魔界特産の空飛ぶ魚、爆発する果実、感情によって味が変わる飴玉、
何より、魔王様と一緒に歩いているということで、周囲の視線がとんでもない。
「見ろ!魔王様がお出ましだ」
「隣にいるのが……妹様? 本当に……いたのか」
「……本当に、妹様かのか……? 似てないな」
(!! わたし妹感、出てない!?)
コソコソと交わされる言葉に内心焦っていると
「妹よ。あれは“兄妹デート”では欠かせないものらしい」
魔王様が指差している先に、露店の焼き芋。
「ツッコミ忘れてましたけど、まず兄妹でデートって言葉は使いませんよ?」
その言葉に、魔王様は大真面目に頷いた。
「うむ。やはり書籍にあった通りだ。
兄妹デートでは、妹は『兄とデートなんておかしいから!』と言うと書いてあった」
満足そうにしている。
「あと妹は芋が好きだとも書いてあった。
これも<妹研究大全>による100人の妹のデータを集めたので間違いあるまい」
「に、兄様は博識でいらっしゃるから、妹として鼻が高いですわぁ」
王宮の書庫には、ろくな本がない疑惑が濃くなってきた。
そして買ってもらった焼き芋は、悔しくも美味しかった。
少し焦げた皮の香ばしさ、ねっとりした甘さ。 思わず顔がほころぶと、隣で魔王が唐突に言った。
「笑ったな」
「!?」
「その表情、珍しい。記録しておこう」
懐から昨日も見た『妹一問一答 その2』を取り出して何かを書き込む。
「!? 記録の必要ないですよ!!」
「市場にきてから、すでに三回はメモしている」
「何メモしたと仰るの!?!?」
そんな感じで市場をふたりでそぞろ歩くが、魔王様はとにかく兄妹っぽいことをしたがった。
「兄は妹にこういう場面で小物を買う」
「妹には2段重ねのアイスを勧める」
目についた兄妹イベントチャンスを見逃さず、いそいそと私に勧めてくる。
「兄様、私アイスは一段で大丈夫です」
「そうか。これは間違っていたか」
と淡々とノートにバツ印をつけていく。
『妹と仲良くなるためのリスト(ver3.4)』
・焼き芋を与える(済)
・2段アイスの味を選ばせる(済)
・ベンチに二人で座る(要検討)
覗き込んだページに書かれていた文章をチラ見して、ギョッとする。
(なにこのアップデート重ねた攻略本みたいなの)
そして、果たして『妹一問一答 その1』には何が書いてあるのだろううか。
◆
昼下がり、魔都の小さな広場。 人通りがない石畳のベンチで、魔王様と並んでアイスを食べる。
人通りがないといっても魔王様に遠慮して、人々はこの周囲に近寄ってこないだけなんだけど。
風が心地よく、アイスはほんのり甘く、魔王様は静かで――
「……兄様」
「なんだ」
「なんで、妹を急に探そうと思ったんですか?」
「……」
魔王は少しだけ顔を向けて、言った。
「お前に会いたかったからだ」
あくまで淡々と。 そして、アイスをひとくちかじると、こう言った。
「少し、甘すぎるな」
「え、味の感想ですか!? 今の流れで!?!?」
「妹は、甘いものが好きだと書いてあったが……俺は、苦い方が好みだ」
「急に個性を主張なさいましたね?」
私は、思わず笑ってしまった さっきの言葉が、あまりに静かで、あたたかかったから。
白髪で赤目の忌み子と厭われ、これまで〝私〟に会いたい、なんて言ってくれた人はいなかった。
ホンモノの妹の偽物だとしても、この瞬間に魔王様がくれた思いはホンモノだったから
明日殺されるかもしれないけど、少しはいい事があった人生だと思えて自然と微笑みが漏れた。




