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第1話 偽りの妹、魔王城に降り立つ

  「……それでは。ご無事を祈ってます!」

 バンッ!!!!!

 そういって私を降ろした馬車の扉は閉まり、こんな場所には一時だっていられないというように、

 来た道を爆速で戻っていく。

 馬車からまろび出た慣れないドレス姿の私は、グッと拳を握ると天に突き上げながら叫ぶ。

「……ぜんぜん無事を祈る送り出しじゃなかったがな!!」

 リディア・ローウェル。 王都の役所で働く庶務、庶民階級、特技:切替の速さ。

そして今日から、“魔王の妹”を演じる任務を帯びて魔王城に潜入した「偽者」である。


**************************************** 

 城の謁見の間に設けられた大きな窓から見える漆黒の空に、赤い月が浮かんでいる。

この世界の月は、血のように赤い。幼い頃はその色がは、息が止まるほど怖かったのを覚えている。

けれど今の私は、それよりも、もっと怖いものの前に立っていた。


「……来たか」


 玉座から静かに響いた声は、想像していたよりもずっと低くて、乾いていた。


「はっ! かの国より、妹様とされる人物と情報が一致する人物を送るとの書簡が届いております」


 馬車から下ろされて、なんとか城までたどりついた私を見つけた門番から

「自称・妹」の私を引き渡された騎士は、書簡と私を三度見比べると

「まじか」という顔をしながら王の側近に連絡をとっていた。

そして、魔王からすぐに面会するとの連絡を受け、さらに「まじか!?」という顔した。

申し訳なし。

 玉座に座り、奉じられた書簡に目を通す男。

 

 ――あれが、魔王ディアヴェル。


 歴代随一の力を持つという魔族の王。数多の国を滅ぼし、世界の均衡を変えた存在。

 そんな人物の“妹”として、私はこの場に立っている。

 

 ――本当は、妹なんかじゃないのに。


 魔王様の動向を息を潜めて見守る配下の方々の醸す「偽物じゃねぇのか」という空気に

 居た堪れなくなり、私は礼をしたまま伏せた目をチラリとあげて魔王様を観察する。

 長身で銀髪、赤い瞳、なんだか眠そうな顔に見えるこの男が、この世界を震撼させる“魔王”らしい。

 書簡を読み終えた彼は、ぼんやりと私を見つめた。

 

「……妹」

「はいっ! 天涯孤独の身の上だと思っていたので私も驚いているのですが……!」

 

 ほぼ嘘である。

 実際は、王国の諜報部から「お前、髪と目が似てるから魔王の妹になり潜入せよ」と強制されただけ。

 天涯孤独というところだけが真実だ。

 私はこの大陸の人間には珍しい、白い髪と赤い瞳を持って生まれた。

 ほとんどが黒目黒髪の人間が生まれるこの国ではきっと不気味に思われたのだろう、

 早々に捨て子になった私は孤児院で育つことになった。

 努力の末になんとか役場庶務という、明るい日差しが苦手な私にとって

 薄暗い役所に日がな1日こもっていられる天職を手に入れた。--のにである。

 ある日、職場に精鋭揃いの王立騎士団が現れ王宮に拉致され命令されたのが

 『魔王の妹になれ』。

 帯剣した屈強な騎士に囲まれ選択を迫られ、しがない平民の私に断る道は残されていなかった。

 断わずらずとも恐らく魔王に処され死亡エンドだが、断ればここで今すぐの死が見えた。

 私は、少しでも生き延びる可能性のある方にベットするしかなかった。


  そもそも私がこんな目に遭うことになった始まりは、魔王ディアヴェルの一言だったと聞く。

 魔族と言っても、見かけは人と変わらない。ただ、彼らには魔力があり人間には持ち得ない能力を使う。

 血族によって力はそれぞれ異なると聞くが、人間たちにその詳細が明かされることはない。

 その異能の集団を統べる王から、ある日突然の布告が人間に向かって出されたのだ。


 『先代が遺言で、人間の女と子を成していたと言い残したのを思い出した。捜せ』


 今代の魔王ディアヴェルは先代から位を継ぐとすぐに、反魔族を掲げる国々を

 たった一人の圧倒的な武力で平定し、その一方で先代が侵略を開始した戦争は

 早急に停戦し和平を結び、世界にある種の安寧を生み出した。

 あまりの力の差に、人間の国々は為す術もなくその裁定に従うしかなかったからだ。


 彼の変えた世界の均衡が馴染んだ頃には、その力にあやかろうと近づく国も多くあったが、

 魔王ディアヴェルは自国に被害がない限り、人間たちに関ろうとすることはなかった。

 そこにきて、15年ぶりに人間の国に向け発されたのがその発言だ。

 『現在20歳前後、女。母の名はナターシャ。グレイシャル国在住』

 たったそれだけの情報しかもたらされず、名指しされたグレイシャルの面々は青くなった捜索したが

 それは困難を極めた。それはそうだ。

 生きているかもわからない上、生きていたとしても名乗り出るわけがない。

 自分が魔物の血が入っていることを名乗り出るのもリスクがあるし

 名乗り出た後にどうなるかもわからないどころか、後継問題で殺される可能性が大きい。


 ーー魔王はなぜ、父の死後15年も経ってから急に遺児を探し出したのか。

 

 その明確な理由もわからぬまま懸命な捜索は続くが、先代魔王の遺した娘はようとして見つからず、

 困り果てた国の要職に就く人々が考え出したのが「替え玉」だ。 

 魔族の国からの矢のような催促を繰り返され、これ以上待たせるのもリスクがあると判断した彼らは

 …それっぽいのを送り込んで時間を稼ごう!という結論に至り、

 白髪に、魔王と同じ赤目という人とは違った容姿でかつ、天涯孤独な私に白羽の矢が立ったというわけだ。

 時間を稼ぎ、さらには「妹」の情報を魔王から得て捜索の手がかりを増せればという苦肉の策のせいで

 私は、命をかけた大勝負に挑むことになったのだ。


 ♦︎


 「表を上げよ」


 その言葉に礼を解き、改めて玉座に座る男を見る。

 長身、銀髪、赤い目、無駄のない動き、表情の抑揚はゼロ。

 

 ーーこれが世界を平伏させた男。

 

 その目をみた瞬間に、理解した。 

 

(冷たくて、暗くて、がらんどうだわ)


 たぶん、私の命はあと5秒くらいだ。

 きっとすぐに、魔王に偽物と見破られ殺されるだろう。

 慈悲もない怒りも見えない、全ての光を吸い込む黒い宝石みたいな静かな瞳を見て、寿命を悟る。

 そして国は頭のおかしい女が分不相応にも虚偽で名乗り出たと謝罪し

 もうしばらく待ってほしいと時間の猶予を稼ぐのだろう。


 (ああああーーー!死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。

 まだ、オリオニン亭のデニッシュも食べてないし、カリーヌ地方の温泉にも行けてない。

 まだまだ読みたい本ある…!!) 


  ーーーどうせ死ぬなら!

 

 追い詰められた獣が、とんでもない力を発するという。それと同じ。

 私は一か八かで、人生で一番いい顔でニコッと笑ってみせた。

(できれば、1秒でも永く私を妹にしてくれますように…!!)

 

「ずっと一人ぼっちだったので、兄様に会えるのを本当に楽しみにしていました!」


 孤児院で暮らしていたとき、兄弟がいる子達が羨ましかった。

 親はいない孤児けど、支え合える家族がいるのが眩しくみえた。

 「おにいちゃんがいればな…」と思っていたのは、嘘ではなかった。

 だから、そのときの気持ちを思い出して最大の喜びを込めてニッコリ笑ってみせたのだ。

 

 すると、魔王ディアヴェルはピクリとも動かさなかった表情を崩し、少し驚いた顔をしたあと

 すっと立ち上がり、私の前に歩み寄る。

 その姿は威圧感に満ちているはずなのに、やはり猫みたいに静かだった。

 

 ーーーやっぱ殺られる。

 

 その静けさに、悪寒が背中をビンビンに走りまくった。

 やっぱバレるよそりゃ!!!と、ここに送り出した国のバカどもを心の中で百万遍罵る。


「……ようこそ、妹よ」

「ああーー! デニッシュ食べたかったーーーってあれ?」


 討たれる痛みを誤魔化そうと最期にフカフカの美味しいものを叫んだ声に、魔王の予想外の言葉がかぶる。


(え!? あ、あれ、死んで…ない……?)

 

「おいで。お前の部屋に案内しよう」


 優しい声で微笑んて、私の手をとって歩き出した。

 

「お待ちください! その者は妹様だと…」

 

 控えていた配下の1人の言葉が終わる前に、その場にいた全員が地面にめり込んだ。

 

 「ひいぃ!」

 

 私の喉から、場違いな間抜けな悲鳴が漏れる。

 皆なにか圧力がかかって、起き上がれない様子だ。魔王様はその様を冷めた目で見ている。

 

「私が、認めた。 それ以上の確認が必要だというのか?」

「い、いえ…。差し出がましいことを申し上げましたッ」

「以降、この者を私の妹として扱うように」

 

 立ち上がれないままの配下を残したまま、私は魔王に手をひかれて謁見の間を後にした。

 

ーーーー圧倒的な力。 これが魔王様。


(手汗が滝のように出てるけど、ふ、不敬とか言われませんように…!)

 なんとか生き延びた命を大事に抱えて、私は魔王様についていった。



  延々と続く長い廊下を手を繋ぎながら歩き、本当に永遠に続くのでは?と疑い始めた頃に

  ある部屋の前で魔王様は立ち止まった。


 「妹の部屋は、捜索を願い出たその日に用意を始めてた」

 

 「じゅ、準備万端ですね……」

 

 「家具の配置は、人間の書物に書かれていた妹の部屋をサンプリングした上で

  導き出した黄金比になっている。好きに使うといい」

 

 「黄金比…?」

 

  疑問符を浮かべつつ案内された部屋は、想像の三歩先をいっていた。

  ピンクと金で統一された内装。回転するベッド。

  壁のボタンを押すと「おかえり、妹」と流れる自動音声。

  猫のぬいぐるみが6匹。全員ティアラ付き。

 

 「……兄様、これ……全部ご自身で?」

 

 「もちろんだ。大事な妹を迎える部屋だからな」

 

 「わ、わあ! リディア嬉しいナァ…!」

 

  咄嗟に喉からこの言葉を放り出せた自分を後世まで讃えたい。

  魔王様はその様子に嬉しそうに微笑むと、持参していた帳面になにかを書きつけている。

  そっと覗き込むと、表紙には『妹一問一答 その2』と書いてある。


  (その2ってことは、1もあるってこと…?)


  中身を見ると


  Q1:妹は朝食に何を食べるか?  A:甘いパン or たまご粥(表情を見て選ぶ)

  Q2:妹が落ち込んでいたら?  A:黙って紅茶を入れる。決して言葉をかけない。


  (……めっちゃ、予習してる形跡ある)


  そこに、几帳面な文字で

  『部屋は気に入った様子。しばらく構わずに様子を見る』

  と書き込んでいる。


 「ゆっくり休むように」


 そういって私の頭をソロソロと撫でて扉から魔王は退出し、

 ファンシーな部屋に一人私は残され呆然とするしかなった。


「パンかたまご粥の二択なの…?」


 生き延びた実感がなく、一番気になったのはそこだった。


 ◆


 窓から覗く赤い月を眺めながら、部屋で1人になり私はようやくひと息つく。


 ーーー生き残った。でも。


「……本当に信じてくれたはず、ないよねぇ?」


 でも魔王様の言動は、どこかズレていて。真面目すぎるほど真面目。

(万が一の可能性として、妹として歓迎されてる……のか?)

 だとしたら、この状況はとても心が痛む。


 ――なにしろ、私は本当の妹じゃないのだから。


(……本当の妹さん、見つかって欲しいような欲しくないような)


 恐る恐る撫でられた頭の感触を思い出すと、なんとも言えない気持ちになりベッドにダイブする。

 ――その瞬間、自動音声がまた鳴った。


「おやすみなさいませ、妹様」

「やかましいわ!!!!」


 とりあえず、この「妹専用ルーム」は油断ならないことだけが確かだ。


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