第2話「見えない正解」
「案外、オレは味方っすから」
──昼休み、妙に軽いノリでそう言ってきた教師、佐倉レオ。
その言葉が、ずっと頭から離れなかった。
軽そうに見えて、どこか真剣で。何かを知っているような目だったから。
昼休みが終わり、次の授業──
「佐倉レオっす、よろしく〜」
俺の嫌な予感は的中した。昼の変な教師がそのまま授業を受け持つらしい。
「今日は“スキル”の基礎を、みんなと一緒に学んでいこうと思うっす」
教室に入ってきたレオは、昼と同じようにへらりと笑っていた。
だがその瞳の奥には、やはり只者ではない光が宿っている気がした。
「んじゃ、まずは君。前に出て、スキルを使ってみるっす」
「は、はいっ!」
指名された男子生徒が緊張した面持ちで前へ出る。
片手を前に突き出し、はっきりと叫ぶ。
「火球!!」
ボッ、と音を立てて、彼の手から火の玉が放たれた。
まだ不安定な軌道だが、しっかり“魔法”だ。スキルを手に入れた者の証明。
「うんうん、いい感じっすね〜」
レオはその様子を見て満足そうに頷いた。
「スキルってのは、使い続けることでレベルが上がっていくっす。強くなっていくっす」
「でもね、それ以上に大切なのは……“そのスキルを愛すること”っすよ」
教室が少しざわつく。スキルを“愛する”……なんだその言い方。
「自分のスキルと向き合い続けることで、やがて“真の姿”が見えてくるっす。君たちの未来、楽しみっすね」
その言葉は、みんなに向けられたものだったが──
俺はただ、黙っていた。
だって俺には、そんな“愛せるスキル”すらまだ分からなかったから。
自由取得モード。何をどうすればいいのか。俺は、まだ何一つ理解できていなかった。
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授業が終わってすぐの休み時間。
「天城レン。ちょっとこっちに来い」
俺の名前を呼んだのは、一ノ瀬凛。担任の先生だった。
──拒否権なんてあるはずもなく、俺は素直に彼女の後をついていく。
連れてこられたのは人気のない廊下の奥。
そこに立つと、凛は窓の外を見ながらぽつりと呟いた。
「過去に一度、君と同じ“自由取得モード”を持つ者がいた」
「……え?」
初耳だった。前例が、いるのか?
「だが、そいつは程なくして──世界から消された」
その言葉に、ゾクリと背筋が凍る。
「消された……って、どういう……」
「文字通りだ。“存在を抹消”された。“危険な可能性”としてな」
凛の瞳が鋭くなる。
「私は、君を守るつもりだ。だが、私が“味方でいられるか”は、君の行動次第でもある」
それは忠告であり、願いにも聞こえた。
「……そういえば、自由取得モードの使い方はわかったのか?」
「いえ……全く。でも、さっきの授業で、“火球”を見た時に……なんか、感じたんです」
「……そうか」
凛は俺の顔をじっと見つめたあと、ふっと目を細めた。
「なら──私に“火球”を撃ってみろ」
「……は!? 先生に!?」
「遠慮はいらない。やってみろ。君が“感じたもの”を、見せてみろ」
そう言われても……いや、でも……
俺はグッと拳を握った。
「……わかりました」
「想像しろ。火球の形、重さ、速度、軌道。自分の腕から放たれる感覚を──再現するんだ」
(……思い出せ。さっきの男子の手の形、動き、言葉……)
「火球ッ!!」
俺の手から、ボン、と音を立てて火の玉が生まれた。
熱っ……! 本当に、出た!
それは間違いなく、“あの火球”だった。
だが──
「遅い」
目の前で、凛が動いた。
彼女は片手を前に出し、俺の火球を──
「……止めた……!?」
火球は、凛の手のひらでピタリと静止していた。
そしてやがて、火がパチリと弾けて消える。
「私のスキル、《状況解析》があれば、君の動きと軌道は予測できる」
「加えて、たまたま今、炎耐性スキルを装備していた。それだけのことだ」
(す、すげぇ……)
「だが、確かに君は“火球”を再現した。目にしただけで、形にした。普通ではあり得ない」
凛の声が少しだけ柔らかくなる。
「そのスキルは、使いこなせれば──可能性そのものだ。だが、だからこそ、誰よりも危険な存在にもなり得る」
「俺……頑張ります!」
俺の胸に火が灯る。
不安もある。でも、スキルを“使えた”ことが純粋に嬉しかった。
「……祈ってるわ。君がその力に、飲まれずに済むように」
凛はそう言って、俺の肩に手を置いた。
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廊下に戻ったあと、俺は一度だけ、窓の外を見た。
“スキルがあるのが当たり前”のこの世界で──
“普通”じゃない俺は、これからどうやって生きていくのだろうか。
でも今は、少しだけ前を向ける気がした。