第1話「ERROR:0000」
【スキル適正スキャン開始……】
【ID確認:天城レン】
【照合エラー。スキル適正:未確認】
【ERROR:CODE0000──管理不能対象】
「……は?」
その瞬間、体育館の空気が凍りついた。
ざわ……ざわ……という小さな波紋のようなざわめきが、静寂の中に広がっていく。
俺の目の前のホログラムには、赤く点滅するエラーコードが表示されていた。
スキルが実装された世界での──
俺の人生が、ここで“バグった”。
* * *
それは、ほんの数分前のことだった。
春。高校の入学式を終えた俺たちは、そのまま学校の体育館に集められていた。
目的は一つ。**「スキル初期付与」**だ。
この世界では、15歳になると誰もがスキルを得る。
それはもはや義務教育と同じくらい当たり前のことで、社会のルールであり、常識であり、希望でもあった。
「スキルの付与は、生涯に一度きり。君たちの未来を形作る第一歩だ。しっかり受け止めろ」
銀縁の眼鏡をかけた女教師、担任の一ノ瀬 凛が淡々とそう告げる。
冷たいようでいて、どこか優しさの残るその声は、妙に落ち着いていた。
順番に呼ばれていく生徒たち。
壇上に上がっては、スキャナーに手をかざし、自分のスキルがモニターに表示される。
『火球Lv1』
『加速Lv2』
『動体視力強化Lv3』
生徒たちの反応は様々だったが、スキルを得られなかった者はいなかった。
そして、ついに俺の番が来た。
「次、番号62番──天城レン」
緊張で心臓が跳ねた。俺はゆっくりと壇上に上がる。
スキャナーに手をかざし、じっとモニターを見つめる。
けれど、そこに映し出されたのは、真っ赤な異常通知だった。
【照合エラー。スキル適正:未確認】
【ERROR:CODE0000──管理不能対象】
何度見返しても、画面は変わらなかった。
「スキル適性なし……?」
「いや、機械のエラーだろ。再スキャンしろよ」
「こいつ、やば……」
周囲がざわめく。ざわめきが笑いに変わり、そして不安に変わる。
「いや、これは失敗ではなく事実です。彼にはスキル適性がありません」
そう静かに告げたのは、担任の一ノ瀬だった。
「嘘だ……」
俺は思わずそう呟いた。
冗談でもバグでもいいから、誰かが「やり直し」と言ってくれることを期待した。
けれど。
【代わりに、“スキル自由取得モード”を付与します】
そう、別の通知が表示された。
文字通り、別格の通知だった。
「自由……取得?」
俺は混乱していた。何が起きているのか分からない。
周囲の誰もが、俺を“変なもの”を見るような目で見ていた。
そして、壇上を降りるその瞬間、一ノ瀬先生がふと視線を逸らしながら、心の中で呟いた。
(……また出たか。“バグ”という存在が)
* * *
その日の昼休み。
ひとりで購買のパンをかじっていると、背後から声をかけられた。
「よっす〜、レンくん」
「え……誰ですか?」
振り返ると、軽そうな男が笑っていた。茶髪にピアス、ジャージ姿。教師にしてはチャラすぎる。
「ごめ、ごめ。自己紹介してなかったわ」
「オレ、佐倉レオっていいます。新人教師っす〜。よろしく〜」
「そう……なんですか」
(やばいのに絡まれた……)
俺は直感でそう思った。
「でさー、君のスキル、すっげー興味深いっすよね?」
「え? 知ってるんですか?」
「いや、全く。何も知らん。むしろ謎すぎてワクワクする」
「でもね、そういうスキルって、**“この世界から消される”**こともあるんすよ」
「…………え?」
俺の手が、パンを落とした。
「つまり君は、“管理不能”ってことになってるわけでしょ。じゃあ、普通のルールはもう通用しない」
「そんなスキルを持って生きていくには、覚悟がいるってことっすよ」
「……なんなんですか、あんた」
俺は食欲を失くしたパンを見つめながら、聞いた。
「ただの教師っす。でも、もし困ったら言いなよ。案外、オレは味方っすから」
茶化すように笑って、レオは立ち去った。
昼休みの校庭に、風が吹く。
俺はまだ、自分の“スキル”が何なのかも分かっていない。
でもひとつだけ分かる。
——これはきっと、取り返しのつかない力なんだ。