表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

神々の見守る道行き

アロンが十七歳となり、イレーネは二十歳となった年の春。

青空は雲ひとつなく澄み渡り、フィサロン神聖王国の首都セラフィエの大気は、朝から甘い香油と白花の芳香に満ちていた。


その日、王家にとって、いや王国にとっても決して忘れられぬ一日となった。

アロン王子とイレーネ王女の結婚式――王と王妃の戴冠に先立つ、聖婚の儀である。


舞台は、神々の座すとされる白光の大聖堂。

千年の歴史を誇り、王家の代々が神に婚姻を誓ってきた神聖の地。


厳かな鐘の音が響く中、王族、貴族、神官、そして各国の使節たちが見守るなかで、イレーネは純白の法衣をまとい、ゆっくりとバージンロードを進んだ。

その歩みは、王妃としての自負と、王女としての気高さ、そして一人の女性としての覚悟を宿していた。


アロンは深紅の礼装をまとい、神官長の前に立っていた。

まだ幼さを残す顔に、それでも真剣な眼差しとまっすぐな姿勢を携えて。

隣に立つその瞬間、イレーネはふと思った。――自分が彼より先に大人になっていた時間は、もう終わるのだと。


神官長が婚姻の言葉を読み上げ、二人がそれぞれに誓いを口にする。

声は迷いなく、澄んでいた。


「我、神の御前において誓わん。

 この者と共に歩み、共に統べ、共に祈り、共に在らんことを」


そして、王家の印を刻んだ指輪が交わされ、神殿の高窓から光が差し込んだ瞬間――


聖堂の中に、歓喜と祈りの歌が鳴り響いた。


式の後、イレーネとアロンは白馬に曳かれた金装の馬車に乗り込み、聖堂の正門から市中へと出発した。

それは、王家の婚姻と継承を民衆に示す、伝統の凱旋の道行きである。


城郭の門を抜けると、そこには数えきれぬ人々が詰めかけていた。


「アロン様!」「イレーネ様!」「神の加護を!」


声援が風となって押し寄せる。

子供たちは花を撒き、老人たちは膝をついて祝福を送り、青年たちは歓呼の声をあげる。


アロンは初めて見る大群衆に一瞬だけ目を見張ったが、すぐに顔を上げ、手を振った。

その手の動きはまだ完璧ではない。けれど、それが彼自身の心から出た動きであることは、誰の目にも明らかだった。


イレーネは、変わらぬ微笑を浮かべ、穏やかなまなざしで民衆を見つめていた。

その姿には威厳があった。だが、それは押しつけるようなものではなく、心を鎮め、寄り添わせるような静かな統率だった。


「……二人は、本当に美しい」


そう呟いたのは、道端の老女だった。

その言葉に、そばにいた若い娘がうなずく。


「この国は、きっと守られますわ」


馬車が通り過ぎたあとも、街にはその余韻が残り、王家の血を信じる熱はさらに強く民衆に浸透していった。


夕暮れ、パレードを終えた二人は王宮へ戻り、祝宴が始まった。

けれどアロンは、ふと静けさを求めてひととき宴を抜け出し、宮殿の中庭に出た。


そこにはすでにイレーネがいた。


「先を越されたね」


「ふふ。あなたなら、そう来ると思ってた」


中庭の泉に、夕焼けが映る。

ふたりの影が並び、沈黙がやわらかく包む。


「……怖くはなかった?」


「少しだけ。でも、あなたが隣にいたから」


イレーネは、そっと彼の手を取った。

その手はまだ若く、けれど確かな意志を持っていた。


「これからも、ずっと」


「ええ。ずっと」


そしてふたりは、夜空の下で、静かに見つめ合った。

神に誓い、民に示した愛が、ようやく始まろうとしていた。


これは、終わりではない。

神の血を継ぐ者たちが、人としての愛を知る――新たな物語の、始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ