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神前の双影

アロンは十五歳になり、イレーネは十八歳になった。


少年から青年へと成長しつつある王子アロンの背は伸び、声も低くなった。仕草のひとつひとつに威厳が宿りはじめ、宮廷の人々は「次代の王の器」としての自覚がその身に宿り始めていることを感じ取っていた。


そして、王女イレーネ――その存在はすでに「姉」ではなく、「王妃の影」としての輪郭を帯びていた。長く流れる金の髪は聖なる冠飾とともに結われ、瞳は曇りなく、かつての無垢を保ちながらも、そこに宿る意志はすでに女王に相応しいものであった。


この年、二人は初めて王の名代として、フィサロン神聖王国における最も重要な祭儀――**祖神エラティウスを祀る“春の継承儀”**に参列することとなった。


これは本来、即位から十年以上を経た王のみが務めることのできる重儀であり、神聖王家に連なる血の証として、その者が“神の子孫”たるにふさわしいと認められた証でもある。


ガラド二十三世が病に伏してより、王の御姿は長らく民衆の前から消えていた。王妃ロクサネが政務を代行してきたが、儀式だけは“王の血を引く者”が直に臨まねばならない。


その大役を担うのが、アロンとイレーネだった。


儀式の日、神殿前の階段には白金の布が敷かれ、その上を二人は並んで進んだ。


イレーネは純白の法衣をまとい、金糸で祖神の聖紋が刺繍されたマントを肩にかけていた。アロンは深紅の衣に王家の印章を刻んだ胸飾りを身につけ、まだ細身ながらも真っ直ぐな背を保ち、堂々と歩を進めていた。


集まった貴族たちや神官たちは一様に息を飲み、頭を垂れた。

それは信仰の表現であると同時に、現実として彼らが次なる王と王妃を受け入れ始めているという無言の意思表示でもあった。


「イレーネ王女、アロン王子。汝らは神の血を継ぎし者として、この地を見守り、導く覚悟はあるか?」


主祭の神官の問いかけに、二人は正面の祖神像に向かって膝をつき、同時に答えた。


「我ら、神の血に誓い、この地を守りましょう」


この言葉は、数百年の歴史を持つ王統の誓詞であり、神の前に交わされる“婚姻以前の絆”を意味するものでもあった。

血の繋がりだけでなく、神に選ばれた一対の者として、共に国を支える未来を約束する儀式。


イレーネは、すぐ隣にいるアロンの横顔を静かに見つめた。


少年の頃の柔らかさは薄れ、王としての鋭さが顔に宿り始めている。

けれど――その芯にある真っすぐな魂は、幼い頃に名前を呼んでくれたあの日と、何も変わっていないように思えた。


そしてアロンもまた、隣にいるイレーネに視線を向けた。


母のように厳しく、姉のように優しく、師のように賢く、けれど誰よりも静かに寄り添ってくれるこの存在が、自分の隣にあることに、胸の奥で密かに安堵していた。


「立ち上がりなさい。汝らは、神の御子にして、我らの光なり」


主祭の言葉とともに、二人は立ち上がった。

陽光が差し込み、神殿の天窓から射す一条の光が、二人の頭上に降り注ぐ。


神の子たることは、選び取るものではない。

与えられたその時から、逃れることの許されぬ宿命である。


けれど、その宿命を受け入れ、自らの足で立ち、誓いを成したとき――

人は初めて、真に“王家の者”となる。


その日、イレーネとアロンは、民衆の前で名代としての役目を果たし、

神の前で、ふたりの血と存在が共にあることを示した。


その姿を見たロクサネ王妃は、玉座の陰に佇みながら、小さく目を閉じた。


「……これで、よいのです」


そのつぶやきは、誰にも聞かれなかった。


神の血は流れ続ける。

そしてその血が、いつしか恋か宿命か、愛か崇拝かも定かならぬ感情と交わるとき――

物語は、さらに深く動き出す。

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