紡いだ世界
大切な人々を失い、無力感に打ちひしがれた紡。
しかしそこで途絶えることはなかった。
神によって告げられた「ゲームオーバー」の言葉。それは、彼の人生が単なる「転生シミュレーション」であったという事実を突きつけられる。
後悔の中で紡が見つけた、唯一の希望。それは、失われた命を取り戻し、二度と悲劇を繰り返さないという揺るぎない決意。
神から与えられた圧倒的な力――因果を操る能力の真髄を習得し、再びあの世界へと舞い戻る。
これは、二度目の生を歩むことを決めた青年が、失われた絆を再び紡ぎ、宿命に抗い、大切な人々を守り抜く物語。彼が見たのは、希望か、それとも新たな絶望か。繰り返される「日常」の中で、紡は己の全てを賭け、未来を切り開く。
烏賀陽の因果の力が、地下空間を満たした。それは、これまで紡たちが対峙してきた怪異とは比較にならない、純粋な法則の歪み。
彼の背後に展開された巨大な文様は、世界そのものを飲み込もうとするかのように脈動している。
「さあ、因果の終焉を始めよう。全ての不確定要素は、ここで排除される」
烏賀陽の声は、冷たく、絶対的だった。その瞳は、もはや人間としての光を失い、因果の輝きだけを宿している。
紡の腕に刻まれた文様が、心臓が破裂しそうなほど激しく熱を帯びる。全身の血が逆流するような激痛が走った。
烏賀陽の圧倒的な因果の圧力に、紡の存在そのものが押し潰されそうになる。
「ツムくん! 響! 落ち着いて!」
朔月の声が響く。彼女は、因果の歪みに抗いながら、必死に因果の糸を紡ぎ、烏賀陽の術式をわずかに攪乱しようとする。
だが、その糸は触れた途端に弾かれ、朔月の顔に絶望の色が浮かんだ。
「凪ちゃんに近づくな、この野郎!」
響が咆哮した。彼は「隠密気配」を極限まで高め、烏賀陽の視界から完全に消える。そして、因果の力を込めた拳を烏賀陽の死角から叩き込む。
しかし、烏賀陽の体は因果の力によって硬質化しており、響の渾身の一撃は、まるで岩に当たるように弾かれた。
「無駄だ。お前たちの力など、この『因果の再構築』の前では無力に等しい」
烏賀陽は冷酷に言い放つと、因果の刃を生成し、響へと振り下ろした。
「響!」
紡は叫んだ。身体の痛みと引き換えに因果の力を爆発させ、烏賀陽と響の間に割り込む。
因果の文様が掌に光り、烏賀陽の刃を受け止める。ガキン、と因果がぶつかり合う音が空間を揺るがした。
「ぐっ……!」
紡の腕から、鮮血が滴り落ちる。文様が、より深く、よりおぞましく彼の皮膚に刻まれていく。彼の命が、因果の『錨』として消費されていくのが分かった。
「なぜ……、なぜだ、烏賀陽さん! なぜこんなことをする!」
紡は、痛みに耐えながら問い詰めた。烏賀陽の瞳に、わずかな感情の揺らぎが見えた。
「……これは、この世界のためだ。不確定な怪異に脅かされ、愚かな感情に振り回される人間は、秩序を乱す。私は、全てを支配し、完璧な世界を創造する」
烏賀陽は、黒木教授の言葉を借りるように言った。その声には、確かに教授の思想の残滓が感じられた。
「教授は、その崇高な理想を語るだけで、実行する覚悟がなかった。だから私が、その役割を継ぐ」
烏賀陽は、再び因果の刃を紡に突きつけた。その力は、先ほどよりもさらに増している。
「杜野。お前の能力は、因果の根源に最も近い。だからこそ、私の『再構築』の邪魔になる。ここで消えてもらう」
紡は、朔月と響を見る。二人は、因果の歪みの中で、懸命に自分を支えようとしてくれている。そして、結の笑顔が脳裏に浮かんだ。
彼女の未来を、こんな混沌とした世界に残したくない。
(――俺が、止めるんだ)
紡は決意した。自身の命の全てを、この一撃に込める。
「――『掌理万象・縁』」
紡の口から、掠れた声で、真の名が紡がれた。それは、彼の能力の真の姿。生命を代償に、因果を完全に束縛し、封印する究極の術式。
紡の身体の文様が、激しい光を放ち始めた。それは、彼の身体を内側から焼き尽くすかのような、おぞましい輝きだった。
因果の力が、制御不能なまでに暴走し、紡の全身を蝕んでいく。
「ツムくん!? やめて! それ以上は……!」
朔月の悲痛な叫びが響いた。響の瞳には、かつて朔月を襲った怪異を前にした時のような、絶望の色が浮かんでいた。
だが、紡は止まらない。彼は、自らの存在そのものを因果の『錨』とし、烏賀陽の展開する因果の術式へと突っ込んだ。
「お前なんかに、世界を変えさせない!」
紡の叫びが、地下空間に木霊する。彼の身体から放たれる因果の光が、烏賀陽の展開する巨大な文様を、内側から破壊し始めた。
「馬鹿な……!? この私が、こんな『不確定要素』に……!」
烏賀陽の顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。彼の因果の術式が、紡の命を削る『錨』によって、音を立てて崩れていく。
激しい光と音、そして因果の激流が、地下空間を覆い尽くした。朔月と響は、その圧倒的な因果の奔流に押し流されまいと、必死に身体を支える。
やがて、光が収束し、音が止んだ時。
そこには、もう烏賀陽の姿はなかった。彼の因果の術式は完全に破壊され、存在そのものが消滅したかのように思えた。
しかし、同時に、紡の姿もなかった。彼がいた場所には、因果の文様が焼き付いた、焦げ付いた地面と、微かに残る血の跡だけが残されていた。
まるで、最初からそこに存在しなかったかのように――紡は、因果の『錨』となり、世界を救うために、その命と存在の全てを捧げたのだ。
「ツムくん……?」
朔月の声が、震えた。彼女の瞳から、大粒の涙が溢れ落ちる。響は、ただ呆然と、紡が消えた場所を見つめていた。
その顔には、怒りや憎しみではなく、ただ深い悲しみと、無力感が刻まれている。
因果の歪みは収まった。街に怪異の兆候はなくなった。しかし、世界は、紡という存在を失った。彼の犠牲によって得られた平和は、あまりにもほろ苦いものだった。
朔月と響は、残された人々を守るために、絶望と悲しみを胸に抱きながら、再び歩み始めるしかなかった。
意識が覚醒した時、紡は再びあの白い空間にいた。
上下も前後もなく、ただ純粋な白に包まれた、無限の場所。
目の前には、前回と同じように、光の粒子が凝縮されたような存在――神が浮かんでいた。
「……また、君か」
神の声は、相変わらず無機質で、感情を読み取れない。
「……ここは……」
紡は、自身の身体に触れる。痛みはない。まるで、現実の肉体とは別の、半透明の存在になったかのようだった。
「お前が求めた『世界の救済』は、果たされた。代償として、お前の存在は、あの世界から完全に消滅した」
神は、淡々と紡に告げた。
「俺は……また死んだのか」
紡は、空虚な気持ちで呟いた。だが、悲しみはあまり感じない。全てを出し尽くした、という清々しさすらあった。
「そうだ。そして、その結果は……」
神の周囲の光が、わずかに揺らぐ。
「……出来損ないのゲームだったね」
神の声に、わずかな失望のような響きが混じった。
「出来損ない、とは……」
紡は、眉をひそめた。
「そうだ。2回目の転生前に言っていたバグというのは、どうやら君の事だったようだ」
「君の存在と行動自体が、私が用意していなかった、バグの存在そのものだったという訳だ」
神は、全てを見透かすように言った。
「君という最大級の『不確定要素』が消滅したことで、世界は再び停滞へと向かうことになった」
「そして、君が救った世界も、いずれは再び怪異に侵食される。何のひねりもない、退屈な結末だ」
神は、冷酷なまでに紡の犠牲を否定した。紡の命を賭けた選択も、神にとっては、ただの「ゲームの結末」に過ぎなかったのだ。
紡は、神の言葉に言い返すことができなかった。確かに、世界は完全に平和になったわけではない。怪異の脅威は残る。
自身の犠牲は、神が望むような「新たな秩序」を生み出さなかった。
「君は、与えられた能力の真髄を理解し、私を楽しませるかと期待したが……残念ながら、私の想像を超えることはなかった」
神は、そう言うと、紡から興味を失ったかのように、光の粒子が揺らぎ、再び元の姿に戻っていく。
「だが……」
紡は、神に向かって声を上げた。
「俺は、後悔していない!」
紡の言葉に、神の光がわずかに停止した。
「俺は、俺が守りたかったものを、守り抜いた。俺が大切にしたかった人たちを、守れた!」
「それは、あんたの『ゲーム』のためじゃない。俺自身の意志で、そうしたんだ!」
紡の言葉には、確固たる意志が宿っていた。彼の行動は、神の思惑とは全く関係なく、彼自身の感情に基づいていたのだ。
神は、その紡の言葉に、何も答えない。ただ、静かに光の粒子となって、紡の視界から消えていく。
白い空間には、再び紡だけが残された。
彼の犠牲は、神にとっては「出来損ないのゲーム」の結末だったのかもしれない。
だが、紡にとって、それは間違いなく、彼自身の選択であり、彼なりの「最高の終わり方」だった。
無限に広がる白い空間で、紡の意識は、ゆっくりと溶けていく。
彼の魂が、次なる「ゲーム」の始まりへと誘われるかのように。
――終わり
てとまるです。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
本話が最終話となります。最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
バタバタッと畳んでしまう形になってしまい、大変申し訳ございません。
処女作にしては、序盤は割と展開の幅を用意する事が出来たのですが、中盤辺りから中々うまくいかず、
正直、書いていて辛くなる部分もありました。
このまま頻度をもっと落として、じっくり書いても良いのですが、惰性で続けてしまうのも違うな、と
考えたため、ここでお話を終わりにさせることにしました。
もう少し、私自身に力があれば良かったな、と後悔ばかりです。
もしかしたら今後、IFストーリーを書くかもしれませんが、一旦は紡の転生人生の幕引きになります。
最後に改めてとはなりますが、ここまでお読みくださった方、なんとなく読んでくださった方、
本当にありがとうございました。




