黒幕 ト 真相
大切な人々を失い、無力感に打ちひしがれた紡。
しかしそこで途絶えることはなかった。
神によって告げられた「ゲームオーバー」の言葉。それは、彼の人生が単なる「転生シミュレーション」であったという事実を突きつけられる。
後悔の中で紡が見つけた、唯一の希望。それは、失われた命を取り戻し、二度と悲劇を繰り返さないという揺るぎない決意。
神から与えられた圧倒的な力――因果を操る能力の真髄を習得し、再びあの世界へと舞い戻る。
これは、二度目の生を歩むことを決めた青年が、失われた絆を再び紡ぎ、宿命に抗い、大切な人々を守り抜く物語。彼が見たのは、希望か、それとも新たな絶望か。繰り返される「日常」の中で、紡は己の全てを賭け、未来を切り開く。
響との一件、そして朔月の隠された過去を知った夜から、紡の心には新たな感情が芽生えていた。
朔月の笑顔の裏にあった深い傷と、響のシスコンの根源にある純粋な守護の感情。それらが紡の胸に、かつてないほどのやるせなさと、同時に強い守護の念を灯した。
翌日、彼の足取りは、いつにも増して力強く、迷いはなかった。
しかし、管理局の空気は、それとは対照的に重く淀んでいた。半年に及ぶ怪異の捜索は、依然として膠着状態にあり、決定的な手掛かりは一つも見つからない。
まるで、見えない壁に阻まれているかのようだった。局員たちの間には、疲労と焦りが蔓延し、互いの顔に疑念の色がよぎる。
(やはり、内通者がいるのか……?)
紡の胸に、確信にも近い疑念が募る。全局員に情報共有したことが、裏目に出たのかもしれない。
記憶改変は成功したはずなのに、それでも奴らは管理局の動きを察知している。
記憶改変自体が失敗だったのか、あるいは、因果操作の影響を受けない存在が局員の中にいるのか……。様々な可能性が頭を巡る。
その日、石凝室長から緊急の招集がかかった。会議室に集まった局員たちの顔は、皆一様に硬い。
石凝は、いつもの冷徹な表情で、一枚の写真をスクリーンに映し出した。そこに写っていたのは、焼け焦げた壁に残された、おぞましい文様だった。
「昨日未明、市街地のはずれで、大規模な因果の歪みが確認された。現場に急行した者からの報告だ。これを見てほしい」
石凝は、冷静な声で説明を続けた。
「この文様は、これまでの怪異発生現場で確認されたものとは、性質が異なる。より複雑で、より悪質だ。そして……これは、因果を完全に書き換えることを目的とした、高位の因果操作術式で用いられるものと推測される」
スクリーンに映る文様を凝視しながら、紡の胸に妙な既視感が走る。どこかで見たことがある。だが、それがどこなのか、どうしても思い出せない。
その時、石凝の視線が、スッと紡に向けられた。
「杜野。お前はこの文様に見覚えがあるな」
「お前の能力を使った際に、右腕に浮かび上がるものと酷似している」
石凝の言葉に、会議室の空気が一瞬で凍り付いた。ざわめきが起こり、全ての視線が紡に集中する。
紡の心臓が、ドクンと大きく鳴った。まさか、自分の因果の文様が、敵の術式と関連しているというのか? 頭の中が真っ白になる。
「偶然の一致か、あるいは……」
石凝はそれ以上は言わず、意味ありげに紡を見つめた。紡は、言葉を発することができなかった。
その直後、石凝は本題に戻った。
「いずれにせよ、これはこれまでとは次元の違う脅威だ。奴らは、因果の法則そのものを歪めようとしている」
「このまま放置すれば、この街どころか、世界そのものが変容するだろう」
石凝の言葉は、会議室に重く響き渡った。
会議が終わると、紡はすぐに自室へ戻った。石凝の言葉が、脳裏を巡る。自分の能力発動時に現れる文様と、敵の術式が酷似している。
その意味することが、紡の心を深く苛んだ。もし、自分の能力が、怪異を生み出す存在の術式に似ているとしたら――。不安が募る。
その日の夜遅く、再び紡の部屋のドアがノックされた。開けると、そこに立っていたのは響だった。
普段の生意気な口調とは違い、どこか落ち着いた、しかし鋭い眼差しをしていた。
「おい、杜野。お前の顔色、最悪だぞ」
響はそう言うと、紡の返事を待たずに部屋に入ってきた。カイは、響の来訪に一瞬警戒したものの、すぐに慣れたように足元に擦り寄った。
「何しに来たんだ?」紡は、警戒を解かずに尋ねた。
「……お前が考えてることくらい、丸わかりだよ。管理局に、内通者がいると疑ってるんだろ」
響の言葉に、紡は息を呑んだ。
「どうして……」
「俺の能力だ。誰にも気づかれずに、人の動きを追うことができる。俺の能力は、監視に特化してるからな」
響は、淡々と答えた。その声には、いつもの嫌味は含まれていなかった。
「俺は、お前が凪ちゃんと一緒にいるのが気に入らなくて、ずっとお前を監視してた」
響は、忌々しげに紡を睨む。
「だが、その過程で、管理局内で不審な動きをしている奴がいることに気づいたんだ。そいつが、凪ちゃんに何か危害を加えるようなことがあっては困るからな」
「だから、俺は俺で独自にそいつを追っていた」
響の言葉に、紡の脳裏にあの不審な局員の姿が蘇った。響は、まさかあの時の気配の正体は、自分を監視するためだけでなく、内通者も探していたというのか?
「その能力で……内通者を特定できたのか?」
紡の問いに、響はフン、と鼻を鳴らした。
「ああ。ある程度の確証は掴んだ。そいつは、この管理局内で、序列が結構高い奴だ」
響の言葉に、紡は驚愕する。序列が高い人物。それは、まさか……。紡の脳裏に、石凝室長と、そしてもう一人の人物の顔が浮かんだ。烏賀陽。
響は、紡の動揺をよそに、部屋の隅に置かれた一枚の書類を指差した。それは、今日会議で見た、あの奇妙な文様が描かれた写真だった。
「
これだろ? 室長が言ってた、お前の能力の文様と似ているって奴」
響は、文様をじっと見つめていた。その表情には、普段の生意気さとは違う、真剣な探求の色が宿っている。
「この文様は、因果を縛り付ける封印の術式に酷似している。だが、同時に因果を大きく歪ませる負の力も持っている」
「これを作った奴は、因果の真理を深く理解しているか、あるいは……」
響はそこで言葉を切った。そして、紡の顔を真っ直ぐに見つめた。
「……お前の因果の文様が、なぜこれほどまでに奴らの術式に似ているのかは俺には分からない」
「だが、お前がその能力を使うたびに、お前の命が蝕まれていることも、俺には分かるんだ」
響の言葉に、紡の身体が硬直する。自分が意識していなかった、能力の代償。それを響は、因果視とは別の方法で感じ取っているというのか。
「凪ちゃんに近づく奴は許さない。だが、今回の件は、俺たちの力だけではどうにもならない。凪ちゃんを守るためにも、俺はお前に協力する」
響は、そう言うと、紡を値踏みするように見つめ返した。彼の言葉には、シスコンという個人的な感情だけでなく、管理局の一員としての使命感が宿っているように見えた。
翌日、紡は石凝室長に面会を求めた。響から得た情報、そして自身の能力の文様と敵の術式の関連性について、直接確認するためだ。
石凝は、紡の報告を聞くと、初めて明確な動揺を見せた。
「……そこまで掴んでいたか。流石だな、杜野」
石凝はそう言うと、深くため息をついた。そして、重い口を開いた。
「お前が能力を使うたびに現れる文様は、太古の昔、強大な怪異を封印するために使われた『因果束縛の文様』に酷似している」
「だが、その文様は、使う者の生命力を因果の『錨』として消費する。だからこそ、怪異を完全に封じ込める力を持つ」
紡の体に走る衝撃。自分の能力は、太古の封印術と繋がっていたのか。そして、その代償は、まさしく自身の生命力だったと。
「そして、お前が感じていた違和感、そして響の言葉は、恐らく正しい」
石凝は、紡の目を真っ直ぐに見つめた。
「管理局に、内通者がいる。奴は、我々の情報を敵に流し、捜査を妨害していた」
紡は、石凝の言葉を、固唾を飲んで聞いた。誰が内通者なのか。その答えが、今、まさに明かされようとしていた。
「……烏賀陽だ」
石凝の声が、静かな部屋に響き渡る。紡の全身に、戦慄が走った。烏賀陽。いつも優しく、紡の相談にも乗ってくれた先輩。信じられない、という思いが脳裏を駆け巡る。
「烏賀陽は、数年前から行方不明になっている怪異学の権威、黒木教授の弟子だった。そして、彼は黒木教授が提唱していた『因果の再構築理論』に深く傾倒していた」
石凝は、淡々と語り始める。
「黒い着物姿の男の正体は、恐らく、その黒木教授だ。彼は、自身の因果操作能力を極限まで高め、因果の法則そのものを書き換えようとしている」
「そのために、強力な因果の媒体を求めていた」
そして、石凝は、紡にとって最も残酷な真実を告げた。
「そして……結の両親。彼らは、特殊な因果の性質を持っていた。怪異の媒体として、これ以上ないほどに優秀な因果を持つ存在だった」
紡の心臓が、締め付けられるような痛みを覚える。
「黒木教授は、結の両親をバラバラにし、その因果を怪異発生の媒体として利用していた」
「結の因果のノイズが消えたのも、彼女自身の力ではなく、両親の因果が、黒木教授の術式によって完全に消費され尽くした結果だ」
紡は、言葉を失った。結の両親が、そんなおぞましい形で利用されていたなど、想像すらしていなかった。
源蔵の悲痛な願い、そして結が知らない真実の重みが、紡の肩にのしかかる。結は、自身の能力で怪異を退けたのではなく、ただ両親の命が消え去っただけだった。
「烏賀陽は、黒木教授の思想に共鳴し、あるいは何らかの形で脅迫を受けていたのかもしれない」
「だが、彼は教授の計画の実行犯として、長年管理局内部で暗躍していた」
石凝の言葉は、紡の心に重く響いた。信頼していた先輩の裏切り、そして、結にまつわるあまりにも悲惨な真実。
「黒木教授の目的は、因果の法則を完全に掌握し、世界を自身の意のままに作り変えることにある」
「彼は、因果の力を利用し、世界から全ての『不確定要素』を排除しようとしている。その『不確定要素』の中には、怪異だけでなく、人間の感情や自由意志も含まれる」
石凝は、冷徹なまでに真実を紡に突きつけた。黒木教授は、完璧な、しかし人間性のない世界を創造しようとしているのだ。
「もう時間がない。奴らは、因果の法則を完全に掌握するための最終段階に入った」
「次なる大規模な因果の歪みが発生する場所が、奴らの拠点であり、最終決戦の場となるだろう」
石凝は、紡の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「杜野。お前の能力は、奴らの因果操作に対抗し得る唯一の力だ。だが、その代償は、お前自身が知っての通り、お前の生命だ」
石凝の言葉は、紡に選択を迫っていた。この世界を救うために、自らの命を捧げるのか、と。
紡は、石凝の言葉を静かに聞いた。胸には、朔月の悲しい過去、響の守ろうとする想い、そして何より、無邪気に笑う結の顔が浮かぶ。彼が守りたいもの。そのために払う代償。
紡の視界の端で、手の甲に薄く浮かび上がる文様が、チリ、と痛んだ気がした。それは、彼自身の命の砂時計のように見えた。
その日の夜、紡は自室で静かに座っていた。昼間の石凝室長の話が、頭の中をぐるぐると回る。
烏賀陽の裏切り、黒木教授の真の目的、そして結の両親の悲劇。あまりにも重い真実に、紡の胸は押し潰されそうだった。
そして、何よりも、自身の能力が持つ『代償』の重さ。
コンコン、と控えめなノック音がした。朔月だった。
「ツムくん、大丈夫? 室長の話、聞いたよ」
朔月は、いつもの明るい笑顔の中に、どこか心配そうな色を滲ませていた。紡は、言葉を失い、ただ頷くことしかできない。
朔月は、紡の隣にそっと座った。そして、静かに話し始めた。
「私ね、今日、実家に行ってきたんだ」
紡はハッとして朔月を見た。朔月は、寂しそうに微笑む。
「両親に、言ってきたの。『もう、二度と私に指図しないで』って。調査員になったのは、確かに給付金目当てって言われたからだけど……」
「でも、今、私は自分の意思でここにいる。この街を、みんなを守りたいから、戦ってるんだって」
朔月の声には、揺るぎない決意が宿っていた。
「ずっと言えなかったんだ。あんな言葉を浴びせられて、それでも『家族』って思わなくちゃいけないって、自分を縛り付けてた。でも、もう違う」
朔月の瞳は、悲しみを湛えながらも、強い光を放っていた。それは、過去の自分と決別し、前に進もうとする彼女の覚悟の証だった。
「ツムくんが、私の過去を知ってくれて、響も私を守ろうとしてくれる。だから、もう大丈夫。私は、一人じゃない」
朔月は、紡の顔を見上げて、真っ直ぐに言った。その言葉は、紡の心に温かい光を灯した。
彼女は、あの悲劇的な過去と、歪んだ家族の鎖を、ついに断ち切ったのだ。
その時、突然、部屋の窓が静かに開いた。音もなく、そこに響が立っていた。
「凪ちゃん、大丈夫だった……?」
響は、朔月の顔を心配そうに覗き込む。彼もまた、朔月が実家に行ったことを察し、不安になって様子を見に来たのだろう。朔月は、響の頭を優しく撫でた。
「うん、もう大丈夫だよ。ありがとう、響」
朔月の言葉に、響の顔に安堵の表情が広がる。そして、彼の視線が紡に向けられた。
「おい、杜野」
響は、いつもの生意気な口調に戻っていた。
「烏賀陽先輩が内通者だと? そして、黒木教授が結とかいう子の両親を……」
響の言葉が途切れる。彼の表情は、激しい怒りに染まっていた。
「俺は、あいつを絶対に許さない。絶対にぶっ潰す」
響の瞳には、因果操作の能力者である彼にしか見えない、復讐の炎が燃え盛っていた。
シスコンという個人的な感情だけでなく、純粋な怒りと正義感が、彼を突き動かしていた。
「凪ちゃんは、俺が守る。そして……お前も、ここで死ぬなよ、杜野」
響は、そう言うと、再び音もなく窓から姿を消した。彼の言葉は、紡の胸に深く刻み込まれた。それは、彼なりの激励であり、そして覚悟の表明だった。
紡は、朔月と響の言葉に、決意を新たにした。自身の命を賭してでも、この世界を守る。そして、何よりも、大切な人々を守る。そのために、彼は戦うのだ。
紡の手の甲の文様が、じん、と熱を帯びる。それは、因果の力を完全に解き放つための、カウントダウンの始まりを告げるかのようだった。
てとまるです。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
事態が急転してきました。いよいよ何かが終わりを迎えるかもしれません。
次回をお待ちいただけると幸いです。
それでは、よろしくお願いいたします。




