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改変 ト 影

大切な人々を失い、無力感に打ちひしがれた紡。

しかしそこで途絶えることはなかった。

神によって告げられた「ゲームオーバー」の言葉。それは、彼の人生が単なる「転生シミュレーション」であったという事実を突きつけられる。


後悔の中で紡が見つけた、唯一の希望。それは、失われた命を取り戻し、二度と悲劇を繰り返さないという揺るぎない決意。

神から与えられた圧倒的な力――因果を操る能力の真髄を習得し、再びあの世界へと舞い戻る。


これは、二度目の生を歩むことを決めた青年が、失われた絆を再び紡ぎ、宿命に抗い、大切な人々を守り抜く物語。彼が見たのは、希望か、それとも新たな絶望か。繰り返される「日常」の中で、紡は己の全てを賭け、未来を切り開く。

 室長室に再び静寂が戻ると、源蔵は石凝と紡に深々と頭を下げた。

彼の眼差しは真剣そのもので、そこに揺るぎない覚悟が宿っているのが見て取れた。源蔵の手は、祈るように胸元で握りしめられている。


「石凝さん、杜野くん。今お話しした、この件については、何があっても、結にはどうか、何も伝えないでください。あの子には、何としても穏やかな日常を過ごさせてやりたいのです」

源蔵の声は、祈るようだった。愛する孫を、これ以上悲しませたくないという、切実な願いが込められている。その言葉の端々には、深い悲哀が滲んでいた。


 石凝は、静かに頷いた。彼の表情は変わらないが、その瞳の奥には、源蔵の願いを受け止めるという、わずかな光が宿っているように見えた。


「承知した。この件は、管理局の機密情報として扱う。外部に漏らすことはない。あなたも、決して口外しないように」

石凝の言葉は簡潔だったが、その中に含まれる信頼と重みに、源蔵は深く安堵したようだった。

彼の肩から、目に見えない重荷が下ろされたかのように、わずかに力が抜けた。


 部屋を出る去り際、源蔵は再び紡の元へと歩み寄った。

彼は、紡の手を強く握り、その目に感謝の念を込めて語りかけた。源蔵の手は、硬く、それでいて温かかった。


「杜野くん。今日は本当に、ありがとうございました。そして、守ると誓ってくれたこと、心より感謝します。どうか、あの子を……どうか、頼みます」

源蔵の言葉には、紡への絶大な信頼と、孫への深い愛情が滲んでいた。彼の潤んだ瞳が、紡の心に強く訴えかける。


 紡は、源蔵のその温かい手に、静かに力を込めて応えた。言葉はなかったが、その握り返す力に、紡の決意が込められているようだった。



 源蔵が部屋を出ていくと、室長室の扉が静かに閉まった。重厚な扉が閉まる音は、まるで外界との繋がりを断ち切るかのようだった。

石凝は、執務机に戻り、腕組みをして紡に視線を向けた。その視線は、紡の思考の奥底を探るかのようだ。


「杜野。あの娘の、ノイズが消失した原因について、どう思う」

石凝の問いかけに、紡は思考を巡らせた。彼の脳裏には、先ほどまで結の周囲に蔓延していた、あの不快なノイズの残滓がちらついていた。


「怪異を払う前までは、確かに感じていました。ですが、室長室に来てから、どうも様子がおかしくて……」

紡はそう言いながら、机の上に置かれていた管理局の資料を改めて視た。それは、結から発せられるノイズの因果的な記録だった。

資料に目を落とすと、やはりそこには、以前と変わらずノイズが発生していることが記されている。


 だが、それはあくまで記録上の話だ。


 紡は、改めて結が座っていた場所へと視線を向け、因果視を凝らした。


「……やはり、ノイズは発生していません。資料には残っていますが、現状では綺麗さっぱり消え去っています」

紡は、石凝へと報告した。彼の声には、困惑の色が隠しきれない。


 ノイズの発生原因、そしてそれが突如として消失した理由。これらが全くの謎となり、室長室には重い沈黙が流れた。

時計の秒針が、カチカチと単調な音を刻む。紡と石凝は、それぞれ黙って考え込んだ。その表情は険しく、互いの思考が交錯しているかのようだ。


 紡が思考の渦中にいる時、ふと、あることに気づいた。まだ、あの森で遭遇した黒い着物姿の男について、石凝に報告していなかった。

あの不気味な存在が、この一連の出来事と無関係であるはずがない。


「室長。先ほどの怪異の発生現場から少し離れた森の奥で、不可解な男と遭遇しました」

紡は、森での出来事を詳細に話し始めた。黒い着物の男の奇妙な言動、因果操作を妨げる強烈なノイズ、そして彼が突如として怪異を生み出し、姿を消したことまで、全てを報告した。

紡の声は、語り進めるにつれて、次第に熱を帯び、怒りと嫌悪に満ちていく。


 それを聞いた石凝の眉間の皺が、一層深く刻まれた。彼の口元が、わずかに引き結ばれる。


「やはり何かしらの組織が絡んでいるのか……。それとも、悪趣味な個人が暗躍しているのか」

石凝は、忌々しげに呟いた。その声には、冷たい怒りが滲んでいる。


「どちらにせよ、そのような存在を野放しにはしておけない。ましてや、怪異を意図的に生み出しているとなれば、看過できる問題ではない」

石凝の言葉は重く、その表情には強い警戒と、解決への決意がにじみ出ていた。


 紡は、今回の経験を通じて、この事態の深刻さを肌で感じていた。この異常な事態を収束させるには、管理局の総力を挙げなければならない。


「室長。俺たち二人だけでの調査では、やはり限界があると思います。この情報を局員全員に共有して、総力で調査すべきでは?」

紡は、石凝に打診した。しかし、石凝の返答は意外なものだった。


「もし、局内にその犯人がいるとしたら、どうする。迂闊に情報を共有すれば、奴の思う壺だ」

石凝の言葉に、紡はハッと息を呑んだ。確かに、その可能性もゼロではない。管理局員の中に、怪異を生み出す者が紛れているとしたら……。

その考えが、紡の背筋を冷やした。


「……万が一、情報が漏洩する可能性を考えれば、迂闊に動くことはできない」

石凝の言葉は、冷徹な現実を突きつけた。


 石凝のその言葉を聞いた瞬間、紡の脳裏に閃きが走った。まるで、暗闇に一筋の光が差し込んだかのようだ。


「室長! 俺の能力は、記憶の因果も操ることができます!」

紡は、興奮気味に言った。声がわずかに上擦っている。


「もし、局員全員を集めて、その場でまとめて記憶の因果を書き換えることができれば……」

「『調査について、既に情報共有が行われている』という認識を植え付けることができれば、犯人に気づかれることなく、全員で調査を進められます!」

彼の言葉に、石凝の目がわずかに見開かれた。その表情に、わずかな驚きと、計算のようなものが浮かぶ。


「そんな芸当が、本当に出来るのか」

石凝は、疑心暗鬼な視線を紡に向けた。常識では考えられないような提案だ。


「おそらく……可能ではあると思います。ただ、これだけ大規模な記憶操作は、まだ試したことがなくて……正直、やってみないと分かりません」

紡の回答には、自信がなかった。未知の領域への挑戦に、不安が拭えないのは当然だ。しかし、彼の瞳には、失敗を恐れない強い意志の光が宿っていた。


「ですが、やらずに次の被害が出るよりは、ずっとマシです。俺に、やらせてください!」

彼の表情は、真剣そのものだった。その覚悟が、石凝の心を動かした。


 石凝は、しばらく沈黙した後、ゆっくりと息を吐いた。彼の腕組みが、わずかに解かれる。


「……分かった。明日の朝、局員を外の玄関前に集める。その場で、お前に話をさせる。やってみろ」

石凝は、紡の提案を了承した。その決断には、彼自身の覚悟と、紡への信頼が込められていた。

石凝の口元に、わずかに笑みが浮かんだように見えたが、それはすぐに消え去った。


「ありがとうございます、室長!」

紡は、深々と頭を下げた。これで、一筋の光が見えた気がした。胸の奥に、確かな希望の光が灯った。



 翌朝、管理局の玄関前には、多くの調査員たちが整列していた。

早朝の澄んだ空気の中、彼らの真剣な眼差しが、これから告げられるであろう事態の重大さを物語っているようだった。


 規律正しく並んだ彼らの姿は、まるで一枚の絵のようだ。その中には当然、烏賀陽や朔月の姿もある。

彼らは、何事かと訝しげな表情を浮かべながらも、指示を待っていた。


 石凝が前へと進み出る。彼の鋭い視線が、整列した局員たちを睥睨した。その存在感だけで、周囲の空気が張り詰める。


「ここ数日、ここ神楽郷における怪異の発生が顕著になっている。そのことについて、あることに気づいた調査員がいる」

石凝の声は、響き渡り、局員たちの間に緊張が走った。彼らの視線が、石凝の次なる言葉を待つ。


「杜野」

石凝が、簡潔に紡を前に呼んだ。


 紡は、皆の視線が自分に集まることに、思わずたじろいだ。人前で話すのは得意ではない。

ましてや、このような大勢の前では。紡は、しどろもどろになりながらも、何とか声を絞り出した。。


「えっと……皆さん、お早うございます。杜野です。えー、その……」

彼の声は、自信なさげに震えている。顔がわずかに赤くなっているのが見て取れた。


 話しながら、紡は背後に回した手で、密かに能力の発動を試みた。意識を集中し、因果の力を束ねる。

彼は、局員全員の記憶の因果を書き換えるという、前代未聞の試みに挑もうとしていた。


 彼らの記憶を操作し、「怪異を意図的に生み出している存在について、既に情報共有が行われている」という認識を植え付けることで、犯人が局内にいる可能性があっても、情報漏洩のリスクを最小限に抑えることができるはずだ。

因果の糸が紡の意志に応えるように、彼の指先から微かに輝き始める。


 書き換えが可能であると判断した、その瞬間――。


 キィン、と耳鳴りのような、微細な違和感が紡の鼓膜を襲った。それは、まるで意識の奥底で、何かが軋むような不快な感覚だった。

同時に、右腕にピリッとする痛みが走る。まるで腱が切れるような、鈍い痛みだ。


 連日の怪異討伐による能力の酷使、そして昨夜の身体強化による因果操作の反動が、今になって彼の肉体に襲いかかってきたのだ。

その痛みは、彼の集中力を削ごうとする。


(くそっ……!)


 このままでは、中途半端な因果操作になってしまい、失敗する。

そうなれば、管理局全体に混乱を招き、取り返しのつかない事態になるかもしれない。


 紡は、全身の力を振り絞り、最後の気力を振り絞って、因果を束ねた。汗が、彼の額を伝って流れ落ちる。

脳裏に、結の笑顔が、源蔵の悲痛な願いが、そしてあの黒い着物の男の憎々しい顔が、次々と浮かび上がる。


(守るんだ……!)


 紡の指先から光が放たれた。それは、彼らの記憶の因果を書き換える、因果の奔流だった。

目に見えない因果の糸が、整列した調査員たち一人ひとりの頭上へと伸び、光の粒子となって彼らの意識へと流れ込んでいくのが、因果視で鮮明に見えた。


 その光は、彼らの瞳の奥に、確かに何かの情報を刻み込んでいくようだった。この因果の奔流こそが、書き換えが成功した何よりの証拠だった。

因果操作を終えた紡は、深く息を吐き出し、声を張り上げた。彼の声は、もはや震えてはいなかった。


「……私たちは、この街を守る者です。そして、怪異を意図的に生み出し、人々を脅かす存在がいることも、既に周知のことだと思います」

紡の視線が、全員を射抜くように巡る。


「そいつは、必ずこの街のどこかに潜んでいます。我々は、その正体を暴き、必ず捕らえる」

「この街に、これ以上の悲しみは許さない。全力を尽くし、必ず奴を追い詰めましょう!」


 彼の言葉は、先ほどのしどろもどろだった声とは打って変わって、力強く、そして確固たる決意に満ちていた。

紡の言葉は、まるで熱い炎のように、彼らの心に灯をともす。


 その言葉に、整列した全員が、まるで呼応するかのように一斉に返事をした。

「おおっ!」


 その声は、朝の空気を震わせるほど力強かった。そして、彼らの間から大きな拍手が巻き起こる。

その拍手は、紡の言葉への共感と、共通の目標への決意の表れだった。何とか成功できたことに、紡は内心で深く安堵した。


 疲労と安堵が入り混じった表情で、紡は小さく息を吐いた。



 話が終わり、解散を告げられた直後、烏賀陽と朔月が紡の元へとやってきた。


「ツムくん、いきなり前に出て、かっこいいこと言うじゃないか〜」

朔月は、ニヤニヤしながら紡の肩をポンと叩き、茶化すように言った。その目には、いつものからかいの色が浮かんでいる。

烏賀陽もまた、面白そうに横で頷いている。彼の口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。


「朔月さん……烏賀陽さんまで……」

紡は、顔を赤らめながらも、内心では安堵していた。彼らが普段通りに接してくれているということは、記憶の書き換えが成功した何よりの証拠だからだ。


 朔月は、笑顔で紡を見上げた。その瞳には、信頼の光が宿っている。

「ま、でも、あれでみんなの意識も高まったんじゃない? 調査、頑張ろうね!」


「はい、頑張りましょう!」

紡は力強く返事をした。朔月の言葉は、紡にとって因果操作が成功したことへの確信を、より強くするものだった。


 その光景を、管理局の建物の中から、ある一人の局員が、冷たく、そしてよく思わない目つきでじっと見つめていた。

彼の顔は、薄暗い廊下の影に隠れて、はっきりと見えない。しかし、その瞳の奥には、好奇心とも敵意ともつかない、不気味な光が宿っている。


 彼は、誰にも気づかれることなく、静かにその場を立ち去った。その足音は、まるで存在しないかのように、ひっそりと消えていった。

てとまるです。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。


紡の能力はとても便利ですね。記憶の改変まで出来るなんて……

その能力で童貞は捨てられるのでは?と考えてしまいますね。


さて、最後の方には何やら不穏な影が見えましたね。

どんな奴なのでしょうか。お待ちいただけると幸いです。


それでは、よろしくお願いいたします。

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