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カミ ト チカラ

今日も今日とて、人生に疲れた社畜がため息から始まる朝。29歳、童貞、彼女なし。

そんな俺のささやかな楽しみは、通勤中にソシャゲのログインボーナスを掻き集めることだ。

実家の心配性な母からの連絡に頭を悩ませつつ、いつも通り満員電車に揺られるはずだった。


だが、その日を境に、俺の日常はカオスへと変貌する。


突如背中を押され、線路へと突き落とされた俺を待っていたのは、まさかの異世界転生と、自らを『神』と名乗るご都合主義な存在だった。しかも与えられた能力は、世界そのものを書き換える『因果律の操作』というチート級。『世界を楽しめ』と一方的に言い放つ神。

静かに暮らしたいという俺の願いは叶うのか? それとも、チート能力を押し付けられ、怪異が跋扈する和風異世界で奔走する運命なのか?


これは、元陰キャ童貞が、不本意ながらも異世界で因果を紡ぎ、

怪異を解決しながら、新たな人生と居場所を見つけていく物語――。


ただし、童貞は継続中かもしれない。

 目が覚めた時、紡は見慣れない白い天井を見上げていた。いや、天井だけでなく空間そのものが白一色だ。

それもよく見る蛍光灯のような白さではなく、ぼんやりと少しだけ懐かしく感じる、温かい光に包まれているようだ。


「……まじか」


 死んだ、と思った。

あの背中を押される瞬間、走馬灯のように駆け巡ったのは、やり残した仕事のこと、溜まった洗濯物のこと…

そして何より、童貞卒業の夢が潰えたことへの無念が紡を襲った。


 まさか、そのまま死んでしまうとは。


 恐る恐る体を起こすと、見慣れない作務衣のような服を着ていた。

死ぬ直前までの堅苦しいスーツとは対照の、肌触りの良い麻のような生地だった。


 腕には点滴の跡もなく、頭もスッキリしている。

むしろ、今まで感じていた肩こりや頭痛、慢性的な倦怠感が嘘のように消え失せ、全身に力が漲っているような清々しさすらある。


 これが死後の世界というものなのか?

いや、だとしたらもっと神聖な雰囲気か、あるいは血と硝煙の匂いがする地獄ような場所を想像していたのだが。

それになんだか妙に身体が軽い。これはまさか魂だけになってしまった…とか?


 ふと視線を上げるとそこには、純白のローブをまとった、息をのむほど美しい女性がこちらを覗き込むようにして座っていた。

きめ細やかな白い肌に、透き通るような青い瞳。絹のような金色の髪が肩まで流れ、その姿はまるで絵画から抜け出してきたかのようだ。

 だが、その完璧な美貌とは裏腹に、紡に向けられた顔には、どこか子供じみた期待と僅かながら尊大な笑みが浮かんでいる。


「あ、起きた? やっぱ寝起きって顔ヤバいよねw」


 その声は、鈴を転がすように美しかった。だが紡の脳裏には、どこか胡散臭い響きが残った。

「あなたは…誰ですか?」


 紡は警戒を滲ませながら尋ねた。どこか現実離れした光景に、まだ頭が追いつかない。

目の前の完璧すぎる美貌が、逆に非現実感を強める。


「あたし?あたしは君を異世界転生させてあげようとしてる神!よろしく~」

満面の笑みで、なんの悪びれもなく言い放つ「神」の言葉に、紡は呆然とした。


「…神様ですか」

紡は眉をひそめ、信じられない、といった表情で呟いた。冗談だろう。頭でも打って幻覚でも見ているのか。

しかし、目の前の「神」は、紡の思考を読み取ったかのように、さらに言葉を続けた。


「まあ、そう疑いたくなる気持ちもわかるよ?でもね君、もうちゃんと死んでるから。マジで。で、あたしが君を選んで異世界に転生させてあげようとしてるの♪」


「なんで俺を? 何が目的ですか?」


「目的?え、それ聞く? だって君さ、異世界転生だよ?めっちゃ嬉しくない?」


 神は自信満々に微笑んだ。紡は頭を抱えた。「嬉しい」? 確かに漫画やアニメで見て憧れたこともあったけど。

まさか、自分がこんな形で巻き込まれるとは。そもそも、こういうのってそいつが願ったら転生できるんじゃないのか?


「あの別に俺、転生したいーとか、人生やり直したいーとか、そういう志とか全然ないんですけど。正直なところ、もう誰にも干渉されずに天国みたいなとこで静かに暮らしたいんですけど」


 紡は積年の不満をぶちまけるように本音を吐き出した。

確かに今までの人生は正直パっとしなかったが、それなりに満足していた。

…童貞なのは除いて。


 神はフッと笑った。


「え~、静かに暮らしたい、か…。でも残念!それはダメ~♪」


「は?」


「君には『もっと楽しんで』もらわないと困るんだから!人生一度きりじゃん? せっかく新たな人生ゲットしたんだから、もっと楽しまなきゃ~♪」


「いや、一度きりって言われても、俺、死んだんですけどね? しかも、俺が望んでもないのにあんたが勝手に連れてきたんでしょ? それで『楽しめ』って、ずいぶん身勝手じゃないですか?」


 紡の言葉に、神は少し頬を膨らませた。まるで駄々をこねる子供のようだ。

「うむむ…確かに君の言う通り、あたしの一方的な都合なのはそうだけど…」

「でもね、君はあのままじゃマジで勿体なかったの!そう…あの…、」


「才能…、そう!君には才能があったんだよ!」


「才能…?」


 紡は首を傾げた。彼の人生に「才能」と呼べるものがあった記憶はない。

せいぜい、仕事がどんなに忙しい時でもギリギリ倒れなかった根性くらいだろうか。


「そうだよ! 君は本来…その…、ものすんごいポテンシャルを秘めてたの!でも、それを活かす機会に恵まれなかっただけ!だから、あたしが最高の舞台と、最高の能力を用意して君を呼んだってわけ!」


 神は自信満々に胸を張った。紡は、あまりの展開に眩暈がしてきた。最高の能力? 最悪の舞台の間違いではないのか。


「あの、だから俺は別にいりませんって、最強の能力とか。むしろ普通の平穏な生活がいいんです。誰にも迷惑かけず、誰からも迷惑かけられずに、人里離れた山奥でひっそり暮らすとか、異世界転生でもそういうのが理想なんですけど」

「それにさっきから口ごもってますけど、もしかして適当言って乗り気にさせようとしてます?」

「ものすんごいポテンシャルって、抽象的すぎるし」


「うっ……。っはぁ~、ほんっっっとうにつまんない男ね」


 その瞬間、先ほどまでの天真爛漫な印象が嘘のように消え失せ、神の声のトーンは一気に低くダウナーな響きへと豹変した。

紡の背筋に冷たいものが走る。


「あのね、言わせてもらうけど。まず君に決定権はないの、分かる?」

有無を言わさぬ威圧感に、紡は無意識に喉を鳴らした。


「あたしが呼ばなかったら君は天国にも地獄にも行けず、無の空間に行くところだったの!みんな天国だの地獄だのあると思っているけど、そんなことないの!もう無!な~んもないの!」

「そこを拾ってあげたの!尋ねるよりまず感謝が先でしょ、普通?」


「え…、あの…、アリガトウゴザイマス…」

紡はどんどん小さくまとまっていく。


「んでもって君を選んだ理由だけど、その無気力さ!達観した人生観!それがどうにもムカつく!だから改心させてやろうと思って」

「若いんだからもっと目標や夢、希望を少しでも持って生きなさいよ!だから変な人に押されて死んじゃうのよ?」


「アッ、ハイ…」

「…でも才能があるって、さっきは…」

紡は小さくなった身体から、振り絞るように声を出す。


「君が言ってたように、乗り気にさせるための嘘に決まってるじゃない。もしかして信じちゃってた?」


「アッ、イエ、ソウデスヨネ…」


 正直少しでも期待していた自分がいたことに恥ずかしくなった。

そんな事よりこの神を名乗る者が、会社の昭和上司のような口ぶりなのが気になったが、紡は言わないことにした。


「ったく、これだから最近の若いやつは…。コホン…」

「と、いうことで!君にはあたしが企画した『転生シミュレーションゲーム』みたいなもので新しい人生を楽しんでもらいま~す♪」

神はそう言って当初の天真爛漫な雰囲気に戻り、悪びれる様子もなくウィンクした。


 転生シミュレーションゲーム?ちょっと待ってくれ、本当に意味が分からない。

…と口答えをしたところで、一方的に押し付けられることは目に見えていた。


「…ワカリマシタ。新シイ人生ヲ楽シミタイト思イマス」

紡は死んだ目で答えた。嗚呼さよなら、のんびりライフ…


「そうこなくっちゃ♪」

「で!せっかく異世界転生するなら、何か能力を授けようと思ってね~…」


 神はそう言うと、紡の右手を優しく取った。すると、紡の視界がにわかに歪み始めた。

白い空間が、まるで水の底から見上げたかのように揺らめき、その表面には複雑な文様が浮かび上がった。

それは、線と線が絡み合い、色とりどりの光を放つ、まるで万華鏡のような光景だった。


「これは……?」


「これこそが、君に与える能力、『因果律の操作者(えにしつむぎ)』だよ」


 神は誇らしげに言った。紡は目を凝らして文様を見た。

空間だけでなく、自身の腕、そして神のローブにも、それぞれ異なる文様が浮かび上がっている。

文様は常に変化しており、鮮やかな色のものもあれば、濁った色のものもある。


「それぞれの文様は、人や物・空間に存在する因果律(いんがりつ)を表してるの。色の鮮やかさは調和を、濁りは争いを。んで、その細かさで因果の強弱を判別できるってわけ!」


 神は説明を続けた。紡は半信半疑で、目の前の文様を見つめた。

確かに、神のローブに浮かび上がる文様は、紡自身の腕に浮かぶ文様よりも遥かに複雑で、鮮やかだ。


「そして、君にはこの因果の文様を操作する力があるの!」

そういうと神は、まるで舞を踊るかのような所作でウキウキと話し出した。


「筆を使えば因果を『修正』して、歪んだものを直したり途切れたものを繋げたり出来る!」

「例えば街で出会った知らない女の子と、知り合うことが出来たりもしちゃう!」


「こっちの扇子を使えば因果を『断絶』して、いらないものとかヤバいものを切り離せる!」

「嫌いなあいつとエンガチョー、したい時とか!」

「それでね!一番ヤバい操作として、何もないところに筆で文様を『創造』することも可能よ。これマ・ジ・で!チート級だから!」


 神は説明を終えると、目を輝かせながら紡に迫った。

しかし、当の本人は呆然としている。とんでもない能力だ。まるで世界の法則そのものを弄ぶような。


「能力があまりにもチート過ぎて理解が…」

「…それに俺なんかが、こんなとんでも能力を制御できる自信もないし、そもそも何にどうやって使うんですか?」


「心配ないって! 使い方はやってるうちにわかるでしょ♪それに、君には特別アイテムも用意してあるし!」

神が指を鳴らすと、紡の傍らに古びた筆と、美しい模様が描かれた扇子が宙に現れた。


「これが君の相棒となる筆と扇子よ。初回限定ログインボーナスみたいなもんだから無くさないようにしてね?」

「でね、ここからがチョー大事!能力にはデメリットがあるの。」

神はそういうと、どこからともなく小さな黒板を出し、絵を描いて図解し始めた。


「筆で大規模な操作とか創造とかすると、君の右腕に和彫りのような痣が浮かび上がるの。それが因果操作の痕跡で、増えすぎるとヤバいことになるから気をつけてね♪」

神は紡の右腕に視線を向けた。見ると、確かに腕の皮膚の下に、薄く墨絵のような模様が透けて見えた。


「それと、因果の文様を無理やりねじ曲げすぎると、世界に『歪み』が生じて思わぬ反動が君自身とか周りに来ちゃう可能性もあるから!新たな因果が発生したり望まない結果になったり…最悪の場合、世界が崩壊する~とかありえるから、使い方だけは注意してね♪」


 紡は頭を抱えた。能力の理解もそうだが何より…

「あの…」


「ん?どしたー?質問?トイレ行きたい?」


「いや…絵、下手すぎじゃねっすか?」



 紡は神の説明を改めて自分の中で反芻した。

とりあえず分かった事として、何にでも使える万能な能力である事、使った後は痣が出来る事。

そして無理に使うと最悪場合は世界が滅んでしまう事…


「あの、この能力使わずに、ずっと寝ててもいいですか?」

紡が真顔で尋ねると、神はダウナーな表情でこちらを睨んだ。


「あ?何?聞こえなかった気がすんだけど、もう一回言ってみ?」


「イエ、ナンデモナイデス」

どうやらこの神に逆らうことは不可能だと悟り、紡は絶望した。


「全く…あぁそうそう、君が転生する世界はちょっと…いや、かなり『ヤバめ』な場所にしてみたんだ♪」

「あたしがあげたその能力、マジで役に立つと思うよ♪」


 神はそう言って、あっけらかんと笑った。

その言葉に背筋に冷たいものが走るのを感じた。ヤバめな世界…役に立つ…嫌な予感しかしない。


「…ちなみに、もし俺が頑張らなかったらどうなるんですか?」

紡は最後の抵抗とばかりに問いかけた。


 神はニヤリと笑った。


「ふふ……。そうね。もし君があたしの期待に応えられなかったら、とびっきりの罰ゲームを用意してあるわ。まあ、その方が君も『楽しむ』でしょ?」


 紡は身震いした。この神の「楽しむ」は、彼にとっての「苦痛」であるに違いない。


「……わかりましたよ。やります。やればいいんでしょ」

紡は諦めてそう答えた。どうせ逃げられないのなら、せめて最小限の被害で済ませたい。


「よろしい♪ じゃあ、準備はいいかしら、杜野紡くん」


 神がそう言うと、突如浮かび上がった文様が、まるで波紋のように広がっていった。

文様は空間全体を覆い尽くし、紡の視界は真っ白な光に包まれた。

てとまるです。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。


ついに始まる異世界生活

――の前に紡は神と出会い、能力を得ました。

この能力でどこまでやれるのか、それはまだ僕にも正直分かりません。


次回でどんな異世界生活が待っているのか、紡はどうなっていくのか。

次作までお待ちいただけると幸いです。


また、前回書き忘れたのですが、主人公である紡くんの容姿は作者側ではある程度決めてありますが、明記はしません。

皆様の中で紡くんを作り上げ、読み進めて欲しいと思っております。


それでは、よろしくお願いします。

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