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Fw:イセカイ ト 初めて

大切な人々を失い、無力感に打ちひしがれた紡。

しかしそこで途絶えることはなかった。

神によって告げられた「ゲームオーバー」の言葉。それは、彼の人生が単なる「転生シミュレーション」であったという事実を突きつけられる。


後悔の中で紡が見つけた、唯一の希望。それは、失われた命を取り戻し、二度と悲劇を繰り返さないという揺るぎない決意。

神から与えられた圧倒的な力――因果を操る能力の真髄を習得し、再びあの世界へと舞い戻る。


これは、二度目の生を歩むことを決めた青年が、失われた絆を再び紡ぎ、宿命に抗い、大切な人々を守り抜く物語。彼が見たのは、希望か、それとも新たな絶望か。繰り返される「日常」の中で、紡は己の全てを賭け、未来を切り開く。

 ゆっくりと瞼を開ける。最初に視界に飛び込んできたのは、古びた木目の天井だった。

微かに埃っぽい、そしてどこか懐かしい畳の匂いが鼻腔をくすぐる。かつて自分が初めて転生し、目覚めたあの小さな畳の部屋。

まさか、本当にここから始まるのか、と紡は半信半疑だった。


 紡はそっと上体を起こし、軋む畳の音に耳を澄ませながら周囲を見回した。

部屋の隅には使い込まれた箪笥と、年代物の文机が置かれ、その上には読みかけらしき古びた本が積み重ねられている。簡素ながらも生活の温もりが感じられる空間だった。

窓からは、柔らかな陽光が障子越しに差し込み、室内に穏やかな光の帯を描いている。


 全てが、一周目の始まりと寸分違わず同じ光景だった。まるで、あの血と硝煙に塗れた地獄のような日々が、全て悪夢でしかなかったかのように。


 胸中に広がる、しかし抑えきれない不安を抱きながら、紡は音を立てぬよう慎重に窓へと歩み寄った。

古い木枠の窓をゆっくりと開け放つと、夏の終わりを告げるような生温かい風が頬を撫でる。

目に飛び込んできたのは、見慣れた瓦屋根の家々が連なる町の風景、遠くに見える、いつもと変わらぬ山の稜線、そして、どこからか聞こえてくる商店街の賑やかなざわめきと、人々の活気ある声。


「……ッ!」

その瞬間、紡の瞳から、止めどなく熱いものがこぼれ落ちた。見たことのある景色。

そのあまりにも当たり前すぎる、平穏な光景に、安堵と、そして胸の奥底から込み上げる言葉にできないほどの感動が同時に押し寄せたのだ。


 本当に、戻ってきた。あの絶望の淵から、あの惨劇から、再びこの穏やかな日常へと。


 だが、その安堵の裏側で、あの血に塗れた光景が鮮烈に脳裏に蘇る。

怪異に蹂躙され、崩れ去った石凝室長の肉体。烏賀陽の、消えゆく命の光を宿した瞳。朔月の、悲しみに満ちた、懇願するような眼差し。そして、カイの、愛する家族を守ろうと命を賭して上げた最後の咆哮。

それらは、決してただの夢などではなかった。彼らが命を落とした現実は、確かに存在し、紡の心に深い傷跡を残していたのだ。


 紡は、震える手で固く拳を握りしめた。今度こそ、今度こそは、あの悲劇的な未来を変える。あの無力な自分とは、もう違う。

そのためには、まず状況が本当に一周目と同じなのかを、この目で確かめる必要があった。彼の心は、焦燥と、かすかな期待、そして確かな使命感で脈打っていた。


「……確かめないと。全てが、本当に同じなのかを……」

一周目の記憶を頼りに、紡は身支度を整え、部屋を後にした。彼の足は、まるで誰かに導かれるかのように自然と、見慣れた道を辿り始める。


 活気あふれる商店街の喧騒を通り過ぎ、やがて人通りがまばらになった細い路地へと足を踏み入れた。

アスファルトのひび割れた裏通り。記憶通りの寂れた風景が続く。


 そして、その先に。

「……いた!」


 彼の視線の先にあったのは、打ち捨てられたように佇む、ボロボロになった小さな祠。

そして、その祠からどす黒く滲み出る瘴気に、必死に低い唸り声を上げながら吠え続けている、見慣れた毛並みの犬がいた。間違いない。カイだ。


 カイは、その小さな体躯で、祠から這い出てこようとする不吉な気配に向かって、小さな体を震わせていた。

その姿は、一周目と寸分違わず同じで、紡の記憶と完全に合致していた。紡は、その光景を目にした瞬間、安堵と胸を締め付けるような切なさに、膝から崩れ落ちた。


「カイ……! お前、本当に……!」

込み上げる感情を抑えきれず、紡の瞳から、再び熱い涙がとめどなく溢れ出した。本当に、本当に同じだ。

あの時の絶望も、無力感も、全てを乗り越えて、またこの光景を、この出会いを迎えることができた。


 カイは、突然目の前で泣き出した紡に、不思議そうな顔で首を傾げた。普段、人間がそこまで感情を露わにすることはないからだろう。

クン、と鼻を鳴らし、紡の顔を心配そうに覗き込む。


「ん?……なんだよ、カイ。別に、泣いてねぇよ」

紡は、必死に涙を拭いながら、震える声でカイに笑いかけた。鼻の奥がツンとし、滲む視界の先でカイの顔が揺れる。

カイは、それでも訝しげな顔をしていたが、紡がそれ以上気にしないように努めると、再び祠の方へと意識を向け、警戒の唸り声を上げた。


「……よし」

紡はゆっくりと立ち上がった。もう大丈夫だ。この状況を、この邂逅を、確実に乗り越えられるという確信が、彼の全身に満ち渡った。


 彼は迷わず、怪異とカイの間に割って入る。祠から這い出てこようとする、おぞましい形をした黒い影。

それは、闇そのものが凝り固まったような、粘着質で不吉なオーラを放っていた。


 一周目では、この怪異に得体の知れない恐怖を感じ、与えられた能力を分からないながらも必死に振るい、そしてカイを助け、お守りを得た。


 だが、今は違う。


 紡は、あの純白の空間で神と練習した通り、右手の指をスッと二本立てた。もう、あの筆や扇子といった武具は必要ない。神経を集中させる。

彼の目には、黒い瘴気を構成する因果の文様が、まるで立体映像のように鮮明に浮かび上がった。複雑に絡み合った無数の線が、不規則な模様を描いている。


掌理万象(しょうりばんしょう)

紡は、心の中で静かに唱える。彼の指先から、目に見えない力が放たれた。空間の因果が、彼によって書き換えられる。

黒い瘴気を構成する線が、パチリ、パチリと音を立てて断ち切られていく。まるで、織物が解けるかのように、不気味な怪異の輪郭が歪み始める。


「……消えろ」

紡の言葉と共に、怪異の姿が、まるで水に溶けるかのように、あっという間に霧散した。一切の抵抗も許さず、完全に消滅したのだ。


 カイは、目の前で瞬時に起きた現象に、驚いたように目を丸くしている。その姿に、紡は小さく笑った。

これほどの力を、一周目から持っていたというのか。改めて、自分の能力の圧倒的な強者感を実感する。


 怪異が消滅した祠の足元には、一周目と同じように、古びたお守りが落ちていた。それは、どこか神秘的な輝きを放っているように見える。

紡はそれを拾い上げ、ポケットにしまう。肌に触れるお守りの感触が、彼の心を落ち着かせた。


「よし……これで、代償の心配も、少しは減るな」

お守りが持つ、能力の代償を軽減させる効果。それを手に入れたことに、紡はもう一つ、深く安堵のため息をついた。これで、準備は整った。

物語は、彼の意図した通りに進み始めている。


 紡は、呆然と立ち尽くすカイに向き直った。カイはまだ、紡の行動を理解しきれていないようだ。


「カイ、大丈夫か? さあ、行くぞ」

紡は、当たり前のようにカイに話しかけた。一周目と同じように、彼を連れて管理局へ向かうつもりだった。

しかし、カイは紡の言葉を理解できていないのか、小首を傾げるばかりで、その場から動こうとしない。


「……ああ、そうだ。そうだったな」

紡は、苦笑した。だが、その表情は優しい。彼らの記憶はリセットされている。紡以外の、全ての人々の記憶が。

一周目の自分とカイの間にあった絆は、今、ここには存在しないのだ。


「ごめんな、カイ。そうだよな、まだ覚えてないよな」

紡は、膝を折ってカイの目線まで降りると、その毛並みを優しく撫でた。

カイは、その手の温かさに、警戒心を解いたように目を細め、気持ちよさそうにしている。手を止めると、もっと撫でてほしいとでも言うように、小さな体で擦り寄ってきた。


「もう一度、聞くよ。カイ、俺と一緒に来てくれるか?」

紡は、語りかけるように、再びカイの頭を撫でる。


「お前は、カイだ。俺が、カイと名付けた。俺の、家族だ」

紡の言葉に、カイは嬉しそうに尻尾を勢いよく振った。その瞳は、信頼と喜びで輝いている。

一周目と同じ、いや、それ以上に深く温かい絆が、今、この場所で再び紡がれるのを感じた。


「ワン!」

カイは、元気よく吠えると、紡の足元に擦り寄った。その姿に、紡の心は温かさで満たされた。

失われたはずのものが、確かにそこにあった。この出会いを守れたこと、この命を守れたこと。それだけで、紡の心は救われる思いだった。



 カイを連れ、紡は管理局へと向かった。裏通りの寂れた空気が、徐々に賑やかな町の息吹へと変わっていく。見慣れた道を歩く。

記憶通りの景色が、懐かしさと、そして確かな現実を紡ぎ出す。道行く人々の、何気ない笑顔。それが、紡には、何よりも尊いものに思えた。


 管理局の堂々とした入り口に差し掛かると、一周目と同じように、恰幅の良い警備員が、カイの頭を優しく撫でた。

「おや、こんなところで迷い犬ですか。珍しいですね」


 警備員の言葉に、紡は内心で深く頷いた。やはり、全てが同じシチュエーションで進んでいる。

この確信が、彼の心を落ち着かせ、同時に、これから起こるであろう事態への覚悟を促す。もう、あの時のように焦る必要はない。

全ては、彼の掌の中にある。


 局の奥からは、聞き覚えのある会話が、廊下に響き渡っていた。


「だから、そんな小さな怪異にいちいち構ってられないと言ってるだろうが! 我々のリソースは無限じゃないんだぞ!」

「責任者の首が飛んだらどうする!」

「しかし被害は日々拡大しています! このままでは町中の子供たちが……子供たちが猫舌になってしまうんですよ!」


 ああ、これだ。間違いなく、一周目のあの時同じ会話だ。危機感に満ちた(と思いきや、オチは猫舌という)神楽郷特有の、どこか間の抜けたような危機感のなさ。

だが、それが、ここが「日常」である証拠でもあった。


 紡は、警備員に一般相談窓口に向かう旨を簡潔に伝え、足早に廊下を進んだ。彼の心は、高鳴っていた。

もうすぐ、二人に会える。あの悲劇から、彼らを救える。その思いが、彼の足取りを軽くした。


 相談窓口には、一周目と同じように、眼鏡をかけた真面目そうな女性職員が座っていた。

几帳面そうな、まとめ髪の奥に知的な雰囲気を漂わせる彼女の顔を見るのは、今日が初めてのはずなのに、紡には、どこか懐かしさすら覚えた。


 紡は、カイを連れてきた旨と、怪異と共にいた犬を登録したいことを伝えた。

女性職員は、少し驚いた様子で紡と、その足元で大人しく座るカイをじっと見比べた後、事務的に書類を取り出し、必要事項の案内を始めた。


 その時だった。


「そこの男。待て」

聞き覚えのある、低い、しかし力強い声が、奥から響いてきた。その声には、有無を言わせぬ威厳が込められている。


 紡は、声のする方へとゆっくりと振り返った。そこに立っていたのは、見慣れた二つの影。石凝室長と、烏賀陽だった。

二人は、あの時と寸分違わず、紡とカイを訝しげに見つめていた。


 その姿を見た瞬間、紡の視界が歪んだ。

脳裏に、石凝室長が怪異の攻撃から皆を守ろうと身を挺して盾になった姿。烏賀陽が、最後の力を振り絞って紡を庇い、血に塗れて倒れ伏した姿が、鮮烈にフラッシュバックする。

彼らの、血に塗れた、痛ましい最期の姿。その惨状は、紡の心に深く刻み込まれていた。


 しかし、今、目の前にいる二人は、そんな悲惨な死とは無縁の、元気な姿で立っている。

ピンと張った背筋、精悍な顔つき、そして、何よりも力強く輝く瞳。その事実に、紡の瞳から、再び熱い涙がとめどなく溢れ出した。


 生きてる。彼らは、今、ここに、生きている。その事実が、紡の心を深く、そして激しく揺さぶった。


 烏賀陽は、突然目の前で泣き出した紡を見て、非常に驚いた顔をした。彼の眼鏡の奥の瞳が、さらに大きく見開かれている。


「え、ちょっと、何ですか!? いきなり泣き出して……、何か辛い事でもありました?」

烏賀陽らしい、丁寧な口調の中に、どこか本音が滲み出ている言葉だ。

一方の石凝は、眉をひそめ、若干引き気味の表情で紡を見つめていた。まるで、目の前の人間が、理解不能な生物であるかのように。


「おい、烏賀陽。不必要に刺激するな」

石凝の低い声が響く。紡は、自分の涙を拭うこともせず、ただひたすらに、目の前にいる二人の元気な姿に感動していた。

泣いている自分を、彼らが不思議に思っていることなど、今はどうでもよかった。ただ、今、この場に、彼らが生きているという事実に、言いようのない喜びと、感謝の念を感じていた。


 石凝は、突然泣き出した紡に不信感を抱きながらも、核心を突く言葉を紡いだ。その鋭い視線が、紡の心を貫く。


「お前が、先ほど祠に発生した怪異を“払った”者だな?」

やはり、この展開も全く同じだ。紡が未登録の廻環術を使用したことが、既に局内で問題となっている。一周目と寸分違わぬ流れ。

これで、全ては彼の計画通りに進む。


「我々は、お前を拘束し、尋問する」

石凝の冷たい、しかし揺るぎない言葉に、紡はニッコリと笑った。その笑顔は、彼らにとっては理解不能なものだっただろう。


「はい! 喜んで協力させていただきます!」

まさかの返答に、烏賀陽は目を丸くし、呆れたように紡に突っ込んだ。


「えぇ!? なんで拘束されて尋問されるのに、そんな笑顔なんですか!? 室長、やはりこの人ヤバい人なのでは……!?」

紡は、烏賀陽の言葉に軽く笑いながら、石凝と烏賀陽に連れられ、局の奥へと向かった。

彼の心は、この完璧なまでの再現に、確かな安堵と、未来への希望で満ち溢れていた。もう、何も恐れることはない。全ては、彼の掌にある。


 簡単な調書は、紡にとって極めてスムーズに済ませられた。何せ、一度経験したことなのだから。

彼は、訊かれる前に全ての情報を淀みなく話し、烏賀陽を困惑させた。結局、石凝の指示で、彼は局の敷地内にある簡易宿泊施設の一室に案内された。

傍らでは、カイが気持ちよさそうに寝息を立てている。その規則正しい寝息が、紡の心を穏やかにする。


「よし、とりあえず、2周目は順調だな」

紡は、カイの頭を優しく撫でた。これで、全ては計画通りに進んでいる。


 明日は、朔月と再会するはずだ。そして、その後は緊急事態とのことで、怪異を払いに行くことになるだろう。

一周目の記憶が、紡の脳裏に鮮明に描かれる。脳内でシミュレーションを繰り返す。


「肩慣らしには、ちょうどいいな……」

一周目の最後に、彼を絶望の淵に突き落とした、あの強大な怪異との再戦。その前に、今回の転生で得た能力を存分に試すには、絶好の機会だ。

もはや、あの挙動不審で、感情に流されがちだった一周目の童貞の面影は微塵もなかった。


 その瞳には、未来を見据える冷静さと、大切なものを守り抜くという、揺るぎない覚悟と、そして絶対的な自信が宿っていた。

紡は、静かに夜の帳が降りる窓の外を見つめていた。明日からの戦いに向けて、彼の心は研ぎ澄まされていた。

てとまるです。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。


いよいよ紡の2周目が始まりました。

彼のチート能力もようやく本領発揮といった感じが見えましたね。

彼はそのチート能力で全てを守り抜けるのでしょうか。

次回は2周目の朔月ちゃんも登場します。


それでは、よろしくお願いいたします。

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