バレてはいけません。つかまります。
ゆるふわ設定です。甘味有り、苦味無しです。
この国では『輪廻転生』が神聖化されている。昔からこの国には転生者、前世持ちが現れ、災害や、戦争などからその知識で国を救ったと言う。
だからこの国は転生者を見つけると国が保護する。そして、その知識が有用だと判断されれば、王族の伴侶となる事が決まっているのだ。
いやいや、マジで勘弁してよ!そんな賢い人達だけじゃないでしょ?転生者だってピンキリでしょうよ!?こんな盛大に転生者探しするなんて思わないじゃない?一生黙っておけば気付かれないだろうし大丈夫だろうなんてゆる〜く考えてきたこの五年を後悔していた。
カトリーナ・エーテル、身分、伯爵令嬢。平成生まれの、令和で亡くなったごくごく普通の、日本人だった前世持ち、である。
だからこんなに王族が躍起になる程我が国今何か困ってるの?
私は五歳の時、高熱で寝込んだ時にお米のお粥食べたい、と思って前世を思い出した。
私は父にそれをうわ言で言ったらしく、父は大慌て。私は我が家の一人娘。しかも亡き母を溺愛していた父は後妻など娶る気も無く、かつ、私は亡き母の生き写しだとそれはもう可愛がってもらっているのだ。
こんな急に精神年齢が成長してしまい、嫌じゃないの?他所の娘だと思わないの?と聞いたら泣かれた。お前は私とアンリーナのたった一人の娘だと。
とても嬉しかった私は、カトリーナとして一生生きて行こうと誓った。時々お米が恋しくなるけれど。醤油とお味噌が欲しくなるけれど。それは父に勝る物では無かったし、我慢出来る事だったから。
だから私を平和に暮らさせて下さい!もしくは他に前世持ちさんがいらっしゃる事を祈るばかりだ!
私は皆がざわざわと噂をしながら待つ中、一人ケーキを食べていた。
いや、あの中に交ざるとか無理。何あの香水臭いの。混ざって酔う。
あとあの髪型怖い。流行なの?何あの雛人形みたいなの。ドレスと合わないでしょうよ…。
今日は十歳の男女の日なのに、何であんなちぐはぐな格好と化粧なんだろうか。
「若い内にあんな化粧して、お肌が可哀想」
隣から吹き出す様な声が聞こえて見上げると、見目麗しいウェイターさん?なんて言うのかしら、給仕さん?がいらっしゃった。
「笑い事かしら、大変な事だよ?」
私はなるべく子供が使わない単語を言わないように気をつけて口を開いた。
「そうですね。確かに頑張ってはいるのでしょうが、方向性違いと言うか。あれでは彼女達の願いは叶わないでしょうね」
なんか嫌な予感がした。なんだろう、ざわざわと嫌な気配と言うか。ゾワッとしたと言うか。話を逸らす事にした。
「やっぱりお城のケーキはすごく美味しいわ、ありがとう」
「作ったのはコックなので。私は運ぶだけの係ですから」
「ではコックさんに美味しかったです、ごちそうさま、と言っておいて下さいな」
「…コックも喜びますね。ではこちらもどうぞ、小さなレディ」
皿の上に置かれたのは、抹茶のかかった生チョコレート。私はそれを見て凄く悩んだ。
これ、罠じゃない……?
だって、抹茶って、あるの?この国。いや、今目の前にあるんだけど。今まで見た事無かったし。
高位貴族とか、王族の方達だけが楽しめる嗜好品とか?
これはどう反応するのが正解ですか、お父さま!?
「皆静粛に!」
突然の大声に私はビクッとするもホッとした。良かったー、あの難問を答えずに切り抜けたわ!
「これから皆にあるものを見せる。少しでも気になるものがあった者は名乗り出よ」
いえ、もうお腹いっぱいです。帰らせて下さい。
目の前の白い板に文字が浮かんで来る。
「どうですか?何か気になるものはありましたか?」
さっきからこの人は何なんだ?私に何か恨みでもあるのか?やめて、お家、帰りたい。
「さぁ、私には読めないですね」
その瞬間、シンと辺りが静まった。
え、何、やめて、怖い。
そして隣の美形を見て女の子がきゃあきゃあ言い出した。
やばい、まずいことをしてしまったかもしれませんお父さま。
隣の美形がにっこり笑って私の手を取る。
「父上、この子が当たりです」
「そんなくじ引きみたいに!?いえいえ私なんて外れも外れ。だって読めませんのよ?読め……」
その時私は何か違和感に気付いた。なんか引っかかる。喉の此処まで来てるんだけど…!
困惑して言葉が続かなくなった私を見て、彼は跪いて優しく見つめた。
「字なんて父上言って無かったよね?それに本来あれは『見えない』のが当たり前なんだ。そう言う魔法がかかっている。多少なり重なる魂を持つ者にだけ『何かが見える』」
「つまり…」
ゴクリと喉を鳴らしてしまう。
「詰み」
ねぇその笑顔はやめて…?さっき陛下の事父上って言っていたから、王子様の中の誰かなんだろうけど、凄く楽しそうなのが逆に怖い。
とりあえず私が出来る事は、今まで黙っていた事を謝罪して、家と、お父さまには迷惑がかからないようにする事…。
「申し訳ありません!どうか家だけは!お父さまだけは取らないで下さい!!」
あ、最後のやつ余計だったわ。と気付いたのは暫定王子様が拗ねたような顔をした後だった。
「お父上、ね。大事なんだね。ふーん…私は待っていたのにな、君のこと」
待っていた?転生者を?それはこの国に何か危機が迫っている、的な?
「…そんなに困っているんですか?」
「困っているよ、私はね」
ん?国規模ではない?じゃああれかな…この人何か病でも抱えているのかな?
「個人的に、お困りなんですね。私本当にちょっと前世の記憶があるだけで全然特別じゃないんです。お力になれるかどうか…」
「特別になるかどうかは、まぁ私と君が決める事かな。後々ね。私は既に十分、君を特別だと認識し始めて居るんだけどな…?」
「…はぁ?」
「とりあえず、家には帰してあげる」
「本当ですか!?ありがとうございます!もうさっきからお父さまが心臓発作でも起こすのではないかと気が気ではなくて…」
「今日のところは」
「上げて落とされた!?」
「ふふっ…これね、私のお妃様探しも兼ねていたから。そう簡単に逃げられると思わないでね?」
そこで思い出した。
此処、まだ会場。
壇上、にこにこの陛下。
ちょっと遠くに悔し顔の濃い化粧の雛人形女子達。
そして、もう何かに怯える様に片隅に集まって居る男の子達。
目の前、暫定、王子様。
「ご、御冗談ですよね…?私十歳ですよ?殿下十七、八歳程に見えます」
「十八だよ。全然有り得なくないよね」
「いえいえいえいえ、私子供ですよ?もっと美人な、スタイルも、頭も良いご令嬢が殿下には居ると思うのです!」
「君は美人で頭も良いご令嬢になるだろうと思うよ?スタイルはまぁ、発達次第だろうけど…私はね」
殿下が皿の上の抹茶生チョコレートを私の唇に押し付けた。咄嗟に開けた口にチョコレートが放り込まれる。
久しぶりの抹茶。懐かしきジャパンの味がする。
思わず笑顔になってしまう。
「『見知らぬ筈の物』を前に考え込む君の真剣な顔に魅入ってしまったんだ」
やはりこの抹茶生チョコレートは罠だったのね…そして全く回避出来て無かった。悲しい…とちょっぴり、照れくさい。なんかグイグイ口説いてくるし、この王子様。
「勿論、今の愛らしい笑顔も、素敵だったけれどね?」
「あー、ごほんごほんフェリタスよ、気に入ったのは分かった。あまり周りを牽制するでない」
「だって陛下、彼女はこの会場で一番可愛らしい。取られてはたまらない」
本当にグイグイ来ますね!態度的にも、距離的にも!!
「あの…こうなった以上、ちゃんとします。私に出来る事。本当は全く読めなくはないです。幾つか読めます」
「『日本人』だものね、君は」
この殿下…ちょっと怖いくらい読みが良すぎる。
「……何故私が『元』日本人だとお分かりに?抹茶を出した時点で既に分かってましたよね」
「君がテーブルまで避難して来た時に小さく呟いていたからね『似非雛人形か、こわっ』って。私は昔の王族の日記を読むのが好きでね。日本の前世持ちは結構居るんだよ。そこに『れきじょ』って方が居て、その方の日記で見た事のある単語だったから」
歴女は名前じゃないと思いますよ。言わないけど。もうこれ以上興味持たれたくない。今はもうお腹いっぱい。
「ところで、失礼だけどそろそろお名前を伺ってもレディ?」
「…エーテル伯爵家の一人娘、カトリーナと申します」
「え、あの無表情、鉄壁のエーテル?」
「え?違うエーテルだと思いますけど…」
うちのお父さまは表情豊かだし、鉄壁?鉄壁ってよく分からないけど、あのフニャフニャでれ〜んなお父さまが鉄壁とか無いな、と思います。
「いや…予が知る限り、エーテル伯爵の一人娘は確かにカトリーナと言う名だ。生まれた時にはよく自慢してきおったのにパタリとしなくなったと思えば、なるほど。こういう事であったか」
陛下曰く、お父さまは出来る文官らしい。宰相補佐と言うやつらしい。全く想像出来なかったけど。
こうしてこの日、一応家に帰れた私。
やっぱりお父さまに号泣された。ごめんね。間違えちゃった。と言えば優しく頭を撫でてくれた。そのあたたかさに、私もちょっと泣いた。
明日からは離れ離れなんだわ、そう思うと、とても離れがたかった。
もし、明日、殿下が直接迎えに来るなんて事があったら、ちょっとわがままを言ってみようか。
怒らせてしまうかもしれない。だけど、もし本当にこれから先、一生一緒に居る為に努力するなら、ご褒美くらい用意して欲しいのだ。
「時々で良いから此処に帰りたい、ね。うーん、君の帰る場所は私になるんだけどなぁ」
「殿下、お願いします。あとはわがまま言いませんから…」
「それは嫌だね。私は君に我儘を言われてみたいんだ。きっとさっきみたいに可愛らしい。良いよ。時々なら、里帰りしても」
「………里帰り」
「あれ?使い方間違えた?」
「いえ、そうではなくて。殿下は何処となく、日本の風を感じると言いますか…懐かしい気持ちになります」
もう味わえないあの味。
見られない風景。
そんな風にあの頃、日本で感じて育った、何気ない和の心を、殿下に感じているのかもしれない。
「それは私が日本好きだからかもしれない。カトリーナは知らなかったみたいだけど、有名だよ。だから皆『雛人形』や『歌舞伎』のような数少ない情報を頼りに着飾って来たんじゃないかな」
もしかしたらその知識が無かったのはお父さまが原因かもしれない。お父さまは私の前世が日本人だと知っていた訳だし。
しかしなんとまぁ、複雑な気持ちになる。
選ばれたくなかった私と選ばれたかった彼女達。
はっ、そう言えば昨日の騒ぎで忘れかけていた重大な件があったじゃないの!
殿下は個人的にお困りな事があって、きっとそれは何か病を抱えているんじゃないかって私の推測は、果たして正しいのだろうか…?
「あの、殿下、お身体の方は大丈夫なんですか?」
「うん?」
「私、前世医者でも無かったので、殿下の病を治す事は出来ないのですが、精一杯、お支えしたく………殿下?」
何故か、笑っていらっしゃる。
「………殿下!」
「ごめんごめん、ちょっとね…」
殿下の私を見る目が、昨日より熱っぽい。
「君が可愛い事を言うものだから、愛おしくなってしまってね。私は至って健康だよ、強いて言うなら、今は恋の病を抱え始めているかな」
「あの…殿下…」
「フェリタス」
「…フェリタス様は、ちょっと、甘過ぎます…」
ふふっと笑う声は何処か艶を帯びていて。テーブル越しに私に手を伸ばしてくる。
「甘いもの、好きでしょう?」
沢山食べていたものね?とその長い指が私の唇をふにっと触れた。
思わずパッと唇を手で塞ぐと、フェリタス様は嬉しそうに、甘く微笑んだ。
「今はこれで、見逃してあげるね」
そう言って、その指にキスをしたのだった。
その仕草に、どうにも恥ずかしくなってしまった私は顔を覆ったまま俯いた。
助けてお父さま。しばらくして育ったら、私、間違いなく食べられてしまいます。
それを怖がるのではなく、ただただ恥ずかしいと思う自分は、もう既にフェリタス様を特別だと想い始めているのかもしれません。
因みにあの抹茶はフェリタス様が日記を読んで、独自に開発された物だそうです。
そうしてその抹茶で作ったお菓子で、私は今日も餌付けをされています。
「早く大きくなってね?ちゃんと待っているから」
「……このままでは横に大きくなってしまいますよ」
「ふふ、君はそんなの自分が許さないだろうカトリーナ。でも少しふくよかになっても君は可愛いと思うけれどね?」
「甘いものはもうお腹いっぱいです!」
「そう言わず。もう少し甘やかさせて?きっと今だけの特別な時間だろうからさ」
「……特別ですよ」
「特別だね。君と過ごす時間はいつだって」
読んで下さってありがとうございます。
10/10、加筆修正しました。
10/16、感想をいただいた部分を加筆しました。
10/21、誤字報告ありがとうございました。訂正させていただきました。
いいね、評価などいただけると励みになります。沢山の方に読んでいただけて嬉しいです、ありがとうございます(*^_^*)