第1話 海はプラスチックでいっぱい 第6回目(最終回)
第3章捕獲 続き
<第14日目>
プロジェクトメンバーが回収エリアの建物前で本部から送られてきた大きな捕獲容器を設置しているときに共同取材チームが取材撮影をして、それを施設の広報チームが取材した。回収エリアの建物前はちょっとした広場で、その下部にはプラスチック回収路が通っている。ここ以外では今回の大きな捕獲容器を設置できそうな場所は無い。共同取材チームへの対応をHendrikとJavier副官が対応しているので、その模様を広報チームが撮影していて、そんなもの誰が見たいのだろうと星野は思ってしまった。HendrikとJavier副官に聞いても大した情報は出てきそうにないと判断したようで、共同取材チームのレポーター役のRick Gillettとカメラマンらしき人がRyanのほうへやってきた。カメラマンは腹部にごついバンドを付けてそこからアームが1本顔のほうに伸びていてそこにカメラが付いている。このバンドはスタビライザーで、カメラマンが歩き回ってもその振動が画面に生じないためのものだ。星野は仕事の関係でカメラ本体よりはそのような付属機材がよほど高価なことを知っている。レポーターのRickは、最近あまり見かけなくなったが以前は自然がテーマのドキュメンタリーやニュースでよく見るキャスターで、運動は得意ではないらしいが大柄でがっしりした体形をしている。今日は何故か取材対象が大きな猛獣なのでは、と画面を見る人が思ってしまうような重装備に近い服装で、茶色のマスクをしていた。こっちに歩いてくる途中でマスクを外したとたんに渋い顔をしてカメラマンに向かって「なんてひどい匂いだ、ゴミの山だな」と言ったが、こちらに向きなおったときは仕事一筋といった顔立ちになっていた。それを横目で見ていた星野たちは、さすがベテランのレポーターと感心した。そしてRickは、Ryanに「Ryan Downeyさんですね。出身はMITで化学専攻と聞きましたが、ここで何を捕獲しようとしているのか教えてくれますか」と質問した。一瞬何でこちらに直接質問するんだ、と思ったようだがそんなことは顔に出さず、Ryanは「新種のエビを捕獲します。私の専門は化学なので、詳しくはあそこにいるBio Survey DepartmentのNina Schweigerに聞いてください。」と対応した。それを聞きながら「このエビについては人工的に作られた可能性があるという話があるそうですが」と言いながらRickがFanのほうに近づこうとする間にNinaが入り込んで「いろいろな可能性はありますが、現時点では何ともわかりません。」と答えた。そこにJavier副官が割って入ってきて「それでは直接捕獲したエビに聞いてみましょう」と言ってRick含めた取材陣をNinaとともに艦長室の方に連れて行った。プロジェクトメンバーのところにHendrikがやってきて「対応ありがとう、遺伝子操作に関しては微妙な話題だから質問しないようにと約束していたんだが」とささやいた。
取材陣が戻ってきた時には捕獲容器の取り付けが終わって血清の放出が始まっていてあとは明日まで待つことになった。ちなみに今回使った血清は本部が用意したもので、今回はTaroから採血する必要はなかった。
<第15日目>
9時にプロジェクトメンバーがそろった時、共同取材陣と施設の広報チームは既に来ていた。捕獲のことは施設内でも公知の情報なので施設内部からの見学者も周りを取り巻いていた。いつもならばその場所の近くにあるプラスチックごみの細断設備からかなりうるさい音がして普通の会話をすることが難しいのだが、この時は捕獲作業のため近くにあって数時間停止しても問題ない機器の動作を止めているのでそんな大音量の雑音は無い。ただし施設全体を止めることはできないのでいろいろな音が混ざり合った雑音はあるし、ゴミの匂いは何も変わってはいない。捕獲容器の中は少し白く濁っていて大きなエビもかなりの数が入っているのが集まった人たちもよく見えるようで、会話が盛り上がっていた。恐らく今までの捕獲の中で最大の捕獲量に見える。今回Ninaは大きめの水槽を2個、あと予備として小さな水槽も2個用意した。今までの捕獲容器は大きさの関係で一度に3個の捕獲装置を取り付ける構造だったが、今回は大きくなったので左右両側に各5個の捕獲装置が取り付けられていて、しかもそれらは自動だったので初回のような捕獲競争とは無縁に思われた。Ninaが、「まず小型のエビから捕獲します。Carlo起動して」という合図で捕獲装置が動作し始めた。それを見ていたFanが「全自動で素早い動きという割には、遅いわね」と言った。確かに1台の動きを見る限りではFanの動きの半分くらいだが、モニタでの監視に沿って10台が動作しているので、全体ではFan3人分くらいの捕獲に見える。1時間近くでだいぶ白い濁りがなくなってきた時、Ninaが捕獲容器を拡大表示しているモニタの中の1台の前で「ちょっと止めて。これ見てくれる。」と言った。小さなモニタの前にプロジェクトメンバーが集まって取材陣がモニタを撮影できないのでRickがHendrikに何とかしろと文句を言っているのだが、そのモニタに映っていたのは数匹の大型のエビでよく見ると尾のところが赤っぽく膨らんでいるように見える。Carloが「これは卵を持っている」と言った。他のモニタもよく見るとそんなエビが写っているところがあるので、少なくても数匹は卵を持っている。それを艦長も見ていて「まず小型のエビを捕獲してから、卵を持ったエビは他のエビとは別の水槽に入れて」と言ってきた。そこでさらに30分くらいかけて小エビを捕獲しつくして、Ninaが言った。「機械で捕獲するのは卵が落ちたりする危険がある。これは今まで通り手作業がいいかも」それに対応してFanが「私の出番ね。他の人は卵もったエビがどこにいるか指示して」と言った。そのとたん何人か別々に言ったものだから「誰かまとめてね」とFanが言い返しCarloがまとめることになった。さすがにFanの動きは素早くて正確だが、今回はCarloの識別能力に星野は感心した。エビの尾の裏側を映している画面などほとんどないのに、他の人が見逃した卵を持ったエビを的確にFanに指示していた。探しながらなのでそれなりに時間はかかったが、30分くらいで終了し12匹捕獲された。艦長の説明の通りだと、卵を持ったエビは米国、中国が各2匹、残りは国連管理となる。残りのエビは自動での捕獲となり一度に10個の捕獲装置なのですぐに終わった。全部で、普通の大型のエビ155匹、卵を持ったエビ12匹、小エビ23,100匹になった。例によって、捕獲容器の接続をもとに戻し床板をもとに戻すのだが、星野、Fajar、Ninaはその作業には加わらず、艦長とともに艦長室横のエビの水槽が並んだ会議室で取材陣及び米国事務所に来ている多くのレポーターからの質問対応に参加した。基本的には艦長が答え、専門的な回答が必要になったときに星野、Fajar、Ninaが対応するという役割分担だったが、「プロジェクトメンバーの国籍などの構成は」(個人情報なので今回参加している3名以外についてはお答えできない)(何故かRickはRyanのことを知っていたが、公式的には非公表)、「今回のエビが人工的に作られたと言われているが」(自然界で今までに見つかったエビとは異なる遺伝子配置が見つかっているが、人工的に作られたかどうかの確証を持っていない)など艦長がほぼすべてで答えた。例外は「エビがプラスチックをどのように分解しているのか?」「自然界で一番近いエビの種類は?」でNinaが模範的な回答をした。それで30分近くなり終わりと思われたときに1人オンラインで質問が来た。日本のネット放送のレポーターらしく聞いてきたのは「このプロジェクト内での日本の技術が果たした役割は?」「今後日本にどのような役割を期待するか?」だった。星野には時代錯誤的な質問に思えたが、艦長は星野に目配せして「2番目の質問に対しては私からお答えしますが、最初の質問については日本からのメンバーの星野和仁がお答えするでしょう。今後の各国の役割ですが、日本だけに限らずすべての国がプラスチック汚染の軽減に対して国連での活動に今後とも協力していただきたい。今回捕獲したエビに関しても何らかの解決策に結び付いていくことを期待します。それでは、和仁から」と答えた。質問してきたレポーターは日本の技術力に関して何か妄想を抱いているのでは、と星野は思いながら「日本のカメラメーカーからFOA1Bに出向している星野和仁です。まず、今回のプロジェクトに私が参加している理由という質問と思いますが、あくまでも私のここでの業務が漂流物の測定にも関係していたからで、別に私自身がいないとこのプロジェクトができなかった、ということではありません。またこのプロジェクトで用いられた主な技術ですが、日本製の機器も一部にはあるものの、設備の主要部分はフランスとオランダでの設計・製造、エビの解析に使用した測定は中国で開発されたもの、捕獲容器を作成した3Dプリンタは米国製ですし、捕獲に使用した機材の設計・制御は米国製です。エビを引き寄せるために使用した溶液を合成したのはイスラエル製です。このように多くの国の技術を組み合わせて行っています。」と答えた。何か聞き間違えたのかレポーターはさらに「日本製の技術を使わなかった理由は何かあるのですか」と聞いてきた。しょうがなく星野は「100年前のことは知りませんが、現在は日本がリードしているような技術はほとんどありませんので、日本製の技術が見当たらないのは、それが日本の現在の実力と思うしかないと思います。」と本音を言ってしまった。これについては、数日後に本社のほうから「あの返答は少し言い過ぎで社内外では不評だった。もう少し当社の宣伝をしてもよかったのに」と小言を言われたが、この内容はあくまで非公式で、別に日本に戻れとか給料下がるということはなかった。逆に、会社のPRになったということで、ほんの少しだけだが給料は上がった。一方、同僚や日本にいる友人からは、いまどき日本が技術大国と勘違いして質問してくる人がいるんだ、と星野と同じ意見がほとんどだった。日本にいて研究開発の仕事をしているのでなければ、世界の中での日本の技術力について実感することは無いのかもしれない、と星野は思った。日本で大きくなった会社でも日本での大きな発展は見込めないと日本から出て行った会社がいくつかあるのだが、普通に日本国内に支社があって製品は世界中で売られているので、日本には世界的に有名な会社がたくさんあると勘違いしてしまっているのだろう。実際は、日本を見限って出て行っているのに。
<30日後>
プロジェクトメンバーたちは、プラスチック回収路での捕獲後残りの排水系統での捕獲を淡々と行った。要するに捕まえても少量という予想で実際そうだったので、取材も来なかったということ。プラスチック回収路での捕獲から1週間後には米国と中国へのエビの引き渡しを行った。この施設内部で研究する分を除いたものはFOA1Bの米国本社に送ることになったので、米国への分もその輸送に含めてすぐ終わった。中国側へは、当初この施設から数100㎞離れた洋上にあるBNPRCの施設へ運ぶことを提案したら、こちらに取りに来るという希望が来て、結局洋上で引き渡すことになった。引き渡したのは、中国の取り分のエビと今回の騒動の発端となったと思われるボートである。この施設に残ったエビは、卵を抱えたものと小エビが中心で、Carloが主担当となってモニタリングを星野などが支えている。
その数日後に、この近辺にハリケーンが来たため設備の職員全員は2日間屋外作業禁止となり、星野はもともと施設内の通信インフラ担当なのでSurvey and Communication Departmentの事務室に泊まり込んで食事は冷凍保存食のみだった。
この日は、やっと外出可能となったので事務室のゴミを整理して荷物を持って居住棟までの通路を歩いているとき、あるものを見つけてしまった。あのエビが1匹通路のネットに引っかかっている。ハリケーンが来たときはププラスチック回収路など停止していたので、そこにまだ残っていたものが出てきたのか、それとも海のゴミと一緒に流れてきたのか。どのみち、また排水の遺伝子解析をしなければいけない。
第4章エピローグ 2年後
プロジェクトは4か月程度続いた。プロジェクト開始の契約内容では、終了後半年間は特別な事情がない限り退社できない、とされていた。それから1年以上経ったFOA1Bがどうなっているかと言うと、新たな実験棟が建ちエビを利用したプラスチック処理の実証実験が始まっている。洋上に新たに設置した筏にやはり新築の実験棟がある。実証実験とは、その実験棟で飼っている数十万匹のエビに細かくしたプラスチックを処理させるものと、深海にあるプラスチックごみを深海に放流したエビに前処理させるものの2種類で、中心はFOA1Bのアメリカ支社に移動したNinaが担っている。深海のエビのプラスチック処理状況をモニタリングするのが現在の星野の仕事になっている。最初にこの施設に出向するときには2年で日本に戻る約束だったが、FOA1B 側から延長を打診されたときに会社側が本人承諾前にOKの内諾を出してしまったのだった。エビの生態に関して他の人より多く知っているから、FOA1Bが出向延長を希望するのは当然だろう。ただ仕事の環境に関しては、2年前は2か月間施設で缶詰その後1か月休暇だったのが、現在は1か月施設で缶詰2週間休暇1か月米国の自宅から週5日勤務でのオンラインになった。タロは天寿を全うして星野はまた同じ種類を飼いたかったのだが、結婚して子供ができ奥さんから反対されたらしく、FOA1Bにある居室にはペット用のケージだけ残っている。米国の自宅はサンディエゴ近くの街にあって、近所にはRyanも済んでいるようだ。Ryanはプロジェクトの契約の制約が切れてすぐにFOA1Bを退職して米国政府関係の団体に就職した。業務内容は守秘義務があるということで星野は知らされていないが、遺伝子操作された生物によるプラスチック処理らしい。この仕事のためにCarloも一緒に連れて行った。そういえばプロジェクトの途中からCarloに頼まれた買い物を米国でしていたようだ。FanもRyanとほぼ同時期にFOA1Bを退職して以前所属していたBNPRCに入って現在は2年前に火災があった米国沖の施設でエビの管理をしているらしい。2年前の火災では数人が軽いやけどを負っただけとの公式発表しかないが、未確認情報では、その事故のすぐ後に近くに停船していた中国の船舶から米国内の病院へ重傷者が移送されたものの死亡しその症状はやけどで、その人物はSNCBでエビの飼育担当だったという。遺伝子操作でエビを作り出した人物は今もSNCBで様々な実験を続けているらしい。要するにエビ以外にも作っている生物がいるようだ。プロジェクトの他のメンバーで言うと、Fajarは今も同じ部署にいてグループ長になっていて、Javier Iglesias副官は艦長になり、艦長だったAudrey BenzemaはFGPC Entreprise Commissionnee本社でプラスチック処理全体を管轄する立場になっている。
最後に星野の仕事を覗いてみよう。
施設の下の海底は水深が約600mのそこそこ広い地形が続いている。そこにほぼ均等にプラスチックが沈殿していて、施設直下の 1km2でのプラスチック除去を10年かけて行うことが実証実験深海での目標だ。エビを使用する前は、ロボットを用いてプラスチックごみの中から大きいものを選びロボットを用いて地上回収エリアに送っていた。それが今では、エビを30匹程度のグループに分け2週間に1回程度の割合でプラスチックがやや集まっている場所に放流している。エビはプラスチックのみを食べるわけではないので、オキアミなどの餌とIdeonella sakaiensis菌をミックスしたものをペースト状にしてエビがいる周囲に付着させる。このようなコロニーが現時点で20か所あり、星野は毎日この場所をロボットカメラでモニタリングし、プラスチックの量、エビの状態、えさの残量(餌は紫外線を照射すると蛍光を発生するようになっており蛍光量で餌の残量を推定できる)を調べている。餌が少なくなったら追加するのだが、このごろいくつかのコロニーでエビの数が減少していることが検知された。深海でのエビは意外に警戒心が強く食事する以外は砂などの下に隠れていて見つけにくいのは確かなのだが、他のコロニーと比較して見つかる数が2/3程度になっているところがある。このエビを捕食する生物は確認されていないのだが、エビを人工的に作れるのならエビを捕食する生き物を作ることは可能だろう、と星野は思った。
ある日、匿名のメールが来た。普通は他に誰に送ったかは伏せてあるのだが、そのメールは他の人のアドレスが出ていて、見ると測定プロジェクトC-101のメンバーの現在のアドレスでその中にFanが入っていないから、送り主はFanらしい。恐らく公式的にFanが送ったことが分かると何かまずいのだろう。その内容は、あのエビを作ったのは中国の生物学者で、もともとのきっかけは海がプラスチックで汚染されているのは100年前からわかっていてかなりの量が海底に沈んでいるのに何も対策が進んでいないことに怒ったから。本人曰く「この100年の償いをするために危険を冒して作った」。
次の日の朝、星野が回収棟の近くを散歩しているとFajarと会った。Fajar「100年前だってね」星野「そう、100年前だ」Fajar「その100年前の人たちに向かって叫ぼうと思うのだが、付き合うか」星野「付き合う」Fajar「何を言うかは、自分の好きな言葉でいいか」星野「合唱するわけではないから」Fajar「それじゃ、いくぞ」と言って2人揃って海に向かい何故か同じ言葉で叫んだ「バッカヤロー、なんか対策しとけ」
いつからこうなった
世界で一番の 真っ青な海と白い浜辺
昔はそうだったと子供の時に聞いた
いつからこうなったのだろう
汚れ始めたら みんなで掃除した
きれいになったら人が来て きれいなとこだけ見て帰った
あそこは今でもきれいだよ ゴミなんてなかったよ
世界で一番と パンフレットにうたってる海辺
ああそうだったよ ちょっと前までは
いつからこうなったのだろう
汚れ始めたら みんなで掃除した
きれいになったら人が来て きれいなとこだけ見て帰った
あそこは今でもきれいだよ ゴミなんてなかったよ