第1話 海はプラスチックでいっぱい 第2回目
第1章物語のはじまり (続き)
<第1日目 午後>
星野がレストランへ向けて回収エリアからレストランのある居住エリアに向かっていく途中に、同じ時期にここに配属になったPlastic Departmentで回収エリア担当のRyan Downeyと一緒になった。やはり回収エリアからレストランへ向かっていたのだ。Ryanは他の回収エリア担当と同様でマッチョ系なのだが、小さな動物が好きなようでタロは元気かと聞いてきた。タロとは星野が自室に飼っているハムスターだ。星野は、「いつも朝の散歩にはかごに入れて連れている、その時はちゃんとおやつも用意しているのだ」と言ってポケットから朝には餌が入っていたのだが今は何も入っていない小さなビニール袋を取り出した。それをまたポケットにしまってすぐに、通路の先に何か白い小さなものが動いているのが見え、近寄ってみると10㎝くらいのエビだった。ここは沖合なのでこのような生き物がいることはないはずなのだが、漂流するゴミに乗っていたり海底のプラスチック回収装置にくっついて一緒に引き上げられたりということで紛れ込むことは珍しくはない。Ryanが「海底にいるオキナエビの一種だろうか」と言っている間に、星野はしまったばかりのビニール袋を取り出してエビを中に入れた。「普通のエビと比べて殻のあたりがやけに光っていて見慣れないから、後で新種かどうか見てもらおうと思う」と星野は言った。ただこの事業所で見つかった生物が実は新種だったということは、まだない。通路の途中で海水をくみ上げることができる場所があるので、そこで星野はビニール袋に海水を入れて、レストランの前に自室に戻ることにした。ビニール袋に入れたエビを持って食事するわけにはいかない。
ビニール袋のままでは不安定なので星野がガラス瓶を探し出してその中にエビの入ったビニール袋を入れているとき、一緒についていったRyanがケージに入っているタロを見つけ、「こいつの人生に付き合っているなんて、可哀そうに。どうせたいしたことなくておいしくもないものを毎日食わされているんだろう。お前もひどい人生を過ごしているんだなあ。」なんて言っている。
エビの一時片づけはすぐ終わったので、星野とRyanは住居用エリアになっている船の甲板の上のフロアにあるレストランへ行った。ここですることは入り口での認証とメニューの選択で、糖質制限などの指導を受けている場合はそれを考慮した食事が作られる。入り口で指定された席に着くと天井から昼食が載ったトレイが降りてくる。星野はハンバーグとパン、スープにした。ハンバーグでは大体が代用肉を使ったもので、本物の肉とは違いが分かりにくいとはいえ、本物の肉を食べるのは年に数回だ。Ryanはベーコンピザだがこれだって本物の肉によるベーコンではない。この時代、必要な栄養はとれるのだが100年前なら当たり前の本物の肉などの食材は、海面上昇や異常気象による耕作地の減少のため全く足りていないのだ。注文してから料理が来るまではそれほど時間はかからないのだが、その間に星野はRyanが少し真剣な顔をして何か論文を見ていることに気が付いた。星野「何の論文?」と聞いた。Ryan曰く、免疫関係の医者の学会で発表された文献で著者は日本のDr. Takayuki Ueyamaという京都大学医学部の教授。内容は、マイクロプラスチックを分解する菌に対する抗体が体内に多い場合、プラスチックを使用したものが体内にあると強いアレルギーを引き起こして重症化する可能性がある、というもの。これだけだと意味が分かりにくいので少し説明する。この時代マイクロプラスチックの汚染が進み人間の体内にも含まれるようになってきている。プラスチックのみであれば消化できないので時間がたてば体外に排出されることが多いのだが、マイクロプラスチックには細菌を引き付けることが多く、体内のマイクロプラスチックが多いほど病気になる可能性が高くなっている。一方、自然界のマイクロプラスチックを除去するためにプラスチックを分解する細菌や菌類が多く開発されたが、これらの一部も自然界に流出していてそれが人間の体内で見つかる例も出てきている。このような細菌や菌類が人間の体内でマイクロプラスチックを分解すると有害な毒素を出す場合があり、その量が多いと病気になってしまうこともある。星野は今一つ理解できていないようで「その“プラスチックを使用したものが体内にある”場合というのが問題なのか?」と聞いた。それに対してRyanは「知っているだろう、埋め込みIDチップの話は?」と逆に聞いてきた。ここで“埋め込みIDチップ”についても説明しておこう。埋め込みIDチップは究極の生体認証と呼ばれているもので、世界共通のマンナンバーなどのデータを記録しているマイクロチップがその人の体内に埋め込まれている。体内埋め込みチップ自体は2000年以前から使われているが、今の時代の主流は体内3か所に骨に融着するように埋め込まれているもので、取り外しが困難で、偽造がほぼ不可能となっている。一時期大企業や政府が職員に埋め込みの義務化を図ったが大きな反対運動が起きて、世界中で強制化は無効とされている。ただ米国ではある大統領が強制化を行うと発言したため現在でも多くの政府職員及び与党の国会議員は埋め込みIDチップを装着していると言われている。マンナンバーの通信だけであれば微小電力で済むため、米国の街中には多くのセンサが埋め込まれていて何か事件が発生すると一斉にセンサ近くにいる人のマンナンバーがセンスされてセンターに送られるので関係者の動向が瞬時にわかる、という都市伝説がある。Ryanも米国政府職員だったので埋め込みIDチップが装着されているのだ。星野「IDチップにはプラスチックが使われているのか?」Ryan「そのようだ。IDチップを埋め込んでいる人は多いから、健康被害が出る可能性あるというのは、関心の的になる。政府機関で働くことを考えていて俺もIDチップを埋め込んでいるから、健康被害があるかも、という話にはすごく気になる。実際健康被害で苦しんでいる人がいるという話は聞いたことがある。ただ実際にIDチップと関係あるのかどうかがまだ不明ということになっていて、公式にIDチップで健康被害と言うと根拠のない言いがかりと非難されるし、IDチップの健康問題を取り扱うと国に関係する機関からの補助金は出ないから、国内で表立って研究しにくい分野だ。それでも俺はすごく気になる。」星野「そうだったのか。日本でもIDチップをしている人がいるとは聞いているが、数は多くないらしいから、その話はあまり知らなかった。」Ryan「そんな中でこの健康被害に関する情報が、多くは意外に日本からの論文によるというのが面白い。」星野「細胞の分野では昔から日本で地道に研究続けているグループが多いようだし、Ryanが日本の論文を読むくらいだから、この分野はそれなりの存在感なのだろう。できれば他の分野でも少しは上向いほしいけど。」Ryan「そういうことなら、まだまだだな。もう少し存在感が戻ってくれないと。次に論文出すときには、この健康被害への対処方法を明らかにして欲しい。あと少なくても俺の専門分野では日本の文献を読むことはほとんどない。」、という話の途中で料理が天井から降りてきた。
二人が食べ始めて間もなく、ほぼ同時に二人ともメッセージを受け取った。星野は腕時計型のデバイスのためヘッドセットをかけた。Ryanも腕時計型デバイスで、最初レストランのテーブル上にメッセージを表示させようとしたが、不特定多数に見せることは不可だったようで、しぶしぶヘッドセットをかけた。星野が「回収エリアの測定倉庫でミーティングの時間が早まって13時集合に、あ!」と言ったが、これは関係者以外への伝達は不可のメールだというのに気がついたからで、そのときRyanが「俺もだ」と言った。星野が思ったのは、回収エリアの担当がNoahからRyanに変更になったのか、それとも1名増えたのか、だが実際はある理由で変更になったのだった。
食事を済ませ二人で回収エリアの測定倉庫に行くと、Bio Survey DepartmentのNina Schweigerがいた。どちらかというと大柄の生物学者で、着ているのは青と白のチェック模様なのだが回収エリアの雰囲気とは今一つ合わないから変に目立っている。13時からの会議できたのかと聞くので、星野は、ちょうど良かったと思い、「我々2人ともそうです。Ms. Schweiger、ちょうどいいところでお会いしました。先ほど通路で見慣れないエビを見つけたので、この会議が終わったらお邪魔してよろしいでしょうか」と聞いた。結論から言うと、会議の後すぐ作業が始まって、忘れてしまったのだが。
その次に来たのは、Operation and Energy Departmentで食事と清掃関係のFan Zhao、小柄で白っぽい服を着ている。どう考えても見つかったボートの調査とは関係なさそうなのに、と星野は思ったが、実はそうではなかった。これで全員かと思ったら、ボートのすぐ横にMaintenance Departmentで様々な設備の保守を担当しているFajarがいるのに気がついた。この設備全体の製造時からいるので事業所の中で設備については一番詳しいと言われているらしい。別に小柄ではないがボートと同じオレンジ色のシャツを着ていたから気がつかなかったのだ。
他にはまだ誰か、と星野が思っていると、大柄の人が通路をこちらの方へ小走りで来るのが見えた。副官のJavier Iglesiasで、いつものことながら大型クルーズ船の船長みたいな服を着ている。たぶん本人はこれが似合っていると思っているのだろう。こちらのほうに歩きながら全員いることを確認したらしく、倉庫に入るとともにドアを閉めJavierは「集まってくれてありがとう。全員いるようだ。知っていると思うが私は、この設備の副官Javier Iglesiasだ。君たちにはこれから説明するプロジェクトへ参加していただきたいが、そのためにまずヘッドセットをかけてほしい。このプロジェクトの正式名称は”C-101”だ。君たちには先ほどこのプロジェクト参加への契約書を送ったので確認してサインして欲しい。確認だが、このプロジェクト参加については君たちの上司には相談済みで、サインした場合はこのプロジェクトが従来業務より優先される。サインしなかった場合は、別な担当者を探すことになるが、その場合でも君たちの処遇に関して何ら不利益は生じない。ちなみにプロジェクト名は”C-101”、契約事項で注意して欲しいのは、このプロジェクト参加者は君たちと私と館長の7名で、プロジェクト外部に対してはプロジェクト内部で公表していいという内容以外は出さないことだ。」と言った。星野はこのようなプロジェクト参加や契約書は初めてだった。外部へ、というのは星野の場合がそうだが会社から出向という形でここにきているので定期的に本社への業務報告が必要で、プロジェクト参加自体は書いてもいいがその内容は公表できるものだけということになる。「このボート、なぜそんなに面倒なのだろう。Noahの代わりにRyanなのはわかる気がする。Noahならなぜこのような契約書が必要かと言ってくるだろう」と星野が思いながら契約書にサインしたとたんに、「全員サインありがとう」とJavierが言った。
そこで各自のヘッドセットに艦長のAudrey Benzemaが出てきた。「急に集められて誓約書を取られて、と驚いたでしょう。これから説明しますが、いろいろと面倒な事情があったからです。具体的に何をするかは後程Javier副官が説明しますが、皆さんが対応するのは皆さんの前にあるボートの漂流物の調査でこれは、2日前に回収エリアで回収したものです。昨日の調査で” SNCB”という中国の研究所のマークが確認されています。この会社は遺伝子関係の研究を行っているようです。この会社のボートがこの近辺で事故にあったという報告は無いのですが、ここから100㎞位離れたところにある国立北京プラスチックリサイクルセンター(BNPRC)の施設で1週間前に発生した事故と関係ある可能性があります。BNPRCはこの事故は単なる機器故障による火災だ、という報告しかしていませんが、事故の3日後にこの近辺を、調査目的と思いますが中国の巡洋艦が通過したことはご存じと思います。ここで国連のKatherine Reynoldsからのメッセージを伝えます。」と言ってBNPRCの設備の事故前後の衛星写真と Katherine Reynoldsの声だけ流れてきた。星野が昨日本社に送ったボートの情報に基づいた処理方法の決定は、本社ではなく国連まで行ってなされたということで、実はひどく面倒な状況になっているのだ、ということに星野は気がついて思った。だからNoahは自分で報告するなんてことはせず俺を呼んだか。Katherine Reynoldsは淡々と次のように説明した。「BNPRCの設備は、あなた方の設備同様に海洋プラスチック処理の研究というだけで詳細不明ですが、SNCBが参加していることが分かっており、我々はそこで何らかの生物研究をしていると考えています。BNPRCは、1週間前に小規模な火災があったが大きな被害はなかった、と発表しました。しかし、この衛星写真を見るとかなり大きな火災のようで、たまたま近くにいた中国の巡洋艦が駆け付け、その次の日にはその設備から3名が米国本土の病院に移送されています。重症のやけどのようです。」Katherineは、このあとかなり回りくどい話で現在の状況と注意事項を延々と説明した。
その中身は、次のようなものだ。
・ここの回収エリアでボートを回収したころに、中国からは海洋プラスチックに関して意見交換や共同作業を目指して代表団を送りたい、米国からは中国の施設の火災の影響について調査するためこちらに調査団を送るので協力して欲しい、と言ってきたが、ここは国連管轄の施設という理由で断っている。
・どちらも衛星画像でボートの回収を把握したので、こちらに問い合わせしたと思われる。このボートに関して何を気にしているのかは不明だが何か重要な事項がある可能性があるため、こちらとしてはボートの調査を精密にする必要がある。
・問い合わせをされていない海洋ゴミに対しての調査結果を公表するのは不自然だが、両国に対しては同時に同じ情報が行く形にする必要がある。このため両国の出身者を含めたプロジェクトを作成し、ボートの調査はこのプロジェクト内で行い、プロジェクト内で合意された調査結果だけを同時に各メンバーの出身母体に伝達することにして欲しい。
・両国ともこちらがボートの調査をすると考えるだろうから、ここでの大きな動きは監視されていると考えたほうがいい。今回の調査に対して本部から表立ったサポートをすると、察知され両国が干渉してくることが予想されるので、調査は施設内で完結するようにしてほしい。
このプロジェクトに米国出身のRyanと中国出身のFanが入っていることが重要で、星野など他のメンバーは付け足しみたいなものか、と星野は思った。これと同時に思ったのは、面倒な漂流物の調査は今まで米国本土の会社に頼んだり本部から専門家が来たりしていたが、そのような応援は期待できず本部の担当者指示に沿って行う必要があるということ。ただこのボートの調査が何日もかかるわけはないだろうから、面倒な日々も長くて数日だろうと星野は期待したが、面倒な日々は実は思ったより長くかかった。
Katherineの話が終わったところで、Javierが待っていたかのように話をした。「このボートの調査は大変だと思うが、君たちは全員非常に有能だから無事やり遂げてくれるだろう。なんたって、例えばFanはもとBNPRCの上海にある事業部で働いていた経験もあるし。」聞いている人たちを勇気づけるつもりなのだろうが、今更ながらJavierの話はどこか方向がおかしい、と星野は思ったが、次の言葉は正確で必要なものだった。「このプロジェクトは毎日17時にメンバー全員、私、艦長が集まってその日の進捗状況から上部に公式的に報告する事項を決めます。各メンバーは自身の出身母体に、日報という形でその内容を報告してください。この時、決まったこと以外を伝えることは契約義務違反です。」次もまっとうな内容に思えた。「調査はこの倉庫の中のみで行うことを原則としますので、必要な機器がある場合は個々に持ち込むことを想定してください。具体的に何を測定すればいいのかは、現時点で分かっていませんが、今日の午前中に和仁が大体の画像と大きさなどの3Dデータは所得してすでに送っています。そこで次の段階として、ボート表面の火災などの影響とボート内部に何か生物の痕跡がないかを調べてください。生命痕跡は、ボートを遮光シートで囲ってGunther法、火災の影響は表面を削っての顕微鏡での解析とします。必要な機器は先ほど各部署に手配したので、間もなくこちらに届きます。現時点でこの設備にある機材でできるのはこの程度の測定でしょう。」最後の内容は各部署の責任者が何らかの手伝いをしたのだろうと、星野は思った。Gunther法の測定時にボートを囲う遮光シートが既に届いていた。午前中に星野がボートの周囲に、3Dスキャンをするための枠組みを立てていたので、まずは全員で遮光シートをこの枠組みに取り付けた。Gunther法では、検出対象の生物用の液体をドローンから噴霧し数分後に赤外線や紫外線を検出されるかどうかで痕跡を判断するのだが、その時に遮光していないと検出ができないのだ。ドローンに試薬を入れながらNinaが言った。「知っていると思うけど、Gunther法はドイツのフラウンホーファー研究所でManfred Gunther 教授が開発した生物の痕跡を調べるものよ。」このような測定方法などには開発した会社や人の名前が付いている場合が多く、ある分野で今回のようにドイツに関係する名前が多いというだけでその分野ではドイツが強いのが分かる。基本的に標準的な測定法では、中国と欧米系の名前がよく出てくる。この反面日本関係の名前はほとんど聞かないなあ、昔は科学分野での日本の地位は高く日本で開発された多くの原理や測定方法が世界標準になっていたと、半分おとぎ話的に聞かされていたのに、と星野は思った。この寂しい思いに塩を塗るように「日本が開発した標準的な測定方法なんて、あまり聞いたことがないけどなんかある?」とFajarが言った。「俺が生まれる前の話だが、アジアで科学大国と言うと日本で、俺の出身のインドネシアはじめ多くのアジアの国は日本を目指していたらしい。俺が学生の時は、そんな話はもうなかったけどね。」昔は日本が科学分野で強かった、という話しか聞かないなあと思いながら、星野は「ああ、昔はねえ。日本ではプラスチック処理に関する研究はいろいろ地道にやっていたのだが、世界標準にしようとまでのバックアップがなかったと聞いた。今はまた日本主導での研究成果の結果が出てきつつあるから、100年後にまだ今の国の仕組みが残っていたら、日本開発のものがもっと出ているかもね。」と言った。「ところで、Fajarはどうしてこの設備の仕事選んだの?」。Fajar曰く「そういうことはまずは自分から言うだろう。俺の場合、曽祖父が主にプラスチックの廃棄処理をしていて廃棄物の火災で大けがをしている。今こんな仕事をしているのもなんかの縁だろうと思っている。ちなみに曽祖父が処理をしていたのは、日本から輸入したプラスチック廃棄物だ。」確かに昔日本は面倒なプラスチック廃棄物を輸出して東南アジアで処理してもらっていた、という黒歴史がある、と星野は思い出した。「肩身が狭くなる話で、今の話ではないけれど昔はずいぶん周辺に迷惑をかけていたという話を聞いている。君の曽祖父は、いわば日本の後処理をしてくれたわけだから、感謝しかない。それで私の話だが、専門は特殊カメラで、会社で深海カメラを担当していたので深海でのプラスチック回収のカメラを担当がメインでここに出向してきたのだが、いつの間にか映像関係全体を担当している」と星野は言った。Ryanは「和仁は便利な奴でみんないろいろと助かっているからねえ」という。便利、聞いた話だが昔技術大国とか言われて便利さになれ、面倒なことは買ってくればいいとなって研究開発の国家予算などが減って気が付いたら何にも残っていなくなった、というのが少し前の日本だった、と星野は思った。午後の仕事では星野だけ何となく重苦しい気持ちを引きずりながら、全体としては淡々と進み、Gunther法測定ではいくつかの試薬での測定が終わり何らかの生物がいたらしいとの反応が出ているようだが、結果は本部での解析待ちとなった。それで本日の公式結果は、ボートの大きさ、重さの数値、火災の影響らしい痕跡があることまでで、生命反応に関しては調査結果が出ていないので測定を開始したこと含め非公表とされた。
夕食が終わって星野は自室に戻りシャワーを浴びたところで昼にエビを捕まえていたことを思い出し、机の上に置いたガラス瓶を見て、一瞬何か勘違いしたかと思った。ビニール袋に入っていたはずのエビが直にガラス瓶の底にくっついている。