3話 魔法少女と異世界の追跡者!?
住宅街の一角、点滅する街灯の下にいる男を真凛は観察した。
先程まで、夜闇に隠されていた男は、街灯に照らされてその姿が露わになっている。
艶めいた黒曜石のような髪、涼やかな目元には月の光を閉じ込めたような金色の瞳が埋め込まれている。スッと通った鼻筋も薄い唇も端整でどこか造形品のような美しさを感じられた。
軍服のような黒衣を纏った体躯はスラリとしていながらも、筋肉がついており鍛えられているのが伝わってくる。首元には赤いマフラーが巻かれており、黒い男に赤が映えている。
至高の彫刻と言わんばかりに美しい青年だ。こんな状況でなかったら真凛も見惚れていただろう。
「は、話し合いで解決しませんか」
震え声になりながら真凛は戦う意思がないことを相手に伝える。
「……」
しかし、無言の男。こちらの提案に応えるつもりは無いようだ。
(せ、せめて話を聞いてくれても…!)
そう思っていると、男の体が動き出した。
(…くるっ!!)
男が地を蹴り上げ、真凛との距離を一気に詰めた。そして、黒い剣が振り落とされる。
「…っ!」
真凛はそれをステッキで受け止めた。身体能力が上がっていなかったら受けとめられなかったであろう太刀筋。ぞくりと肌が粟立つ。
男は剣を止めることなく追撃が続く。ギリギリで剣を防ぐ彼女の隙をくぐり抜けるような激しい剣戟。剣を受け止めるたびに衝撃が真凛の腕に響く。
(や、やばい…!!なんとか持ち堪えているけどこのままだと斬られる…!)
そう思った真凛は剣を振り払い、魔法を展開した。
「鎖」
相手を拘束するための魔法。鎖が勢いよく男を捕まえんと進み出す。これで、男の動きを止める。そのはずだった。
「うそぉ…!?」
しかし、重厚な鎖は男の斬撃によって豆腐のように切断された。
(近距離だと絶対無理!!!とにかく距離をとらないと…!!)
焦りながらも真凛はそう判断し、大きく後方へ飛び退く。
「魔弾!」
そして魔弾を撃ち、距離をとって相手を牽制しようとした。その時、
「ピャア!?な、何これ!?」
彼女の足首に黒い触手のようなものが絡みついた。
(な、何なのこれ!?生き物!?相手の魔法!?)
街灯に照らされながら混乱する真凛。そんな彼女の影はそれが生き物のように蠢き、影の主を拘束しようとする。
(もしかして影!?そんなのあり!?)
思考している間にも男が近づいて来る。足元の影も太ももあたりまで絡みついてきた。
「…っ…魔弾!!」
迷っている暇はない。真凛は男に向けようとした魔弾を自身の足元に目標を変えて撃ちこんだ。
光弾に地面が抉れる。そして、光の勢いに潰されたように影は動かなくなった。
「飛行!」
足に熱と痛みを感じながらも、真凛は逃げるように飛び立つ。
地上では男の剣戟、おまけに影まで絡みついてくる。しかし、空中なら男の攻撃も届かないはずだ。
(そう。空を飛んだりしない限り…)
安全なはず。そう思い地上を見下ろす。
「ヒィッ!?」
その姿に真凛は悲鳴を上げた。
彼女の嫌な予想が的中した。男が大きく跳躍して、飛んできたのだ。そして、真凛より高く飛んだ男が剣を振りかぶるーー
「盾!!!」
そう叫んだ真凛の盾ごと、黒い剣が彼女を斬りつけた。
斬撃から生まれた衝撃により圧力がかかる。真凛は上空から地上へと勢いよく落とされた。
「ガハッ…」
地面に衝突したことでコンクリートがクレーターのようにひび割れ、瓦礫が吹き飛ぶ。
まるで蠅のように彼女は叩きつけられた。全身が引きちぎられたかのように痛みと熱を感じる。
「真凛!!」
モフの声が聞こえてきた。その声もどこかぼやけている。
「しっかりして真凛!!起きて!逃げなきゃやつが…!」
起き上がりたいけど体が鈍りのように重い。真凛は辛うじて、頭を動かしてモフを見る。
彼は自分の手に擦り寄ってきていた。服の袖は普段着だ。どうやら変身が解けたらしい。
「真凛…!!」
気のせいかモフの声が震えているように感じた。心做しか瞳も潤んでいる。
(頭がボーッとする。もしかして…死ぬのかな…)
ぼんやりする真凛の視界に男の足元が入った。男は音もなく彼女の元へ歩く。その姿は死神のようだった。
(あ…死ぬ。わたしはここで殺される)
ゾクリと寒気がして死の恐怖を感じた。魔物と戦った時にも感じなかった恐れ。死神が魂に触れているような感覚。
「おい!!これ以上近づくな…!!真凛を傷つけるな…!!」
モフが威嚇する声も遠くに聞こえる。根源的な死への恐怖が真凛を縛り、現実から遠ざける。
「やめろ!!また、彼女を殺す気か…!」
真凛を庇うモフを無視して男は少女の目の前に立つ。
「…」
そして、無情にも少女の喉元を貫こうと刃を振り下ろすーー
「…っく」
少女から漏れた音に男の手が止まった。彼が声の主を見下ろす。
「ひっく…うっく…なんで…」
少女はぼろぼろと涙を流していた。
その姿に今まで仮面のように動かなかった男の目が見開かれる。
「…お前は死にたくないのか…?」
「し、死にたくないに決まってるいるでしょう!!!な、何でわたし殺されなきゃいけないんですかっ!!…やだ、死にたくない…」
涙と鼻水で顔を汚しながら、真凛はそう吠えた。
「…」
男が沈黙し、少女の嗚咽と鼻をすする音だけが静寂を支配する。
「分かった」
チンと音をたてて剣が鞘に納められた。
「今はお前を殺さない。お前を見定めるためにも…」
そう呟いて男は踵を返していく。
「では、また」
そして、夜闇に溶けるように姿を消した。
「…助かった…?」
閑静な住宅街にポツリとした真凛の声が響く。
理由は不明だが、男は真凛を殺すことを諦めたらしい。
「真凛!!」
「モフ…!っう!」
モフが勢いよく真凛に抱きついた。ふわふわしているけど、少し重くて傷に響く。痛いと真凛は顔を歪ませた。
「守れなくてごめん…!無事で本当によかった…!今から怪我を治すね!」
温かな光が真凛の体を包む。痛みが和らいでいくのが分かった。
「ありがとう。モフ」
治療を受けながら真凛は目を瞑る。
さっきは本当に殺されると思った。あんなに怖い思いをしたのは初めてだ。
(本当に、本当に、怖かった…!!)
真凛の瞳から止まったはずの涙が溢れ出てきた。一度泣いたせいか涙腺が緩んでいる。
人に殺されそうになることがあんなに恐いと思っていなかった。死ぬかもしれない恐怖があんなに苦しいと思っていなかった。
涙を止めるように真凛はギュッとモフを抱きしめる。
「真凛…本当にごめんね。でも、本当によかった。生きていてくれて」
涙と鼻水を毛並みにつけられてもモフは怒らず、真凛を抱きしめ返した。
「…あれ?」
そこに一人の女の子の声が響く。柔らかだが困惑した声色だ。
「もしかして…真木さん?」
声に反応して真凛が視線を動かす。電柱から顔を出した少女がこちらを見つめていた。
「…四宮さん?」
彼女を見て、真凛が青ざめる。
そこにいたのは魔物に追いかけられていた少女。
ーー真凛のクラスメイト、四宮奏美だった。




