2話 魔法少女、空を飛ぶ
二話
「はぁー、明日から学校かぁー」
大きなため息をつきながら、真凛は明日の学校の準備を始めた。
真凛にとって、天国のような日々だったゴールデンウィークも今日で終わる。
明日からはお昼まで惰眠を貪ることも、一日中、ゴロゴロすることも出来ないのだ。
(連休中はずっとゴロゴロ出来て楽しかったなぁ)
まあ、連休中に一つだけ特大に厄介な出来事があったのだが。
「へぇー。ちゃんと宿題は全部やってあるんだ。意外だなぁ」
「ちょっと!何勝手に見ているの!」
真凛が声を荒らげて声の主を睨む。
驚嘆し、短い手足で課題のプリントの束をペラペラめくっている白い毛玉はモフ。
三日前に、真凛を魔法少女という最大の厄介事に巻き込んできた張本人だ。
「それに失礼な!結構優等生なんだから!」
エヘンと胸を張りながら真凛は言った。
ぐうたらしているけど、不真面目になりきれない、真面目な子。それが真凛なのだ。
「へぇー。掃除はしないのにね」
半分関心。半分呆れているようにモフが言う。
彼の言葉に、真凛はうっとたじろいだ。
確かに、この部屋は汚い。真凛だって、掃除しようと思ったのだ。けど、真凛が掃除しようとすればするほど何故か部屋は汚くなる。なんなら部屋の掃除をしようとして、物に躓き、怪我をすることはしょっちゅうだ。
そんなことを繰り返したら掃除しなくなっただけで…。やる気はあるのだ、やる気は。
「や、やろうと思えばできるもん」
そう言って虚勢をはる。
もちろん嘘で、やろうと思っても壊滅的に不器用で自室の掃除が出来ないのだ。
「へぇー」
そんな真凛の発言を信じていないモフが白けた目を彼女に送る。
「な、何!その目は!!」
本当なんだから!という真凛をよそにモフは再びプリントをめくった。
その時、
「えっ!?突然どうしたの?」
モフが何かに気がついたように立ち上がったのだ。
真凛は驚いて声を上げる。
「…真凛、魔法少女の時間だよ」
真剣な表情で静かに告げるモフに真凛が青ざめた。
そして、おずおずとモフに尋ねる。
「…もしかして、また出たの?」
「うん。この町に魔物が出たんだ」
「ヤダ!!!」
モフの返事に真凛はかぶりを振った。
「へぇ?それでいいの?」
そんな全力で拒否をする真凛を見ながらモフはニコリと笑う。
その笑顔に嫌な予感がすると…
「グェッ!!」
チョーカーが巻きつき、真凛の首が絞まった。息が詰まりカエルが潰れたような声が漏れる。
(そうだった…!!このチョーカーのせいで、命が握られているんだった…!)
初対面の事を思い出して、憎々しく、真凛がモフを睨む。
「真面目で優しい真凛は町の平和のために戦ってくれるよね?」
「はいっ!戦うからぁ!」
にっこり笑うモフにどれだけ腹が立とうと、現在進行形で命の危機である彼女はそう答えるしかなかった。
「そう言っても、今は夜だし、簡単に外には出れないよ?」
絞められた首元をさすりながら真凛が訴えた。
前回は真凛が外出した際に、魔物に出会ったのだ。今回は夜間なのもあり、中学生の真凛には外出が難しい時間帯である。
「大丈夫!何のために魔法があると思っているの?ほら、早く変身して!」
「変身って…もしかして、またあの呪文を唱えるの!?」
「そうだよ。真凛が自分で言った呪文でしょ?あれが変身するためのキーになってるから」
ほら、早くと急かすモフ。しかし、真凛はあのファンシーな呪文を唱えるのに抵抗があった。
「せ、せめて、呪文変えられない?パスワードみたいに変更できない?」
「一度設定されたからね。変えられないよ」
「ガッデム!!」
さらりと告げるモフに真凛が項垂れた。
ただでさえ、魔法少女なのが恥ずかしいのにあんな呪文を言わないといけないのかと思うと気が滅入る。
「それより早くしないと被害者が出るかもしれないよ。壊れたものは直せても、人が死んだらどうすることもできないんだから」
「! わかった」
しかし、モフからの言葉を聞いて、真凛は覚悟を決めた。人の命か自分の恥じらいなら、もちろん人の命が大切だと。
「プリティー!キューティー!マジカルパワー!」
呪文を唱えると、光を帯びて、彼女の服装が次々と変わっていく。
そして、ステッキを掴み、ウインクを決めて、決め台詞。
「魔法少女マリン!参上!マジカルパワーで成敗しちゃうぞ⭐︎」
シャラランとエフェクトが流れそうな変身を終えた。
「うぅぅ…」
真凛は羞恥心から両手で顔を覆い隠す。赤くなった頬からは湯気が出そうだった。
「よし、変身したね。それじゃあ後は分かるでしょう?」
そんな、恥ずかしがる彼女を放って、モフは短い手足で窓を開けた。
「ま、まさか…!?」
開かれた窓を見て、真凛も察する。どうやって外に出るのかを。
「ほら!早く!」
モフは空に浮かび、窓の外へと出ていった。
それを見て、真凛も窓縁へ足をかける。
そして、
「ふ、飛行!!」
呪文を唱えて、二階の窓から飛び降りた。
「ひ、ひぃぃぃ!!!」
「真凛!大丈夫だから目を開けて!」
飛び降りる恐怖から固く目を瞑る真凛を安心させるようにモフが声をかける。
その声に恐る恐る目を開けると、
「わぁ!」
真凛の体は空に浮かんでいた。いつのまに飛んでいたのだろうか。自分の家の屋根が遠くに見える。
「すごい!すごい!ピーターパンみたい!」
感激して、手足を動かし、くるりと宙を一回転をする。
空を飛ぶという初めての体験に真凛が瞳を輝かせて無邪気に喜んだ。
「ふふっ。喜んでもらえて何よりだ。それより魔物はあっちの方だよ」
微笑みながら西の方角を指さすモフ。
その発言に体が固まった。
そうだ。空を飛ぶことに浮かれていたがこれから魔物を倒しに行くのだった。
「こんな方法で家から出て、魔物を倒しに行くなんて…とんでもない非行娘だよ…」
真凛は肩を落として、落胆しながらモフが指さす方へと向かう。
「まあ、実際、飛行娘だからね。なんちゃって」
「全然っ面白くない!!」
モフの駄洒落に力強く否定する真凛の声が夜空に響き渡った。
***
「真凛!あそこだ!」
住宅街、ゴミ捨て場周辺。そこには、黒く大きな怪鳥と呼べる姿をした魔物がいた。
「きゃぁぁ!!」
少女が魔物に追いかけられ、悲鳴を上げていた。
「あっ!」
逃げ惑う少女は足を捻らせ、転倒した。
恐怖心から急いで立ち上がろうとする。
しかし、痛みで足はすくみ、上手く立てない。気がついたら、魔物は彼女に追いついていた。
そして、震える少女を啄もうと大きなクチバシが開く。
「あ、あ…」
彼女は顔面を蒼白させて引き攣った声を漏らした。
食べられる…!少女がそう思った時。
「危ない!」
そのことに気づいた真凛が上空から魔物に急スピードで近づき、魔法を展開した。
「魔弾!」
遠距離から光を纏った弾が魔物へと放たれる。
白い火花が夜闇に照らされ、爆音と共に、魔物の体が大きく傾く。
「ガァッ!?」
突然の衝撃に驚いた魔物が攻撃主の方へと首を動かす。ギョロリとした魔物の瞳が真凛を捉えた。
そして、大きな翼を羽ばたかせ彼女の方へと飛び上がる。
「!、魔弾!」
飛翔する魔物を撃ち落とそうと真凛は魔法を展開する。
「ガァァァ!!」
続く、魔弾による砲撃。数発は魔物に命中した。それでも、魔物の勢いは止まらず上昇し、彼女を狙って近づいてくる。
「うわっ!」
真凛は掴まれそうになったところを紙一重で横に避けた。
「真凛!大丈夫?」
「う、うん、何とか」
心配そうにするモフに冷や汗まじりで真凛は答えた。
そして、十メートル程離れた距離にいる魔物に目を向ける。
(ひょぇぇぇぇ!!!やっぱり怖いぃぃ!!目がギラギラしているよぉ!)
魔弾に当たったことで焦げた翼をバサバサと羽ばたかせ、怒りを露わにする魔物。
それに対して顔を青くして怖気付く真凛。
いくら戦う力があったとしても彼女は普通の女の子だ。怖いものは怖い。
真凛は恐怖を抑えつけるように強くステッキを握り、目前の敵を睨みつけた。
敵も彼女を噛み殺さんとばかりに睨んでくる。
睨み合う両者。その刹那、
「いっ!?」
真凛の足に痛みが走る。
なんと、翼を羽ばたかせた魔物は風の刃を纏うつむじ風を彼女に放ったのだ。
「あ、あんな攻撃してくるの!?」
咄嗟に斜め上へ上昇し、直撃を避けた真凛が悲鳴をあげた。
彼女の膝下には切り傷ができ、そこから血が滴っている。
「あいつは魔法を使ってくるタイプの魔物みたいだ!」
「ま、魔法が使えるの!?」
モフの説明に真凛は仰天して、目を丸くした。前回倒した敵はそんなもの使ってこなかったのに!と。
「魔物の中には魔法が使えるやつもいるんだ。それより真凛、障壁を張って防御して!」
「わ、分かった!」
色々と気にはなるが、魔物が再び、風を起こそうとしている。その前にこちらも魔法を展開する。
「盾」
真凛の前に透明なガラスのような盾が現れた。
放たれる風の刃。キィィンとガラスが振動する音を鳴らしながらそれを防ぐ。
「な、何とか防げたけど…」
ここからどうすると手に汗を握る。
(魔法の打ち合い?いや、相手は結構タフだし、わたしみたいに、防御手段があるかもしれない…)
彼女の思考は続く。
(鎖と錨で捕まえる?でも、まだ下にさっきの子がいるかもしれない)
もし、そうだったら地面に落ちた魔物が彼女を傷つけるかもしれない。それは絶対駄目だ。
(…あっ!これならいけるかも!)
いい作戦を思いつく。それなりに危険だけど突破出来そうな方法を。
「モフ、盾って何枚も色んなところに張れるの?」
「うん。僕もサポートするから好きなところに張れると思うよ」
何するつもりだいと言うモフ。それに対して、
「ちょっと無茶しようかなって」
真凛は不敵に微笑んだ。
そうしている間にも、魔物は風を起こそうと羽ばたく。
それと同時に真凛も魔法を展開した。
「盾!」
現れた盾。先程と違うのはその数だ。優に二桁以上はある複数の盾。それを身体全体に纏うようにして、張り巡らしている。
さらに、真凛は魔力を溜めて、魔法を展開した。そして、猛スピードでつむじ風の中を突っ切る。
風の刃が当たり、何枚かの盾にヒビが入り、音をたてながら割れていく。彼女はそれを気にも留めず、一直線に魔物を目指す。
直撃してくる真凛に驚いた魔物が再び魔法を展開しようとした。しかし、その前に彼女と魔物の距離がほぼゼロになる。
「魔弾!!!」
そのタイミングで真凛は魔力を込めた渾身の一撃を敵へお見舞いした。
「ガァァァ!!!」
純白の閃光が辺りを覆い、轟音と魔物の絶叫が響き渡る。
焦げた匂いをたて、焼け鳥になった魔物はプスプスという音とともに地面へと落下していった。
「鎖!」
それが地上へ墜落する前に、真凛の手から現れた鎖が魔物の体に巻きつき、引き上げた。
「ふぅ…ギリギリセーフ」
真凛は魔物を鎖で持ちながらゆっくりと地面に降ろし、戦闘が終わったことによる安堵の息を吐いた。
「真凛、まだ終わってないよ」
そんな彼女を諫めるようにモフが声をかけた。
「分かっているって」
そう言いながら真凛がモフに振り向いた瞬間、
ゆらりと、背後で黒い塊が動く。鎖に縛られている魔物が首だけを動かし、彼女目掛けてクチバシを突き出してきた。
「真凛!!」
「えーーー」
モフの形相に真凛が魔物に顔を向ける。彼女とクチバシの距離は数センチ程まで迫っていた。
クチバシが迫る瞬間がスローモーションのように流れる。
避けられない…!真凛がそう思った時。
ーー目の前に黒い閃光が走った。
「ギャアァァァ!!!!」
黒い斬撃によって、魔物が血を流し、悲鳴を上げながらその巨体が地面に沈まった。息が絶え、今度こそ動かなくなる。
「……」
雷のように現れた男は、魔物を斬った剣を振るい、血を落としてから鞘にしまった。
「ーーー」
突然の出来事に真凛は口を開けて惚けてしまう。
「おい」
男が声をかけてきた。驚いて、肩が跳ねる。
(な、な、何この人!?、いきなり出てきたけど…分からないけど、助けてくれたのかな?)
どう返事していいか、考え抜いていると男が淡々と言葉を続ける。
「お前は、魔女か?」
「へ?」
何故そんなことを聞くのだろうと疑問の声が漏れた。いったい何なんだろうこの人はと首を傾げる。
「真凛!逃げろ!そいつは君の敵だ!」
そんな彼女にモフが珍しく焦った表情で声を荒げた。
「て、敵?」
オウム返しになる真凛。その、正面からーー
男が斬りかかってきた。
「ピィッ!?」
奇声をあげながら体を捻り、真凛は斬撃を回避した。
そして、男との距離をとった真凛は斬りつけてきた相手を睨む。
「い、いきなり何をするんですか!?」
「…お前は魔女だ。だから、俺がお前を殺す。そのために俺は存在している」
ごく当然の訴えをする彼女に彼は氷のような冷たい声音で答えた。
真凛は盛大に顔をしかめて、
(な、な、何で命を狙われているのー!?!?わたしー!?!?)
内心でその日一番の絶叫をあげた。