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1話 魔法少女マリン爆誕!

古き良き王道魔法少女を意識して書きました。よろしければ閲覧お願いします。

 一話



 昼下がりの休日。そんな穏やかな空気を壊すように鬼気迫る表情で少女は住宅街を全力疾走していた。


 それもそのはず。彼女の背後には黒く、巨大な犬のような姿をした怪物が迫っていた。そして空を飛びながら逃げる、白くて猫のような、犬のような、モフモフとした生き物が彼女に話しかける。


「僕と契約して魔法少女になってよ!」

「それ、契約したらダメな魔法少女!!」


 恐怖と混乱で足がすくみそうになる中、追いつかれないように必死に足を動かす。

 ああ、どうしてこうなったのかーー

 真凛は家に出る少し前のことを思い返した。



 ***



 今日も休日。学校は休み。その事に少女は満足気に微笑んだ。カーテンは閉ざされ、床には物が散らばった、お世辞にも綺麗とはいえない部屋。そんな自室の右端に位置するベッドへ寝転び、リモコンのスイッチを押してテレビをつける。

(今日もお昼までずっと寝られた。やっぱり連休は最高!!)

 そう。今は、ゴールデンウィーク。世間はこの連休を謳歌するために外出や旅行をするのが一般的だ。しかし、黒髪赤目の少女、真木真凛は録り溜めたアニメを視聴し、ぐうたらしようとしていた。


 録画した番組のなかから、お気に入りの日常アニメを選び、視聴を始める。


 真凛は昔から悪役が出てくる物語が苦手だった。悪役が怖いからではない、悪役が倒されるのを見たくないからだ。

 悪役が倒される度に何故だか悲しくなり胸が苦しめられる。そして、思うのだ。本当に彼らは悪だったのか、倒されなくてはいけない運命なのかと。


 必要以上に悪役に感情移入する彼女は王道のヒーロー作品を見ることが無くなってしまった。そして、ほのぼのとした日常もの作品を好むようになっていた。


「ふふっ、やっぱり、ポメ之助は可愛いなぁ」

 ポメ之助というのは、アニメ、ポメポメ物語の主人公だ。彼がたくさんの動物と交流していく様子は可愛らしく、ファンの間でも人気のキャラだ。

 この作品は刺激こそないが、キャラクターが可愛らしく癒されて、真凛は好きだった。


「真凛ー!お味噌切れたから買ってきてくれない?」

 1階のリビングにいる養父ーー朔夜の声が聞こえる。どうやら買い物のお願いらしい。

「えー!今、アニメ見ているんだけどー!」

 ゴロゴロしているのを邪魔されたくない真凜が寝転んだまま、返事をする。

「真凛、こうでもしないと外に出ないだろ?あーあー。行ってくれたら特別にお小遣いを渡そうと思っていたんだけどなぁ」

 お小遣いという単語に真凛の耳がピクリと動く、それは、学生である彼女にとって魅力的なものだった。

 寛ぐこととお小遣い…天秤にかけて、勝利したのはお小遣いの方だった。

「分かったー行くよ!準備するから、待ってて!」

 真凛は渋々とベッドから起き上がり、向かいに位置するクローゼットまで体を動かし、パジャマからパーカーワンピースに着替えた。

 そして、真凛は鏡を見ながら茶色のカラーコンタクトを目に入れた。鏡に映る少女の瞳が赤から自然な茶色に変わる。これで外出準備完了だ。

 真凛は部屋を出て軽やかに階段を降りた。



「はい、これ。メモに書いているものを買ってきて」

 一階のリビングに行くと、朔夜がお金とメモを渡してきた。

 受け取ったメモの内容を確認する。玉ねぎ、じゃがいも、牛乳…と、味噌以外の内容も書かれており、購入するものが増えていた。

 買い物袋が重くなりそうだ。少し憂鬱になりながら、玄関に向かい、スニーカーを履く。

「それじゃあ、いってきまーす」

 そして、外への扉を開き、家を出た。


 外は雲ひとつない青空。まさに、快晴という言葉がよく似合う天気だった。空から降り注ぐ日差しは暖かく、四月から五月に移り変わった気温は初夏を感じさせるものになっていた。

「いい天気だなぁ」

 思わず笑みを零し、1人呟く。ずっと外に出ていなかった真凛には眩しすぎるくらいの晴天だ。

 少し機嫌が良くなった真凛は、散歩気分で近場のスーパーに向かう。


 しばらく歩いていると、ワン!ワン!という犬の鳴き声が聞こえてきた。声の聞こえる方へと視線を動かす。

「げっ!」

 思わず顔を顰めてしまった。数メートル先の家でワンワンと吠える大型犬がいた。名前はチョコ。誰かが通る度に吠えるのと、その大柄な体格もあり、この辺りでは恐がられている犬だ。

「うぅ〜っ」

 思わず立ち止まってしまう。何を隠そう、真凛もチョコの事が苦手だった。

 道路の端っこに移動し、できるだけチョコから離れ、早歩きでその家を通り過ぎようとする。

「ワン!ワン!」

「ひっ!!」

 しかし、彼女の努力は報われることなくチョコが真凛に威嚇する。

(もうっ!怖いよ!この犬!!このワンコめ!!)

 内心でチョコに当たりながら真凛は逃げるようにその場を離れた。



 ーー真凛が通り過ぎた後も吠え続ける犬、チョコ。その体から濃く、黒い、淀んだ霧が溢れ出した。

 霧はチョコの体を覆い、纏っていく。そして、一陣の風が吹いて、霧散した。

 霧が消え、何事も無かったかのようになる。

 ただ、吠え続ける犬だけがその場に残されていた。



「はぁー結構並んだなぁ」

 ため息をつきながら真凛が呟く。

 チョコから離れた彼女はスーパーに着き、無事に買物を終えた。

 ため息の理由は行きつけのスーパーが混んでいたことだ。

 そのスーパーはいつもお昼時は空いているのに、今日は混んでいたのだ。そのせいで、結構な時間を並んだのである。

(やっぱり、ゴールデンウィークだから人が多いのかなぁ)

 そう考えながら、ズシッとした買い物袋を持ち直す。

 まあ、これで買い物は完了。あとは帰ってお小遣いを貰うだけだ。そう思い、真凛は買い物袋を片手に帰路に着いた。


「あ」

 スーパーを出て、数十メートル。真凛は帰り道の途中にはチョコの家があることを思い出し、足を止めた。

 …少し遠いけど回り道をしていこう。そう考えた真凛は先程とは違う道に歩を進めた。



 この道は通学路でもなく、普段通らないところだ。見慣れない軒並みは近所なのにどこか新鮮に感じる。


 ふいに、ズシン、ズシンと大きな生き物が歩いているような音が聞こえて、真凜が後ろを振り向く。

 そこには、映画に出てくるような風貌をした黒く大きな犬。そんな怪物に追いかけられているのは白くモフモフとした謎の生き物。この2匹が真凛に迫ってくる。


「ーーーー」

 あまりにも、非現実的な光景に真凛は目を見開いた。そして、これは夢だ!と判断をする。

 しかし、頬を抓っても目が覚めることは無かった。

 …つまり、これは現実である。

 現実逃避から帰ってきた真凛はその光景から逃れるように、一心不乱で走り出した。





 そしてーー冒頭の状況に至る。

「はぁっ、はぁっ、何なのこれぇ!!!」

 現実とは思えない危機的な状況に真凛が悲鳴をあげた。後ろは振り向けないけど、すぐ近くで怪物が迫ってきているのが分かる。普段酷使することのない足を無理やり動かし、追いつかれないように突っ走る。

(この怪物もだけど、このモフモフした生き物は何!?魔法少女とか言ってたけど…知っているんだからね!!魔法少女ものに出てくるマスコットはろくな奴がいないって!!)

 とあるアニメの影響によりモフモフした生き物に不信感しかない真凛である。

「うーん。何がダメだったのかな?この国ではこうして、魔法少女にスカウトするものだと勉強したんだけど…」

 そんな真凛の心境をよそにモフモフした生き物は呑気なことを言っていた。怪物に追いかけられているとは思えないセリフだ。

「はぁ、はぁ、あっ!公園!」

 真凛は走りながら公園があることに気がついた。

 公園なら身を隠す場所があるかもしれない。そう思った真凛は、最後の踏ん張りといわんばかりに足に力をいれて公園を目指した。



 ***



 何とか怪物を撒いて、公園の山形遊具に入り、身を隠す。そうしていると、怪物の呻き声が耳に入ってきた。飛び出しそうなくらいに心臓が激しく跳ね上がり、手に汗が滲む。

 見つからないようにと祈りながらじっとしていると、怪物の足音が遠のいていった。

 思わず、ホッとして、息をつく。

 ずっと走り続けたせいで、足もパンパンだ。十二年間の人生で一番走ったかもしれない。


「やっとどっかに行ったねぇ」

「そうだ!君は何なの!?あの怪物は何!?」

 穏やかな口調で話すモフモフとした生き物に真凛がすかさず疑問を呈した。

「そうだね。じゃあ、説明しようか」

 そして、彼?はゆっくりとした口調で話始める。


「あの怪物は魔物。こちらの世界と異世界の境界が揺らいだことでやってきたモンスターさ」

「い、異世界?」

 いきなり異世界と言われて真凛が狼狽える。そんな彼女を無視して話は続く。

「そう。そして魔物が現れるようになった原因…それが君なんだ」

「わ、わたし??あんな怪物に追いかけられるようなことした覚えないんだけど…」

「うん。今の君じゃなくて、前世の君が原因だからね」

「はぁ????」

 今度は前世という単語が出てきた。異世界、魔物、前世、まるでファンタジー小説のような内容だ。

「前世の君はそれはそれは悪い魔女だったんだ。そのせいで君は人間に殺された。けど、倒された瞬間、君の魂は異世界に逃げ出した」

「……」

 もはや何もコメントできず、真凛は無言になる。

「君の魂がこちらの世界に逃げたことで境界は揺らぎ、曖昧になったんだ。それで魔物がこちらの世界に現れるようになったわけ」


 やっと話が終わった。正直、信憑性のない嘘みたいな内容だ。けど、あの怪物は実在していたのだ。現実であり夢ではない。

「それで、魔法少女って言っていたけど何?何で私なの?」

 信じきれない思いを抱きながらモフモフした生き物に先程のことを尋ねる。

「だって、原因は君だろう?君が対処するのが一番手っ取り早いじゃないか」

「全然っ良くない!!私はそんなものにならないから!!他の人当たって!!」

 あんな恐ろしい怪物と戦うなんて冗談じゃない。自分には魔法少女願望も、戦う勇気も度胸もないのだから。


「しょうがないなぁ」

 もしかして、諦めた?と真凛が希望を抱いた時、モフモフした生き物が彼女の首元に寄ってきた。

(あ、やっぱりモフモフしている。毛並みの良い猫みたいな、フサフサのポメラニアンみたいな触り心地だ。)

 そう思った時、ガチャンと物騒な音が首元から聞こえた。

(…嫌な予感がする。)

「はいっ。これで契約完了!あ、それ無理やり外そうとすると首が絞まるから」

「ぎゃああああ!!!何これ!?チョーカー!?首絞まるの!?」

 モフモフした生き物は真凛があまりに嫌がるので強行突破に出た。その証拠に彼女の白い首にはチョーカーが装着されていた。

 チョーカーはワインレッド色をしたベロア生地に黒のレースが装飾されている。さらに、ワンポイントとして、赤い薔薇のコサージュがついており一見すると上品で可愛らしいデザインのアクセサリーだった。

 しかし、留め具は絶対に外れない代物だ。要するに首輪である。

「グエッ!!本当に首が絞まる!!孫悟空の輪っかの首バージョンじゃん!!」

 真凛は外そうと足掻いたがチョーカーを引っ張れば引っ張るほど首が絞まり、息苦しくなる。

「分かった!魔法少女!やるから!」

 さすがに命が惜しくてそう叫んだ。

「良かったぁ。受け入れて貰って嬉しいよ」

 モフモフはニッコリとした笑顔を浮かべた。

 脅してきたくせに、いけしゃあしゃあと言うものだ。真凛は彼を睨みつける。

「…それで、魔法少女って何をしたらいいの…?」

 そして、最後の足掻きで魔法少女が何をするのかを尋ねた。もしかしたらあんなもの倒さなくていいかもしれない、そんな思いを込めて。

「魔物を倒すことかな」

「絶体ヤダ!!!」

 残念。真凛の思いは届かなかった。全力で拒絶する真凛を前に、モフモフの中にあるつぶらな青い瞳が怪しく光る。

「ふーん。嫌なんだ…」

「!? グエッ!?」

 再びチョーカーが彼女の首を絞め始める。

「わ、分かった!!魔物倒すからぁ!!」

「うん。君ならそう言ってくれると思ったよ!」

 そう言うと、チョーカーが緩み、真凛は解放された。

 息も絶え絶えになりながら、ニッコリと笑う悪魔を睨みつける。この悪魔に命を握られている時点で真凛に逃げ場はないのだと実感した。


「それじゃあ、これからよろしくね。あ、君の名前はなんていうの?」

 己の不運を嘆いていると、モフモフした生き物が問いかけてきた。

「…真木真凛…あんたは…」

 自身の命を握られている彼女は不機嫌そうにジトッとした目で自己紹介した。

「僕…?うーん。僕には名前がないから君の好きなふうに呼んでほしいな」

「…じゃあモフって呼ぶ」

「あはは!真凛はネーミングセンスがないねぇ。モフか、うん。悪くは無いかな」

 真凛の率直すぎるネーミングにモフと命名された生き物は嬉しそうに笑い、正直な感想を述べた。

 その反応に真凛の視線は余計に鋭くなったのだが、彼が気にする事は無かった。



 ***



「うぅっ、本当にあれを倒さないといけないの?絶対無理だよぉぉ」

「大丈夫!魔法少女に変身したら倒せるよ!」

 弱音を吐き出す真凛をモフが明るい声で励ます。しかし、彼女の不安は変わらない。

 あの後、真凛達は魔物を倒すために公園から出て、魔物を探し歩いていた。そして、やっと発見し、嫌がる真凛をモフが引きずって、現在に至る。

 電柱に隠れて魔物を観察する。

 改めて見ても怖い。全身が黒く、トラックくらいに大きい魔物は目が血走っており、余計に恐怖を引き立てている。また、大きな口からは牙が覗き、口端から涎が垂れており、獰猛さが窺えた。

(や、やっぱり、無理!!あんなのと戦ったら私、死んじゃう!!!)

 体を震わせ、内心で悲鳴をあげると、うわぁぁ!!という本物の悲鳴が聞こえてきた。

(な、何!?)

 悲鳴が聞こえた方に視線を向けると、魔物が老年男性の上にのしかかり、襲っていたのだ。

 魔物の垂れた涎が老人の顔にかかる。その瞬間、彼は泡を吹いて、気絶した。

 魔物の口がかパリと大きく開く。

(危ない!!)

 真凛は咄嗟に魔物の前に立っていた。

「お、おじいさんより、私の方がピチピチで美味しいよ!!こっちにおいで!!」

(って馬鹿ー!!!何で前に立っているの!!ノープランで前に出たところで何になるのー!!)

 自分でも前に出た理由が分からないまま、震える足で声で魔物の気を引くために大声を出す。

 すると、魔物が真凛の方に顔をあげた。そして彼女を認識すると、勢いよく襲いかかってきた。

「ひえぇぇぇぇ!!モフ!これどうやって倒すの!!」

 真凛は情けない悲鳴をあげながら紙一重で魔物の攻撃を避ける。

「チョーカーに触って!!変身するための呪文を唱えるんだ!!」

「じゅ、呪文??」

(呪文なんて、知らないし!!死にそうだし!!いいや、もう、適当で!!)

 自暴自棄になりながら思い浮かんだ呪文を唱える。

「プリティー!キューティー!マジカルパワー!!」

 瞬間、彼女の体がオーロラのような輝かしい光に包まれた。

 そして、光が弾けるようにして、服装が変わっていく。体が勝手に動き、ウインクをし、セリフを吐いた。

「魔法少女マリン!参上!マジカルパワーで成敗しちゃうぞ☆」

 シャラランとエフェクトが流れそうな変身を終え、真凛は羞恥で死にそうになった。

「何これ!?何なのこの格好!?何で体が勝手に動いたの!?本当に何これ!?」

 恥ずかしさのあまり、身を隠すようにしてしゃがみ込む。

「真凛!おめでとう!!魔法少女姿もよく似合っているよ!!」

 パチパチとモフが短い手足で拍手をして何かを言っているが、いっぱいいっぱいの真凛の耳には入らなかった。

 それもそのはず。変身した真凛の服装は大きく変わっていた。背中に大きなリボンがらついた暗紫色のワンピースは胸元がハートカットになっており、その間から白いフリル生地が覗く。そして、下半身にはシフォン生地のミニスカートがふわりと広がり、そこからのびるスラリとした細い足にはリボンつきのニーハイソックスにショートブーツを履いている。

 頭には薔薇のコサージュとフリルのついた魔女帽子を被り、そこから垂れるような長い黒髪には瞳の色とお揃いの赤いリボンが結ばれていた。

 一番目に入る、ワインレッド色のチョーカーは変身しても装着されたままであった。

 ーーそう。今の彼女は魔法少女、いや、魔女っ子という言葉がピッタリな姿をしていたのだ。

(もうヤダ!こんな格好!!中学生なのに!!誰かに見られたら死ぬ!!恥ずか死ぬ!!)

 中学生になったばかりの真凛にはこの格好は精神的にキツいものがあった。こんな服装を好むのは小さい女の子かその手の趣味の人間くらいだろう。

 しかし、いつまでも恥ずかしがってはいられない。

「ゥゥゥ!ワン!」

 変身を終えた真凛に魔物の爪が襲いかかる。

「ひょぇぇ!!」

 普通なら、当たっているであろう斬撃を大きく後ずさることでギリギリ回避する。

 どうやら、魔法少女に変身したことで身体能力も上がっているらしい。

(向こうは私を殺す気だ…)

 真凛は青ざめながら、固唾を飲む。

 本当に非現実じみている。夢みたいな現実だ。

(戦うのは怖いけど…)

 死にたくない。殺したくない。でも、放っておいたら、さっきのおじいさんみたいに人が出るかもしれない。見て見ないふりをして後悔すること。それは臆病な真凛にとって自分が傷つくことより怖かった。

(それは嫌だ…なら…)

 自分も戦わないといけない。

 真凛は勇気を振り絞るようにギュッと拳を強く握る。

 そして、彼女は覚悟を決めて、相手を見上げた。

 戦う決心はついた。しかし、その手段がない。

 真凛はモフに問いかけた。

「モフ!これからどうすればいいの!?」

「ステッキを使って魔法で奴の動きを止めるんだ!!」

「す、ステッキ?」

 そんなもの持っていないと答えようとした時、真凛の手のひらが輝き、上部がハート型のリボンが巻かれたステッキが出現した。

 突然、出てきたステッキに驚きながらもそれを握りしめる。

 すると、脳裏に自分が使える魔法についての情報が流れてきた。

(魔法の使い方は分かったけど…)

 問題はどうやって、相手と戦うかだ。真凛はさらに後方に下がり魔物と距離をとる。相手との距離は10メートル程だ。

 むこうも、こちらの出方を窺うみたいに重心を低くして、唸り声を上げている。

魔弾(フライクーゲル)!!」

 先に動き出したのは真凛だった。頭に流れる呪文を唱え、魔法を展開する。

 すると、光を纏めたような弾が浮かび上がり、魔物に向かって勢いよく放たれた。

 しかし、相手は大きく体を捻ることで攻撃を回避する。避けられた攻撃がブロック塀に当たり、轟音が鳴り、瓦礫が飛ぶ。

(嘘でしょ!?こういうものって当たるのがセオリーじゃないの!?)

 まさか、避けられると思っていなかった真凛は焦り、どうしたら良いか考える。

(とりあえず、何発か打ち続ければ当たるはず!!)

 考えた末の結論は脳筋ゴリ押し戦法だった。

魔弾(フライクーゲル)!」

 今度は、弾の数を増やして魔物へ撃ち込む。

 車二台分くらいの広さの道路だ。体の大きい魔物には狭いらしい。数発被弾し、路上に爆音と魔物の金切り声が響き渡る。

 しかし、相手に致命傷を負わすことはできず、こちらに噛み付こうとしてきた。

(…ん?)

 バックステップをして、攻撃を避けようとした真凛が魔物の動きに違和感を覚える。

 ほんの一瞬。魔物は真凛ではなく魔物に躱され上空を過ぎ去った不発弾を見上げていたのだ。

 攻撃してくる真凛では無く、当たらなかった弾を。

(もしかして…)

魔弾(フライクーゲル)!」

 再び、魔法を展開する。そして、魔物目掛けてでは無く、魔物の上空を通るように弾を放出した。

「!、ワゥゥゥン!!」

 それを目にした魔物は興味を惹かれたのか目を輝かかせ、弾を追いかける。

(やっぱり…!!大きくても所詮は犬!!ボールみたいな弾に反応したんだ…!!)

 離れていく魔物を捕まえるために真凛は次の魔法を展開する。

(ケッテ)!」

 そう唱えると、真凛の手から重厚感のある鎖が出てきた。

 そして、その鎖を思いきって魔物、もとい犬に投げつける。すると、鎖が標的に向かって動き出し、魔物を拘束した。

「グルルル!!ワン!!ワン!!」

 魔物が激しく動き、拘束を解こうと抗う。

(アンカー)!」

 その前に真凛が魔法を展開する。鎖の先に錨が現れた。錨が重さで地面に突き刺さる。

 錨には抗えない程の重力がかかっており、魔物は耐えられず、地面に突っ伏した。

 これからどうするべきか、そう思った時、

「真凛!今こそ必殺技を使うんだ!」

 隣で真凛の戦いを見ていたモフが助言をしてきた。

「わ、分かった!!」

 モフの言葉に頷きながら、真凛がアドバイス通りの魔法を起動し始めた。

 呼吸を整え、明瞭に呪文を唱える。

「この世全ての魂に、善はなく、悪はなく、形はない。清浄は不浄に、穢れは浄化され、世界は流転するーーー」

 真凛を中心に光の粒が集い始める。それは、大きな渦となって、周囲を漂う光の束となっていく。

輪廻(リンカーネーション)!!」

 その瞬間、魔物の体が眩いばかりの光に包まれた。




「お、終わった…?」

 光が薄まり、魔物の消滅を確認した真凛は力が抜け、膝から崩れ落ちた。

(こ、怖かった…!!)

 気がつけば、壊れた住宅街も戻り、変身も解けているようだった。普通の少女に戻った真凛は先程の戦闘を思い返し、思わず涙ぐむ。

「真凛!おめでとう!初めてなのによく頑張ったね!」

 モフが真凛に労りの言葉をかける。しかし、彼女を巻き込んだ元凶はこのモフモフなため、褒められても全く嬉しくなかった。

 彼をキッと睨みながら真凛は宣言する。

「も、もう、これで終わりでしょう?あなたともこれっきりだから!!」

「え?やだなぁ。これからもどんどん魔物が現れるんだから戦ってもらうよ」

 モフは真凛にとって死刑宣告のような内容をサラりと告げる。

 もちろん彼女は盛大に顔を歪めて、

「嫌だー!!!!」

 と、絶叫した。




 こうして、前世が悪役魔女だったせいで魔法少女を押し付けられた災難な少女、真凛の物語の幕が開いたのだった。





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